ナッツンはみんなのリーダーであるべきっす!
「今日は千代司君達と遊ぼうと思って、コッソリお菓子を取って来たんです。色とりどりで可愛いでしょう?甘いの、桜ちゃんにも分けてあげます。父様達には しーですからね!食べ過ぎると気持ち悪くなるから気を付けて下さいね」
「わぁ…!」
姉様がキョロキョロしながら鞄から巾着を出し、その中からゼリービーンズを出して私の手の中にジャラジャラと零してくれた。アニメ版だとナッツンが、ゼリービーンズ食べてるシーンは偶にあったから、少し興奮する。
「しー」
「しー」
お互いクスクス頷き合って、ゼリービーンズをしまった。
あの『イジメっ子尻丸出し事件』後、姉様の所には夜光村の『年長組』と呼ばれる子供達がやって来て、その代表である3人の男の子と2人の女の子が姉様に
「俺達の躾がなってない所為で、嫌な思いをさせちまって、すまなかった。アイツ等には必ず謝らせるし、2度と同じ事が起きない様に俺が絶対に アイツ等を叩き直すし、お前を守る。怖かっただろ?本当にごめんな」
と謝罪をした。齢 12の子供が、自分のやらかした事でも無いのに、年下の女の子に頭を下げたのである。誠実そうな千代司君の後に一斉に頭を下げる4人の子供を見て、私は感心すると共に
自分だったら、謝れないな…。
と、後ろめたい気持ちになった。母様と父様に見守られながら、縁側で正座をして話を聞いていた姉様は
「はぁ…」
と困った様に溜め息を吐いた。それからキリリとした表情で
「顔を上げて下さい」
と言って、年長組の顔を上げさせた。それから1人1人の顔を確認し、
「今回の事は、こちらも暴力を振るったので、お相子だと思っています。私にも、あの方々に謝らせていただければ幸いです」
と言ってから、姉様は深々と頭を下げた。そんな姉様を見て私は、
大人〜〜!!!
と心の中で拍手をする。ついでにそれに便乗して
「私も謝罪します!」
と言って、戸の陰から姉様の隣に飛び出し、姉様の真似をする様に床に頭を付けた。 そんな私を見て、姉様はフワッと微笑み、慈愛に満ちた表情で頭を撫でてくれた。その雰囲気にドキッと来たのか、男の子3人が頬を赤くしたが…
残念!私の姉様です!
床に額をつけた姿勢のままニヤリと笑い、顔を上げた時には殊勝な表情で、純粋で誠実な幼女を演じた。
猫「………3点」
銀髪の少年が何かを呟く。その言葉にお淑やかな女の子は苦笑いをし、千代司君は不思議そうな顔をした。
「千代司さん、天道さん、三太さん、七七さん、詩宝さん」
名前を呼ばれた各人が、姉様に視線を向ける。姉様は最初の自己紹介でズラズラ名乗られただけで、もう全員の名前を覚えてしまったらしい。私は人の眉毛ばかり見ていて恥ずかしい。
「年下のやる事に、年長の者がいちいち介入しては いけません。貴方方が今回した様に、代わりに謝るという行為は子供達の判断力を育てるチャンスを奪っています。それが今回、貴方方の見ていない所なら…と、いけない事をしていると分かりつつも、あの方々が あの様な行いをした結果です。本当に立派な大人になる為には、大人に褒められる様な育て方だけでは無理です。時には裏で泥を被りながらも、失敗をしても見捨てない。相談をされたら何が何でも応える事が、私は大事だと思っています。貴方方なら、そんな子育てが出来るはずです。今からやるべき事は分かっていますね?」
姉様の凛とした お説教に全員が圧倒され、唾を飲んだ。
あれ〜?この子、8歳……だよね?本当に姉様?
私よりシッカリしてる。普段、年相応にホワホワした姉様は、そこには居なかった。
姉様の言葉を重く受け止めた千代司君は、少し考えてから真剣な顔で
「和紀達を呼んで、自主的に和解をさせる話し合いの場を設けさせます」
と言った。それに姉様が頷く。千代司君達は安心した様に、肩の力を抜いた。私もいつの間にか握り締めていた拳から、力を抜く。
「和紀達には考えて反省してもらってから、ここに来させます。明日の同じ時間に来ます」
千代司君が1番小さい男の子に目配せをすると、男の子がコクリと頷いた。あの子が、猿山軍団に連絡を付けるのだろう。
話中に目配せをしてしまう辺り詰めが甘いが、この子達はまだまだ伸びしろがありそうだ。
私は心の中で腕を組んで、何故か偉そうにフンフン頷いた。姉様は さして表情を変えず、ピシリとしたお辞儀を見せる。
「若輩者が下手な説教をした上に、大した おもてなしも出来ずに、すみません」
「いえいえ!」
完全に8歳の空気に飲まれた12歳が、慌てて手を横に振る。チラリと自分が隠れていた戸を見ると、母様と父様が感動した顔で小さな拍手をしていた。それが視界に入っている所為か、あちらは大分やり辛そうだ。
最終的に
「ありがとうございました」
と、一同 何故か お礼を言って、家から出て行った。
一仕事終えた姉様を、可愛い妹のキラキラした目と拍手で讃える。
「姉様カッコイイです!大人みたいでした!」
実際、大人よりも凄い。ここが漫画世界でも、8歳としては異様な程 考えがシッカリしている。
もしかしたら姉様は、かなり重要なポジションに居る新キャラなのかもしれない。
「えへへ〜。そうですか?でも実はアレ、
夢の中の受け売りなんです」
夢?
変わった答えに、首をトテッと傾ける。シッカリしてても、姉様はやっぱり不思議ちゃんだと思った。
(過去回想終了)
「あれから、お外の子達と仲良くなったんですね」
「はい。皆さん、とても優しいですよ」
お気に入りの靴を履いた姉様が、爪先をトントンと地面に打ち付ける。
あの説教の効果か、姉様は一部から『親分』と呼ばれて尊敬を集めているらしい。そこはせめて『姐御』か『お姉様』だと思ったが、私以外に姉様を姉様と呼ばれるのは癪だったので、それも良いかな?とも思った。
「今日は川に連れて行ってくれるんですって」
「川って危なくないんですか?」
確か夜光村の川には河童の一族が住んでいたはずだ。悪い奴等では無いけれど、1度 相撲に誘われたら5年は帰って来れなかった村人の話を聞いた事がある。
「ふふふ!だから年少組はお留守番なんです。大人な子達だけが川に遊びに行けるんですよ〜!」
ご機嫌ルンルンに、姉様がクルクルと回った。
姉様、可愛い。
「桜ちゃんに、お土産探して来ますからね〜♪」
「わーい!姉様、ありがとうございます!川で溺れない様に気を付けて、帰って来て下さいね」
姉様の平べったい胸に、頭をウリウリ押し付ける。
「でへへ…幼女の胸は良えのう。同じ女の子だし、合法合法」
怪我をしない。それが1番、大事ですから。
「桜ちゃん?」
うっかり話す言葉と心の声が入れ替わってしまった。
「うふふふふ…」
私の完璧な誤魔化しと姉様がまだ幼いお陰で、私の下心はバレなかったらしい。
姉様が遊びに行って暇になった私は、いつもの窓際で姉様から貰ったゼリービーンズを食べていた。久し振りの甘味という事もあって、凄く美味しい。
そこはかとなくナッツンの味がする…。
嗚呼、ナッツン…。
私は先日の両親の会話を思い出して、頭を抱えた。
「ショックだ…」
まさか自分に霊力が全然無いとは思わなかった。これでは将来ナッツンを助けたり、ナッツンの弟子になったり、お嫁さんになったりする計画がパーである。
転生特典?ナニソレ?美味しいの?
「私、普通の子に比べたら修行してる方だと思うのになぁ…」
ナッツンが修行編で行ってた『芸夢の国』にも、毎晩アクセスしてるんだぜ?
無味無臭の物をひたすら食べて、何も無い所をひたすら走って、心を空っぽに(しきれてる気はしないけど!)してロウソクの火を灯し続けたり、糸なし糸車を回し続けたり、単純に対戦経験積んだりさぁ!してるのに!!
「ゼリービーンズ美味しい…」
橙色に変化してきた空に、私のため息が溶けて消えた。
私がもっと個性的になれば、新キャラに食い込めるのかな。髪の毛、アフロにした方が良い?いっそナッツンに絡んでブン殴られるチンピラでも良いのよ?
窓の外にダラーンと手を伸ばす。外出する気が無ければ、この窓 通り抜けられるんだよな。
今もし外に出られたら、姉様と一緒に川で遊びたい。竹で作った簡素な柵の向こうに広がる世界を眺め、長い長〜〜〜〜い溜め息を吐く。そんな私を見かねたのか、神様がふと私に、こんな会話を届けてくれた。
「もぅ!また怪我してる!ナッツン、私達の所においで〜!」
「あ、茜ちゃん…!」
家の西の方から、楽しそうな数人の女の子の話し声が聞こえてきた。
「よしよーし!本当に男の子って暴力的で嫌よねぇ!」
「今日、天道兄ちゃん達が川に行ってるから大イバリだったもんね!」
「地道は、天道兄ちゃんと違ってランボーモノだもん。本当にメーワクだね!」
「歳下の子をイジメるなんて最低だよ!」
「本当にナッツンってば可哀想…」
今、ナッツンって言った?!
窓から外に飛び出そうとして、外出封じの札に阻まれる。
ふんぎゃぁぁぁぁぁあ!!!私とナッツンの感動の出会いを邪魔するんじゃねぇ!
バチバチと青い雷を放つ薄い膜を拳でブン殴る。バチンッと弾かれて、部屋の中を転がった。ブン殴る。爪が割れて血が出てきた。ブン殴る。
「落ち着いけ、自分。こんな時こそ修行の成果を発揮して、無心で窓を通り過ぎるんだ」
すぅーっと息を吸って、倍の時間をかけるつもりで息を吐く。心の中にポツッと小さく灯ったロウソクの火が、ゆらゆら揺れるのを想像する。その側には古びた糸車がある。
大分前に齧って削れた窓枠に手を掛けた。
糸車に初めの糸を掛けるつもりで、手を伸ばす。
「痛いのは嫌だけど、僕は大丈夫…!平気だよ!」
集中…。
「我慢しちゃ駄目なんだから!ナッツンはナッツンで、やり返してやんないと駄目だよ!もぅ!そんなんだから何時迄もイジメられるんだよ!みんな!地道の事は、天道兄ちゃんに言いつけてやらないとだね!」
集中……。
「そーだね!地道のお父さんとお母さんにも言いつけようよ!」
集中…………。
「ナッツン!私達が毎回助けてあげれるわけじゃ無いの。今度、地道達に殴られたら、ちゃんと泣かずに殴り返すんだよ!」
我慢……………!!
「僕…。泣いてないよ…」
「嘘だぁ〜!泣いてるじゃないの〜!」
「うんうん。どう見ても涙、出てるよ」
「泣いてるじゃん」
ナッツン(仮)が泣いただと!?
幼いソプラノボイスについ、静かに閉じていた目をクワッと開いて、窓の外に目を押し付けた。
「泣いてない!」
ナッツンの反撃する声がする。ナッツンを虐めていた女の子達は驚いたのか、急に誰も話さなくなった。
今こそ、ナッツンに加勢しなければ!!!
透明の膜みたいなものにブヨブヨ押し返されながら、ナッツンの陰を探す。
「邪魔!!!」
窓に出来た結界の膜に向かって、思いっきり爪先を叩き込んだ。
痛い…。
ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。
割れた爪が剥がれ落ちた。
「何それ!何でウチら怒られなきゃいけないの!嘘でしょ!そんなんだから、ナッツンはイジメられるんだよ!」
「直ぐに泣くし、そんなんだから嫌われるんだよ」
「見てるとイラッと来る時あるもんね。ナッツンのそうゆう所が良くないんじゃないかな?治しなよ」
「………うん」
この!〜〜〜〜〜っ!!!殺す!!
ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。
殴って駄目なら、体当たりをし、体当たりで駄目なら飛び蹴りをし、飛び蹴りで駄目ならブン殴った。
「ちょっと何で泣くの?」
「嫌だ、私達がイジメてるみたいじゃん。ナッツンって本当に泣き虫だよね。他人の迷惑とか分からないのかな?あ、分からないからイジメられるんだよね」
ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。
呼吸と共に髪も乱れ、何度も床に転がされた私は血だるまだった。
ピシッと木の枝が折れる音がする。
「私達、アドバイスしてあげてるだけなのに何でこんな嫌な気分にならないといけないのかな?」
「ちょっと泣くなって言ったのに、また泣いてる〜!」
「え〜?普通、そこで泣く?」
ナッツンを守らないと。
更に力を込めて、ブン殴る。
両の拳で、ブン殴る。
手の平に体重を掛け、押し出すようにブン殴る。
心が痛い。
吹き飛ばされた衝撃で舌を噛んで、口の中に血の味が広がった。
ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。
胃の辺りがカッと熱くなって、ふらつく足に力を与えてくれた。
ブン殴る。
ブン殴る。ブン殴る。
ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。
ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。
ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。
ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。ブン殴る。
ブッタ斬る。
「…て、ない…」
「何?声、小さいんだけど」
「だからさぁ!!!ナッツンは泣いてないって言ってんだよ!役立たずの耳、引き千切ってやろーか?」
寄って集ってナッツンをイジメやがって!
窓から10歩 歩けば辿り着いた目的地には、性格の悪そうな女共の隙間に、不安そうに震える白い手が見えた。練習用の刀を、ゆぅ〜っくり鞘から引き抜く。私の言葉に振り返った女子達の顔が、完全に引き攣った。
ナッツン大好きオバさんの登場だぞコラ!
「地獄に行きたいのだ〜れだ?」
茜色の空の下、ギラリと鈍く光る刃。
血塗れで髪を振り乱し、狂気の笑みを浮かべる化け物に対し、少女等は悲鳴を上げた。
女の子達がホラー映画も真っ青な悲鳴を上げ、我先にと逃げ出した。その姿は、いつかの尻丸出し少年達より酷かった。
「チッ!」
不良少年よろしく舌打ちをし、刀を鞘に戻す。
「ぁ…、あわわわ!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさーい!」
取り残された1人の女の子は、朱いマフラーをヒラヒラさせ、涙目で謝りながら去って行った。
「ナッツンは何処?」
え?ナッツンは?