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マイノリティーの勇者たち

作者: 合野 天純
掲載日:2019/06/20

 

 ほどほど楽しく生きて、ほどほど満足して、「良い人生だったな」と思いながら死んで行く。


 ゴール↑300点


 幼少から葛藤しながら懸命に生き、上記が生涯の終わりにあるというのは、若い時に簡単に幸せが手に  入り、苦労をあまりしないで一生涯済んだ人々よりも、前者が喜びが、大きいと私は考える。


 産んでくれた両親に、「産んでくれてありがとう」と言える人生だった人はどれくらいいるのだろう?


 生きているのが辛くてたまらない人や、絶望しながらも必死に生きている人は山の数ほどいるの

 であろう。 毎日、日本だけでも自殺する人が何十人もいるこの時世だ。


 かくいう私も18の時に両親が亡くなり、父は縊死で自殺した。

 はっきりいって、その体験をしている時点で、超ハッピーな人生とは到底思えないし、

 それ以外でも、他言したくない辛辣な修羅場を幾つも潜ってきている。


 ある意味では稀有な運命なのであろう。


 だが、誰もが少なからず、悩みや課題を抱えて生きていることも忘れてはならないと思っている。

 自分だけが特別、苦労していると勘違いしたり、呪われていると錯覚したり、不幸を嘆いても、

 進展は僅少であろう。


 屡、人を救うための団体や、先生と崇められ、指南と先導をする人物も現れるが、結局は

 自分を救えるのは、自分を幸せにできるのは、己自身しかいないと私は思っている。

 

 まあ、よくいう、考え方次第だったり、本人の捉えよう、思考の癖、習慣なのであろう。


 殆どの人が体験しないであろう出来事を人生で得られるのは、幸運体験は当然ながら彩りを与えて

 くれる。 


 だが、とてつもなく苦しい体験をする少数派の人も、その体験を糧として活かした時に

 その後の人生の振り子のように訪れる、トンネルの出口から差す光は特別に輝いていている筈だ。


 「笑いながら死んでいきたいな。」

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