第25話 -加護- ※神官視点
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緋龍の引き起こす特殊な磁場が発生している環境下では、俺とユズハは引き合うことはなかった。
このことを上手く利用してどうにかできないかと色々考えてはみたが明確なものは何も思いつかなかった。
考え込んでいる俺の目の前では緋龍とユズハの会話が続いていた。
緋龍の言葉にユズハが礼を述べると、『ソレニシテモ』と言葉を続けるのが聞こえてきた。
考えを中断してそちらに意識を向けた。
「引キ合ウノデアレバ、我ト神子ニ起コルデアロウニ。ナゼ神官ナノカ」
緋龍の言葉に全員が俺の方を見た。
その視線を受けて俺は不快そうに眉根を寄せふいと顔を逸らした。
そんなこと俺の方が聞きたい。
「アア、試スツモリガアルナラバヒトツ方法ガアルヤモシレン」
間をおいて緋龍が言った言葉に再びそちらへ視線を向け間髪入れずに問い返した。
「その方法とは何だ」
「召喚術ノ発動ガ邪魔サレズ正シク完了スレバ良イノダロウ?」
ユズハと一定距離以上離れられなくなったことについて説明した際に話したことをふまえて緋龍はそう口にしたようだった。
「その筈だ。召喚の際その点以外問題はなかったからな」
緋龍がいることで発生しているこの磁場の影響下でなら互いの距離が離れても引き戻されることがないのは確認がとれている。
緋龍にこの話を始めた時に実際に離れてみたが何度やっても引き戻されることはなかった。
だがこの特殊な磁場は常に作り出せるわけではないし、魔法が発動しない環境下となると論外だった。
だとしても磁場が発生しない環境下で召喚術を行使できるほど距離をおくことは現段階では到底不可能だ。
「召喚術の再行使は可能性の一つとして考えてはいるが、物理的に不可能だ」
「ソレハドチラカガ空間の狭間ニ入リ込メバ可能ダロウ」
俺の返答に緋龍が告げた。
考えもしなかったそのことを緋龍が即座に言い放ち俺は目を見開いていた。
「そうか、それなら……」
この焔煉の谷では時間と空間が大幅にずれた時空の歪みが点在しているという報告が上がっていることを思い出しそう呟いていた。
この谷を棲み処としている緋龍ならばそのことを知っていてもおかしくはない。
どうするかと考えてみたが、それを実行するとなるといくつかの問題点が浮上した。
召喚の儀を行うにあたって術者は対象者の存在を正確に把握し縁を結びつける必要がある。
その上で自身の魔力を行使し魔法陣を描き術を発動しなければならないのだ。
発動には膨大な量の魔力を必要とし、空間を隔てた存在である対象者を呼び寄せるには細い蜘蛛の糸を掴むような研ぎ澄まされた感覚で物事を見極め、精密な魔力操作を行わなければならない。
その為に召喚の儀は邪魔の入らない静粛な場で行うことを大前提としていた。
召喚術を発動できるのは現時点でこの国には俺だけだ。
そうすると術発動の為にもどんな影響を受けるか知れない狭間の中に俺が入るわけにはいかない。
そもそも術自体が発動しなければ意味がないのだ。
だからと言ってユズハ一人を未知の領域である狭間の中に送り出すことは躊躇われた。
何が起こるか分からないのだ。
せっかく召喚した神子をむざむざ危険に晒すなど馬鹿げている。
グレンかルーク、ジェイドなりを同伴させれば良いのかもしれないが、そうなると一度に二人を召喚することになってしまう。
それはこの俺でも多分不可能だ。
一人召喚した時点でおそらく俺の魔力がほぼ無くなり、狭間に一人とり残されてしまう。
その残された一人を召喚できるほどの魔力が戻るのに必要な期間はこの間行った召喚の儀のことを考えれば最低でも十五日といったところだ。
懸念事項は他にもある。
狭間の中がどうなっているのか分からないのだ。
例え二人同時に入り込んだとして、その二人が離れ離れにならないという保証がない。
「いや、やはりこの件は保留だ。狭間についての情報がほとんどない状況で行うべきではない」
「やっぱりそうですよね」
俺の出した結論にユズハも落胆の色を見せた。
解決策が見つかるまでまだまだ不便を強いてしまうことに少々溜息が零れたが、同時に胸の奥には微かな安堵感を感じているのもまた確かで俺は僅かに眉を顰めた。
「話ハ纏マッタカ。ナラバ神子、ソナタニ加護ヲ授ケル。此方ヘ」
「はい」
その言葉にユズハが数歩近づく。
緋龍が身を屈め彼女の額にキスをするかのようにその顔を近づけた。
緋龍の口元がユズハの額に触れ、そこから赤みを帯びた柔らかい光が溢れ一点に収束しようとして弾けた。
「「「「「!!」」」」」
「?」
緋龍を含め全員がその光景を目の当たりにして驚愕に目を見開いていた。
何が起こったのか状況が掴めないでいるのはユズハだけだ。
「緋龍の加護が弾かれた?」
「ああ、拒絶されたように見えたぞ」
王女とグレンが呆然として呟くのが聞こえてくる。
神子が緋龍の加護を受け取れない。
その状況は誰の目から見ても信じられない出来事だった。
その証拠に緋龍さえもが驚いている。
予想外の出来事に全員が息を呑んでいる中、俺の頭に一つの可能性が浮かんだ。
まさか俺とユズハの間にある繋がりが緋龍の加護を受け入れることを拒んだ?
「コレモソナタラノ繋ガリノ影響カ…?」
緋龍からも低い呟きが漏れていた。
またも胸の奥に僅かな歓喜にも似た感情が浮かぶ。
その感情に気づきたくはないが何となく予想もついた。
性別はないとはいえ緋龍も一つの生命体だ。
神子であるユズハは本来緋龍の為に存在するというのも頭では分かっている。
だがそれをどことなく面白くないと感じている自分がいることを否定できない。
ユズハが緋龍の加護を受けられなかったことは今後のことを考えればあまり良い状況とは言えない。
龍の加護に代わる強固な護りを彼女に施す必要がある。
加護のないただの人の肉体はあまりにも脆い。
神子である以上、今後も危険な場所へ随伴することになるのは明らかだ。
また一つ大きな問題が浮上したことに軽く頭痛を覚えた。
「加護ヲ授ケラレナイノナラバ仕方ナイ。代ワリトシテハ微々タルモノダガ…」
緋龍はそう言って自身の首元の鱗を一枚はがしてユズハに渡した。
その鱗は他の部位の緋色の鱗と違ってうっすらと黄色を帯びていた。
緋龍を見上げれば首元の一部だけ鱗の色が違った。
その中央には一際輝きを放つ鱗があった。
あれが逆鱗かと瞬時に悟る。
一匹の龍が生を終えるまでに神子は数回は現れる。さすがに逆鱗を授けることはできないのだろう。
緋龍は逆鱗のすぐ隣にある鱗をユズハに差し出したのだった。
おそらく他の部位を覆う鱗よりも護りの力が強いのだろう。
「ありがとうございます」
緋龍が差し出したそれをユズハは両手で受け取り大事そうに掌で包み込んだ。
「これ以上居ても状況が進展しないならば意味がない。引き上げるぞ」
俺の言葉に全員が頷いた。
歩き出そうとした俺達に緋龍が再び声をかけてきた。
「神子ノ力ハ未ダ眠ッテイル。力ニ目覚メレバ我ノ声ハソノ鱗ヲ介シテ届クダロウ。必要ナ時ハ呼ベ」
「わかりました。ありがとうございます」
「ソレトモウヒトツ」
そう前置きをして緋龍はユズハをじっと見つめ続く言葉を口にした。
「神子、ソナタニハ無謀ナ一面ガ見テトレル。無茶ハスルナ」
「え……。はい…わかりました」
何を言われるのだろうと首を僅かに傾けていたユズハがその状態のまま固まった。
緋龍が攻撃態勢に入っているその目の前に割り込んだことを指して言っているのは間違いない。
あの時は俺も肝が冷えた。それは王女やルークも同じように感じていたようで全員が同じようにユズハを見ていた。
当の本人は自覚が足りないらしく緋龍に指摘されてたじろいでいる。
僅かに顔を引き攣らせ言葉を濁しながらもユズハは素直に頷いた。
「デハ我ハ行ク。ソノ方ラ、神子ノコトクレグレモ頼ムゾ」
「わかっている」
緋龍はその大きな翼を羽ばたかせると西の方へと飛んで行った。
この谷に立ち寄ったのは偶然だったのかもしれない。
加護を授けられなかったこともあり、ユズハと緋龍の間には確かな繋がりが得られていない。
神子の危機に緋龍が駆けつけることもできなければ、その身を護る加護の恩恵を受けることもできない。
緋龍にとってそれは不安要素でしかないのだろう。
身を護る強固な盾を一つ失うのだから当然だ。
神子の出現だけでは紫龍復活の兆しである瘴気の発生は抑えられない。
そのことはユズハがこの世界に召喚されてから今日までに、瘴気が薄くなったとか魔物の出現が減ったなどというはっきりとした変化が見られないことで容易に想像できた。
彼女が神子としての能力に目覚めていないこともそれらに変化が訪れない理由の一つだろう。
これから先彼女は否応なしに危険と隣り合わせの渦中に入り込んでいくことになる。
ユズハの護りを強化しなければ。
飛び去っていく緋龍の姿を目で追いながら俺はその方法を考えていた。
緋龍が去ったことで魔力の流れを乱す特殊な磁場は消えた。
幸いなことに緋龍との戦闘で魔力を消費することはほとんどなかったので、谷から崖上へ戻る際は再び俺の転移魔法を使用した。
不測の事態を想定して準備した転移用の魔導具だったが使用することなく済んだのは良かったのかもしれない。
一瞬で崖の上まで移動すると俺は辺りを見回した。
残してきたジェイド達の姿が見当たらないことを不審に思い今度は注意深く遠くの方まで探る様に辺りを見回した。
少し離れた森の中に座り込んでいる彼らの姿を見つけ、全員でそちらへと移動した。
彼らが座り込んでいるその一帯は戦闘でもあったのか荒れていた。
「ジェイド!」
「ああ、ディクスおかえりぃ~」
近くまできてその名を呼べば、緩慢な動きで頭を上げたジェイドが俺の姿を目に留めその様相を崩し返事をした。
ジェイド達の様子を確認していると遅れてやってきた王女も彼らの傷の具合を確認した。
「大きな怪我はないようね」
ほっとした様子で告げると王女はジェイドに治癒魔法をかけた。
頬や腕などあちこちにあった大小様々な傷が、王女の魔法で癒されていく。
「緋龍は去ったのですね」
治癒魔法を受けながらジェイドが呟く。
離れたこの場所に居ても特殊な磁場の影響を感じていたのだろう。
王女が魔法を使用したことでその磁場が消えていることに気づいたようだ。
ジェイドも多少は魔法を使用して戦う。
本人が言ってこないから態々問いただすつもりもないがこの惨状から考えるに、それなりの強さの魔物との戦闘があったのだろう。
魔法を使用せず剣のみでの戦闘というのは魔物の種類次第では大いに不利である。
命に関わるような怪我がなく、全員無事だったことは幸いだった。
よろけながらも立ち上がるジェイドに肩を貸すと『ありがとう』と普段のジェイドでは見せることのない、気怠さを帯びた礼が返された。
他の騎士二人も王女の治癒魔法によって怪我を癒してもらい立ち上がった。
全員の状態を見まわし問題がないことを確認すると街へ戻るために移動を開始した。




