第40話 -増幅-
足を運んでくださる皆さまありがとうございます。
皆の視線を受けつつ、ディーはこれから行う魔法の再現方法についての説明を行った。
「お前が一人で水魔法と、活性化の魔法の両方を行うのは難しいだろう」
「無理です」
確認するかのようにディーが告げた言葉にわたしは間髪入れずに即答した。
きっぱりと無理だと言い放ったわたしに、ディーは予想していたとおりの返答が返ってきて軽く頷いている。
「出来ると言ったとしても、何が起こるか分からず危険だから一人でさせるつもりはないが…」
そう前置きをしつつ、ディーはどうやって再現するかを口にした。
そのやり方は、ディーが水魔法を使って小さな球体状の水を作り出し、そこへわたしが魔力を流すという方法だった。
うまくいけば彼が作り出した水の球体が、わたしの流す魔力の力を受けてその質量が増し大きくなるという結果になるはずだという。
「俺の仮説のとおりなら、ただの大きな水の球体が出来上がるだけだから、そこまで大事にはならないだろうが、万全を期す為にお前たちにも手伝ってもらう」
「何をすればいいのかしら?」
「おう!任せろっ」
ルーク様は声に出しはしなかったが、全員がそれぞれ大きく頷いていた。それを確認したディーが各々にその役割を告げた。
「王女は身体機能強化魔法をここにいる全員にかけてくれ」
「わかったわ」
「グレンとジェイドは緊急時の対応だ。お互いに対極になるように位置取りをして待機」
「おう!」
「わかりました」
「ルークも緊急時の対応だ。危険だと判断したら、焔魔法でも風魔法でもいいからぶつけて相殺してくれ」
「…了解」
「スヴェンは、緊急時の伝令役だ」
「かしこまりました」
各々の役目をディーが告げると、姫様が全員に身体機能向上の聖属性魔法をかけた。
姫様がかけた聖属性魔法の全身を包む淡い光が落ち着くと、全員が配置についた。
ちなみにディーはわたしの真後ろに立っている。距離もかなり近い、というか彼の腕の中というもうほぼゼロ距離だ。背中に微妙に感じるディーの体温というか気配というか視線というか、もう全てのことに別の意味で心臓がバクバクと煩く暴れまわっている。
魔法発動時の位置取りについての説明がディーからされた際、なぜこの立ち位置なんだと当然抗議した。
いくらなんでも皆がいる目の前で、ディーの両腕に挟まれ背中側から抱き込まれるような態勢でいるのはとても恥ずかしいからだ。
ディーからは向い合せに立っていた場合、暴発した魔法がわたしに向かうと危ないからと言われた。確かにそうだろなと納得はするが、素直に受け入れるには決定打に欠け、尚もわたしは抗議した。
姫様が掛けてくれた身体機能向上の魔法に、ディーがくれた守護のピアスもあるのだから大丈夫ではないかと言葉を重ねたのだ。それでも何が起きるか分からないから万全を期すと言われてしまう。
それでも、でも、あの、としどろもどろに逃げの姿勢を見せれば、更に追い打ちをかけるようにディーが告げた。
「すぐ目の前にいる方が抱き抱えて瞬時に移動できる。魔法で形成された水球とお前の間に防御壁を展開する際も容易だ。発現する魔法を挟んで互いに対面にいる場合より、速く安全に対処ができる。つべこべ言っていないで、諦めろ」
「あぅ…」
容赦なく正論を並べ立てられ、情けない声を発しつつ助けを求めるように皆を見渡したが、誰一人としてわたしを擁護してはくれなかった。
「確かにディクスの言うとおり、その方が安全ですね」
「仕方ないわ。ユズハ、頑張りなさい」
「しかたねーから、諦めろ」
そう言ってジェイドさんも姫様もグレン様もにっこりと笑みを見せた。ルーク様も無言でこくこくと同意するように頷いている。
口をへの字にして、最後にスヴェンさんへ助けを求めるよう視線を向けたが、「ユズハ様の安全が第一ですので」とさらりと述べられ笑顔を向けられてしまい、話は終わりだとばかりにディーが声を掛け、全員が指定の場所に移動してしまって、今に至る。
「ユズハ、はじめるぞ」
「っ!……はぃ…」
耳元で掛けられる声に一瞬ぞわりとして、背中を気持ちの悪いものが駆け上がっていった。
一向に集中することもできず、体には無駄に力が入り、思考は纏まらなかった。
「落ち着け。そんな状態だと失敗するぞ」
「うぅ…」
情けない声を漏らすと、背中側から溜息が落とされた音が耳を掠めた。
そのことに更に居た堪れなさが募って逃げ出したくなる。
顔を上げることもできず、俯いていると視界の両側を黒いものが映り込んだ。
その影を追うように意識を向ければ、背後に居るディーが両腕を持ち上げたのだということがわかった。
「ユズハ、見ていろ」
未だ治まらない胸の動悸に、胸のあたりの服を無意識に握り込んでいたが、小さく呟くように発せられたディーの言葉とほぼ同時に目の前にある彼の掌から小さな炎が出現した。
突然のことに驚いて体をびくっと震わせ硬直したが、目の前の炎が次々と色を変えていく様に目を奪われ、体からは自然と力が抜けていった。
「きれい……」
ディーの魔法によって形作られた掌の上の炎は、赤、オレンジ、黄色、青、ピンクと色を次々と変えていった。手を伸ばせば触れられる位置にあるのに、その炎は全く熱さを感じなかった。
「すごいです!」
思わず背後のディーを振り仰いでそう告げれば、彼は突然振り向いたわたしに驚いた顔を見せたが、すぐにその表情を緩めて薄く笑った。
「力が抜けたようだな」
言われて気づき、呟くように小さな声で謝れば、掌の炎を消したディーはわたしの頭をぽんぽんと軽く撫でた。
「できそうか?」
問われて一度深呼吸をして気持ちを整えた。
恥ずかしさに煩く騒ぎ立てていた鼓動は、目の前で見せられた綺麗な炎のきらめきに高揚感でドキドキに変わっていた。
余計な感情が取り払われ、わたしもやってみたいという欲求にかられ、意識が魔法へと向いた。
先程のディーがやったような魔法は無理だ。それは嫌でも理解している。
けれど今のわたしにできることがあるのだから、目指す先は遠くてもいつかはできるようになるかもしれない。
そのことが、わたしのやる気を引き出してくれた。
「いけます」
今わたしにできることからやってみようと意気込む。
すぐ後ろにディーがいて、まわりを見渡せば姫様たちがいる。
万全のサポート体制の中、先程と同じように持ち上げられたディーの掌は目の前で向い合せになり、その掌の間のあいた空間に小さな拳大の水の球が形成される。そちらに集中すれば最早、恥ずかしさなど消し飛び、意識は吸い寄せられるかのように自身の中の魔力へと向いた。
水魔法は目の前で発動している。
わたしが行うのは、この水の球を大きくすること。
イメージを固定させ、体中を温かなものが廻る感覚が増していく。掌にそれらが集まるように意識を向ければ、熱はそこへ集まっていった。
「っ!」
耳元でディーが僅かに息を呑む声が聞こえた。
意識を目の前の水の球と自身の体内をめぐる魔力に向けていたから気づかなかったが、離れた位置に居た姫様たちも息をのんで一様に驚き、いつでも動けるよう身構えたらしい。
自身の掌には十分な熱が集まった。
目の前にはディーの両掌の間に小さな水の球がふわふわと浮いている。
このままイメージ通りに魔力を注げばいいのだろうが、予想通りに水の球がその質量を増し大きくなれば、わたしもディーもずぶ濡れになってしまいそうだ。
「ディー、水を持ち上げてください」
「ああ」
小さな水の球はふよふよと空中を漂いながら、その位置を上へと上へと上がっていく。
わたしが見上げる程の高さ、地面から二メートル程の位置まで持ち上げられたところで上昇が止まった。
「このくらいで大丈夫か?」
「はい」
わたしは深く深呼吸をすると、その水の球へと両掌を向けた。
掌へ集まっている熱を水の球へ。
自身から水の球へと注がれる魔力量を加減する術など分からず、一気に放出するかの如く魔力を注ぎ込んでしまった。
今度は目を瞑ることなく、対象をしっかりと眼前に据えそれを行ったのだが、どうやら力加減を大いに間違えてしまったらしい…。
「あ……やば」
そう思った時には小さな拳大の大きさだった水の球はその質量を増し、一気に膨れ上がっていた。
急激にその大きさを増す水の球と、ぼそりと呟いたわたしの声はほぼ同時で。
「っ!!」
背後でディーが驚愕に息を呑むのが分かった。
「ルーク!!」
一瞬のうちにその直径が一メートルを超え、更に巨大化していく水の球をすかさずディーが上空に打ち上げ、同時にルーク様の名を呼んだ。
わたしの視線は打ち上げられる水の球に釘づけになっていたのだが、咄嗟にディーに頭を抱え込まれるようにして抱き込まれ、その後の状況を目にすることは出来なかった。
「シールドプリズン!」
キィーンと風が空を切る音と、バシャンと水と何かがぶつかる音、そして遠くで姫様の声、それらがほぼ同時に耳に入り込んだ。
状況を知りたくても、視界に入り込むのはわたしを抱き込んでいるディーが纏う深紅のローブのみ。
身じろぎをするとふいにディーの腕が緩み顔の向きを変えることができた。
「うわぁ……」
小さな水飛沫が無数に空から落ちてきて、ディーとわたしを包むようにして展開されている見えない防御膜にあたって滴り落ちていった。
その光景を見て先ほど聞こえた姫様の声は、この防御膜を作り出す魔法だったことがわかった。
小さな水飛沫は陽の光をうけてキラキラと輝き、虹色の光を生み出していた。
その光景に見惚れてきれいだなと呟こうとしたところを、ディーにがしっと勢いよく両肩を掴まれて驚きに息を呑んだ。
「無事かっ!」
ディーの剣幕と咄嗟のことに驚いて声が出せなかったので、頭を上下にこくこくと動かした。
わたしのその様子に彼は長い長い溜息を吐きだし脱力した。
思いっきり掴まれた両肩が少々痛い。
「どうなったんですか?」
凄まじい勢いで巨大化する水の球をディーが空へと打ち上げたのは分かった。
けれどそのすぐ後に彼に抱き込まれたのでその後のことが分からず、気がつけば尋ねていた。
「膨張する水の勢いが著しく、危険だと判断し空へと打ち上げた」
「はい、見えました」
「それをルークが風魔法をぶつけて細切れにし、拡散させたおかげで小さな粒が雨のように降り注いだ。その水滴も、王女が咄嗟に俺達を囲むように張った防御膜にあたって地面へと流れ落ちていっているのが今の現状だな」
「………」
ディーの説明を受けて、咄嗟に拍手を贈りたくなった自分は間違っているだろうか。
詳細まで打ち合わせていた訳でないのに、各々の的確な対応で息の合ったコンビネーションが展開されたというわけだ。
正直見たかったと思ってしまった。方々に心配を掛けるのも申し訳ないので、できれば安全なところから眺めてみたいものだと思い直していると、突き刺さるような視線を感じそちらへと向き直った。
降り注ぐ水滴もなくなり、防御膜もいつのまにか消えていた。
「「「ディクス!ユズハ!」」」
わたし達の名を呼び駆け寄ってくる面々の表情は一様に険しい。
「無事かっ!?」
目の前まで走り寄って掛けられる言葉は皆同じだった。
心配そうな目をした姫様達がわたしの顔を覗き込むようにして見てくる。
「はい。何ともありません。助けて頂いてありがとうございました」
笑顔でそう告げると、皆が一斉に安堵の息をついた。
「久々に焦ったぜ」
「覚えのない魔力の波動って、予測がつかなくて対応に困るわね」
「…びっくりした」
「大事なくて良かったです」
脱力したり、考え込んでいたり、深い安堵の溜息にと、まわりで繰り広げられるやり取りに、高ぶって嬉々としていた感情とは真逆の焦りがふつふつと生まれる。
あ、あれ?何だかやらかした感が…拭えないんだけど。
その後、実証訓練は予想外のことが起こりかねないと一旦中止となった。
本人そっちのけで交わされている議論に居心地の悪さを感じ、意見が出る度にわたしはそちらへと頼りなく視線を動かし続けている。
他にはない波動と予測不可能の結果をもたらす可能性が高いわたし特有の魔力は、慎重に検証していくべきだとの意見が交わされていた。
その方法について更に踏み込んだ議論がなされているところへ遠くから声が掛けられた。
全員の視線が声のした方へと向く。
わたしも同じようにして皆の視線を追いかけると、鍛錬場の出入り口から一人の騎士が走り寄ってくる様子が見えた。
グレン様とジェイドさんがそちらへと近づき声を掛けた。
「何かあったのか」
駆け寄った騎士が息を乱しながら早口に告げたその内容に、わたし達は驚きを隠せなかった。
「王都の東にある小さな街が魔物の集団に襲われています!」




