第15話 -集結-
ディーに手を引かれながら後をついていく。
いつもいるあの部屋から出たのは召喚された日以来で、実は右も左も分からない。
そんなわけで、わたしはディーの後を大人しくついていくことしかできないのが今の現状だ。
ディーはわたしに合わせてゆっくり歩いてくれているのだが、それでも周りを見渡す余裕はなかった。
ドレスの丈が長い上にたっぷりのドレープが足に纏わりついて気を抜いたら転びそうになってしまうのだ。
それでも何とか転ぶことなく彼の後をついて行っていたのだが、隣から感じられる気配が通路を進むたびに何故か張りつめていくのを感じている。
隣を歩くディーをそっと窺い見れば何処となく不機嫌な表情をしている様な気さえする。
その顔は無表情なのだが、眉間には皺が刻まれているし、その皺もだんだんと深さを増している様に見える。
更にはすれ違う人を、特に男性をだが、鋭い視線で睨み付けているようだ。
部屋を出るまでは普段通りだったのに、どうしたのだろうかと不思議に思うがあまりにもまわりに殺気を放っているので声を掛けようにも掛けられず、わたしは不可解な状況に疑問符を盛大に振り撒きながら歩いていた。
そうこうしている内に重厚な扉の前まで辿り着いており、ディーが立ち止ったのでわたしもその隣で立ち止まった。
扉の前には左右に一人ずつ騎士が立っていたが、ディーを一目見て「ひっ!」と小さく悲鳴を上げては顔を青ざめていた。
あまりにも分かりやすく変貌した騎士の表情に眉根を寄せると、わたしは隣に立つディーを見上げようとした。
だが彼の顔を覗き込むよりも先に目の前の扉が左右に開かれ、その先へ進むよう促されたので仕方なく視線を戻して謁見の間へと足を踏み入れた。
入口から部屋の奥まで続く深紅の絨毯の先には玉座があり、そこに一人の男性が座している。
その向かい側、部屋に入ってきたわたし達に背を向ける様にして立っている人物が三人いた。
玉座に座る男性の左右には騎士が一人ずつ立っていて、右側に立っていた騎士がわたし達の姿を目に留めるとその様相を崩し穏やかに微笑んだ。
「ジェイドさん……」
思いがけない人物がそこに居たことに少々驚いていたが、彼は王宮近衛騎士だと言っていた。
そのことに思い当たると彼が居るのも何ら不思議なことではなかった。
ディーの執務室を訪れていた時は軽装な居出立ちだったのだが、今日はいつものその雰囲気とは違い上着まで制服をきっちりと身に着け、王国の紋章が描かれた深紅のマントを纏っていた。
こうして改めて見ると、ジェイドさんも相当なイケメンだよなぁと思う。
光を受けてキラキラと輝く金髪に、スカイブルーの瞳。身長も高く線は細いのに、見た目よりはがっしりした体躯をしている。
これは出会った最初に引っ張られたりしているわたしを支えてくれた時に分かっていたことだけども。
そして、反対側に立つ騎士さんもこれまた美形だし、玉座に座る国王様も渋い大人の風格が滲み出ていてこれまたイケメンだし…。
ここ、イケメン率高すぎじゃありませんか?
何だかわたし居た堪れないんですけど……。
内心でたじろぎつつディーに合わせて深紅の絨毯の上を進んで行くが、はっきり言ってこれ以上進みたくない。
わたしだけここに置いていってくれませんかね?
あんなキラキラな空間に交ざりたくないんですけど…。
若干口の端を引き攣らせながらついて行っていると、ディーが立ち止まったのでわたしも立ち止まる。
目の前には先に来ていた三人の後姿。
後姿からでも分かるその特別感を醸し出している神々しい出で立ちに僅かに後ずさってしまう。
ディーが更に一歩彼らに近づくと、背を向けていた三人が振り返った。
「よぉ久しぶりって、コワッ!顔、恐いぞ!」
「……不機嫌」
「ディクス、貴方何て顔してるの」
ディーよりも更に頭半分くらい背が高く腰に剣を下げている彼は騎士と思われた。明るい緋色から毛先に向けて濃い緋色へと変わる髪は短めに切られ爽やかな印象を受ける。
茶色の瞳に人懐っこそうな笑顔は大型犬を連想させた。
その顔がディーを見て青ざめ引き攣っている。ディーに話しかけている言葉が軽快なことから仲が良い人なのかなと感じた。
その隣には小柄な男性が立っていて、幼さの若干残る顔立ちはこれまたものすごく整っていて可愛らしい。紺色の髪はサラサラで一部に緋色が入り込んでいる。はちみつ色をした瞳は細められ、ディーを見てその様子をぼそりと呟いた。
ディーが纏っていたものよりも色の濃い緋色のローブを纏っているその姿からは彼が何者かよく分からなかったが、騎士と魔術士が遠征に出ていたと言ってたことから彼が魔術士なのだろう。
それにしても随分と若い印象を受ける。わたしよりも年下なんじゃないかと思えた。
そしてもう一人。
神々しさの中に威厳の感じられる佇まいでドレスを身に纏っている女性がディーに的確な言葉を投げつけていた。
緩くウェーブのかかった見事な銀髪が振り返った際にふわりと宙に舞い、それはそれはおとぎ話に出てくるお姫様の様に美しくわたしの視線を釘付けにした。
澄んだサファイアブルーの瞳がわたしに向けられ、思わず硬直してしまった。
後姿からは分からなかったが、こうして正面からその姿を見ると凛とした表情の中にあどけなさが見てとれる。
彼女は女性というよりまだ少女と呼ばれる年齢に見えた。
そのまま彼女に見入っていると傍にいた騎士と魔術士の二人の視線もこちらへ向き、その視界に捉えられた。
「お、ぉおおお!彼女がっ!」
身を乗り出してわたしへ近寄ろうとした騎士をディーが左腕を上げて制した。
「それ以上近づくな」
「だからその顔!恐いって!」
ディーは不機嫌さを隠そうともせず、視線だけで射殺せるんじゃないかと言わんばかりの殺気が大いに含まれた鋭い視線で目の前に立つ騎士を睨み付けていた。
ディーの背に庇われ、どうしたら良いか分からずおろおろしていると、少女の鋭い声が飛んだ。
「ディクス、ここを何処だと思っているの。彼女も困っているじゃないの」
その言葉にディーはハッとしてわたしの方へと振り向いた。
先ほどまでの鋭い殺気は幾分か和らぎ、その顔には少々焦りが窺えた。
彼を仰ぎ見れば、その手が頭に乗せられ優しく一撫でされた。
「ディクスがっ!!」
「うるさいグレン!」
「ぉふっ!」
ディーがわたしの頭を優しく撫でたことに驚愕の表情を見せた騎士を、銀髪の少女がすかさず肘鉄を食らわせ黙らせていた。
綺麗に入った攻撃に思わず悲鳴が零れ、魔術士の男性は騎士へ冷ややかな視線を送っていた。
そんな彼らのやり取りをわたしは目をぱちくりと瞬かせながら見つめていた。
「そろそろいいかな?」
玉座に座った国王様がくすくすと小さな笑いを零しながら声を発した。
そのことで、ざわめきつつあった広間がシンと静まり返る。
その場に居た全員が玉座に座る王へと向き直り居住まいを正した。
「漸く皆が揃ったな。まずは各々務めご苦労であった」
国王様の言葉に、その場に居た全員が頭を下げる。
どうして良いのか分からなかったが、わたしも彼らの後ろで同じように礼をとった。
「ディクスが大事そうにエスコートしてきた女性がとても気になるが…。ああ、先に自己紹介をした方がいいね」
そう言って国王様はわたしに穏やかに微笑んだ。
ていうか、国王様今何とおっしゃいましたか?
わたしの聞き間違いでなければ、ディクスが大事そうにエスコートしてきたって聞こえたんですけど。
普通にしてたような気がするのだが、はたから見たら大事そうに見えたのだろうか。サラッとすごいことを口走られたんですけど、どうして誰も突っ込まないの?ディーもなぜ否定しない?
わたし一人だけが狼狽えて視線を彼方此方へと彷徨わせている。
ジェイドさんを見れば微笑ましいものを見る様な眼差しで見ているし、ディーを見上げればその表情はいつも見慣れているものと相違なく感情を読み取るのは困難だった。
「まずは私からだ。私はこのフォストゼア国を預かる身でグランツ・ロト・フォストゼア。そこにいるのは私の娘でリスティニア・ソル・フォストゼア、緋の龍の加護を受けている緋の聖女の役割をになっている」
「リスティニア・ソル・フォストゼアです。どうぞお見知り置きを」
国王様に紹介されて、銀髪の少女がわたしに向かって優雅に礼をした。
その現実離れした美しい光景にわたしの口からは感嘆の溜息が零れ見惚れてしまったが、わたしも慌てて礼を返した。
国王様の娘ということは、彼女はこの国のお姫様ということになる。立ち居振る舞いに気品が感じられたのはそのせいかと納得した。
彼女がにっこりと微笑むとわたしはその一瞬で心を奪われた。
可愛い!可愛い可愛い!抱きしめたーい!
さすが美少女。その笑顔が持つ破壊力は半端ない。
老若男女動物問わず可愛いもの大好きなわたしとしては頬が緩み切ってしまい抱きしめたくて仕方がないのだが、ここが何処かというその認識が箍が外れない様どうにか理性を押し留めていた。
「じゃあ、次は俺ね。俺はグレン・スティーブ・フォストゼア。俺も緋の龍の加護を受けてる、緋の騎士だ。ちなみに国王は俺の親父の兄ちゃん」
礼の欠ける物言いに隣に立つ姫様から鋭い視線が飛んでくるが、緋の騎士様は気にしておらず飄々としている。
厳格な場に居るはずなのに、彼の屈託のない笑顔と明るい物言いが場をやんわりと和ませている。
彼のおおらかな振る舞いに緊張気味で強張っていた表情が緩む。
「ほら、ルーク。お前の番」
「……ルーク・ライズ・マグラスです」
緋の騎士様に促され、ローブをまとった彼が小さな声で呟いた。
名前を言ったきり他には何もしゃべろうとしない彼に、緋の騎士様がその頭をガバッと掴み、それだけじゃわかんねーだろーがと突っ込みを入れている。
それでも彼は特に何かを話そうとはせず、眠いのか目を細めて瞬いていた。
他の人たちが慌てないところを見ると、これが彼の普段の様子そのものなのだろう。何ともおっとりでマイペースな印象を受けるが彼の持つふんわりとした雰囲気の為か微笑ましく思えてしまう。
「仕方ねーな。こいつの名前はさっきの通り。ルークも緋の龍の加護を受けていて、まだ十九歳と若いが魔術士としての腕は超一流。緋の魔術士だ」
彼らの自己紹介が終わるとわたしも言わないとと思ったが、はて何を言ったらいいのか分からない。
ディーから聞かされた役目はあれど、それはわたしから話すべきことでもないように思えた。
「わたしは桐乃優洙羽と言います。ユズハとお呼びください」
何を何処まで話して良いのか判断がつかず、取り敢えず名前だけを名乗った。
深く礼を取ってから顔を上げ、隣に立つディーに視線をやると彼はわたしに頷いて見せてから口を開いた。
「今回執り行った召喚の儀において、異世界から呼び寄せたのが彼女になります」
「やはり、そうだったか」
ディーの言葉に国王様が満足そうに頷いた。
「では、それぞれの報告を聞こうか。まずはディクスから話してくれるかな」
「わかりました」
ディーの口から語られる召喚の儀から今日までのことについての報告をわたしは隣で静かに聞いていた。
この世界に来てまだ数日しか経っておらず、召喚されたあの日のことは未だ鮮明に思い出された。
初めましてです。
構想から早3か月。書き溜めた話がある程度たまったので一気に投稿です。
全体の見直しを繰り返し、調整をおこない、ある程度まとめてからの投稿になりますので、次の投稿まで時間があくと思われます。気長にお付き合いしていただけたら幸いです。
また内容は繰り返し確認してから投稿しておりますが、未熟で拙い文章のため見落としや小目汚しもあるかと思います。どうぞ温かい目で完結まで見守って頂けます様お願いいたします。




