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第29話 -安堵-

お待たせしてすみません。

短めの回が続きます。


どのくらい泣き続けていたのか分からない。

手足はおろか体も冷え切っていて、頭もずきずきと痛みを発している。

明らかに泣きすぎだ。

分かっていてもまだ涙は止まらなかった。


「……ハ…」


ふいに微かな音が耳に届いて顔を上げた。

辺りを見回してみてもわたしがいる空間には何の変化も見られなかった。


気のせいだったのかな。

気落ちしながらそっと目を伏せると、その微かな音が再び鼓膜を震わせた。


「………ユズ……」


拾うことも困難なほどに微かだった音が次第にはっきりとしてくる。


「……ユズ…ハ…」


くり返し耳に届く音が、自分の名前を呼ぶ誰かの声だということが分かってもう一度辺りを見回した。


「……ユズハ」


今度こそはっきりと聞こえた己を呼ぶ声にハッとして声のした方へ振り返ったが、そこは変わらず暗闇が続いているだけの何もない空間だった。


わたしを呼ぶ声の持ち主の姿はない。

それでもわたしは辺りを見回しその声の主を必死で探した。

この世界に召喚されてからずっと傍に居た人の姿を思い浮かべ、わたしは彼の名を呼んだ。


「ディー!」

「ユズハ!!」


わたしが彼の名前を呼ぶのと、わたしを呼ぶその声がすぐ近くでしたのはほぼ同時だった。

彼の姿は見当たらなかったけれど、直後にわたしの足元から天へ向かって赤い光が溢れた。

わたしの体を包み込むその光には覚えがあった。

この世界に初めて召喚された時に自身を包み込んだあの光と同じ輝き。

冷え切った体にその光は温かく、わたし名前を呼ぶその声に今度は違う意味で涙が溢れてきた。


「ディー!!」


わたしが再び彼の名を叫んだ時、足元から溢れる光はその量を増しなお一層に強く光り輝いた。

視界が霞むほどに強い光に包まれ、ギュッと目を瞑ったわたしが次に目を開けた時、視界に飛び込んできたそこは見覚えのある石造りの部屋だった。


暗闇の中にいたわたしには、全てを明るく照らす陽の光と召喚魔法の光は強すぎて目を開けていることも困難だった。

けれど視界の隅に深紅のローブを身に纏う人の姿が入り込んだ瞬間に、色んなものが頭から吹き飛んでいった。

わたしは足元の魔法陣の光が消えるのも待たず、その人の元へと走り出していた。


「ディー!」


泣きながら駆け寄ってくるわたしを、ディーはその両腕を広げ優しく抱き留めてくれた。


「ユズハ」

「…ふっ…ぇ」


泣き続け嗚咽を漏らすわたしをディーはその身に纏うローブで包み隠してくれる。

わたしの背後では召喚の光が収束していき、最後には霧散して辺りに静寂が戻ってきた。



*・*・*



ディーに抱きしめられたまま泣き続けたわたしは、時間の経過と共に次第に落ち着いていった。

泣き声も止み大人しくなったわたしに気づいたディーが、抱きしめている腕を緩め顔を覗き込んできた。


「大丈夫か?」

「…すみま、せ…」

「いい、謝るな。連れ戻すのが遅くなって悪かった」

「そんな、こと…」


ディーが告げる謝罪にわたしは頭を勢いよく左右に振る。

彼は悪くない。狭間に落ちてしまったのはわたしの不注意だ。


「ディー、貴方が謝らないで」


止まった筈の涙が再び溢れてきて頬をつたう。


「ユズハ」


名前を優しく呼ばれ、彼の温かな両手が私の頬を包み顔を上げさせる。

涙で滲む視界に、眉根を寄せるディーの表情が映り込んだ。


彼も泣きそうだ。

そう感じたのは間違いではなかったと思う。

ただしそこに含まれている感情はわたしとは違ったものだろうけど。


ディーは感情をあまり表に出す方ではない。基本無表情で、声を出して笑うこともない。

一緒に過ごすようになってから、時間が経つごとに彼の纏う雰囲気が柔らかくなっていっていることには何となく気づいていた。

何が彼にその変化をもたらしているのかは分からないけれど、最初の頃よりは随分と色んな表情を見せてくれるようになっている。


だからディーが今見せている表情に含まれている感情もおおよそ見当がついた。

心配、不安、恐れ、安堵に謝罪の気持ち。多分、外れてはいないだろう。


じっと彼の顔を見つめていると、わたしの瞳に溜まっていた涙が頬を包む彼の指先をも濡らしながら滑り落ちていった。

ディーは憂いの表情を見せるその顔を近づけ、わたしの涙を唇で掬い取った。


わたしの涙が止まるまでそれは何度も繰り返され、涙が止まる頃にはわたしの脳内は羞恥心と焦りでいっぱいになっていた。


ぎゃー!さっきの空間にいた時の感情を引きずったまま戻ってきて、そこに安堵の気持ちまでもが入り混じってしまってつい泣きじゃくってしまったけど、我に返るとこれって普通に恥ずかしいんですけどぉ。


「ディー、もう大丈夫だから、離して」

「まだ駄目だ」

「まだって何!いつまで!?」

「まだ、だ」


それきり黙ってしまったディーは、涙の残るわたしの目じりに優しく唇を触れさせた。

彼の唇はそこだけに留まらず、わたしの額、瞼、頬、鼻先へと次々と場所を替えては口付けを落としていく。

終いには頬ずりまでする始末。


心配したのは分かる。

親が大切な子どもにするその気持ちがよく分かる。

犬や猫も顔を舐めまくるくらいだし、多大な心配後の安堵からくる行為だろうが、しかぁし!!


いくら心配したからって、これはあまりにも過保護すぎるでしょー!ひゃあああ!


あまりの恥ずかしさに脳内は大混乱だった。

ちらりと見えた室内には誰の姿も見えなかった。

けれど視界に映る範囲にはいなくて、後方にいるとかだったら恥ずか死ぬ。

そう思って周りを確認したかったけれど、ディーの両手が私の顔を固定していて振り返れない。


ようやく彼の顔が離れていき、ほっと安堵の息を漏らすが再びぎゅっと抱きしめられた。

頭上からディーがくり返しわたしの名前を呼ぶ声が降り注ぐ。


脳内は未だ落ち着きを取り戻せないでいるが、彼にこんなにも心配を掛けてしまったのだと少し反省した。そもそもわたしがうっかりネックレスを落とし、それを拾いに行って皆から離れたから一人狭間に落っこちる羽目になったのだし。


はじめ一人あの何もない真っ暗な空間にいた時は、久しぶりに訪れた自分一人の時間に浮かれ半分戸惑い半分という感じだったけれど。

紫龍と王女の日常と彼らを含む国の滅亡を目にした後となっては、悲しみと辛さ、一人でいることの心許ない不安と寂しさを感じ、見知った温もりを知らず求めていた。


身内でもない人に泣きながら抱きつくなど、恋人もいなかったのでした記憶もない。

それなのに、あの誰もいない暗闇の中ディーの声を聞き、召喚された先で彼の姿を目にした瞬間に彼のもとに駆け出していた。

わたしは自分で思っていたよりも随分と心が弱っていて、ディーに会いたかったらしい。

気持ちが落ち着いた今となっては恥ずかしい限りだが、彼の腕に包まれた瞬間に安堵したのは間違いない。

そして今も、わたしを包む彼の体温に安堵していた。


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