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第26話 -別離- ※神官視点


木々の切れ間から眼下に街が見えて気を抜いていたことは否めない。

あと数刻も歩けば帰り着くのだという安心感から警戒心が薄れていたことも。


「あっ」


小さく声を上げたユズハが立ち止まり来た道を戻っていくのが見えて立ち止まったのと、ぞわりと背筋を悪寒が走り抜け、その感じた気配を追って視線を向けた先で空間が割れるのはほぼ同時だった。


「ユズハっ!」


彼女のすぐ傍で裂けた景色は真っ暗で底知れない闇が一面を覆っていた。

落とした何かを拾い上げた彼女が俺の叫びに顔を上げて、すぐ横に現れた闇に驚愕して目を見開くのが見えた。

五メートル強は離れているだろう距離で己がどんなに手を伸ばしても彼女に触れることは到底叶わなかった。

彼女の元へ駈け出す俺達の目の前でユズハの体が裂けた空間の真っ暗闇の中へ呑み込まれて消えた。


「ユズハっ!!」


必死に伸ばした手は虚しく空を切る。

裂けた空間はユズハを呑み込むとあっという間にその口を閉じ消えてしまった。


「くそっ!」


俺は焦りから辺りを見回す。

だがどう気配を探ってもユズハのはっきりとした気配は感じられない。どこかぼんやりとしていて曖昧な彼女の気配は気を抜いてしまえば感じることが困難なほどに薄れてしまっていた。

空間がずれてしまっているからなのか、俺とユズハは引き合うこともなかった。

背中を冷たいものがつたい落ちていく。

全身から血の気が引いていく気持ちの悪い感覚が俺を襲っていた。


周りではグレンたちも消えたユズハの姿を探すように視線を彼方此方に向け彼女の名前を呼んでいたが、それが無駄だということは己が誰よりも一番理解していた。


掌をグッと握りしめて魔力をかき集め術を展開していく。

地面には次第に紋様が浮かび上がり光が溢れだす。


「ディクス何をする気だっ!」


駆け寄ったグレンが地面に向け翳していた手を掴む。


「離せ!ユズハを召喚する!!」

「バカ言えっ!こんなとこでできるわけないだろっ!」

「邪魔をするなっ!」


冷静さを欠いている今の俺にはどんな言葉も届かない。

グレンの腕を振り払うと俺は更に魔力を込めた。

地面に浮かんだ紋様が魔法陣を描いていく。


「よせっ!」


周りが必死に止める声を無視して俺は形作られていく魔法陣に魔力を注ぎ続けた。

地面からほとばしる光が線となって繋がろうとした瞬間にその光がふっと弱くなった。


「くそっ!」


魔力切れだった。

召喚術を行うには魔力が全然足りなかったのだ。

だがここで諦めるわけにはいかない。

時を置けばユズハがどんな目に合うのか分からない。彼女を失ってしまうかもしれないという不安と焦りが恐怖となって己に覆い被さってきた。


ガクリと地面に膝をつくも俺は召喚術をやめるつもりはなかった。

地面に両手をつき体の奥にある力を呼び起こす。

それは深紅の輝きを伴い己の中から溢れてきた。緋龍の加護を受け人よりも強固な生命の力だ。


「ディクス!やめろっ!」


ジェイドが俺の両肩を掴み地面についていた手をそこから引き剥がした。


「離せっ!」


ジェイドの腕を振り払い俺は体から溢れ出る深紅の輝きを持つ力を魔法陣へと注いだ。


「やめなさいっ!それ以上やったら死んでしまうわっ!」

「うるさいっ!!」

「貴方が死んで召喚も失敗したらユズハはどうなるのっ!貴方しか彼女を救えないのよ!!」


王女のその言葉に俺は体がビクリと震え硬直した。

その隙をグレンは見逃さなかった。

あいつの無駄に屈強な拳が俺の腹部に叩きこまれ、否応なしにその後の動きを封じられた。


「くそっ…グレン、貴様…覚えて…ろ」

「ああ、無事に嬢ちゃんを召喚できたらそん時にいくらでも殴られてやるよ」


憎々しげに睨み付けると、グレンは眉根を寄せて顔を顰めながらも口元を吊り上げ皮肉を漏らす。

グレンに容赦なしに叩き込まれた攻撃と魔力切れの為に俺はそのまま意識を失った。



「痛そう…」

「加護がなかったら絶対骨折れてる。てか内臓逝ってる」


僅かに離れた位置でグレンの暴挙を目の当たりにした騎士が震え上がりそろって呟いている。

彼がやらなかったら自分がやっていただろうと思うジェイドはその呟きを聞きながら大きな溜息を零していた。


「よしっ!超特急で戻るぞ!」


意識を失った俺を肩に担ぎあげたグレンが残る全員に声を掛け、行く手を塞ぐように現れた魔物を瞬殺して大急ぎで街まで戻ったことなど俺は知る由もない。



*・*・*・*



ここはどこだ…。

俺はユズハを召喚しようとしていた筈だ。

それがグレンに邪魔されて…。



目の前には見覚えのある光景。

記憶の中にのみ残るその景色。


ここは、そうだグリフォード家の邸だ。

広い玄関ホールには血の海に伏した沢山の人の姿があった。

父が若い頃から仕えてくれている執事に侍女長、乳母の姿もある。

あまりに悲惨なその光景に恐怖しながらも息のある者はいないか一人ずつ確かめていった。


そうしている間に俺の手も足も、身体全体が誰のものか分からない血で紅く染まっていった。


玄関ホールを抜けて邸内を進む。

そこかしこにこと切れた使用人の姿があった。


「うっ…」


充満する血の匂いに体の奥から気持ちの悪いものが込み上げてきて耐えきれず吐き出した。

目尻に浮かんだ涙が頬を滑り落ちていった。

しんと静まり返った邸内には俺の嗚咽を零す声と足音だけが響いていた。


「とうさま…かぁさま…」


まだ見ぬ大切な人たちの姿を探して邸中を駆け回る。

階段を駆け上り進んだ先で一際大きな扉が壊され開きっぱなしになっていた。

強張る足を必死に動かし、恐る恐る部屋の中に足を踏み入れるとそこに愛しい二人の姿があった。


部屋の中央に折り重なるようにして横たわる父と母の姿。

父の手には剣が握られていた。

周りを良く見てみれば他にも倒れている使用人の数人がその手に武器を持っていた。

だがその誰もが今は体中から血を流し地に伏している。

息のある者は誰もいなかった。


「とうさま…かぁさま……みんな」


血だまりに膝をつき、父の、母の体を揺さぶった。

二人の体を力いっぱい揺さぶる俺の手は随分と小さく頼りないものだった。

どんなに揺さぶっても呼んでも二人からの返事はなかった。


「起きて…よ」


輝きを失った紫の瞳からは止めどなく涙が溢れ頬をつたい血だまりの中に消えていく。

どの位そうしていたか分からない。

頭の中には目の前の惨状に対する絶望と恐怖、大切な人たちの命を奪ったものに対する憎しみの感情がふつふつとこみ上げてきた。

その感情が俺の思考のすべてを埋め尽くすと、俺はついに正気を失い叫び声をあげた。


「うぁあああああああああ!!」


己の内側からどす黒い禍々しい力が溢れ辺り一面を覆う。

父のシャツを、母のドレスを握り込んだ掌から赤黒い焔が立ち上がった。


「うぁあああああああああ!!」


体中から溢れ出る激しい感情が己の箍を外した。

邸中に充満していた己の禍々しい力が赤黒い焔を拡散しそれらは一斉に燃え上がった。


月の光さえもない暗闇が世界を覆った中で、赤く燃えがるグリフォード家の光だけが浮かび上がっていた。



*・*・*・*



「っ!!!」


己の内側から溢れ出た禍々しい力と燃え上がった邸の惨状を目の当たりにし飛び起きた。

そして次に目に飛び込んできた景色に己が夢を見ていたのだと気づく。

気を失っている間に拠点としている街を取り仕切る領主のゲストハウスの一室へと運び込まれたらしい。

辺りは薄っすらと闇に覆われていて陽が落ち夜になっていることを知った。

森の中で気を失わされてからどの位時間が経ったのか分からない。

感覚的には数刻ほどのようだが、まさか数日経っているとかはないだろうと思えた。


ふと自身に意識を向ければ、身に纏う衣類はおろか寝具までもがしっとりと汗で濡れておりその不快感に顔を顰めた。

身に着けていたローブは脱がされ、手首に嵌めていた腕輪も外されていた。

室内を見回して、窓際に置かれた椅子に掛けてあったローブを見つけたが、腕輪が何処にも見当たらない。


「ちっ」


俺は舌打ちをすると濡れた服を急いで着替えた。

ふらつく体を叱咤して身支度を整えていく。

掌をぐっと握り込むと僅かに魔力を練り上げることができた。

微々たる量ではあるが回復しているらしい。

これなら腕輪さえあれば王都まで転移魔法が使えそうだ。

窓際に置かれていたローブを手に取り乱暴に身に纏うと俺はグレンを探して部屋を後にした。


奴の気配を辿って邸内を進むと応接間に辿り着いた。


「グレン!腕輪を返せ!」


バンッと壊れてしまいそうな勢いで扉を開け中に入る。

そこには俺以外の全員が揃っていた。


「起きて早々それかよ。もちっと寝てればいいものを」


グレンが頭を掻きながら面倒臭そうに吐き捨てた。

俺にとってその腕輪はルークの杖と同等の役割を担っている。

魔術を使用する際、魔力の一時保管と増幅の機能を持つそれは常に肌身離さず身に着けていた物だ。

腕輪がなければ安定して魔術を行使することも難しくなるし、威力も半減してしまう。


「何をするつもり?」

「知れたことだ!一刻も早く王宮に戻って召喚の儀を行う!」


王女の問いかけに間髪入れずに返事を返すとその場に居た全員が顔を顰めて溜息を零した。


「それが分かっていて大人しく返すとお思い?」

「ふざけるなっ!!」


王女の言葉に怒りが頂点に達し怒声を張り上げた。

握りしめた拳を壁に叩きつけるとそこに僅かな亀裂が走った。

怒りから制御できていない魔力が溢れだし、壁を殴りつけた衝撃に破壊力を上乗せしたようだった。


崩れた欠片が床に落ちる。


王女の後ろに控えていた侍女と騎士たちは己の所業に震えあがり血の気が引いて真っ青な顔色をしていた。

そんな俺の様子にも王女は怯むことなく腕組みをして強い視線を向けてくる。


「だいたい転移魔法なんか使ったら魔力が回復するのに更に時間がかかるでしょう!」

「そんなもの城に戻ればどうとでもなる!」

「なるわけがないでしょう!頭を冷やしなさい!」

「っ!」


王女の反論に俺の中の憤怒の感情が募っていく。

殺気の籠った視線で睨み付けるも、王女には何の効果もない。


「あまりにも身勝手が過ぎるようなら、今度は私が眠らせて差し上げてよ」

「ぐっ」


王女が無駄のない動作で振り上げた掌が淡い光を帯びる。

グレンのは力技によるものだったが、王女のそれは魔力を帯びている。

精神系に作用する彼女の魔法は時にはとても厄介だ。

分が悪いことを思い知らされ、俺はぐっと唇を噛みしめた。

ぷつっと切れた唇の一部から口の中に血の味が広がった。


「明朝、早々に出立する!それだけは譲れない!」

「ふぅ、わかったわ」


俺の怒声に王女は渋々頷いた。

他の面々も異論はないようだ。というかあっても受け付けるつもりは毛頭ないが。

ぎりっと音でもしそうな勢いで歯を噛みしめると俺は来た時と同じように扉を乱暴に開けて自室へと戻った。



ユズハどこに居る。お前は無事か?


たった一人で心細い思いをしているだろう。恐怖に泣いているかもしれない。

必ず護ると言ったのになんてざまだ!


脳裏に以前召喚の儀を行い現れた時のユズハの姿が思い起こされた。

突然知らない世界に呼び出され、瞳に涙を溜め不安に押しつぶされそうになって震えていたその姿。


「ユズハ…」


呟いたその名を持つ者の存在は霞がかかったようにぼんやりとしか感じられない。

自室へと続く廊下を進みながら俺は掌をぎゅっと握りしめた。



ようやく少しずつ進みはじめます。

気長にお待ちいただけると幸いです。

読んでいただきありがとうございました。

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