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微弱デンキのおしおき師  作者: 龍輪龍
第二章 吸血鬼の城へ
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イタズラな風


 オカルトは嫌いです。信じてもいません。


 子供の頃、お化けがいると言ったばっかりに周囲との関係が拗れました。

 事実を曲げて多数派に迎合することを良としませんでした。群れのボスに対して意地を張ったのです。

 結果私は浮きに浮き「霊感あるフリをする痛い子」という扱いを受けました。

 目を合わせたら呪われるとか、何ちゃら菌とか、そういう低俗なレッテル貼り。

 中学生に上がってまでやる人はいません。

 知恵と分別を身に付けた結果、群れの排斥はむしろ陰湿になりました。知られたくない親の話まで遡って。もう切っ掛けなどどうでも良かったのでしょう。

 私は逃避的ガリ勉の末、連中の追ってこられない高校に滑り込みました。


 お化けなんかいない。それが私の高校デビューだったのです。


 髪を染めてお洒落して、呪われた感じなんかどこにもない、しゃんとした私。

「キミかね! 東中の霊感少女というのは!」

 そんな晴れやかなデビューを1日目からぶっ潰しやがったのが、佃耕太郎という男でした。

 控えめに申し上げて死ねと思いました。

 カメラを活かせるという理由で新聞部に入ったものの、彼とは絶対に組みたくありませんでした。沖島や小夜璃さよりに引っ付いてアリバイ作りに勤しむ日々。

 外取材で鉢合わせる度、薄々気づいたのですが、どうにも彼はお化けが見えていないようなのです。見えないくせに、――――いえ、見えないからこそ危険な場所に躊躇いなく突っ込んでいけるのでしょう。私からすれば死なないのが不思議なくらいでした。

 そんな彼が夏休みを利用して県外の大霊場に行くというのです。普段の様子を考えれば間違いなく死にます。150%死にます。体を悪用されて人の尊厳すら死ぬ確率が50%。


 確かに死ねと思いはしたものの、私にだって多少の情くらいはありますよ。そりゃね。

 いくら変人のオカルト狂いのもやしのおたんこなすでも、可哀想です。

 ……仕方なく付き添いましたよ。

 新幹線での移動中、何の気なしにお喋りしてて、そこで余計なことに気付いてしまったのです。

 ――――あ、こいつだ、と。

 美しい想い出に泥を塗られた気分でした。他ならぬ本人の手によって。

 彼と言えば「やはり二人だと捗るな!」などと喜んでいましたけど。

 こっちの気も知らないで、まったく。

 それからというもの、なんとなく懐かれてしまって、今日まで。困ったものです。



 ――――そんな彼に、まさか先を越されるとは。

 私がカメラを始めたのはお化けを撮ってクラスメートをぎゃふんと言わせるためでした。今となっては形骸化した目的。しかしカメラは十年来の友人です。彼に先を越されたのは少し悔しい。


「きゅう、きゅう」という鳴声に導かれ、私は昇降口の梁を見上げました。

 青白くフワフワした小動物の尻尾が揺れていますが、下校する生徒の中に気にする者はいません。ファインダーに捉えて、パシャ、とシャッターを切っても、映っているのは梁だけ。


 やはり化生の類いです。

 視界の端にチラホラ見かけるお化け達も、何故かデジカメには映らないのです。

 あの防犯カメラはどうして写せたのでしょう。不思議です。このカメラが性能で負けているとも思えませんし。

 私か首を傾げていると、梁の上から再び「きゅーん」と声が上がりました。

 助けを求めているようにも感じます。

 しかし悲しいかな、私の身長では届きません。


「へーい☆ マイリトルフェーアリー♪」

「ぴえっ?!」

 後ろから急に抱き付かれました。こんな日本人離れしたスキンシップをとる奴など、私の狭い友好関係の中には一人しかいません。

「……ターヌー?」

 体に巻き付いた腕を掴んで振り向きます。逃がしません。

「げっ、てるみん、なんか怒ってる?」

「昨日の記事! 見ましたよ! 良くもやってくれましたね!?」

「そんな昔のこと覚えてないワン。その日の内に叱ってくれないと忘れちゃうの。うち、狸だからな。ワンワン」

「狸はそんな鳴き方しませんよ」

「え? 犬の仲間じゃないのか? じゃあなんて鳴くの?」

 それは、と答えかけたところで、再び「きゅーん」という鳴声。

「……いいです。許します。その代わり一つ頼みを聞いてください」

「イエス・ユア・ゴッドシップ☆」


 そして肩車。2m超えの視界はちょっと愉しい。

 梁の上にはシマリスのような化生が丸まっていました。鮮明な毛並みは、青海にうねる波間の青と白。この世のものとは思えない美しさ。そこにベッタリ張り付けられた梵語の護符。

 瞼を閉じて苦しむシマリスには、存外簡単に触れることが出来ました。


「……とはいえ、剥がして良いのでしょうか」

 そう呟くとシマリスが此方を見上げてきます。つぶらな瞳の何と綺麗なことか。悪い子には見えません。乞うように「きゅーん……」と鳴かれて、誰が無碍に出来ましょう。

 私はそっと護符を剥がしてやりました。


 途端、シマリスがニヤリと笑いました。私の袖口から服の中へ。

「きゃあっ?! ちょっ、ちょっと!? どこ入って……っ! あははっ! や、やだぁ!」

 ごそごそ、もぞもぞ。服の中を這い回るシマリスを捕まえられません。ふわふわした尻尾で腋やお腹をくすぐられ、私は堪らず身を捩りました。

 こちょこちょには、強いつもりでしたけど……っ! これはっ!

 細かな毛先が猫じゃらしみたいに! ――――あははははっ?!


「て、てるみん!? 暴れないで、危ないよっ」

「そ、そんなこと言われても……っ! くひゅひゅっ! こ、こらぁっ!」

 ややあって田付が尻餅を付き、その拍子にシマリスが飛び出します。

 もっぺん護符を張ってやろう、と飛びかかった私をヒラリと躱し、シマリスはつむじ風を纏って宙に浮きました。地面に這い蹲る私を「きゅきゅきゅ」と小馬鹿にして。


 ビュウッ、と突風。昇降口に張られたプリントが紙吹雪のように舞い上がり、青いシマリスはそれに乗じて外へ。

 女子達の腿の間を縫うように飛ぶと、一瞬遅れて、ぶわっとスカートが翻り、あちこちで悲鳴が上がります。

 おのれ、エロリスめ。低空飛行するリスの前に立ち塞がり、ヤァッと護符を突き出します。

 スルッと躱され、生温い風が股下を擦り抜けて。

 瞬間、足元から噴き上がる突風。壊れた傘みたいめくれるスカート。

 抑えつけてる間に空の彼方へ飛び去っていくエロリス。

 ボサボサ髪のまま振り返った先で。


 いま最も会いたくない存在と目が合いました。

「や、やぁ、奇遇であるな、芥川君」

「……見ました?」

 ぶんぶん、と首を振る彼。

「……すけべ」

「み、見てないと言っているだろう?! 大体興味ないぞ、キミのお子様パンツなんて――――」

「なあぁっ?! やっぱり見てるじゃないですかぁっ!!」

 スカートを握り締める手が汗ばみます。

 油断した油断した。もっとちゃんとしたのを――――。

 いえ、違います、そうではなく、その。


 ――――やっぱりオカルトは大っ嫌いです! 二度と信じてあげません!


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