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第41話 -転移-


報告のため急いでやってきたその騎士は、この王宮内でも度々目にしたことのある人だった。

アッシュグレーの短めに切られた髪に、シトロングリーンの切れ長の瞳を持つ長身の騎士だ。

結構忙しくあちこちへ動き回っている姿をよく見かけていたなと思っていると、彼は各部署を繋ぐ伝令役であるらしい。

なるほどそれならばいつもあちこちへと忙しく動き回っているのも納得だった。


ここにいるメンバーならば、その内容を隠す必要もないようで、わたしにも聞こえる距離で報告は続いていた。


「キース詳しい報告を」


ジェイドさんの言葉を受けて、キースと呼ばれたその騎士が詳細を口にした。


よく見かけていた騎士だが、彼の名はこの時初めて知った。

後で教えてもらったのだが、彼は名をキース・オルグウェイといい、子爵家の三男だという。

俊敏で頭もよく、人好きのする明るい性格もあってあらゆる部署との連携役として王宮内を四方八方動き回っているそうだ。


その彼が告げた話では、王都の東方にあるグラヴィーという名の街が魔物の集団に襲われているというものだった。

馬車で二日ほどかかる距離にあるらしいその街では、現在自警団と偶然立ち寄っていた冒険者たちでどうにか街内への魔物の侵入を防いでいるらしい。


「魔物の規模は!?」

「大型のグランドホーンディア数体に変種のワイバーン、中型の魔物が数種類で、総数五十を超えています!」

「っ!!」

「なにぃ!」


騎士の報告にグレン様とジェイドさんの目が驚愕に見開かれ、同時にありえない!という声が発せられた。


「それほどの数の魔物が討伐されず、街への接近にも気付かないとはどういうことだ!」

「申し訳ございません……。報告が…交錯していて…確認に時間が……」

「詳しく話せ!」

「はっ!」


わたしの傍に立っていたディーもグレン様たちの輪へ加わり、現時点で確認がとれている情報が次々と告げられていく。


報告を聞く度に彼らの表情が険しいものに変わっていった。そのことが、どれだけ深刻な事態に陥っているのかを物語っていて、背中を何かが這い上がってくるかのような気持ち悪さを感じ、わたしはぶるりと身を震わせた。


「一刻の猶予もない!俺たちは急いで現場に向かう。ディクス!」

「わかっている」


グレン様の鋭い声にディーが即答し、その場を離れて誰もいない方へと向かった。


「ジェイド、俺たちはすぐに現地へとぶ。お前は陛下への報告と増援の要請、指揮系統と軍の編成をし王都の護りを頼む」

「わかりました。皆さん全員で向かわれますか?」

「ああ、街の自警団と少数の冒険者だけじゃ、中型の魔物の相手で手一杯のはずだ。大型の魔物の足止めも難しいだろうからな」

「最速の騎馬を飛ばしても到着まで一日弱はかかります。無理はせず、籠城してでも持ちこたえてください」

「少数でもこの国の最強メンバーが向かうんだ。落とさせはしねぇさ!」


グレン様の自信満々の言葉にジェイドさんは苦笑を零す。

その表情に少しの陰りが感じ取れることから、完全無欠とまでいかないのかもしれないと一抹の不安が頭をよぎった。


わたしはどうして良いのか分からず、入れ代わり立ち代わりやってくる人々へ視線があちこち移るばかりだった。

離れた位置に移動したディーへと向き直ると、彼の足元には魔法陣が形成されつつあった。

驚きに目を見開きその様子を見ていると、「ユズハ様」と声が掛けられた。

声のした方に振り向けばスヴェンさんが立っていて、その手に持っている袋を差し出された。

両手で抱えるようにして受け取ると、その袋はジャラッと金属やらが擦れる音がした。


「此度の訓練で使えそうだと判断して準備したものです。魔導石や短刀などが入っています。こちらも一緒にお持ちください。何かの役に立つかもしれません」

「ありがとうございます」


お礼を言って受け取った袋を大事に抱え直していると、視界の端に人影が入り込み、顔を上げた。その視線の先ではルーク様もやってきた魔導士の人から何やら小さめの袋を受け取っていた。

袋を開けて中身を一つ取り出して確認している様子からそれらも魔導石のようだった。


「…繋がった。街へ転移魔法でとぶ。皆準備はできたか」


ディーが離れた位置にいるわたしたちに聞こえるように普段よりも大きめの声で告げた。

彼の「繋がった」という言葉の意味を掴み損ねて首を傾げていると、目的地であるグラヴィー街へ最短で移動する転移魔法を発動する為の準備が整ったという意味ですとスヴェンさんが教えてくれた。


馬車で二日もかかる距離を魔法でとぶ?


一瞬言われたことの意味を掴み損ねてしまったが、脳内で繰り返すとあまりにも現実離れしたそのことに驚いて、ディーの足元の魔法陣とスヴェンさんを交互に二度見してしまった。

わたしのその様子にスヴェンさんは特に何を言うでもなく頷いている。


「我が国最強の緋の神官は、特に召喚系の魔法に特化しておりますので」

「召喚……?…召喚、の部類に……入りますか、あれが?」


顔が引き攣ってしまうのも致仕方がないと思う。

いくら召喚系が得意とはいえ、自分もとぶんだぞという突っ込みをぜひ入れたい。

以前緋龍に会いに行った焔煉の谷で、移動先が目視できる近距離の転移魔法をディーが使用したことがあるが、あの時とは規模がまるで違う。

馬車の移動で二日かかるということは、数値にして二千キロほどはあるはずだ。

そんな距離を転移魔法で、しかもわたしを含めたグレン様たち四人と共にとぶなど想像ができなくてわたしはパチパチと瞬きを繰り返した。

彼の足元に展開されている魔法陣の輝きがそれが現実に可能であることを物語っていて、ディーの人知を超えたその力量に驚き、初めてというか改めてというべきか、とても素直な感想をわたしは漏らしていた。


「頭おかしい……。さすがは極悪非道の悪魔……。ひっ!」


音にならないほどの音量で呟いたはずの言葉。

聞こえているはずがないのに、なぜかディーがこちらを厳しい目付きでじっと見ていて瞬時に肝が冷えた。

不自然とも言える程に思いっきり視線を逸らせば、訓練場にはいつの間にか数人の人たちがやってきていた。


この訓練場にいることは事前に伝えてあった為、数人の侍女や騎士、魔導士らがそれぞれ持ってきた物をグレン様や姫様、ルーク様に渡していた。


「ユズハ様もこちらを」


周囲で繰り広げらている慌ただしいやり取りに気後れしていると、声を掛けて傍に寄った侍女が、わたしの肩に光沢のある白地に赤の縁取りのあるマントを纏わせた。


「くれぐれもお気を付け下さいませ」


自分の服装を顧みて、確かにこんな軽装で前線へは行けるはずがないと思った。

深々と頭を下げる彼女に、お礼を告げ「頑張ります」と意気込んだ。


ディーが展開している魔法陣の傍に集まった面々は、急ごしらえではあったが全員が戦闘へと向かう装いになっていた。

体を包むマントは防塵に加え、多少の攻撃も跳ね返す防具の役目を果たす為、全員がその身に纏っていた。

グレン様とルーク様の手にはそれぞれ剣と杖が握られている。姫様も身に着けている装身具が増えていた。


「後のことは頼んだ」

「御意に」


ディーの言葉にスヴェンさんとその場に居た侍女たちが腰を折る。

他にも居たはずの騎士や魔導士の姿はすでになく、ジェイドさんとキースさんの姿もそこにはなかった。

各署への報告と増援派遣の準備の為に早々に立ち去っていたからだった。


暫く平穏な日々を過ごしていたからすっかり忘れていた。

ここは魔物が人々の生活を容易に脅かす世界だということを。

小さく震えるわたしの背に温かな手が添えられて顔を上げると、すぐ傍にディーの姿があった。


「不安だろうが、大丈夫だ。お前には傷一つつけさせない」


物々しい状況に不安はぬぐえないが、彼の言葉は信じられた。

これまで誰よりも傍に居て、護ってきてくれたディーのことは自分のことよりも信用できる。

彼の緋色の瞳を見つめ返し、しっかりと頷くとディーは魔法陣に意識を集中させた。

足元の魔法陣が放つ光が一層強くなると、ディーはその左腕をわたしの腰に回し、離れないようにしっかりと抱き込んだ。

ドキリとしながらも次いで彼が持ち上げた右手を視線で追っていると、その手にグレン様、姫様、ルーク様の掌が重ねられた。

転移魔法発動の際、座標がずれて一人別の場所に弾かれてしまうことがないようにする為らしい。


ディーの手首の腕輪にある宝玉が光を放ちだすと同時に、足元の魔法陣の光も更にその強さを増した。

目が眩みそうなほどの光に全身が包まれ、あまりの眩しさに目が開けていられず目を瞑る。

瞼の裏で光がチカチカと交差して一瞬の浮遊感に包まれた時、恐怖に体が硬直してしまったが、その次の瞬間には地面に降り立った感触が足に伝わった。

吃驚し過ぎて、口から心臓が飛び出そうだとドキドキする胸元を両手できつく握りしめていた。


「目を開けていいぞ」


耳元で聞こえた声に別の意味で心臓が止まる思いをしつつ閉じていた目を開けると、そこは見知らぬ建物の中だった。


さっと周りに視線を向ければそこは聖堂の中という雰囲気の場所だった。

白い壁に色とりどりのステンドグラスのはめ込まれた大きな窓が見える。


「先に行く!」


転移魔法陣の光が消えるよりも早くグレン様が駆け出していく。

傍らにいた姫様が「少しくらい待てないの!?」と小言を口にしつつ、走っていくグレン様の背に向けて身体機能向上の聖魔法を掛けていた。


出入り口の扉を勢いよく開けて出ていくグレン様と入れ替わるようにして、街中の至る所から上がる喧噪が室内へ流れ込んできて、わたしたちも急いで同じ方へと向かった。


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