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第27話 -追憶-


意識を失っていたつもりはなかったけれど、いつのまにか閉じていた目を開ければ辺りは真っ暗だった。

ここはどこ?夢でも見ているのかな?と一瞬思ったが、直前に起こった出来事を思い起こしてみて、もしかしてここが空間の狭間というところなのかもとの考えに辿り着いた。


木をくぐった時にネックレスが枝に引っ掛かり取れてしまって慌てて拾いに戻った。

皆から数歩分を後戻りしてネックレスを拾ったところで、ディーが切羽詰った様子でわたしの名前を呼ぶのが聞こえ顔を上げると、自分の居る真横の一角が縦に裂けて真っ暗な空間が見えていたのを覚えている。

突然のことに驚いて目を見開いていると裂けた空間の方に体が傾いてしまって、やばいと思ったら裂けた空間の暗闇の中に落っこちてしまったのだ。

いや落っこちたという表現が正しいのかあやしいところだが、とにかくわたしは突然現れた真っ暗闇の空間の中に入り込んでしまったというわけだった。


あーなんか今までにこんな空間体験したなぁ。

一番最初にこの世界に来た時でしょ、次に小さい男の子に会った時…あ、あれは夢だったかも。

異世界ってほんと不思議なところだなぁ。


わたしはそんな呑気なことをぼんやりと考えていた。

普通の人ならパニックを起こして泣き叫ぶだろうこんな場面でも飄々としている自分は結構メンタル面強かったんだなと感心してしまった。

まぁそれも今現時点において何ら困ったことになっていないからなのだろうけど。

この空間に居ること自体が困ったことの部類に入るのだろうが、慌てても仕方ないしとも思う。

自分に出来ることなど何もないし、何となくディーが助けてくれるような気がするから安心していられるんだと思う。

それに狭間に入り込んで強制的にディーとわたしの間に距離を設けるのはどうかみたいな話を事前に緋龍がしていたからそのとおりになってある意味ラッキーなのでは?くらいにしか考えていなかったりもする。


問題はいつディーがこの空間から連れ戻してくれるのかということだけれども。

こんなに真っ暗だと時間も分からないし、空腹を感じるのかも定かではない。

そう言えばポーチに非常食が入っていたなと思い出し、うん何とかなると更に楽観的になっていた。


どんなに目を凝らして見てみてもどこまでも闇が続いているばかりで何にも見えない。

あの夢と違って今度は何の音も聞こえない。

さてどうしようかなと考えてみて、じっとしてても何も変わらないのでとりあえず歩いてみることにした。

どこに向かって歩いているのかも自分でもさっぱり分からないけれど、何もないのでじっとしていてもつまらないのだ。



「うぅ、やっぱり何もないなー」


暫く歩いてみたが闇がどこまでも続いているだけで小さな光も見当たらなければ、僅かな音すらも聞こえてこなかった。

これは本格的に困ったなぁ。

これからどうしようかと考えてとりあえず座り込んだ。

立ったり座ったりといった感覚はまだある。けれど何もしないでいるとだんだんと起きていることも億劫になってくる。

終にわたしは何もない真っ暗な空間に横たわって目を閉じていた。


こちらの世界に来てから始終だれか、主にディーだががいる生活をしていたのでそれはもう規則正しい日々のくり返しで、今のところ一人でまったりする時間など取れていなかった。

元いた世界では残業続きの仕事から解放される休日は遅くまで惰眠を貪り、一日中ダラダラと過ごすこともそこそこあったので、それが恋しくなってきていたのもある。


あのイケメン強面悪魔の神官様ときたらいつ寝ているのかと疑問に思う程寝ているところを見ていない。

わたしよりも遅く寝て、朝わたしが目覚める頃には既に起きてソファーに座っているのだ。

どんだけ仕事人間ですか!ってたまに突っ込みたくなるが、同じ空間で生活している以上わたしだけダラダラと過ごすわけにはいかない。

まだ数日ではあるが、仕事もしないで衣食住が当たり前に提供されることに申し訳なさを感じていて早く何かできるようにならなくてはという焦りがどことなくあった。

そんな訳で気が抜けない数日を過ごしてきたわけだが、ここにきて誰もいない、何も見えなければ何もすることがない空間にいるなんて、これはもう惰眠を貪るしかない!と横になったままの状態でそう結論付けると目を閉じたままそのうち意識まで手放していた。



*・*・*・*



ふわりと浮いているような感覚の後、地面に足をついたような感じが体に伝わりそこで意識が漸く覚醒した。


周りの景色が変わったことにも気づいていなかった。

わたしはいつの間にか明るい日差しの届く森の中にいた。


ここはどこ?とまだぼんやりとする頭で周りを見渡し、ふと感じた気配に心引かれそちらに足を向けた。

不思議と恐怖はない。


背の高い草木をかき分け進むと小さな箱庭のような空間に出た。

崩れた古い遺跡にはツタが絡まり、咲き誇る小さな花々は風に揺られていた。

そんな幻想的な空間に彼らはいた。


大人の男性くらいの大きさの龍と、その傍らで朗らかに笑う薄紫色の長い髪の美しい女性が。


わたしの目は二人に釘付けになっていた。

まるで絵本の中の一頁のようなその光景もそうだが、女性の前で楽しそうにしている龍の体表面を覆う表皮も鱗も爪も角もたてがみも全てが鮮やかな紫色をしていたからだった。


そのあまりにも美しい姿をまるで魅入られてしまったかのように見つめていた。


「あれが…紫龍……?」



ディーの話を聞いて想像していたのはもっと禍々しくどす黒い濃紫の体躯だった。

けれど目の前の紫龍はわたしのそんな想像を絶する姿をしていた。


美しさと清らかさを感じさせる混じりけのない紫水晶のような輝きを持つ体躯。

目の前の女性を見る瞳は緋龍と同じ黄金色をしているが、その瞳も彼の者と違って穏やかで慈愛が籠っておりどこまでも優しいまなざしをしていた。


あまりにも想像とかけ離れた姿にわたしは呆然として目を見開いていた。



わたしが今どこにいて、目の前の光景がいつのものなのか分からない。

この空間が現実のものかすら分からない中、ただ一つ言えるのはお腹は一向に減らないが時間の感覚はあるということだった。

そしてわたしが実体でないのだろうということも。


なぜそう思ったのかというと、二人に近づいてもこちらに気づかないのだ。

更に触れてみようと手を伸ばしても触れられない。声を出しても気づいてもらえないし、たまに自分の姿がぼんやり透けて見える時がある。手とか足とかが。


時間については、先ほどの暗闇の空間と違ってここは陽が昇って明るくなり、陽が沈んで暗くなり数時間するとまた陽が昇るといったことが繰り返されているので時間が経過していると感じていた。


この空間で目が覚めて既に三日が経過した。


お腹がすくこともないし、眠くなることもない。地面に立っている感覚があるのは不思議だけどそれ以上に不思議なのは彼ら紫龍と女性だけでなく、木や花にも触れないのに岩や瓦礫には触れるということだ。

当然触れられる物は通り抜けることもできないので遺跡には空いた空間から入って出てくることしかできない。瓦礫の山に行く手を遮られればその先へ行くこともできなかった。


あまりに不思議な出来事ばかりだが、何となく命のあるものには触れなくて、無機物のような命の宿ってないものには触れるのかもとしれないとの考えに至った。


ああ、もう一つあった不思議現象。

岩とかに触ることができても持ち上げたり動かしたりすることはできなかった。

力を加えること自体が一切できない。

これは最早この空間に存在するもの全てに干渉してはならないとされているかのようだった。


色々試してみたけど特にできることもなかったので、日中は紫龍とその傍らに寄り添う女性を観察するようになった。


女性の名はエレスティーノといった。この国セレンディアの王女で十六歳になるそうだ。

彼女らの会話を聞いてびっくりした。

というかこの空間にきて驚くことばかりが起こるなぁと呑気に考えていた。


ディーから聞いていたこの世界に存在する国は四つでセレンディアという国の名前はなかったし、一国の王女が伴も付けずに単身で紫龍に会いに来ることもそうだ。

緋龍と同じく紫龍も話すことができるようで、彼は王女をエレンと呼んで彼女の話に幸せそうに耳を傾けていた。


この夢か現かもわからない空間でわたしは彼らの話をただずっと聞いていた。


紫龍ははぐれ龍らしく気づいたらこの場所にいたということ。

王女が小さい頃に城を抜け出して辺りを探検していたらこの開けた空間に出て紫龍に出会ったということ。

年々悪化していく親族の権力争いや他国との戦争などといった自身を取り巻く環境から逃げ出したくて、毎日こっそり数時間城を抜け出してここにきていることなど色んな話を聞くことができた。


王女は紫龍に会いに来ることをとても楽しみにしていた。


こっそり後をつけて城まで行ったこともあるが、王城で彼女が見せる笑顔はどこかつくられたもので相手が去るといつも溜息を零していた。

兄や国王である父親に会うときはとても緊張していて表情が強張っていたし、時には人気のない庭園の片隅や寝室で泣いていたこともある。

そんな彼女だが、紫龍に会いに行く為に城を抜け出す時はとても生き生きとした表情をしている。

その瞳も何かを企んでいる悪戯っ子のようにキラキラと輝いていた。


城を抜け出し森の中をひた走り、紫龍の姿を目に留めると彼女はほっと息をついてその口元をとても嬉しそうに綻ばせる。

紫龍が彼女に気づいていないときは、その視界に入らない位置からそっと近づいて驚かせることもしばしばあった。

きっと紫龍は彼女が来たことには気づいているのだが、どこからどんな風に現れるのかまでは予測できないようで毎回驚いていた。そのことがまた王女を喜ばせていた。

びっくりしている紫龍を相手に、悪戯が成功した彼女はお腹を抱えて笑っていた。


紫龍が気づいていても気づいていなくても王女はいつも紫龍に抱きついていた。

龍の硬い表皮は王女の柔肌など簡単に傷つけてしまってもおかしくはないのに、王女が紫龍に飛びついて怪我をすることは一切なかった。

それは紫龍が王女に心を許しその身を護っている証拠でもあった。


王城での彼女の様子を知ってしまったわたしはそんな王女の姿を見る度に安堵し、また幸せそうな二人の様子に心が温かくなり、これから先もずっとこの時間が続けば良いと願っていた。



けれどそんな風に毎日を過ごす幸せそうな二人の姿は、ある日突然非道な仕打ちによって奪われてしまったのだった。




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