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第33話 -夢-

長らくお待たせしてすみません。



ソファに座っていて、正面からディーの両腕の間に囲い込まれてしまっては逃げ場がない。

泣いていたことを知られてしまいバツが悪くて視線を合わせられないでいると、ディーの眉間にはますます皺が刻まれていった。


「ディー仕事は?」

「一段落したから問題ない」


逃げられないことは百も承知だが、夢のことをすんなり話すのを何となくためらってしまった。

こんなことなら夢を見るようになってすぐに話しておけば良かったとも思った。

隠し事をしていたことが気まずくてどうにもディーの顔色を窺ってしまう。


「じゃあお茶を…」

「必要ない」

「えっと、それじゃあ…」

「ユズハ、きちんと話せ」

「うっ…」


何とかその場を取り繕おうと頑張ってみたものの、ディーはわたしの言葉を悉く一蹴した。

真剣な表情で見つめてくる彼の目を見て観念したわたしは、大きな溜息を零してから夢のことを話し出した。


「夢をみるんです」

「夢だと?」


わたしのその一言を聞いただけで彼の眉根が寄せられる。

その声音も心なしか若干低い。

ディーは怒っているわけではないのに、その様子にわたしは僅かに首をすくめた。


「悪夢じゃないですよ」


窺うようにそう告げると、彼は強張らせていた表情を緩め深く息を吐き出した。

ソファに座るわたしの正面に立っていたディーは居住まいを正すと、隣に腰を下ろした。


ディーがこんなに過剰に反応するのは、彼自身がずっと悪夢を見続け眠りを妨げられていたからだろう。


「それで、どんな夢をみるんだ?」


ディーが発した声はいつもと変わらないものに戻っていたが、眉間の皺は消えていない。

わたしをそれだけ心配してくれているのだと分かって、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが胸に浮かんだ。


「時間、大丈夫なんですか?」


確認するように問うと、ディーは問題ないと言ってその場を動こうとはしなかった。

それならばと、わたしは最近頻繁に見るようになった夢のことを彼に話した。


空間の狭間に落ちて、そこで見たセレンディア国のエレスティーノ王女と紫龍のことから順を追って話していく。

狭間からこの世界に戻ってきて、数日は特に変わったこともなかったこと。

けれどここ五日ほど、昼夜問わず頻繁に紫龍に関する夢を見るようになったこと。

そして、夢に見る内容についてなどを詳細に話した。


話を進めていくと、ディーの表情はだんだんと険しくなっていった。

彼のその様子に、わたしはきつく握りしめられていく彼の手に自身の手を重ね、その手をゆっくりと開かせた。


「悪夢というほどのものではないから大丈夫ですよ」

「だがっ!」


ディーが言いたいことも何となく予想がつく。どれだけ心配させてしまったのかも分かる。

だからこそ、夢を見ることを言い出せなかったのだということにわたしも改めて気づいた。

彼を安心させるように微笑んでみせると、ディーは何かを言いたそうにしていた口を噤み、重ねていたわたしの手をぎゅっと握りしめてきた。


「夢の中で起こることに俺は手出しができない」

「はい」

「夢の中でお前が傷ついても、助けてやることもできない」

「はい……」


ディーが言葉を紡ぎ、辛そうな表情でぐっと唇を噛みしめた。

わたしは繋いでいない方の手で彼の頬に触れ、次に指先で噛みしめられている彼の唇をそっとなぞると、今にも噛み切られてしまいそうなほどに加えられていた力が抜けていった。

そのことにほっとして唇に触れていた手を再び彼の頬へと添えた。


「ディーは何も悪くない。貴方が傍に居てくれるから、その夢も悪夢にならずにすんでいるのだと思います。だからわたしのことで自分を傷つけないでください」

「っ………」


そう言って微笑むと、ディーは頬に添えているわたしの手を自身の手で包み込み、繋いでいる方の手を離しわたしの背にまわすとぎゅっと抱きしめてきた。

慣れない触れ合いに気恥ずかしさから身を捩ると、背中に回されたディーの腕に僅かに力が籠められ動きを封じられる。

大人しく身を預ければ、自身を包み込む彼の体温に安堵する気持ちの方が強いことに気づく。

はっきりとしない感情のまま、ぼんやりとディーに甘え過ぎていて申し訳ないなと思っていると、背に回されていた手が緩み、ディーがわたしの肩口に埋めていた顔を上げた。


正面から顔を見合わせていると、ディーがあることを提案してきた。

最初は何を言われるのだろうと首を傾げていたが、彼の話を聞きわたしがそれを了承すると、連れ立って執務室の方へ移動し、ディーは自身が提案した内容についてすぐに行動を開始した。



*・*・*



「………ということだ」


場所はディーの執務室。

ディーとわたしが座る応接ソファーの向かい側に座るのは、姫様にグレン様、ルーク様。その斜め後ろにジェイドさんが立っている。

先程ディーに話した時空の狭間でのことと夢の内容を、今度は姫様達に話しているところだった。


「紫龍の出てくる夢…ねぇ」


天井を仰ぎ見てぼそりと呟いたのはグレン様だ。


「夢に出てくる紫龍は全部同じではない、のよね?」

「はい、違うと思います。傍にいる人も場面も様々ですが同じではないと感じています」


姫様の問いにわたしは思うことを素直に返答していた。


「貴方が神子であることが何かしら関係しているとは思うけれど、何を暗示しているのかは不明ね」


姫様の言葉にわたしもディーも頷いた。


「このままユズハが夢を見続けて、今後どんな影響を受けるか分からない。夢の中で起こることには、俺も手出しができない。そこでだ、夢の中でもユズハを護れるような何かができないかと考えている」

「その知恵を出し合いたい、そんなところかしら?」

「話が早くて助かる」


龍の加護を持たないわたしは彼らに比べればとても非力で、夢の中で起こることは更に他人には手出しができない。

その為、その防護策として何か良い方法がないかを検討し、その策を実際に試してみても良いかとディーは先程わたしに提案してきたのだ。

特に異を唱えるようなことでもないし、身を護る術を持たないわたしにはありがたい申し出である為即了承した。

実際にはどんな内容が飛び出すのか戦々恐々といった感も少しはあったのだが、ディーが呼んだ彼らが予想の範疇を超える程の苦境を課すような提案をするとは思えない。


忙しい中時間を割いて集まってくださった姫様達は、わたしの予想通り、心身的苦痛を感じることなく、夢の中でも如何なく力を発揮する護りをどうやったら施せるかと論議している。


たまにグレン様から尻込みしてしまいそうな発言がでると、姫様が速攻で一刀両断していた。

極めつけにディーから恐怖を感じさせるような殺気が向けられ、ジェイドさんからは冷ややかな視線を送られ、ルーク様から無言の圧力を受け、グレン様の方こそ苦境を強いられているのではと思わせるような場面もあった。


「なかなか良い案は浮かばないわね」

「夢の中ってのが懸念事項だしなぁ」

「護り……」


色々と提案は出されたが、どれも今一つ決め手に欠けるものばかりで、暗礁に乗り上げていた。


「まぁそもそも簡単に夢の中の出来事に干渉できる術があるのなら、ディクスが知らない筈がないよね。誰よりも一番夢に苦しめられているのは君自身なのだから」


誰もが眉間に皺を寄せ考え込んでいるところに、ジェイドさんの呟きが落とされ、全員の視線がディーに注がれた。


眉間の皺を更に深くさせたディーの向かい側から「確かに…」とグレン様がぼそりと呟いた。


ディーが長年悪夢をみていて良く眠れない日々を過ごしていたことは、ここに居る全員が知っていたようだ。

苦虫をすりつぶしたような顔で小さく溜息を零した横で、面倒事を引き起こし迷惑を掛けていることに申し訳なく思って俯いていると、すっと伸ばされたディーの手が優しくわたしの頭を撫でた。


「必ず何か方法を見つける。それまで我慢してくれ」

「わたしは大丈夫です。悪夢というわけではないですから」


わたしを心配してくれる皆を安心させるように笑顔を向けた。


実際のところ、紫龍のことを夢には見るが、眠れなかったりうなされたりといったことはない。

また夢から覚めないということもないし、体に何らかの影響が出ているかと言われればそれもない。

なので、現状において紫龍に関する夢を見るということ以外に何の問題もないのだ。


「少しでも普段と違うと思うことがあれば報告すること。これだけは約束して」

「はい、わかりました」


姫様にそう強く言われ、わたしは素直に頷いた。


「この件は持ち帰ってそれぞれ方法を模索するということで良いか?」

「ああ」

「で、何かしら方法が見つかればまた収集ということで」

「そうしましょう」

「…わかった」


グレン様の発言にディーも頷き、姫様とルーク様も同意した。


「何かあった際にすぐ対応できるように、ユズハさんの傍についていましょうか?」

「………」


ジェイドさんのその提案に難色を示すのはディーだ。

何かあってからでは余計に迷惑を掛けるので、わたしとしてはありがたい提案だが、まだ何も問題が発生していないので傍についていてもらうのも申し訳なく思ってしまう。


「いい、俺がついている。それくらい支障はない」

「…でも、申し訳ないのですけど」

「構わない。他の者に任せても心配なのは変わらないからな。それなら俺が傍にいる方がいい」


そっとジェイドさんを窺い見ると、予想通りの返答だったのか苦笑していた。


「質問…」


言葉少なくずっと考え込む様にしていたルーク様が言葉を発し、全員の視線が彼に向いた。


「どうした」


ディーが先を促すとルーク様はその内容を口にした。


「詳細は伏せて…、他の研究者とかに話をきいても…?」

「ああ、問題ない。些細なことでも有識者の意見は貴重だからな」

「…わかった」


ルーク様の提案に、この王宮には様々な分野の研究者や術者が大勢いることを思い出した。

そして今更ながらに、幅広く意見を聞けば何かしら良い案が見つかるのではと期待に胸が膨らんだ。



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