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第14話 -謁見-


ジェイドさんが時間を知らせてくれてからディーは慌ただしく資料整理を行っていた。

わたしが手伝えることはほとんどなく、邪魔になってしまうので大人しく待機している。


それにしてもただ待っているだけというのは余計に緊張が増してしまって良くない。

刻々と時間が過ぎていくのを外を見たり時計を見たりして過ごしていると、だんだんと鼓動も早くなっていく。

どくどくと急激にその脈打つ速さを増して呼吸も苦しくなってきたような気さえしていた。

落ち着かせるように深呼吸を繰り返してみるが、鼓動はその速さを増すばかりだ。

ソファに座ったまま胸を片手で押さえて俯いていると扉がノックされ次いでディーがやってきた。


「どうした!」


胸を押さえて蹲る様に前屈みになっている姿を見た彼は慌てた様にして走り寄ってきた。


「あ、緊張しすぎて……」


そう言って苦笑いするとディーは安心したように大きく息を吐き出した。

焦りの見えていた表情も瞬時にほぐれ、穏やかな様相を取り戻した。

隣に座りわたしの手を取って優しく包み込むと、もう片方の手で落ち着かせるようにゆっくりと頭を撫でてくれた。

彼の温かな体温を感じ、早くなっていた鼓動も少しずつ落ち着いていく。


「国王は豪快で大らかな方だ。そう緊張しなくていい。俺も傍にいる」

「……はい」


俯いていた顔を上げてディーを見れば心配そうな目でわたしを見ていた。

ぎこちなさはあったが笑顔を見せると、彼は目を細め苦笑を零した。


「服を整えてくる。少し待っていろ」


わたしが落ち着いたのを確認すると、ディーはそう言ってパウダールームへと姿を消した。

まだ少し鼓動が早く緊張していたので、何度も深呼吸を繰り返し彼が戻るのを待っていた。


かちゃりと扉が開く音がしてディーが戻ってきた。

深呼吸を繰り返していた顔を上げて彼を見て、今度はわたしがフリーズすることになった。



何でちょっと髪型整えて、きちっとした服装になっただけでそんなイケメン度増すかな……。



わたしよりも長い髪は普段はざっくりと纏めていて野暮ったさも若干感じられる程で、服装もラフなものを着ているのでカッコいい人だなとは思っていても特別意識したことはなかった。

イケメンって着崩していてもカッコいいからズルいよねくらいに思っていたのだが、正装して髪もきっちり整えているとその破壊力は桁違いだ。

直視できない…というか同じ人間かこれ?と素で問いたくなってしまう。

さっき「俺も傍にいる」って言われたけど、こんなのが隣に居たら別の意味で緊張して心臓が破裂してしまいそうなんですけど。


「ユズハ?」


硬直したまま動かない私を訝しく思ったディーが近づいてくる。

目の前まで来ても反応を返さないわたしに、彼は自身の手をわたしの両肩に置いて身体を揺さぶってきた。

急激な体の揺れに意識が引き戻されハッとして正面を見ると、目の前にディーの顔があって更に驚いた。

ひゃっと小さく悲鳴を上げて両腕を突っ張り彼の身体を押しのけるとディーの方も驚いた顔をしていた。

きっと赤くなっているであろう顔を両手で隠す様に覆う。


吃驚した吃驚した吃驚した吃驚したぁぁぁあああああ。

ディーがカッコいいのなんて分かっていたけど、この変貌はどうなの!?

口から心臓飛び出すかと思った。

冷静に冷静に冷静に………。


心の中で落ち着くよう何度も冷静になれと唱えながら深呼吸を繰り返した。

ちらりとディーの方を見れば、眉間に皺を寄せて不満げな表情をしている。


「……ディーってズルい」

「何がだ」

「ちょっと身だしなみ整えたくらいでそんなにカッコ良くなるなんて…」


わたしの言葉にディーはぽかんとしている。

予想外のことを言われたという感じだ。

身を乗り出してこようとするディーに片手を伸ばしてそれ以上近づくなと意を示せば、彼はむっとした表情になりわたしの手を掴んできた。


「どっちがだ!その言葉そっくりそのまま返すぞ!」


強く睨み付けるようにして見てくるディーのその言葉に、今度はわたしの方が呆気に取られたのだった。


「全く人の気も知らないで……」


何やらぶつぶつと文句を言っている様だが、呆気に取られているわたしはうまく理解できないでいる。

不機嫌な表情をしているディーだがその頬は僅かに赤いようにも見えた。


ええっと?

そんなにカッコ良くなるなんてと言ったら、その言葉そっくりそのまま返すと言われました?

それって一体どういうこと?

んんん?

もしかしてさっきディーが反応返してくれなかったのってわたしの変貌に驚いていたから?

しかも自惚れでないとしたら、良い意味で驚いていた?今のわたしみたいに?


「え?本気で?」

「わざわざ嘘を言ってどうする」

「………え?」


きょとんとしていたがディーの言葉を少しずつ理解し、脳内へしっかりと到達すると予想外のことに驚愕して自分でも吃驚するほど大きな声がでた。


「え…、えええええええ!!??」


そんなわたしをディーは呆れた眼差しで見つめている。おまけに大層大きな溜息までついてくれた。


「いやいやいや、だって、ディーが?そんな風に思うとかな…ぃ……」


そこまで言うとディーがじろりと睨み付けてきた。

びくっと小さく肩を震わせて焦っていると、彼の目が半目になりそれを見て更にうっと息を呑んだ。


強い光を宿した燃える深紅の色をした瞳も、陽の光を浴びて輝く艶やかな緋色の髪も、いつも見ているはずなのに目の前にいる彼は別人の様に思え、心臓がドキドキと煩い。


どうしようと一人内心慌てていると、目の前の彼の口元が持ち上がる。

何か良からぬことを企んでいそうな嫌な気配を感じ、思わず全身に力を入れて警戒していると、握っていたわたしの手をくいっと持ち上げ、ディーは顔を近づけていった。


何をしてるんだろうとわたしが疑問符いっぱいの表情でそのまま凝視していると、彼はわたしの手の甲に唇を寄せあろうことかキスをした。

それはさながらお姫様に忠誠を誓う騎士の様で。あまりのカッコ良さに息が止まりそうになった。

傍目で見ているならば感嘆の溜息を盛大に吐き出しているところだが、当事者としてはそうもいかない。今度こそかっちーんと固まってしまいディーの手を振り払う事もできない。


顔を真っ赤に染め上げ、魚のように口をぱくぱくと動かしているわたしを見つめていたディーだったが、堪えきれなくなったのか彼はついにぷっと吹き出して盛大に笑い出した。


か、からかわれたっ!



「ひどぃ……」


ただでさえ緊張しすぎておかしくなりそうだったのに、こんなからかわれ方をするなんて思ってもいなかった。

涙目になってディーを睨み付けると、わたしを見た彼は途端に慌てだした。


「な、泣くな!俺が悪かった。謝るから…」


そう言ってわたしの頭を優しく何度も撫でてくる。

目の前のディーは普段の彼と違って直視するのを躊躇うほどに魅力的で、こうして向かい合っていると羞恥心がじわじわと湧いてきて居た堪れなさに逃げ出したくなる。

それでも頭に感じる彼のその掌の温かさと優しさはいつもと変わらず、荒れていた心が少しずつ凪いで落ち着きを取り戻していった。

睨み付ける様に見ていたわたしの瞳からその鋭さが消えたのを見て取ったディーは、ほっと安堵したように強張っていた頬を緩ませた。

一触即発のような張りつめていた空気が和らぐと、ディーはわたしの頭をもう一度優しく撫でてからソファに腰を下ろした。

それからはお互い特に何かを話すでもなく時間を持て余していた。

わたしは時折ディーをそっと窺い見てはその横顔に何とも言えない感情を渦巻かせていた。

そんなわたしの視線に気づいてディーもこちらを振り向く。


「どうした」


そう聞かれても何と答えて良いか返答に悩む。

しいて言えば……。


「ディーに慣れる訓練……」

「なんだそれは」

「嘘じゃないし…」


普段と雲泥の差を醸し出しているその姿に、まだ胸はドキドキと煩い鼓動を紡いでいる。

それでもじっと見続けていると不思議なことに少しずつ安堵の気持ちも湧いてくる。

よく見ればすっと通った鼻筋も、切れ長の深紅の瞳も、きめ細かい陽に焼けていない白すぎる肌も、形の良い薄い唇も全てがこれまで毎日見ていた彼のものと何ら変わりない。

よくよく見ていれば胸のドキドキは別の感情に置き換わってすらいく。

そう、それはジリジリと胸を焦がす嫉妬だ!

女のわたしよりも綺麗な肌!整った顔立ち!

考えがそっちに切り替わると、先程までの乙女な感情に支配されていた自分が嘘のように冷静になった。


「なんだ、ディーじゃん」

「誰だと思ってたんだ」

「んー、ディーの皮を被ったキラキラ王子様?」

「誰だそれは」


暫くしていつもの調子を取り戻したわたしはディーを普通に見れるようになっていた。

それをそのまま口にすれば、彼からは呆れたような溜息交じりの返答が返された。


見慣れてしまえば、何てことはない。

手持ち無沙汰から目の前にあったディーの長い深紅の髪を手に取り弄ぶ。

ディーからはやめろと小さく呟いているのが聞こえてくるが、せっかく整えた髪型を崩す程には弄っていないのが分かっているので彼も強くは言ってこない。

髪を梳いたり三つ編みをしてみたりを繰り返すわたしに時折視線をやりながら、咎めるでもなく穏やかな表情で苦笑を零していた。

そうしているとそれなりに時間も経っていたようで時計に視線をやり時間を確認したディーがぼそっと呟いた。


「もうそろそろ時間か……」


ディーがそう言ったのと、部屋の扉がノックされたのはほぼ同時だった。

わたし達を呼びに来たのはスヴェンさんだった。


「謁見の間にて国王がお待ちです」

「わかった」


スヴェンさんの言葉にディーが頷き、ソファから立ち上がる。

そしてわたしの方を向き直るとその手を差し出してきた。

本日二度目になるそれが何を意味しているのかに気付いて、わたしはそっと自分の手を彼の手に重ねた。

重ねたわたしの手を少し力を入れて握ったディーが自分の方へと軽く引いた。

その少しの力でわたしは簡単に立ち上がることができ、そのまま手を引かれディーと共に謁見の間へと向かった。



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