嗚呼、ナッツン…
遺伝した!
3歳になった私の眉毛は立派なハート型だ。眉間普通、眉尻二股の変な眉毛だ。
漫画だと可愛いけど現実で見るとヤバイね。
お陰で近所の子達からイジメられている。私の可愛い姉様が。きっと可愛いからだな。
私達の住む夜光村には、女の子は7歳になるまで外に出てはいけないという決まりがある。
それは夜光村には昔子供を亡くしてしまった神様がいて、女の子を見つけると自分の子供と勘違いをして連れて行ってしまうからだそうだ。
たぶん『通りゃんせ』の歌詞をもとに、『疑心暗鬼』作者が考えた※信乃を外に出さない為の伝承だ。
※信乃は『疑心暗鬼』のメインヒロインであり、第1話で登場するさい彼女は12歳なのだが、継母とその恋人から外は怖いと脅され続け、引きこもりになってしまう。
そのままナッツンと出会わなければ良かったのに。
この伝統も実際は家の中にいる方が安全だからとかの理由に決まっている。
ナッツンの世界だから万が一もあるが、出てっても良くね?
そう思うのに、父様が作った御札の所為で外に出られない。
あれ、どうなってんの?
剥がそうとしても剥がれないし!
そして、娘ラブ超過保護な父様が伝統+1年引きこもり期間を設けた為、姉様のお外デビューは他の子に遅れて8歳になってしまった。
姉様が外に出た途端、近所のおチビ共に囲まれた一言目がコチラ。
「変な眉毛」
高貴な眉毛だコラ!
如何にも悪餓鬼ですといった風の子供達に囲まれて、姉様は不安そうに胸元で手を握る。窓から庭の向こうを見る私には、姉様の足が震えているのが見えた。
それでも姉様は勇気を出し、最初に口を開いた男の子に向かって、
「えっ…と、えっと…あの…。それって私の眉毛の事なのでしょうか?」
と言った。
それに対して
「鏡、見た事ないの?ブス!」
と、男の子の隣にいた副チンピラそうな男の子がゲラゲラと笑い出す。
「誰がブスですか!!!姉様は可愛いor美人で表現すべきです!お前、目が腐ってんだろ芋眼鏡!」
「うわっ!何だアイツ?」
「おっかね〜」
窓の中から怒鳴りつける私を見て、いじめっ子達は一瞬怯んだ。しかし、この村の規則を思い出してニヤリと笑う。
「大丈夫だ。あのチビはまだ出てこない。見たとこ、4歳だ」
「俺達を叱るのは、4年早かったな!バーカ!」
精神年齢ならとっくに8歳を越してるのに!
私は悔しくて窓枠をガリガリ噛んだ。
イコール私は外に出れない。
いじめっ子達よ…命拾いしたな。
「変な髪!」
「痛っ。母様譲りの綺麗な髪で、変な髪じゃありません」
「テンちゃん!コレきっと病気だよ〜!触っちゃバッチィよ〜!」
姉様の髪を引っ張ったテンちゃんらしき人の手を、1番背の低い男の子が、埃を払う様にペチペチ叩く。
「病気では無く、普通です!」
姉様は泣かずにプンスカ反論したけれど、残念ながら、そこは弁護できなかった。
この世界、モブの髪は黒、金、茶。ピンクはちょっと…色素どうなってんの?って感じ。
姉様が乱れた髪の毛に気を取られてる間に、
「病原菌退治だ!」
と言って、猿顔の餓鬼大将に脛を蹴られた。それに同調した奴等が姉様の腕を引っ張り、ブン回す遠心力を使ってバランスを崩させ、転ばせた。
「痛い…!」
膝の擦れた姉様が、ジワリと涙を浮かべる。
「姉様から手を離しなさい!」
「げっ!」
思わず家の中にあった文鎮を投げ付けたが、3歳の腕力じゃ、大して飛ばなかった。
ゴトッという音をして、地面に落ちる文鎮を見てテンちゃん(この名前は絶対に忘れてやらない!)が顔を青ざめさせる。しかし、6人の子供を纏めてるだけあって、猿大将は冷静だ。
「大丈夫だ。アイツは外に出られない。距離さえ取れば安全だ」
と、みんなを落ち着かせ、膝を抑える姉様の頭に汚らしい足を乗っけた。
こんにゃろ〜!!!
窓枠がまた1cm削れる。姉様は家に帰りたそうにチラチラとこちらを見るが、完全に囲まれている為、身動きが取れない。いじめっ子達に良い様に、服を引っ張られたり、髪を引っ張られたりする。
こんな時、ナッツンならお札を破って素敵に登場するんだろうけど…。
こうなったら茶碗でも投げるか?
「桜ちゃん…!」
泣きそうな顔と目が合った。そして天啓の様なモノが頭に光る。
「姉様!」
私の家は祓道具屋だ。部屋の奥まで走り、壁に掛けてある練習用の刀を取り出した。桃の花が彫られてる方を、姉様の足元目掛けて放る。
ちょっと距離が足りなかったけど、気にしちゃ駄目よんっ!
「姉様!その方達は悪霊に取り憑かれ、心無い言葉を吐かされているのです!姉様の得意技で助けてあげましょう!」
私がそう言うと、姉様の表情がいっきに色付き
「まぁ!そうだったのね!」
と、手を叩いた。
「そうよね!何で気付かなかったのかしら?よぉ〜し!」
呆気に取られるイジメっ子を抜け、武器を拾った姉様が、ギラリと光る大太刀を構えた。このスタートダッシュの様なポーズで重たい刀身を支える構えは、姉様の十八番。姉様の周りの空気が薄っすらと桃色に色付き、甘い匂いが漂う。
人間を攻撃する事に慣れていない姉様は、突然来た野蛮人に戸惑っていただげで、相手が悪霊ならば無双中の無双。刀を突きつけられた子達は、この刀が人を斬れない事を知らない。
ざまぁみろ、ここから延々 姉様のターンだ。
「桃吹雪!」
「ぎやぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁあ!!!」
人は斬れないが、服が散り散りになった猿達は体を縮こませながら走り去って行った。
ふふんっ!可愛いは正義だわ。
「凄いです!姉様カッコイイ!」
「えへへ〜。桜ちゃんもですよ」
落ちた文鎮は姉様に回収してもらいました。
その夜、夕食の席で姉様は自分の武勇伝を語って誇らしげな顔をしていた。
「それで悪霊共は、みんなケチョンケチョンにしてボコしてやったんです!」
「奴等、尻丸出しで逃げて行きました!」
私も姉様の武勇伝を盛り立てる為、面白い部分を付け足す。
それを聞いて母様と父様の顔が微妙に曇って
「凄いわね!」
と褒めながらも、目は嬉しそうじゃ無かった。
「悪い事をした奴は懲らしめないといけないわ!」
と、母様。
「相手は7人も居て、よく負けなかったな。偉いぞ」
と、父様がそれぞれの頭を撫でてくれたけれど、心からは褒めてくれていないのを感じる。やはり、暴力を振るう事に反感を感じているのだろう。
そーゆーの子供は敏感なんです。あー、たくあん美味しい。
その後も和やかに会話をしつつ、先に食事を終えた両親は、台所にお皿を持って行くついでに会議を始めた。妙にコソコソしてるのが気になって、聞き耳を立てる。
「ケチョンケチョンにしてボコすだなんて、一体 何処で覚えたのかしら?」
これが漫画世界の効果なのか、2人のひそひそ話はコチラにまでハッキリと聞こえた。
「桃子は将来を考えると、あまり汚い言葉を覚えてもらっては困る。お店の手伝いは控えさせた方が良いかもな…」
父様がポツリと呟いた言葉に、私は
「げぇっ」←原因はコイツ
と言いそうになる。
お店の手伝いが消えるという事は、外界との接触が絶たれるも同然。私みたいな精神年齢大人が、ネットも無く家の中だけで暮らしていけると思うなよ?
この重要な会話に姉様は納豆を混ぜるのに夢中で気付いていない様だけど、これは大人の特権で子供の自由が消えますぜ。
私は注意深く聞き耳を立てながら、白米をゴックンした。
「そんなにカリカリしなくても…。いくら第1皇位継承者とはいえ、桃子は流刑された者の娘よ。最低限の礼儀さえあれば、何処に嫁に出されても大丈夫だわ。流石に外に出さないのは可哀想よ。それに桃子は、沙羅華様に似て美人だもの!何とかなるわ!」
第1皇位継承者って何?沙羅華様って確か、大蝶華帝国に出て来た悪いオジサンだよね?ナッツン指名手配にした奴。アイツ嫌い。
「佳乃様の気持ちは尊重したい所なのですが、」
え?マイファザー、何故に敬語?
振り向きたくなるのを堪えて、姉様に醤油を取ってもらう。
第1皇位継承者って事は……姉様、プリティープリンセスだったの?私もプリンセス?え?
姉様が箸のネバネバで遊び始めた。子供は呑気なものである。
薄々、我が家も流刑された口だって事は勘づいていた。『疑心暗鬼』の設定では、夜光村は大蝶華帝国で有能だった人が事件を起こすと流される場所で、日元国の管理と危ないナニカの管理も任されていた。
殺されてなかったのなら、2人の設定的にそうじゃ無いかなぁ〜って。
じゃあ父様が敬語なのは、母様の方が身分の高い人で従者だったと仮定する事にして…。本当の父では無い。
えっ?こんなヤバイ会話、何 台所の隅で堂々と語ってんの?
私、ドッキリにでも掛けられてんの?
ヤバくね?何かヤバくね?
「私は…沙羅華様より、佳乃様の方が美しいと思います」
父様の切なげな声が聞こえて、父様が何かを誤魔化す時 特有の癖で床や壁を指でコンコン叩く音が聞こえる。それに対して母様の
「ありがとう!」
という純粋に嬉しそうな声。
急にイチャつきやがって!
「いえ…」
と言う照れ臭そうな声で、父様の幸せそうにデレデレしてる顔が容易に想像できる。
いつもは、デレデレして気持ち悪い奴〜!と思うが、父様の立場を知った今、主従の甘酸っぱいラブストーリーに見えて美味しい!良いぞ、もっとやれ。
姉様が肘にコップを引っ掛けそうになったので、地面に落ちる前にキャッチして少し離れた場所に置いた。
「私は沙羅華様よりも染井家が心配なの…。あの人も、ある意味 心配よ?私が居なくなって大丈夫かしらって」
「………。」
心配げに横髪をいじる母様の肩を、父様が抱く。
染井家?
というと、大蝶華帝国を裏から操っていた母様の実家だ。全員 髪の毛がピンクで、同じ桜眉毛らしい。
「染井家が桃子に介入しようとすれば、必然的に桜子にも目が行くわ。一族同士の子だった所為か桜子は染井の血が恐らく、1番濃く出ている。聖地巡礼後には………」
一族同士の子…ぼん?!
今の発言について、よく考えよう。
私、近親相姦で生まれたんですか?ご飯中に聞く話じゃ無いよ!私と姉様って姉妹じゃ無いの?父親、誰!?!あ、一之心?(父様)
一族とは何処までが一族なのか。
「来春様は既に椿様の暗殺を食い止め、護衛を任されてるようです。大丈夫です。染井家に桜子は必要ありませんよ」
父様が母様を安心させる様に、額にアレするのが窓際に立てかけてある盾に反射して見えた。映画みたいに綺麗だった。
「桜子は染井家に珍しく、霊力ほぼ皆無!甘えん坊だし、変な事ばかり考えていて、間の抜けてる子ですから 何かをやらせようとすれば失敗間違い無し!染井家にとっても誰にとっても利用価値無しですよ!」
それ、よく分からんが傷付く…。
漫画だったら、頭にグサッ!みたいなのが刺さっているだろう私を見て、姉様は不思議そうな顔で私の頭を つついた。
やっぱアイツ嫌い。
口の中で、たくあんがボリボリ音を立てた。
「ええ…そうね。私の所為で…可哀想に、来春君」
「佳乃様と沙羅華様が駆け落ちしていなければ、桃子様も桜子も、この世にいません。当然、佳乃様も。今はそれだけで良いじゃ無いですか」
「もぅ!そんな事 言われると照れちゃうじゃないの!もぅ!うふふ、一之心ったら、声が大きいのよ!」
「申し訳ありません」
きゃっきゃうふふ。
母様の華やいだ声と、父様の落ち着いた幸せそうな声。ピエト・モンドリアンの描く抽象画の様に、台所と食卓の空気感が全然違う。私の落ち込む空気を察して、姉様もブルーになったのだ。なんかごめん。
関係無いけどアレって、部屋の見取り図みたいだよね。
箸をいったん止めて、腕を組む。
今の情報を整理する為、頭の中で見取り図よろしく関係図を正確に書き記していこう。
台所では従者モードの終わった父様が、明るい猿芝居で こちらへ歩いてくる。姉様は母様にバレる前に、お皿の隅に放置していた嫌いな食べ物達を、慌てて食べ始めた。
「そろそろデザートにしよっか!佳乃の作った味噌汁の匂いを嗅いでると、また腹が減るよ〜」
「うふふ、たくさん食べてね」
「佳乃の料理は世界で1番だからね!お代わりもジャンジャンするぞぉ〜!」
やっと頭の中が纏まってきたぞ。
恐らく、
沙羅華(皇帝)+染井 佳乃(母様)=桃子(姉様)
御子神 一之心(父様)←旧姓+染井 佳乃(母様)=桜子(私)
・姉様は恐らく大蝶華帝国の第1皇位継承者
・母様は皇子と駆け落ちした罪で恐らく島流し
・なんとなーく、駆け落ちしないと母様は死んでいたらしい?
・そこに付いて来たのが父様で、たぶん私がオギャー!
・母様が居ないと沙羅華は困る。(たぶん染井家の当主だったので、色々と支援して貰っていたのではないかと推測する)
・コハル(新キャラの匂い)が優秀なので染井家は安泰
・姉様、皇族からも染井家からもモテモテ
・私、利用価値無し
いや、良いんだけどさ。なんか虚しい…。
「桜ちゃん、あーん」
「あーん」
姉様に茄子の漬物を差し出され、あーんと口を開けた。
なんだこの萌えイベントは。
しばらく咀嚼してから、姉様のホッとした顔に気付く。
姉様、好き嫌いはメッ!
私が腰に手を当てムムッと姉様を睨むと、姉様は
「しー」
と言って悪戯げに笑って、人差し指を私の口の前に立てた。姉様の蜂蜜色の目がパチンとウインクをして
「秘密ですよ」
と微笑む。
「ずっきゅん!」
心臓を天使に射抜かれた私は、小さな胸を押さえて椅子からスッ転げ落ちた。
むふ、むふふ、可愛い…。もう何されても良いれす…。
姉様の嫌いな食べ物くらい、いくらでも食べてあげるって、マジ。姉様の周りって、いつもキラキラした物が飛んでる気がするんだけど気の所為かな?可愛いからかな?天使だからかな?ナッツンの次に可愛い!
食卓に戻って来た両親は、椅子から落ちてニマニマ笑っている私を見て、とても驚いた。