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第1話 -召喚-



その日わたしは仕事を終えて最寄駅から自宅アパートへの道を歩いているところだった。


時間はすでに真夜中。終電を降りて歩く路地は、ちらほらと街灯はあれど基本的には真っ暗。

駅周辺の飲み屋街付近ならば明るく賑やかだが、生憎とこの周辺は住宅街で深夜ともなるこの時間帯はほとんどの家が明かりを落としていてしんと静まり返っていた。


終電とはいえいつもならばわたし以外にもちらほら帰路へつくサラリーマンやOLの姿があるのだが、今日ばかりはなぜか人通りもなくわたし一人だった。


耳に届くのは自身の足音のみで、他には僅かな物音すらなくあまりにも不気味な静けさが漂っていて、ふと意識して周りへ視線を向ければ、そこは通い慣れた通勤路である筈なのに違和感すら覚えた。

見知った筈の風景はどこか違う世界へ足を踏み入れてしまったんじゃないかと感じるほどにどこか不自然で、ぞくりと背筋に冷たいものが走り思わず足が止まってしまった。


得体のしれない何とも言い様のない怯えにも似た不快感が胸に沸き起こる。


警戒心から辺りにキョロキョロと視線を動かしていると、突然足元から天へ向かって赤い光が溢れ、わたしを包み込んだ。

ぎょっとして目を見開くと同時に足元の地面が消え、驚いて悲鳴を上げる間もなく落ちるという恐怖で感情の全てが塗り替えられひゅっと短く息を呑んだ。



突然の状況に軽くパニックに陥って声も出せずにいたが、落ちているという感覚に意識を引き戻されると次に訪れるのは、―――これは死ぬな。という冷静な他人事のようですらある感覚。

それだけ長いと思えるほどに落ちていくのだ。

どこまで落ちるのかすらわからない。

まわりはただ暗闇が広がっているのだから―――――。



これまでのことが走馬灯のように頭に浮かんでは消えていく。

そうしているとふいに体にこれまでの落ちている感覚とは違う空気抵抗のようなものを感じた。

いよいよ最後の時かと覚悟を決めたが、次の瞬間に己が体はふわりと浮きあがり、ただただ落ちていくだけの体はそのスピードを緩やかなものにした。


落ちているという感覚がなくなった頃、頭から真っ逆さまに落ちていた体は反転し足が地面らしきものに触れる。

それと同時に神々しく光る魔法陣が足元を中心に浮かび上がり、辺り一面に広がっていた闇は光に埋め尽くされていく。

あまりの眩しさに堪らず目をきつく閉じた。



光が弱まるのを感じ目を開けると、そこはもう自分の見知った場所ではなかった。

いうなれば城――――。

しかも謁見の間と呼んでも差し支えのないような空間。

白いコンクリートの壁、柱、地面ですらも。


そして絢爛豪華な椅子が置かれている場所から、わたしが座り込んでいる場所のずっと後ろの出入り口であろう重厚な扉まで続く真紅の絨毯。

その絨毯の両脇に居並ぶのは、鎧を着た騎士風の人や魔法使いのようにローブを纏っている者、貴族風の豪華な衣装に身を包んだ者など様々だ。

そんな面々の視線が一斉にわたしへと向けられている。それも突き刺さるように。



呆然とするわたしの背を冷たいものがつうーっと流れていくかのような感覚が襲う。

有り得ない光景に二の句を告げることすらできないまま、頭を僅かに動かしながら視線を右に左にと彷徨わせ必死で現状を理解しようとするが考えることを拒否しているかの様に脳はその機能を果たしてはくれなかった。


足元にある魔法陣の強烈な光は収束へと向かっていた。


わたしを包む光が弱まったことで周りにいる人たちからもわたしの姿が見えるようになったのだろう。

其処ら中から割れんばかりの歓喜の叫び声があがっている。

そんな狂喜乱舞の渦中にあれば恐怖を感じてしまうのも無理はない。

びくりと震えた身体は僅かに硬直し、眉間に刻まれた皺も不安と恐怖からその深さを増した。


もう間もなく消えると思われる程に弱まった光に更に恐怖心が募った。

光はある意味でわたしを護る防壁の様だった。この光が消えれば周りにいる人たちは一斉にわたしを取り囲むのだろう。其のことが容易に想像できて身の毛がよだつ思いに吐き気が込み上げてきた。


「―――だれ、か……」


――…助けて。


恐怖に身体が小さく震え息が上手くできない。胸が苦しくて目頭が熱くなり瞳にはじんわりと涙が溢れてきた。



光が消えるそう思われた時、耳をつんざく轟音と共に座り込んでいたわたしの左前方の壁が外から破壊され、何かが大量に雪崩れ込んできた。

我が目を疑う事態が更に起こり驚愕に見開かれた目から堪えきれず溢れた涙が零れ落ちた。


崩れた壁の破片が弧を描いて床に転がり落ちるのも、雪崩れ込んできた禍々しい気配を放ち悍ましい姿を持つ物体が目の前に降り立つのも全てがコマ送りされているかの様にゆっくりと目に映り込んだ。


周りの喧騒はもはや耳に届いておらず、微動だにすることなく目を見開いたまま座り込み唖然としているわたしに『それ』は容赦なく襲いかかってきた。

わたしの視線は、目の前の物体のその振り上げられた不気味なほどに黒光りする鋭利な爪の伸びる強靭な腕に釘付けになっていた。


振り下ろされるそれに、襲い来るであろう衝撃から身を護るように咄嗟に頭を抱え込み蹲った。

そんなわたしの身を襲ったのは―――



……一陣の柔らかな風だった。



どさっという音に恐る恐る顔を上げると、そこには深紅のローブを身に纏った人が立っていた。

その向こうにはわたしに腕を振り上げていたはずの物体が横たわっているのが見えた。

一瞬の間に起こった出来事に思考が追い付かない。


目の前に立つその人はくるりと振り返るといまだ呆然としているわたしを乱暴に立たせ、腰に手をまわしてきたかと思えば、脇に抱え込むようにして抱きかかえ仲間の元まで後退した。


突然抱え上げられてお腹に受けた衝撃に思わず「ぐえっ」と声が漏れそうになった。

必死に押しとどめ、声を上げなかったわたしを誰か褒めて欲しい…。


ローブを纏った後姿からは男性か女性か判別できなかったが、目の前に現れたその人物の力技にわたしは男性であると認識した。


数名の騎士や魔法使いらしき人達がいる場所までやってきてわたしから手を離すと、彼はがくりと膝を折り倒れこんだ。

彼の隣に座り込む様にしていたわたしははっとして咄嗟に受け止めるように手を広げた。

力なく倒れこんできた彼の全体重がわたしに圧し掛かる。

側にいた他の人達が支えてくれなかったら押し潰されていただろう。


「……っ。大丈夫ですか!?何処かお怪我はありませんか?」


頭の上から聞こえてきた声に視線を向ければ、わたしの背を倒れない様に支えてくれている騎士の一人が顔を覗き込んでいた。その顔には焦りの表情が窺えた。

答えようとしたが唇は震えるばかりで声にならず、彼は余計に心配そうな表情でわたしを見ていた。


「……大丈夫、です」


若干声が上擦ってしまったが何とか声を出してそう伝えると、彼は僅かに目を見開き狼狽した表情を見せた。

その様子にどうしたのだろうと首を傾げると、それを見た彼はきゅっと唇を引き結び逡巡するとわたしの顔に手を伸ばしてきた。

その手がわたしの目尻に触れ、何かを拭う仕草を行った。

離れていくその手を見れば指先が僅かに濡れて光を反射していた。


涙を拭ってくれたのだと気づき恥ずかしさに頬が赤くなっているのを感じた。

気恥ずかしさにはにかんだ笑みを見せるわたしに、彼は苦笑を零しつつほっと安堵の息を吐き出して表情を緩めた。

その彼の顔が少しばかり赤くなっている様に見えるのはなぜだろう?光の加減かな?と思わずその表情に見入ってしまっていた。

そうしていると彼は困ったような笑みを見せてわたしの頭にそっと手を置き優しく撫でた。


―――安心しました。そう言って微笑んだ後、彼は広間へと視線を移した。

わたしも彼の視線を追って広間を見る。



雪崩れ込んできた悍ましい物体は魔物であるらしい。

姿形の違うものも数体いたが、それらを総じて魔物と呼んでいるそうだ。

テレビやゲームといった創作物でしか見たことのないそれらがここでは現実に存在しているという事実に少々動揺した。


まわりを見渡せば、雪崩れ込んできた魔物はあらかた片付いており、数匹を残すのみだった。

それもあっという間に殲滅されると辺りは漸く落ち着きを取り戻した。


「………すご、い」


瞬く間に変わる状況にぽつりと小さく言葉を零せば、傍にいる彼が反応を返した。


「やつらが乗り込んできた際、ほぼ全ての魔物がグリフォード殿の攻撃を受けて機能不全に陥りましたので、掃討も容易だったのですよ」


彼が言ったグリフォード殿という人物が誰のことか分からず首を傾げると、この方ですよとわたしの腕の中でぐったりとしている深紅のローブを身に纏った人物を掌で指し示した。


彼が指し示す掌を視線で追いかけ、目の前の人物に行き当たるとわたしの目は驚愕に見開かれた。


―――え?

この人、壁が壊れて次の瞬間にはわたしの目の前に立ってたよ、ね??

壁が壊され魔物が雪崩れ込んできてから、その内の一体がわたしの目の前で腕を振り上げるまでそんなに時間経ってたっけ?


信じられないといった表情でその人物を見つめるわたしの耳に彼の苦笑を零す声が聞こえてきた。


「ほんと、人間業とは思えないですよね」


その言葉に驚愕の表情のまま視線を動かし彼が苦笑いしている顔を見ると、次にまた深紅のローブを身に纏った人物へ視線を戻した。


時間なんて経過してない。

わたしが感じた感覚は間違いじゃない。

目の前のこの人物が、魔物が雪崩れ込んできたその一瞬のうちに、常人ではありえないそれらを平気でやってのけたことは間違いないらしい。


倒れ込んでぐったりしている様子を見る限り平気ではないのかもしれないが、理解の範疇を超える一連のことに違う意味でつうーっと冷たいものが背を流れていく感覚を覚え小さくぶるりと身を震わせたのだった。




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