第38話 -発動2-
足を運んでくださる皆様ありがとうございます。
「水柱を上げて、頭上から水を降らせるとは思わなかったぜ…」
ずぶ濡れになった全身をルーク様の風魔法で乾かしてもらったグレン様が傍に戻ってきてそう口にした。
「どんなイメージをしたら、ああなったの?」
興味津々で尋ねてきたのは姫様だ。
ルーク様もわたしをじっと見つめているのだから、彼も同じ疑問を抱いているのだろう。
「実体験?」
首を傾げてそう呟けば、納得したように「ああ、あれか」と声を発したのはジェイドさんだ。
ディーの方は「ずぶ濡れにしてやれ」と指示を出した時から、同様のことをするだろうと予想していたようだ。
実体験の意味が分からない姫様たちは首を傾げている。
そこでわたしは以前ディーのプライベートルームでやらかした騒動のことを話した。
あの時は花瓶に入っていた水がなんらかの影響を受けて増幅し、わたしの頭上から降ってきたわけだが、今回は近くに水があるわけではなかったので、噴水のように地面から水が吹き上がる様子をイメージした。
それがわたしが放った魔法によって見事に具現化されて、ああいう結果になったのだった。
「攻撃ではなく、ずぶ濡れにするのが目的だったから危険認知が作用しなかったのね」
魔法が発動する際の魔力は、属性以外にも様々な性質を帯びるらしい。
きょとんとしていると、ディーがそのことを説明してくれた。
「魔法には焔、水などの属性の他に、攻撃、防御、補助などの種類があるだろう」
「はい」
「魔法を使用する側は、目的を持って発動させるからそれを認識しているが、魔法を受ける側は攻撃されるのかどうかは分からない。そのため戦闘に長けた者は、各々が持つ生存本能が感知する危険認知によって、どう対処するかを瞬時に判断している」
「……もうその時点で、常人じゃないし」
ぼそりと呟いた声は彼らには届いていないようだった。
唯一聞こえたらしいのはジェイドさんだ。ディーの方が近くにいて聞こえていないところをみると、ジェイドさんは聞こえたというより、唇の動きを読んだのかもしれない。わずかに苦笑を零していた。
他人事のように笑っているけど、ジェイドさん貴方だってできるでしょう。
そんなことを思っているわたしと目があったジェイドさんはにっこりと笑みを見せた。
思わずわたしの口元がひくりと引き攣る。
思えば今ここにはこの国最強の面子が勢揃いしているのではなかろうか。
緋の神官を筆頭に、緋の聖女、緋の騎士、緋の魔術士、王族直属の近衛騎士。それにスヴェンさんについても、あらゆることに動じないところを見ると彼もきっとそれなりに経験豊富で強いのだと思われる。
そんな最強メンバーを一歩下がって見つめれば、なんだか自分がここにいることが場違いな気さえしてしまう。
「――っ」
僅かに尻込みして一歩後ずさると、すかさず隣に立っていたディーがその腕をわたしの背に回し動きを封じられて、静止させられてしまった。
「あいつらは戦闘に長けた化け物のようなものだ。気にするな」
ディーのその言葉に唖然としていると、すかさず他の面々から抗議の声が上がった。
「この国一番の化け物であるお前が言うかそれっ!」
「貴方たちと一緒にされるのは心外だわ」
「……僕、ふつう…」
「私は至って普通の一般騎士ですよ」
貴方方が普通なら、世間一般的な基準がそもそもおかしいことになるではないかと、眉根を寄せ半眼になりながら彼らの言葉を聞いていた。
「吠えるなうるさい」
「ぐっ」
ディーの静かな一喝に、グレン様はすかさず黙り込む。もっと反論したいのをぐっと堪えているような表情をしている。
姫様も僅かに眉根を寄せてディーを睨んでいて、わたしは彼らの様子をハラハラしながら見守っているしかできない。
険悪な状態になりはしないかと不安になるが、ジェイドさんやスヴェンさんが穏やかな表情をしているところを見ると、この程度のことは彼らにとっては日常的なやりとりと変わらないのかもしれない。
ディーをそっと見上げると、彼は持ちあげた手でぽんと軽くわたしの頭を撫でた。
「魔法を使ってみて何か異変はないか?」
そう尋ねられて、自分が先程魔法を発動できたことを改めて認識し、胸の中にふつふつと達成感のような嬉しいような高揚する気持ちが湧きあがってきた。
特に体調におかしなところは感じない。
「ありません!」
高ぶった感情のままに声を発すればいつもよりも少し大きな声が出てしまった。
わたしの嬉しそうな様子を見たディーは、苦笑を零してもう一度わたしの頭をぽんと撫でた。
「続けて他の属性の発動にうつるが、問題ないか?」
「はい、大丈夫です」
初めて魔法を使用する者に対しては皆こうなのか?と疑問に思ってしまうほど、ディーはわたしに細かく確認を入れた。
「ディクスは心配しているんですよ」
グレン様たちと話をしているディーを見ながら首を傾げていると、いつの間にか近くに立っていたジェイドさんが教えてくれた。
更に首を傾げていると、彼はくすりと笑って言葉を続ける。
「別の世界からきたユズハさんは魔法を使うのも初めてのようなものでしょう?」
「はい」
ディーのプライベートルームでわたしが魔法発動もどきを行った時、ジェイドさんも近くに居た。正確にはディーの執務室で仕事の話をしていて、彼と共に異変の出所であるプライベートルームにやってきたのだ。
魔法が発動した瞬間は、わたしを含め誰も目にしてはいないのだが、突然頭上から大量の水が降ってくるなど、魔法を使った以外に考えられない。
だからジェイドさんは「初めてのようなもの」という言い方をしたのだと思う。
「産まれた時から魔法が身近にある私たちと違って、ユズハさんは魔法に対する耐性もどの程度あるか未知数な部分が多いですからね。何が貴方の負担になるかわからないから、心配なんですよ」
「そうなんですね」
「それはディクスだけでなく、私たちも同じなんですけどね」
「え?」
思ってもいなかったジェイドさんの言葉にきょとんとしてしまった。
そんなわたしの様子を見て、彼は小さく苦笑を零した。
「穏やかな平時とはいえ、ここにいるメンバーはそれぞれが重要な役割を担う者たちなので、面白そうという好奇心だけで集まるのは難しいのですよ」
その言葉にわたしは驚愕して目を見開く。
忘れていた訳ではないが、失念していたようなものだ。
姫様もグレン様も公務があると言っていた筈だ。ルーク様もディーだって日頃から忙しくしている。
ジェイドさんも王族付き近衛騎士なのだから、本当はこんなところに居るべきではない筈で。
スヴェンさんだって優秀な執事なのだから、多忙な筈だった。
それなのに、皆ここに揃っている。
わたしの魔法の訓練に時間を割いてくれたのだ。
そのことがどんなに恐れ多いことなのかに気づいて、わたしは青褪めてしまった。
言葉を発することもできずに固まっていると、ジェイドさんが慌てたように口を開いた。
「ああ、そうじゃないんですよユズハさん」
ジェイドさんはわたしの背の肩付近にぽんと優しく触れ、落ち着かせるように普段のものよりも更に優しげな声音で話しを続けた。
「皆、貴方が心配で集まりました。それだけユズハさんを大切に思っているということです」
言葉を紡ぎながら、彼はわたしを安心させるようにぽんぽんと何度も肩付近に軽く触れた。
窺うようにその顔を見上げれば、ジェイドさんはにっこりと優しく笑ってくれた。
その笑顔を見て、驚愕に慄いて固まっていた身体がゆっくりとほぐれていく。
「皆…ほんと、わたしに優しすぎです」
「それはユズハさんの人となりを皆、気に入ってるから当たり前のこと、ですよ」
そう言ってにっこりと微笑むジェイドさんを見て苦笑を零す。
くすぐったいような温かい気持ちで、胸に渦巻いていた嫌な気持ちが包まれて消えていった。
この度、豪雨災害によりあらゆる回線が寸断され、固定電話とネット回線の有難さが身に染みました。言葉が思いつかず、まだまだ更新は亀なみに遅いですが完結まで頑張ります。




