第19話 油断
「おらぁ!」
雄叫びと共に、バーリが集落の中央広場で丸まって眠っていたドラゴンの頭部を蹴り飛ばす。
助走を付けたケリの威力は凄まじく、首が大きく跳ね。
丸まっていたドラゴンが轟音と共に豪快にひっくり返る。
ドラゴンは突然の予期せぬ襲撃に怒りの雄叫びを上げ、体を揺すって仰向けになった体を起こそうとする。
「起きさせるかよ!」
バーリはドラゴンの頭部に飛び蹴りをかます。
蹴り飛ばされた衝撃でドラゴンの首は横に大きく反り、その動きに引っ張られ体も周る。
「もう一丁!」
吹き飛んだ頭部を追ってバーリは駆け、再び飛び蹴りを入れる。
そして再びドラゴンの首は反り、そして体が周る。
「まだまだ!」
蹴りを入れる。
首が反り、体が回る。
追いかけて再び蹴りを入れる。
バーリは凄まじい速度でこれを繰り返す。
上空から見る事が出来れば、その様はまるで巨大なコマが周っているかの様に映った事だろう。
「はぁ…はぁ…これで……どうだ」
数十回程続けた所でバーリの動きが止まる。
怒涛の連続攻撃で疲労したのか、その息は荒く、両手を膝に付き頭を下げる形で息をを整えていた。
「ふぅ……ふぅ……死んだか?」
バーリはピクリとも動かないドラゴンの顔を覗き込む。
鋼以上の強度を誇る鱗はひしゃげ、剥がれた鱗の跡からは血が溢れだし。
その大きな瞳からは完全に光が失われており、開いた口からはだらしなく舌が垂れ下がっていた。
その様子からバーリは自身の勝利を確信する。
「よっしゃ!俺の勝ちだ!」
不意打ちで反撃の隙も与えずに相手を倒す。
通常の人間の感覚ならば、力比べの勝敗からは程遠い勝利だ。
だがバーリにとってそんな事は関係なかった。
不意は突かれる相手が悪い。
そう言った危機察知能力も強さの一つだとバーリは考えている。
その為不意打ちだろうが何だろが、バーリにとっては勝った者が強者なのだ。
「へへ、ウーニャに報告しないとな」
ウーニャの喜ぶ顔を想像すると、自然とバーリの顔もほころぶ。
その様子から、ほんの少し前までは只の情報提供者でしかなかったウーニャが、今では確実にバーリの心の一部に食い込んでいる事は疑いようがないだろう。
もっとも、鈍感なバーリ自身は未だその事に気づいてはいないが。
「んじゃ、戻るか」
一通り勝利の余韻に浸った所で、ウーニャの元へ戻るべくバーリは振り返る。
瞬間、背後から殺気が膨れ上がる。
殺気に気づいたバーリは咄嗟に前に飛ぶ。
だが体を投げだした所でバーリの体は空中に静止した状態で止まる。
「ぐあああぁぁ」
左足に激痛が走り、バーリは堪らず苦悶の声を上げた。
見ると左足が大きな牙で噛み砕かれている。
倒したはずのドラゴンの牙によって。
ドラゴンは死んではいなかった。
バーリの隙を突くため振りをしていたのだ。
殺された振りを。
ドラゴンはバーリの左足を噛み砕きながら首を振り上げ、そして離す。
上空高く放り出されたバーリは放物線を描き、地面へと激突する。
「ぐぁ……く……」
ゆっくりとドラゴンが起き上がり、ふらつく足取りでバーリへと近づく。
そしてその巨体ででバーリを踏み潰さんと前足を上げる。
前足が勢いよく降ろされ、その下敷きになる直前バーリは咄嗟に体を転がしぎりぎり回避する。
「くそがっ!」
左足に走る激痛に堪えながら、バーリは踏み下ろされた足の指に取り付き。
渾身の力でその指をへし折った。
「ぐおおぉぉぉ!!」
咆哮が響く。
ドラゴンは前足を狂ったように振り回し、折れた指に取り付いていたバーリを振りほどく。
「つぅぅ」
勢いよく地面に叩きつけられ、バーリは短い悲鳴を上げる。
左足はまともに動かず、今や全身ボロボロだ。
だがそれでもバーリは痛みを堪え、右足だけで立ち上がりドラゴンを睨みつけた。
そんなバーリの気迫に押されてか、ドラゴンは数歩後ずさり、その巨大な翼を羽搏かせ飛び上がる。
「へ、へへ。なんだそりゃ」
上空からのブレスを警戒したバーリだが、余りの出来事に拍子抜けする。
何故なら、上空高く舞い上がったドラゴンはそのまま遠くへと逃げ去ってしまったからだ。
「根性無さすぎだろう。ヘタレが」
悪態をつきながらもバーリは自身が生き延びた事にほっと胸を撫で下ろし、安心からかその場に崩れ落ちる。
「何とか約束は守れそうだ。でも……」
バーリは体を起こそうとするが、痛みで体が上手く動かせず起き上がる事が出来ない。
「くそっ……駄目だ。ウーニャが待ってるってのに……」
何度か試した所で今直ぐに起き上がるのは無理だとバーリは諦める。
「少し遅くなるけど、待っててくれ。ウーニャ……」
そう小声でで呟くと、回復の為にバーリは静かに瞳を閉じた。