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第39話 -再現-


水の魔法の発動が上手くいった後、今度は対象物を置かず何もない場所に同じことを行った。

地面から吹き上げる水の勢いも、量も最初の内は安定しなかったが、発動を重ねる毎に思い通りにそれらを調節できるようになり、随分と水の魔法を使えるようになっていった。

ただし攻撃魔法ではないので、使い道としては分からない。

この噴水魔法?以外については、できるかどうかも今のところ分からないが、魔法が使えたという実感と今後に対する期待がどんどん膨らんでいった。


だが、その大きく膨らんだ期待はこの後みごとに打ち砕かれることになった。



「な…、なんで……」


地面にがくりと膝をついて項垂れているわたしの横で、ディーは何事か考え込んでいる。

他の面々は眉根を寄せ、同情的な表情をしていたり、首を傾げていたりと様々だ。


「水魔法は問題なく発動するとして、風魔法もまあ大丈夫だろう。だが……」

「焔魔法は発動しないか……」

「土魔法もだめみたいですね」

「聖魔法はまた今度じっくりやってみましょう」


項垂れるわたしの目の前に屈み込んだ姫様が、わたしの頭をそっと撫でながら、今回とは別に聖魔法の訓練に付き合って下さるそうで、申し訳なさと有り難さと相反する両方の感情が溢れて涙が滲む。


「姫様ぁー」


折れそうに細く華奢な姫様の差し出された手を取って立ち上がりながらお礼と謝罪を同時に述べる。


「ありがとうございます。不甲斐なくてすみません」

「大丈夫ですわ。最初から全てを完璧にできる必要はありませんもの」


姫様の優しい言葉に、わたしは思わず姫様に抱きついてしまった。


「姫様、大好き」


少し驚いている姫様を抱きしめて小さく呟くと、澄んだ美しい小鳥のような声で「ふふ、嬉しいわ。私もユズハが大好きよ」と返されて、逆にわたしの方が吃驚してしまった。

目の前で優しく笑う姫様に感激していると、彼女はディーの方をちらりと見て意味深に微笑んだ。

その笑みがどこか意地悪く見えたのはきっとわたしの気のせいだと思うが、こちらを見るディーの眉間に皺が寄ったのは間違いなかった。


「いい加減、ユズハを離せ」


姫様と互いに握っていた手を外され、ディーの方に引き寄せられてつんのめってしまった。そんなわたしを抱き留めたディーを見上げれば、少々不機嫌な顔をしている。

普段から眉間に皺を寄せていることの多い彼だが、これは怒っているというのと少し違う気がした。


「ディー?」

「…なんだ」

「どうしたんですか?」

「……」


呼びかけて返事をしてくれたが、続く問いかけには答えてくれなかった。


「拗ねているだけですわ」


クスクスと笑いながら言った姫様の言葉にきょとんとして瞬きを繰り返し再びディーの顔を見上げたが、彼はわたしと目が合うとそっぽを向いてしまった。


ぶくくくっと離れたところから聞こえた笑い声に顔を向けるとグレン様も可笑しそうに笑っている。

ルーク様の表情は穏やかでぼんやりとしていていつもと変わりないが、ジェイドさんは苦笑している。


はて?良く分かっていないのはわたしだけのようだ。


「ディー?」


再度呼びかけると、ごほんと一度咳払いをしたディーがわたしに向き直った。


「次の検証をしたいところだが、いけそうか?」

「はい、問題ありません」

「そうか。かなり魔法を使ったはずだが、体調に変化はないのか?」

「……?特に何も感じないです」


わたしの返答にディーは片手を顎に当てて何かを考えているようだ。

確かに何度か魔法を使った。

発動したのは水魔法と、風魔法が少しだけで、他は魔法として欠片も形を成すことはなかったが、総じて三十回ほどは魔法を放った。

体調について聞かれたが、始める前と特に変化は感じられない。

頭もすっきりしているし、疲れや怠さも感じていなかった。


どうしたのだろうと首を傾げていると、ディーが手を差し伸べてきた。


「手を出せ」

「?」


言われた通りに片手を差し出すと、ディーはその手を取り自身の掌の上に乗せた。


「水の魔力を練ってみろ。発動はさせなくていい。体内に留めるだけだ」

「はい」


わたしは言われるがまま、覚えたての水の魔力を体内に練り上げた。

量としては、最初にグレン様をずぶ濡れにした水魔法を発動した時くらいの量だ。


「もう少し多く練れるか?」

「はい」


ディーの指示通り、練り上げる水の魔力量を増やす。

そのことに何の意味があるのか分からないが、とにかく言われた通りその指示に従った。まだまだ不慣れな魔力操作を、余計なことを考えながらできるはずもないのだ。

気になることは後でまとめて尋ねてみれば良いので、わたしは水の魔力を練り上げることに集中した。


「もういいぞ」


暫くして何かを探るように俯き加減で考え込んでいたディーが顔を上げたので、言われた通りわたしも魔力を練り上げるのをやめた。見上げたディーの顔には、相変わらず眉間に皺が刻まれていた。

何か問題があるからそんな表情なんだろうなと思うと、その理由を尋ねるのにも少々勇気がいる。

何も言い出せないままディーの様子を窺っていた。


「やはり、変化はないようだな……」


ぼそりと呟いたディーの言葉を聞き取った姫様が「どういうこと?」と問いかけると、何かまだ考えているようだったディーが顔を上げて答えた。


「あれだけ魔法を使用したにも関わらず、ユズハの魔力量が減っていない」

「はぁ?」

「なんですって!」

「………わぁ」

「それはまた…」


ディーが言った言葉の意味があまりよく分からないわたしはきょとんとしていたけど、他のメンバーは一様に驚いていて、すぐに全員の視線はわたしへと向けられた。

見目麗しく整った顔立ちをしている人たちが、一斉に自分へ視線を向けた時の居心地の悪さというものをこの時身を以て体験した。

全員が驚いた表情でじっとわたしを見つめてくる。それは時間にしてみれば、ほんの僅かな時間だったのかもしれないが、究極の居た堪れなさを感じているわたしにとってはとても長い時間に感じられた。

口元は自然と引き攣ってしまい、ひやりとした感覚が喉の奥を流れ落ちていく。

詳しい説明もないので、状況は分からないままだが、これだけは分かる。


わたしはどうやら何かおかしなことをやらかしたようだ…ということが。


「結構何回も水魔法発動してたよな」

「威力も大きさも様々だったわ」

「発動しなかった魔法も、魔力自体は放出されていた筈ですし…」

「………」


彼らの小さく呟く声が耳に届くが、向けられる視線は大よそ穏やかなものとは言い難い。困惑し、訝しむような感情、驚きを隠せない表情に、深刻そうな視線と、百面相でも見せられているかのように、彼らの表情は著しく変化していた。


不快だとは思わないがあまりにも居た堪れなくて、彼らの視線を遮るようにそっとディーの背に隠れるよう自身の立ち位置をずらした。


「本当に体調に変化はないんだな?」


姫様たちの視線を遮るように、わたしがそっとその背に隠れたことをきっとディーは分かっている。

彼は動くことも、わたしに振り返ることもなく、ただ顔だけを背後に傾けるようにしてわたしの体調を再度確認するように問いかけてきた。

問われて、改めて自分自身の体調の変化に意識を向けてみても、やはり訓練開始前と今とで思い当たるような変化は何も感じていなかった。

何を言われるのかとどぎまぎしながら、ありませんと返事をした声は自分で思っていたよりもずっと小さく弱弱しいものになっていた。


「怒っているわけじゃない。そう怯えるな」


今度こそディーは身体ごとわたしに向き直り、落ち着かせるように優しく頭を撫でてきた。

怒っていないのは雰囲気からも伝わってくるのだが、彼らが見せている反応がわたしの不安を掻き立ててしまっている。

恐る恐る見上げた先にあったディーの顔には笑みが浮かんでいたのだが、困惑、驚き、感嘆、不安など色んな感情がごちゃまぜになったような不思議な笑みで、わたしは素直に彼の言葉を受け入れることができないでいた。

そんなわたしにディーは現状を分かりやすく丁寧に説明してくれた。


「皆、驚いているだけだ。魔法を使えば、体内にある魔力量は減っていく。だがお前の魔力は全く減っていない。魔法を使用する者に等しく現れる症状が、お前には現れない。こんな不可思議な現象は俺も初めての経験だ。日頃から魔法に触れる機会の多いルークたちだって同様に初めてのはずだ。驚くのも当然だろう」

「え……。えぇえええええ!?」


ディーに言われて、彼らがあらゆる感情の入り混じった表情でわたしを見ていたその理由が分かり、そうして自身もまたその現象が如何に異質なことであるかに気づかされて、自分自身でも驚いて思わず大きな声で叫んでしまった。

予想外に大きな声が出てしまって、わたしは慌てて両手で口を塞ぐ。

そして焦りにも似た感情から思わず目だけを動かして、周りに佇む彼らの様子を窺っていた。

わたしが突然発した大声に、姫様たちも驚いたような表情を見せていた。


「体調に異変がないのなら、別の検証を続けて行うが、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」


冷静さが戻ってきて落ち着いた頃合いを見計らって掛けられた問いに、わたしは素直に返事をした。

ディーの表情が若干硬さを伴っているのは、未知のものに相対している緊張感があるからかもしれない。

わたしそんな危険人物ではないですよと呟きたくなるが、自分がどれほどの力を有しているのかを把握していない現状でそれを言っても何の説得力もないので、口に出さずにぐっと呑み込んでおいた。


「次の検証は、以前お前がプライベートルームで行ったものの再現だ」

「えっと…どうやって……」


どんなことを行うのかと気になっていると、ディーのその言葉に少々驚いてしまった。

再現と言われても、なぜああなってしまったのか自分でも分からないのでやり方が全く見当がつかない。


「俺をずぶ濡れにした魔法の元になったやつか!」

「その話、詳しく聞きたいわ」

「…すっごく、気になる」


近くで聞いていたグレン様たちも気になるようだ。特にルーク様が一番興味がある様で、その目が獲物を見つけた獣のように鋭く光っているように見えた。

とても期待されているようで、大いに居心地が悪い。冷たい汗が背中をつーっと流れていった。


「お前が属性を意識せず無意識に練り上げている魔力がある」

「……」


そう言われて思わずディーに向けていた視線をそっとよそへ逸らす。

魔力を練り上げるというものが分かっていなかったわたしが、時折無意識に行っていてディーにしこたま怒られたやつだ。

その時のことが鮮明に思い出され、心臓がバクバクと煩くなっていった。説教するときのディーはとても怖いのだ。

あの時にディーから言われたことは大変ごもっともなことばかりなので、しっかり反省はしているのだが、如何せん無意識に行っていたことなので、それが意識してできるものなのかさっぱりわからない。


「あの時、何をしようとしていたか確認だ」

「……はいぃ」

「怒っている訳じゃないから、そう身構えるな」


あまりに怯えた態度を見せてしまっていた為、わたしを見るディーの顔はバツが悪そうに少々歪められていた。

一度目を閉じて深く深呼吸をして気持ちを切り替えると、目を開けてしっかりと彼の目を見返した。


「花瓶に手を入れたと言っていたな」

「はい」

「何をしようと考えていた」

「花が元気になればいいなと」


わたしが答えやすいようにディーは一つ一つを細かく確認していった。

彼のする質問に、わたしはその時のことを思い出しながら返事をしていく。


「それで、どんな魔法を思い描いた?」

「花が元気になるような魔法を……」

「それが、お前が言っていた『活性化』だな」

「はい」


わたしが答えやすいように的確な質問を投げかけてくるディーだが、その質問内容が細かくて驚いてしまう。当の本人であるわたしのほうが記憶が曖昧になってきているというのに、よく覚えているなぁと感心してしまった。


「活性化?」

「そうだ。あの日、問い質した俺にユズハが言った言葉だ」

「聖属性魔法の身体機能向上みたいなやつってことか?」

「それに近い考え方のようだ。そうだな、ユズハ」

「はい。…えっと、あの時は…」


思い出しやすいように誘導してくれたディーのおかげで、あの日の記憶が徐々に鮮明に思い出されてきた。

グレン様をずぶ濡れにした時には、頭上から大量の水が降ってきたとしか説明しなかったので、それ以外のことについても彼らに話していった。


「魔術について書かれている本を読んでいて、わたしにも魔力があると言われていたので魔法を使ってみたくて。あの時はまだディーから離れて外に行くことができなかったので、室内でできる魔法はないかと考えていました」


脳内にはあの日見たプライベートルームの室内が思い描かれていた。

室内でもできる危険のない魔法がないか、室内をぐるりと見渡して探し花瓶に活けられた花が目に留まった。

少し元気のない花を見て、回復魔法が使えないかと思いついたのだ。

そこまで伝えると、姫様が問いかけてきた。


「回復魔法をかけようとしたんではないの?」


その疑問はもっともなことだ。


「はい。対象が花だったので……」

「確かに、花に回復魔法はかけねーなぁ」


グレン様の言葉に苦笑を零した。

わたしも同じことを思ったのだ。


「そうなんです。なので、回復魔法がどんなものなのかを考えていて、細胞が元気になれば花も元気になるんじゃないかと思って…」

「ああ、だから活性化なんですね」

「…細胞の活性化……」


活性化と聞いてジェイドさんも疑問に思っていたようで、わたしの話を聞いてようやく納得したと大きく頷いていた。ルーク様からも小さな呟きが聞こえた。


「でもどうやったらできるかはわからなくて…」

「それでどうしたんだ?」

「とりあえずやってみました」

「はぁ!?」

「!」


みんな驚いている。

当然だ、どうやったらできるのか分からないのに、『とりあえずやってみた』のだ。驚くのも無理はない。


「無謀すぎる…」

「すごい行動力ね…」

「………」


驚きと、呆れと、感嘆と、困惑と。またも色んな感情の入り混じったそんな表情がわたしに向けられた。今度はディーだけでなく全員から、だが。

その彼らの視線がグサグサとわたしに突き刺さって、更に居心地が悪くなる。喉の奥に苦いものが溜まりもやっとする。


「それで、何で水が降ってくるんだ!?」


グレン様の言ったその言葉が、今回再現を行うにあたっての一番の問題点なのだ。

それはわたしにも分からないのだ。


「そこはある程度俺が予測を立てている」


わたしが話している間ずっと黙っていたディーがようやく言葉をはさんできた。

グレン様の問いに、何とも答えられないわたしは困ったように首を傾げていたのだが、ディーが声を発したことで全員の視線が彼に向いた。


「水と花とがそれぞれ活性化すればいいと思って魔力を流したと、お前は言っていた」


確かにそんな感じのことを言ったような気がするが、事細かには覚えていないので頷くだけの返事をした。


「あの時に感じた魔力の波動は、水とこれまで感じたことのない得体の知れない波動の二つだった」

「得体の知れない波動……」


ディーの言葉を拾ったジェイドさんからぽつりと零れた言葉。

それだけ聞くと、なんだかわたしがとてつもなく危険人物なように思えてならない。ドキドキと治まらない心臓の激しい鼓動と緊張から、背中をだらだらと汗が流れていく。


「そこで俺が行った予測は……」


ディーがこの後話してくれたことは要約すると次のようなものだった。


水に触れていたことで、水魔法のイメージが頭に浮かび微弱ながら水魔法が発現したこと。

花と水をそれぞれ活性化させる為に、その各々が持つ生命力のようなものが増大すればいいと考えたこと。

小さな光が強く大きくなるようなイメージを持ったこと。


「…ああ、それで…」


ルーク様が何かに気づいたように呟く。

それを聞き取ったディーが大きく頷き言葉を続けた。


「そうだ。ユズハは小さなものが大きくなるイメージを持って魔力を注いだ。どの属性にも属さない、ユズハがイメージしたままの、活性化させる力を持った魔力を。その結果、発現した水魔法が増幅されたんだろうと、俺は考えている」

「はぁあああ!?」

「そんなことが!」


グレン様の大きな声が訓練場に木霊した。その目はこれでもかというくらい大きく見開かれている。

大声でこそなかったが、その驚きは姫様やジェイドさんにも同じように表情に現れていた。


というか、わたしが一番驚いているんですけども……。


そんなわたしの思いをよそに、あの日の魔法の再現を行うにあたっての説明をこの後ディーは淡々と告げた。

長くなったので切りました。

中途半端で申し訳ないです。

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