第23話 -深紅- ※神官視点
足を運んでくださる皆様ありがとうございます。
まだまだ先は長いですが頑張りますのでよろしくお願い致します。
地面に転移用の魔法発動の為の媒体となる魔導石を置き魔力を流すと魔法陣が浮かび上がった。
己はその魔法陣の中心に立ち、右手はユズハの手を、左手は王女の手を取る。
グレンとルークは己の肩に手を乗せるよう指示した。
ぐるりとまわりを見渡し全員の準備が整っていることを確認すると、眼前に見える谷の中心を見据え転移魔法を発動させた。
足元から発現した転移魔法の光が勢いよく柱のように天に向かって伸び自分たちを包み込むと、次の瞬間には谷底へと移動していた。
谷底から先ほどまで居た場所を確認すると転移魔法の光が収束し消えるところだった。
次いで今居る場所を確認しようとして感じた気配に王女の手を離し、ユズハを引き寄せ背後に移動させた。
肩に手を置いていたグレンとルークは既に戦闘態勢に入っている。
「今日一番の大仕事じゃね?」
グレンの軽口が耳に届く。
周りをぐるりと取り囲む魔物はざっと二十体ほど見えた。
「グランディオーラ!」
王女が身体機能向上の魔法を発動させ、その光が全員の体を覆ったのを合図に攻撃を開始した。
グレンが刀身に焔を纏わせ魔物に切りかかる。
高温の焔を纏うことでその剣の切れ味は増す。
この谷にいる魔物がどんなに焔に強かろうと限界はある。ましてやグレンは緋龍の加護を受けている為、剣士といえどその焔の威力は並みの魔導士とは比べものにならないほどだ。
王女が放った身体機能向上の補助魔法が更に威力を上乗せしている。
直接その刀身を身に受ければ簡単に滅せられてしまう。
ここまで大した戦闘もなく来れたことで体力も魔力も存分に温存出来ている。
ルークも強力な範囲魔法を放ちながら次々と魔物を駆逐していった。
*・*・*
戦闘が始まってから各々に疲れが見え始めた頃、ピリリと肌を刺すような異変を感じた。
あらかじめ用意しておいた魔導具をポーチから取り出すと、四方八方へと打ち込んでいった。
魔物はまだ十数体は残っていた。
己の視線の先で戦っていたグレンに向かって焔獣狼ゲシュトロスが地面を蹴って空中へ飛び上がった時それは起こった。
「グレン下がれっ!」
剣を構えていたグレンが己の叫び声に瞬時に反応し、後方へ飛び退った。
たった今までグレンが居たその場所に焔の塊が落ちてくる。
空中へ身を躍らせていたゲシュトロスがその焔の塊を受け地面に叩き付けられ簡単に押し潰された。
「っ!」
「っぶねぇ……」
己の背後でユズハが息を呑む声が聞こえた。遅れて目の前まで後退してきたグレンが先程まで自身が居た場所から目をはなすことなく呟いた。その顔には少々焦りが見られた。
ピリピリとした緊張感が辺りに漂い、周囲に警戒を走らせていると己の頭上後方からバサリと空を切る音が聞こえ、瞬時に反応し視線を巡らせたがそれよりも早く目の前に深紅の巨体が地響きを伴って舞い降りた。
その巨体の足元では逃げ遅れた魔物が一瞬にして塵と化した。
かろうじて生き残っていた魔物達は一斉に散り散りとなって逃げていく。
「グォォオオオオオオ!!」
俺達をその視界に捕えた深紅の巨体が、辺り一帯が震撼するほどの咆哮を上げその存在を見せつけた。
全員が武器を構え直し、即座に対応できるように身構える。
「ちっ」
発生している磁場の影響を受け、魔力が上手く練れない状態に陥り小さく舌打ちをした。
背に庇っているユズハが己の衣を握り込むのが分かり、その身が震えているのが伝わってきた。
ちらりと視線を向ければ、恐怖に顔は蒼白となり言葉を紡ぐこともできず唇を震わせていた。
その頭を抱き寄せ己の胸に押し付ける。
何と言葉を掛ければ良いのか思いつかず、頭を優しく一撫でした。
顔を上げたユズハが心配そうな表情を見せ、己は落ち着かせるようにそっと微笑んで見せる。
腕の中のユズハの震えが止まったことを確認すると眼前の深紅の巨体を見据えた。
「我ガ棲ミ処デノ暴挙、容認シカネル」
深紅の巨体が焔を吐き出しながら言葉を紡いだ。
空気の振動が熱をはらんで伝わってくる。
「予想的中で緋龍のお出まし万々歳!……とは言え、状況はイマイチか?」
「穏やかではないな」
グレンの軽口も焦りを含んでおり、それを非難する程の余裕のある者は誰もいなかった。
己のテリトリーを侵された故の憤慨か、緋龍は機嫌が悪いように見えた。
黄金の双眸には怒りとも取れる色が滲みこちらを睨み付けている。
僅かに開いた大きな口からは焔が絶え間なく零れていて、空気はその発せられる威圧感にビリビリと震えていた。
緋龍はこちらを見据えその場からまだ動かないでいる。
その間に己は先程四方に打ち込んだ魔導具の位置を確認した。
地面の前方に四カ所、後方に二カ所、左右の壁面の前方に二カ所、後方に二カ所。
魔導具の位置の確認を素早く行うと、目の前の深紅の巨体から視線を外すことなく体内で魔力を練ってみた。
想定通り発生している磁場により魔力はその流れを乱されうまく練り上げることが出来ない。
己の意に逆らう魔力の流れは魔法が発動できる状態になかった。
「くる……」
ルークの小さな呟きが各々の耳に届き、全員が身構えた。
ズシンという地響きと共に緋龍がゆっくりと一歩ずつ近づいてくる。
緋龍が一歩を踏み出すたびに地面は抉れ、突風が巻き起こる。
その風圧だけで簡単に吹き飛ばされそうだ。
だが魔法が使えなくなるその一瞬の間に王女が発動した聖属性魔法が身体機能向上を上掛けし、周りに目に見えない透明な障壁を展開していた。
そのおかげでどうにか吹き飛ばされることなくその場に踏み止まれていた。
緋龍の巨体にして数歩、距離にして百メートル程離れた位置で立ち止まると緋龍は大きく息を吸い込む動作を行った。
「まずいっ」
咄嗟にグレンが前に出て剣を構える。
己は四方に放った魔導具と連動する魔導石の内の一つをグッと握りこんで破壊した。
割れた魔導石から練り込んでいた己の魔力が解放され、四方に打ち込んだ魔導具のうち地面の二つと左右の壁の一つずつ計四つの魔導具がその魔力を感知し魔法を発動する。
魔導具がそれぞれ光を発し四つが直線で結ばれると、緋龍と自分たちの間を遮る様に障壁をつくり出した。
その直後に焔が圧縮されたブレスが緋龍から吐き出され障壁に激突した。
凄まじい爆音と煙幕が辺りを包み込む。
「ホゥ……」
緋龍が面白いものを見たとばかりに小さな呟きを零したが、その声は爆音に掻き消され俺達の耳には届かなかった。
緋龍の攻撃に耐えた障壁がバリンと音を立てて崩れ落ちると同時に魔導具も輝きを失い沈黙した。
「くっ。やはり凄まじい威力だな。一度しかもたなかったか……」
谷に吹き込んだ風が煙幕を連れ去っていき視界が晴れると全員が息を呑んだ。
更に距離を縮め近づいていた緋龍の姿をその視界に捕え、次の攻撃に備える準備が遅れたことを知る。
いち早く動いたのはグレンだった。
咄嗟に緋龍の前へと走り出て剣を振るう。
ガキンッとグレンの剣と緋龍の前足の硬い表皮がぶつかり合う音が辺りに響いた。
「かってぇー…」
グレンが剣を振りぬくと緋龍の前足の表皮に浅く横一閃の傷が刻まれた。
態勢を整える為数歩分退いた先に緋龍の攻撃が降ってくる。
「グレン避けろっ!」
真横からの尻尾による攻撃を避けることができずグレンの体が吹き飛び壁に激突した。
「痛っ……」
崩れ落ちる壁面の瓦礫と共にグレンもまた地面へと倒れ込んだ。
「グレン!」
王女が咄嗟にグレンの元へ駈け出そうとしたが、その腕を掴み静止させた。
「今行っても無駄死にするだけだ」
「っ……」
己の言葉に王女は唇をかんで踏み止まった。
緋龍は攻撃対象をグレンに定めたのか尻尾を何度か左右に振るとその双眸で睨み付けている。
心なしか緋龍の瞳には歓喜の色が浮かんでいるようにも見えた。
体を襲う激痛を堪えつつ緋龍を見据えているグレンの状態を確認し、視線を巡らせ残りの魔導具の位置を瞬時に把握した。
「グレンの援護は後だ。このまま十メートル後退する」
これまで戦場をいくつも共に経験してきたルークと王女はすぐに行動を開始する。
ユズハだけが状況が分からず戸惑いの声を上げたが、構わずその身を抱え上げると己も後退した。
所定の場所まで移動し、ユズハを降ろすと二つ目の魔導石を握りつぶした。
地面に打ち込んでいた残りの四つの魔導石が反応しそれぞれを繋ぐように光が地上を走る。
それらが線で結ばれると魔導石で囲まれた区画の地面から無数の刃が天へ向かって勢いよく姿を現し、中央に居た緋龍の深紅の巨体を貫いた。
その身を貫く痛みに緋龍が咆哮をあげ辺りに響き渡った。
硬い外皮に覆われている部分に刃は通らなかったが、地面につけている足の裏は他より比較的柔らかかった様で数本が緋龍の足を貫いていたのだ。
グレンが居る場所は魔法が発動した区画の外に位置していた。
その為魔法の影響を受けることなく目の前で起こった一連の猛攻をその口元に笑みを浮かべて見ていた。
四肢に走る激痛に耐えきれず緋龍の巨体が左右に揺らいだ。
今にも倒れそうなほどグラリと傾いたが緋龍は持ち上げた前足を地面に突き立て体制を立て直した。
舞い上がった粉塵から身を護るように全員が腕で頭部を覆う。
砂埃が晴れるよりも早く緋龍の姿を目にしたユズハが己の背後から飛び出していった。
「待てっユズハ!」
「ユズハ!」
ぞわりと全身を駆け抜けた危機感に切羽詰った声で彼女に静止を求め叫び声を上げたが、ユズハは己が伸ばした手をスルリと躱すと緋龍の前に躍り出た。
攻撃をうけた緋龍が瞳に憤怒の感情を滲ませ、先程放った焔が圧縮されたブレスを再度放とうと口を開けていたその眼前にユズハの姿があった。
緋龍が開け放った大きな口の奥から圧倒的な熱量と威力を伴った固まりが生成され、今正に吐き出されようとしているのが見えた。
「やめろっ!!!」




