第7話 魔人
成人の義。
ベラドンナ家で古くから行われる儀式。
16歳になった家人が国内にある六つの大神殿を巡り。
2年と言う期間の間に、各々の神殿で洗礼を受けるというもの。
この儀式を収める事は、それはベラドンナ家において家督の継承権を獲得する事を意味する。
――――街道(深夜)――――
全身黒尽くめの男が俺に襲い掛かる。
俺はその男の手にした短剣と、発動させているスキル――Cランク・隠密を無害な薬品類へと変え、手にした剣で相手の首元を切り裂く。
斬られた男は首から血しぶきを上げ、首元を押さえながら苦悶の表情で倒れ込んだ。
地面でぴくぴくともがく男を見下ろし、俺は覚悟を決めてその背に剣を突き立てた。
ぐちゃっという音が響き、手に命を刈り取る嫌な感触が伝わってくる。
旅に出てから既に7日。
その間何度も人を手にかけてきたが、やはり何度やってもなれるものでは無い。
「終わったか?」
「ああ……」
辺りを見渡すと、俺が倒した相手と同じ格好の遺体がゴロゴロと転がっていた。
その数約6人。全てリリーが始末したものだ。
俺も手早く終わらせた方だが、俺が1人倒している間に残り全てを始末するリリーの腕前は、流石と言う他ない。
「顔色が悪いな。無理に止めを刺す必要はないぞ?止めなら私が――」
「いや、首を切り裂いていたし。放って置いても死んでたさ。せめて早く楽にしてやりたかっただけだよ。それに、嫌な仕事を全部リリーに押し付ける訳にもいかないだろ」
人殺しなど、やらずに済むならそれに越したことは無い。
だからといって、女にだけ押し付けるような真似はしたくなかった。
「そうか分かった、だが余り無理をするなよ。旅は長いんだ」
「わかってる」
リリーは無理をするなと言うが、いつまでも戦闘する度に顔色を悪くしていたのでは話にならない。早くなれなければ。
「何ですか!何ですか今の!ひょっとしてポイント稼ぎですか!?童貞にしてはなかなか悪くない台詞でしたよ!でも贅沢を言うなら歯を光らせて、ウィンクのひとつでもした方がより効果的だったと思いますよ!」
遺体がごろごろ転がってる場所で女にウィンク飛ばすとか、完全に気違いだろうに。誰がするかよ。
しかし人がナーバスな気分に浸ってるってのに、本当に空気を読まない天使様だ。
星空の描かれたパジャマ姿に、ナイトキャップを被ったウロンが楽しそうに俺の顔の周りをくるくると飛び回る。辺りに死体がゴロゴロしててもこの天使様はお構いなしのハイテンションだ。ぶれないにも程がある。
「どうやら終わったようですわね。御苦労様」
テントの扉を開け、アーリィが外に出てきて俺達に労いの声を掛ける。
彼女が身を隠していたテントはセーフハウス――Sランク(価格不明)――と呼ばれるベラドンナ家の家宝の一つだ。
このテントには強固な防御機能が付加されており、ちょっとやそっとの攻撃では傷一つ付けることが出来ない。しかも見た目は小さなテントにもかかわらず、亜空間に繋がっている為、驚く程中は広い。
「片付けが終わっていないようですね?」
アーリィに遅れて扉から現れたメイド服姿の女性が此方を睨みつける。
彼女の名はティアース・フレムベルク。
アーリィの傍仕えのメイドで、黒髪黒目の見目麗しい女性だ。
髪は首筋で纏めて後ろに流しており、顔に掛けた眼鏡が彼女の美貌を理知的に際立たせていた。
ぱっと見は落ち着いた感じの清楚系美人だが、実は性格の方はかなりきつく。
この旅が始まってから何度も俺は雷を落とされている。
「ぼーっとしていないで、さっさと仕事をこなして頂けますか?」
「あ、ああ。悪い」
「お嬢様、セーフハウスにお戻りください。遺体の転がっている様な環境はお嬢様に相応しくありません」
「わかりましたわ。では勇人、リリー、私はセーフハウスで休ませていただきます。お休みなさい」
そう言い残し、アーリィとティアースはセーフハウスへと帰っていく。
扉が閉まり、彼女たちの姿が見えなくなった所で振り返るとリリーと目が合い。
お互い首をすくめる。
「おや?おやおや?今のリアクションはひょっとして、今晩君を頂くよ!わかったわ、ダーリン!残さず食べてね!って感じのあれですか!?」
んなわけねぇ。
今のは人の仕事中に勝手に出てきて、こっちを注意してきたティアースに対する只のリアクションだ。何をどう曲解すればそうなる?
ウロンのあほは放って置き、俺は手近な遺体に近寄りスキルで土くれへと変える。
通常等価交換では生き物を変換する事は出来ない。
だが死ねば只の物体として扱われ、このように遺体を土へと変換する事が可能になる。
一つ、また一つと遺体を土へと返していく。
こうやって遺体を処理するのは、街道に魔獣が群がらないようにする為だ。
街道には等間隔で魔獣の嫌う波長を放つマジックアイテムが設置されており、その効果で魔獣は街道には寄ってこない。だが餌となる遺体を放置すると、嫌悪感よりも食欲が勝った魔獣が街道沿いに群がってしまい、街道の安全性が損なわれてしまう。
だからそうならない様、遺体を処分しているのだ。
しかし滅入るな。
自分達の命を狙っていた相手とは言え、人であったものを物として変換するのは少々心に来るものがあり。人型の土が崩れる様を目にすると、どんよりと暗い気分になる。
「おうおう!悪党共がじゃんじゃん大地へと還元されていきますよ!糞みたいな奴らでも、こうして土に帰れば少しは世界の役に立つってもんですよ!」
土くれに変わる遺体を眺め、ウロンががきゃっきゃきゃっきゃとはしゃぐ。
何故にウロンはこんなにテンションが高いのだろうか?
天使だけあって悪には厳しい?
いや、それは無いな。
ウロンに正義の心などと言う、そんな高尚な感情が備わっているとは到底思えない。
ただ純粋に何も考えていないだけだろう。
だが今はそのノーテンキさが羨ましい。
俺は不快な気分を我慢して、手早く7つの遺体を土へと返し。
集めた遺品を魔法に変えて消滅させる。
本当は遺品を回収して換金したい所なのだが。
「ベラドンナ家に仕える者が、遺体から金目の物をはぎ取る事等許されません!」
そうティアースに強く注意された為、遺体漁りは諦めざるえなかった。
「しっかしこう毎晩襲って来られると堪んねーよな」
焚火の前でコーヒーを淹れていたリリーの横に座り、声を掛ける。
「勇人も飲むか?」
「貰うよ。サンキュー」
リリーからコーヒーを受け取り、口にする。
「にが!」
余りの苦さに、口に含んだコーヒーを思わず吹き出しそうになる。
リリーを見ると口元に手を当て、必死に笑うのを堪えていた。
「お前なぁ」
「悪い悪い。つい、な」
「ついなじゃねーよ、まったく」
リリーは笑いながら新しいコーヒーを俺に手渡し。
俺が口にした極にがブラックのコーヒーを一気に煽る。
「そんなの一気飲みして大丈夫かよ?」
「私はこれ位濃いのが好きなんだ」
リリーはコップを地面に置くと立ち上がり、大きく一つ伸びをする。
「今晩の見張りは私がやっておいてやる。勇人は寝て良いぞ」
「おいおい、昨日もそうだったろ?」
「問題ないさ。出発10分程前に私のスキルを変換してくれればいい。あれさえ使えば睡眠は不要だからな」
リリーが口にしたあれとは、瞑想――A ランクスキル――の事を言っている。
発動させると肉体と精神の疲労を急激に回復させ、僅か10分で10時間以上の睡眠効果を得ることが出来る優れた発動スキルだ。
「そうか。悪いな」
「お前のスキルあってだ。気にするな」
俺はサンキューと軽く口にすると、毛布にくるまり。
仰向けに寝転んで星空を眺める。
満点に輝く星空を眺めていると、嫌な気分がすぅっと溶けて無くなっていくのが分かる。
やっぱ星空は良いな……
「何黄昏てるんですか!不味いですよ!これは夜這いを完全に警戒されてます!間違いなく!」
ウロンが俺の顔の前で手足をじったばたさせる。
折角星空を眺めて癒されていたのに、台無しもいい所だ。
「チョロインの癖になんと生意気な!!さっさと開け!ゴマです!」
「リリーは気をつかってくれてるんだよ。何が開けゴマだ。下品な事言ってないでとっとと寝ろ」
ウロンのお馬鹿な発言に、リリーには聞こえないよう小声で返す。
「ふふん、まあいいでしょう!チョロインは一人ではありませんからね!あの黒メガネの女も大概ちょろそうですから、次はあっちを狙いましょう!!」
「悪いが俺の狙いは常にウロン1人だ。俺はお前只一人しか目に入らない」
最高の決め顔で格好を付けてみた。
だがウロンからの返事は無く、沈黙が場を支配する。
30秒ほどして、口をあんぐり開けて固まっていたウロンがやっと動き出す。
「うっわ!さむ!もう春先だと言うのに大寒波が押し寄せてきましたよ!私を凍え死にさせる気ですか!!」
ウロンが両腕で自分の体を抱え、寒気に耐えるかのように体をぶるぶると揺らす。
自分的には100点満点の出来だったが、ウロンには効果0だったようだ。
「勇人が余りにも寒いことを言うから眩暈がしてきました!もう寝ます!!アデュー!」
ポンと言う音共に、空中に浮いていたウロンが煙だけ残して消える。
俺の恋の成就は、険しい道のりになりそうだ。
溜息を一つ付いてから再び星空を見上げる。
その瞬間、俺の中の等価交換が反応する。
,魔法:強制誘引
その文字が見えた瞬間、俺の視界が絵の具をグチャグチャに混ぜ合わせたかのように歪む。
体から重力が奪われたかの様な浮遊感。
認識の喪失による脳の混乱。
地に足が付かない様な、不安に押しつぶされそうなこの不快な感覚。
俺は覚えている。
これはウロンに異世界に送られた時と同じ……
これが転移だと気づいた瞬間、視界が一気にクリアになる。
視界にはごつごつした真っ黒な岩肌。
先程までの星空は無く、慌てて身を起こし辺りを確認する。
そして目が合う。
黒い玉座へと腰かける、紅い目をした魔物と……
「ようこそ、転移者よ」
魔物は人間の女に近い姿だ。
但しその肌は青く。
こめかみからは太い角が2本生え、額と胸元に大きな瞳が備わっていた。
「誰だ……あんたが俺を此処に連れて来たのか?」
相手を等価交換で確認すると。
Sランクスキルが4つに、Aランクスキルが3つ備わっていた。
「そうだ」
相手から目を離さず、少しずつ後ずさりで間合いを開ける。
此方を気づかぬ間に攫い、しかもSランクスキルを4つも持つ化け物と戦って勝てる気がしない。スキルを奪えれば何とかなるレベルではきっと無いだろう。
兎に角、何とかして逃げ出さないと。
「我が名はズィー。魔王に仕えし三柱が一柱。冷酷を司りし魔人ズィー」
魔王の配下!?
何故その配下が俺を?
いや、理由ならあるか。
転生者は、魔王を倒す事で元居た世界へと帰還が許される。
言ってみれば魔王討伐は転生者にとっては使命に近い。
しかも転生者はガチャによって強力な力――俺はハズレを引いたけど――を手に入れている。
魔王やその配下が転生者の命を狙うのは当然の事だ。
「さて、一応言っておくが。ここは私の体内だ。逃げようと思っても無駄だぞ」
辺りを等価交換で確認すると。
岩等ではなく、魔人と同じスキルが表示された。
つまり、ここは冗談抜きで奴の腹の中という事になる。
恐怖からか、冷たいものが背筋を伝う。
「俺を……殺すのか」
「私の配下になれ。さもなければ殺す」
魔王の配下になる……か。
単純に生き延びるだけならここはイエスと答えるべきだ。
呪いをかけられる程度なら、隙を見て変換して逃げ出す事も出来るだろう。
「わかったよ。まだ死にたくないし配下になる」
「ならばこれを飲み干すがよい」
奴の右手に赤黒いグラスが現れる。
悪魔の心血(Aランク)
「それは……」
「これを飲み干せば貴様は魔人へと生まれ変わり。私の忠実な下僕となる」
これを呑むのは不味い。
意識どころか、生物として別の物に変えられてしまったのでは恐らく引き返えせなくなる。
「わかった」
そう答えると同時に、等価交換で奴のスキルを変換する。
だが変換したはずのアイテムが何故か現れない。
「成程。面白い能力だ」
「なんでだ!?何でアイテムが出てこない!?」
「出てきてはいるぞ?私の体外にな」
「っ!?」
そうだ、ここは奴の体内だった。
等価交換でスキルを物に変換した場合、体外に出現する。
駄目だ……完全に詰んだ……
「この悪魔の心血は力づくで飲ましても効果は発動しない。お前の能力を手に入れられないのは惜しいが、従わないのなら仕方ない。死ね」
奴が死ねと口にした瞬間、胸に強い衝撃が走る。
見ると地面から飛び出した太い刃が数本、深々と俺の胸に突き刺さっていた。
「残念だよ」
その一言が、俺が人生最後に耳にした言葉だった。