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第35話 -想- ※神官視点

更新を待っていてくださる皆様ありがとうございます。

亀更新ですが、最後まで頑張ります。


ユズハが紫龍のことを夢に見るようになったと話を聞いてから数日が経過していた。

他者が夢に手出しをできないことは、己が十分に思い知っている。

長い年月、ずっと己が悪夢に際悩まされてきたからだ。


ユズハは自身が見る夢のことを悪夢ではないと言った。

だが、それがいつ彼女にとって精神を苛む悪夢へと変わるかは誰にも分からない。

害を成すものではないからと言われて、そのまま放置することは己にはできなかった。



執務室でいつものように書類に次々と目を通し、うず高く積み上げられた山を片付けていきながら、ふと目に留まった言葉に手を止めると、彼女のことを考えている自分に気づく。


ユズハを思い浮かべた時に感じる感情が何か、その答えを己はとっくに分かっている。


失いたくない。

傍に居て欲しい。

彼女を傷つけるものは、例え己であっても許しはしない。


その思いは、彼女をこの世界に呼び寄せた召喚術士としての責任感や同情からくるものではなく、一人の人間として、彼女を何よりも誰よりも大切に思う気持ちからくるものだ。


ユズハは最初から突拍子もない行動に出ていたし、こちらの機嫌の良し悪しに関係なく、睨み付けても説教をしても、彼女の己に対する態度は何ら変わることはなかった。

そういう人間は己のまわりにはほとんどいない。


己の境遇や肩書を知って、取り入る為だったり己の外見が好みだからと媚るような者らは、興味本位で近づいてくることもあったが、己の性格を知った途端、手のひらを返すように必要以上近づかなくなり、用事があったとしてもびくびくおどおどしていてこちらの顔色を窺ってきた。

そうしたことが度重なれば当然、人との関わりも煩わしくなり、過去の一件により感情の一部を欠落していた己は、余計に他人と接することを避けるようになっていった。

まともに接してきたのは、義兄でもあるジェイドとその両親くらいのものだ。


己が人の感情の機微に敏い方であることは認識していたが、ジェイドの方も中々人を良く見ていると思う。


『魂の番を見つけて、ディクスもようやく人間味がでてきたかな』


そう言った時のあいつの表情はとても嬉しそうだった。

よほど心配を掛けていたのだろうと、その時になってようやく気づいた。

そのことを告げるとまたあいつは笑って言った。


『ほら、そうやって気づけるようになった。良いことだよ』


ジェイドの言葉をすんなりと受け入れられる程、物分かりが良いわけでもない。


これまでずっと、他人がどう思っていようが己には関係ないと全て切り捨ててきた。

悪い方の意味で、良い性格になったものだと我ながら思う。

だが、この上なく歪んでしまった己の性格は今更変えようもない。

嫌悪を剥き出しにしてくる輩から身を護る為に身に付けた術は、己の内面をも頑なに、そして意地悪くしたようだ。


そんな己の殻をいともたやすく剥ぎ取ってしまうのがユズハの存在だ。


これまで誰と接しても変わることのなかった己の態度に、変化が生じた理由は彼女以外にない。

思えばユズハに対しては最初から嫌悪感を感じなかった。

不信感は多少なりともあっただろうが、居心地の良さの方が勝っていた。

彼女が傍に居れば悪夢を見ることもなかった。そのことが余計に彼女を手放せなくさせていた。


依存だと言われればそうだとしか言いようがない。

針のむしろのような場所に居て、息をつくことさえも容易にできなかった己に、心から安らげる居場所をくれたのだ。


ユズハのことを『魂の番』とジェイドが言った時にはピンとこなかったが、こうして改めて考えてみるとなるほどしっくりとくる。

彼女がとる一挙一動が己の感情を酷く揺さぶるのだ。


時空の狭間から再召喚した後からは、特にそれが顕著にみられるようになった。

独占欲にも似た感情は、時に押さえ難いほどに剥き出しになることもある。


人付き合いも下手で、これまでそういった特別な感情を持った相手などいなかった為、ユズハに対する態度にもどう加減すれば良いのか分からない。


彼女が無謀な行動に出る時には、特に抑制がきかず、感情のままに怒鳴りつけてしまうこともしばしば。

間を置いて一息つけば、きつく言い過ぎたかと後悔するが、ユズハはその後も己に対する態度を変えることはなく無邪気に近寄ってくる。

己が造る壁をたやすくぶち壊してくる彼女のその様子に、心が救われるのももう数えきれない程だ。


そんな彼女だからこそ、愛しく思うし、如何なることからも護ってやりたいと思う。


そうして思考は再び、ユズハの夢のことへと戻る。

何か良い方法はないかと考えていた、その時だった。


「!」


以前にも感じた事のある、不安定で己が知る属性のどれにも当てはまらない波動を持つそれ。

その波動の出所を探ると、それはやはり隣のプライベートルームから放たれている。

今そこに居るのは彼女ただ一人。


「あいつは!」


前回あれだけ言い聞かせたのに、こりていないのか!


得体の知れないユズハの魔力は、誰か魔術に精通する者が傍について見守っている中で検証する必要があると思っていた。

前回は水が頭上から降ってきた程度で済んだが、何が起こるのか分からないのが現状だ。

本来ならば彼女の魔力についての検証を先に行うべきではあったのだろうが、未だその時間を取れないでいた。


時に突拍子もない行動に出るユズハが、本を読むだけで大人しくしている訳がないことは分かっていた筈なのに、目の前の仕事を優先させてしまい彼女の無鉄砲さを失念していた。


「ちっ」


軽く舌打ちすると、急いでプライベートルームに居る筈のユズハの元へ向かった。



扉を開け、プライベートルームに踏み込むと、前回と違ってそこは特に変わった様子もなかった。

ただ部屋の中央付近に置かれたソファーに座るユズハから、属性もはっきりしない不安定で微弱な波動が発せられているのが感じられるだけだ。


ソファは部屋の中心の方を向いて置いてあり、そこに座るユズハはこちらに背を向けている状態である為、この扉の位置からソファーに座る彼女の様子は窺い知ることが出来ない。


警戒するほどの異変が見当たらないことから、己は静かに彼女へと近づいた。


ソファーの正面に立ち、ユズハの様子を見てみると、彼女はソファーに深く座りその背を座面に預けて目を閉じていた。

一見すればただ寝ているようにも見える。

彼女の両手は腹部に触れていて、規則正しく呼吸している音が己の耳に届く。


何事もないことに一旦ほっと安堵の息を零すも、彼女から放たれている波動には気を緩めることはできない。

ユズハの様子を注意深く観察しながら、声を掛けるタイミングを見計らっていた。


魔力操作中に下手に集中を乱すようなことをすると、暴発してしまう恐れもある。

未熟な者ほど何が起こるか分からないのが魔力操作だ。


だからこそ、得体の知れない性質の魔力を持つユズハは特に注意が必要なのだ。

魔法が存在しない世界から来たというのだから、魔力操作などやったこともないだろう。

その証拠に彼女は自身に魔力があることを認識していなかった。


ユズハから漂ってくる魔力の波動は以前感じたものと同じで、己がこれまでに認識してきたどの属性にも当てはまらない。

ゆらゆらと波間を漂うかのごとく不安定で、優しくどこか温かさも感じられる波動。

こうしてよくよく観察してみれば、なるほどユズハらしい魔力だとも思う。


暫くそうしていて、未だ目の前にいる己に気づかない彼女の様子に眉根を寄せる。

普通に扉を閉める音もした筈だし、近づいてくる足音だってした筈だ。

一瞬眠っているのかとも思ったが、それにしては体から力が抜けきってはいないようだ。

声を掛けるべきか思案していると、彼女から発せられる魔力の波動がその存在感を増した。


「っ!」


咄嗟にこれ以上は危険だと判断し、強引にユズハを揺り動かし意識を引き戻すことにした。


集中を乱させることは危険が伴うが、魔力操作に富み、召喚・封印を得意とする己にとって、相手の魔力の波動をよみ、逆算して集まった魔力を霧散させることは難しいことではない。


得体の知れない魔力であろうと、根本的な要素は同じ。

封印の術式を展開し、彼女の魔力が暴発しても大丈夫なように、ユズハを含む周辺全てを自身の魔力で覆う。そうして彼女の両肩に手を置きその名を呼んだ。


「ユズハ!」


強く肩を揺さぶれば、ユズハは驚いたように目を開けた。

寝惚けているようなとろんとした彼女の視線が己とぶつかると、ぼうっとした様子のまま彼女はことんと首を傾げて見せた。


そのあまりの呆けた能天気な様子に、腹の奥底からふつふつと怒りがわき上がってくる。


こいつはどれだけ心配させれば気が済むんだ!!


その感情は頭の中で思っただけに留まらず、怒気を過剰にはらんだままユズハへと吐き出されていた。

これまでも散々説教をしてきたにも関わらず、何かしらを安易に行動に移す彼女には言葉で言うだけではどうも効き目がないようだ。


同じ過ちを繰り返しているわけではないが、ユズハは危機感が足りない。

いや、足りないというより完全に欠如していると言っても過言ではない程だ。

この世界が、彼女の暮らしてきた世界と如何に違うとはいえ、彼女の行動はあまりにも危うすぎた。

今後の為にも、危険認識についてここでしっかりとその身に刻みつけさせる必要があると思い、逃げようと腰を上げた彼女の行く手を遮った。


半ば怒りの感情に押し流されるままにユズハをソファに押し倒せば、困惑の表情から一転、泣き喚いて謝罪し、許しを請う姿に毒気を抜かれた。


俺は一体、何をしようとしていたのか……。


我に返りユズハの頬に触れていた手を離し自身の顔を覆った。

深く息を吐き出せば、胸に渦巻いていた熱も霧散していき、次第に思考もクリアになっていった。


ソファに座り直すと、ユズハの瞳を正面から見据えて彼女に言い聞かせた。


「ユズハ、これだけは守れ」

「はぃ、なんでしょう」

「絶対に一人で何かをしようとするな」

「わわ、【危ないこと】だけでなく、【何か】になった……」

「当たり前だ!お前は何が危険なことなのかを把握していなさすぎるからな!」

「それはひどい言われよう……」

「誰のせいだ誰の!」

「はぃ、すみません」


ユズハの言葉は聞き取るのも困難に感じる程、小さな呟きに変わっていったが言質はとった。


「守れないようなら…実力行使に出るまでだ」


口元をにやりと腹黒い笑みの形に持ち上げると、ユズハは小さく震えあがり「肝に銘じます!」と答えたのだった。



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