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第12話 -波動- ※神官視点


執務室で仕事をしていると突然魔力の波動を感じ書類に向けていた顔を勢いよく上げた。

その己の様子に部屋にいたジェイドや神官たちが驚いたようにこちらに目を向けた。

それらを無視し、感じた魔力の波動の所在を探る。自然と己の眉間にも皺が寄った。


「グリフォード殿?」


警戒の意を見せる己の様子にジェイドが声を掛けてくるが構っている暇はない。


伝わってくる魔力の波動は微量なものだ。しかもその力はゆらゆらと揺れていて安定感がない。

本来ならば注意を向ける必要もない程の魔力量だが、その性質がこれまで見て感じてきたことのあるものとは明らかに異質なものだったが故に、焦りにも似た感覚が己の意識を捉えて離さなかった。


――何だこの魔力は。


それが魔力であることすら疑いたくなるような異質さを放つそれは酷く不安定だった。

己を始めとして魔法を使用する者にはそれぞれ得手とする属性が存在する。また不得手だとしても初歩のごく微弱なものであれば発動もする。

現在その存在を認められている属性は、焔、水、風、土に回復・身体機能向上系の聖属性の五つ。

それらの性質はこれまでの環境で嫌というほど染みついており、その波動を感じただけでどの属性の魔法が発動するのかを容易に見分けられる。


だが、今己が感じているこの波動はこの五つのどれにも当てはまらなかった。

僅かに感じられるのは水の波動だが、それでもはっきりとはしない。


得体の知れない波動を持つ魔力を注意深く探っていて、それが発せられている場所が隣のプライベートルームからだと分かると己は座っていた椅子から勢いよく立ち上がった。

すぐにその部屋へと続く扉を開け、休憩室を横切る。

その己をジェイド達が慌てた様に追ってきた。

発せられていた微量の魔力がその勢いを増して膨れ上がった。

それでも大事に至るほどの魔力量ではないが、得体の知れない波動を放つその魔力に何が起こるのか予想できないこともあり焦りがそのまま行動に現れていた。


声を掛けることもせずプライベートルームに続く扉に手を掛けて押し開こうとしたのと、部屋の中から悲鳴が聞こえたのはほぼ同時だった。


「ひゃぁああああああああーーー!!」


その声が彼女のものだと認識すると扉に触れていた手に力が入った。


「ユズハっ!!」


その名を呼び、壊れてしまうのではないかと思われるほど勢いよく扉を開け放って室内へ踏み込んだ。

部屋へ一歩踏み出したところで目にした光景に思わず足が止まった。

ソファに座った状態の彼女は頭から水を浴びたのかぐっしょりと濡れており、その髪の先から水滴が滴り落ちていた。


聞こえた声に驚いてこちらを振り返っているユズハと目が合う。

急いで駆け寄るとその彼女の様子に息を呑んだ。


「来るな!」


駆け寄ろうとしていたジェイド達に制止の声を掛けて立ち止まらせる。

そうして着ていた上着に手を掛け急いで脱ぐと、彼女の身体を隠す様に纏わせた。


「濡れちゃ――っ」

「いいから着ていろ!」


纏わせた上着を脱ごうとした彼女の手を掴んで言い放つと、己のその勢いに彼女はビクリと身体を震わせた。


「とりあえず着替えてこい」


そう言って彼女を浴室へと押し込んだ。

白いブラウスが水に濡れてその肌に張り付いていたのだ。とてもじゃないが直視できるような状態ではない。

ゾクリと全身を走り抜けた感覚を頭を振って振り払った。


ユズハの姿が浴室へと消えると、部屋の入り口で立ち止まっていたジェイド達がソファの傍までやってきた。

己もまたソファへと近づき、何が起こったのかその状態を確認した。


テーブルの上には水だけが半分ほど入った花瓶があり、活けてあった花はその周囲に散乱していた。

テーブルの上、ソファのユズハが座っていたであろうその周囲が水で濡れており、テーブルの上から床の絨毯へと水が滴り落ちていた。

ソファの濡れている部分に触れてみるとそこはそれなりの水分を含んでいる様で、軽く押すとその表面に水がじわりと溢れてきた。

テーブルの上にもかなりの量の水が零れている。

不可解なのは、花瓶に残された水の量だ。

花瓶はそれほど大きなものではなく、水がたっぷり入っていてもユズハが両手で抱えられる程度のものだ。

その花瓶にはまだ半分ほどの水が残されている。

それは周囲を濡らしている水の量と比べると明らかに多すぎるし、また花瓶の中の水を全てひっくりかえしてもここまで濡れることはないはずだ。

ソファやテーブル周辺を濡らしただけでなくユズハ自身もあれだけずぶ濡れになっていたのだ。必要な水の量はこの花瓶の五本分程度には相当するだろう。


何をどうしたらこの様なことが起こるのか分からず眉根を寄せた。

水の波動は感じたが、あの魔力量ではこれ程の量の水を生み出すのは到底不可能だ。


色々思案していると着替えを終えたユズハが戻ってきた。

落ち込んでいる様でその表情は暗かった。


「ユズハ」


その名を呼べばビクリと身体を震わせ、勢いよく頭を下げた。


「すみませんでした!」

「……説教は後だ。何が起こったのか説明しろ」

「……はいぃぃ…」


己が放つ怒気をはらんだ声に縮こまりながら彼女は小さく返事をして、自分が行おうとしたこと、思い描いたイメージと実際にやってみたことを丁寧に話した。

彼女が読んでいたと言った魔術の本はソファの隅っこに置かれていた為、水に濡れることなく無事だった。

その本を手に取り頁を捲り内容にざっと目を通した。

特に変わった記述もない魔術の初歩について書かれた物だった。


「――花瓶に手を入れて、水と花に触れ魔力を流したんだな?」

「…はぃ」


彼女が行った一連の動作を確認するように繰り返す。

話を聞けば聞くほど不可解な状況に考えが纏まらない。


彼女が水に触れて魔力を流したと言ったから、水の波動を僅かに感じたのはそれだったのだろうと考えられるが、それだけではこの状況は説明がつかない。

しかも肝心な部分は目を瞑っていたから、なぜあれだけの水が降ってきたのか分からないという。

あの得体の知れない魔力の波動についても分からず仕舞いだが、おそらく彼女の魔力の一部だろうと思われた。

今ここでもう一度その力を確認したいところだが、何が起こるか分からない状態であれば危険すぎる。

場所を移し、何が起こっても大丈夫なように準備してから行うべきであると判断し、この場の検分は終了した。


次に濡れた部屋の中の処理へとうつる。

掌に魔力を集中させ、ソファ、机の上、絨毯を濡らす水分を吸い上げると掌の上にそれが集まり丸い球体を作り上げた。かなりの水分量があるそれは直径三〇センチ程はあった。

その様子をユズハは目を真ん丸に見開き魅入っている。


「すごぃ…」


小さく呟く彼女に一度視線を向けてから窓辺へと移動した。

閉まっていた窓を開け放ち、掌の上でゆらゆらと揺れる水の球体を外へと放り投げる。パンッと弾ける音と共に空中で霧散したそれは、辺りに適度な雨となって降り注いだ。


「ふわぁー…」


ユズハが感嘆の声を上げ、目をキラキラと輝かせている。

部屋にいたジェイドや他の神官からも「おぉ!」と驚きの声が聞こえたが、この程度は大した魔法ではない。

水属性を得意とする者が行えば、もっと単純作業で済んだだろう。


「お前達は執務室へ戻っていろ」


ジェイドと神官達にそう言ってこの部屋から追い出すと、次にユズハへと近づく。

散らばっていた花を花瓶に活け直していた彼女は、怒気をあらわにする己の様子に後ずさりした。


「さて、お説教の時間だ」

「ひぇえええー……」


彼女に対してこれまで幾度となく行ってきたそれを告げる己の声は、腹の底から吐き出したかの如く低く重厚な重みと凄みを含んでいた。

竦み上がり顔を真っ青にした彼女はその場に正座して絨毯に頭を擦り付けていた。

己の怒鳴り声が部屋に響き渡る。

ユズハは楽観的なところがある。たまにとても慎重になる時があるのだが、今回の様な時こそ慎重に考え、事を起こす前に己に相談するようにして欲しいものだ。

ひとしきり説教を終え涙目で放心しているユズハに、大人しくしていろと最後に付け加えてから執務室に戻った。


扉を開け執務室へ入ると、神官二人は応接ソファに姿勢を正して行儀よく座しており、青ざめて震えていた。

ジェイドは壁にもたれており何やら溜息を零し、ちらりとこちらを見てから頭を振った。


「あれは正しくユズハ殿が言っていた『あの世を垣間見る』行い、ですね」


ジェイドがぼそりと呟いたその声が聞こえ睨み付ければ、神官二人は更に震え上がり、当の本人はやれやれと肩をすくめていた。



*・*・*



午後からは昨夜に引き続き、この国のことや龍についてユズハに話をしていた。

一人で無茶をしない様にと彼女に念を押しつつ、魔術についても教えた。

本から得た知識だけでは実際に使用する際、認識不足により危険が伴うからだ。

各地へ遠征に出ている者たちが戻れば、己の仕事も少しは減り彼女の持つ未知の力についての検証に時間が取れるようになるだろう。


検証を行うには実際に魔力を行使してもらうことになる。

今回のような小規模で済めば良いが、何が起こるか不明な点が最も危惧するべきことであり、その使用における検分は外で行うことになるだろう。

そうなれば外敵にも注意を払う必要が出てくる。できれば己の他にも対処できる人材が欲しいところだ。

ユズハの力については早いうちに確認しておきたい重要事項の一つだ。

今後の予定について頭の中で整理し、彼女にもある程度の予定を伝えた。

二日後には王を含め、各地へ遠征に出ていた者たちも帰還することになっている。


「明後日には王と謁見になる。心しておけ」

「はい……」


国を治める最高責任者との対面になる。

緊張するなと言っても無理だろうから、極力落ち着かせるように努める。


「俺もいる。気負うな」


不安そうな顔をしている彼女の頭を優しく撫でれば、己を見上げ笑顔を見せて「はい」と返事をした。


翌日、己はいつもの様に執務室で仕事を行いつつ、明日戻られた王に召喚から今日までの一連のことについて報告することになるであろうその内容についての資料を取り纏めていた。


真っ先に問われるのは彼女の能力についてだろうとは思うが、今現在では把握できていない。

ありのままを報告するとして、もう一つ厄介な事案があった事を思い出す。

このある一定距離以上離れられない現象についても報告する必要があるだろう。

現象の早急な解決も要求される。何せあらゆる行動が制限されてしまうので不都合なことが多いのだ。


「離れられる様になれば、部屋は分かれるだろうな…」


ポツリと零した言葉は胸に何とも表現しがたい感情を生む。

行動が制限されるのは不都合だが、一緒に居ること自体には特に面倒だと思う様なこともない。

寧ろ彼女の存在が心地良いとすら感じているくらいだ。


「解決の糸口が見つかれば、その時に…」


一抹の寂しさを感じつつ、資料の確認を進めた。





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