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微弱デンキのおしおき師  作者: 龍輪龍
第二章 吸血鬼の城へ
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お巡りさん、こいつです


「見たまえ、日差しの中をフラフラと気怠げに歩くあの姿を。彼こそ正しく吸血鬼に相違ない」

「でも部長。吸血鬼なら日光に当たって灰になるのでは?」

「はっはっは、芥川君にもその程度の知識はあるのかね。しかし吸血鬼の中には日光に対して『うお、眩しっ』程度の反応しか見せない者もいるのだよ。彼らはデイウォーカーに分類される吸血鬼であるな。先に挙げたドラキュラがその典型。力を持った真祖や人間との混ざり者もそう言った傾向が強い。例えば吸血鬼カーミラは」

「わかりましたわかりました、もういいです」


 隙あらばオカルト談義を始めようとする部長を押し留めます。

 彼の頭には伝奇物の知識ばかりが詰まっていて、それらを結びつけることに余念がありません。

 数学の公式や物理定数をニューロンの輪から追い出してでも、超神秘的雑学を詰め込む作業に躍起になっています。

 そんなものは受験で一切使わないというのに大丈夫なのでしょうか、彼は。


 私たちは電柱や建物の影に身を隠しながら、御大層な疑いを着せられた憐れな後輩を尾行していました。

 水鏡みかがみ たくみ

 中学生の稚気をまだ強く残す新入生。

 華奢で線が細く、中性的な顔立ち。あなたにとてもよく似ていました。

 学校指定のブレザーを着ていなければ男の子とは判別できなかったでしょう。


 これは部長の調査資料に書いてあったことですけど、水鏡君は私と同じ小学校に通っていたそうなのです。

 当時の学業についてはかなり優秀、しかし今は私と同じ高校に入っているのですから、現在の程度はまあそれなり、なのでしょう。


 同級生への聞き取り調査では、担任にタバスコ入りのシュークリームを食べさせたとか、スカートめくりの常習犯だったとか、学級文庫に春画を混ぜたとか、ホワイトデーに昆虫型のチョコを配ったとか、しようもない悪戯ばかり枚挙に暇がなく、可愛い顔に似合わず相当な悪童であったことが窺えます。


 中学に上がる頃には剽軽な気質もなりを潜め、現在の気怠げで内向きな性質に変わったそうで。

 この変化に戸惑った同級生は多かったらしく、異口同音的な証言が挙がっています。

 部長の注釈によれば半吸血鬼ダンピールは成長するに従って吸血鬼の特徴が色濃く表れるため日中が辛くなった、ということらしいのです。

 私の眼にはごく一般的な思春期の後輩にしか見えませんけれど。


 そういえば水鏡という名字には聞き覚えがあります。

 いつどこで、かといえば、思い出せない……。

 記憶の糸を手繰っている内、眉間に力が篭められます。

 ふと、周囲を歩く通行人の方々も、私と同じように怪訝な顔をしていることに気付きました。


 おばさま方が私たちの方を見ながらヒソヒソとお話されています。

 私は隣にいる悪魔払い(エクソシスト)の袖をグイッと引っ張りました。

「ねえ部長。私たちの恰好、逆に目立つんじゃないですか?」

「バカな。そんなはずはない。現に見ろ、誰も気に留めてないではないか」

「みんな目を逸らしてるだけですよ!」

 やおら仰々しく腕を広げるクソバカのせいで赤面を禁じ得ません。

 一人で勝手にやるならともかく、私を巻きこむのだから悪質です。


 これだけ騒いでも水鏡君の耳には届いていないらしく、彼はフラフラとアーケードの中に入っていきます。

 吸血鬼でないにしても体調はあまり良くなさそう。

 目を離した先で倒れられても寝覚めが悪いので、仕方なく尾行を続けます。


「お巡りさんが飛んできたら、部長に無理やりやらされたって言いますからね」

「是非そうしてくれたまえ。我輩は芥川君が捕まっている間に逃げるとしよう」

 クズめ。


 もし通報されたらこの男を突き飛ばしてから逃げてやりましょう。

 素人の拙い尾行にも水鏡君は気付く様子なく、覚束ない足取りで商店街を進んでいきます。

 その姿はさながらB級映画のゾンビのよう。追う方も追われる方も見事な大根。


 瞼を擦りながらアーケードをフラつく彼を追いかけていきます。

 彼が本屋に入れば外で蒸し饅頭を食んで時間を潰し、彼がゲームセンターに入れば格闘ゲームをやる横でクレーンゲームに興じ、彼が肉まんを注文すれば看板の裏でやり過ごし、尾行もなかなか板に付いてきました。


「ママー、あの人たち何してるのー?」

「しっ。駄目よ、指差しちゃ」

 通りすがりの親子の会話が耳に痛い。あなたのせいですよ、と言外に含めつつ、隣に座り込む部長を睨み上げますが目を逸らされてしまいました。


 首から提げた一眼レフのカメラを構えて、水鏡君の行動を逐一保存していきます。

 見た目こそ60年代風のレトロカメラですが中身はデジカメで、如何にシャッターを無駄撃ちしても高校生のさもしい懐が痛まないのが銀塩カメラに勝る点と言えるでしょう。

 でなければこんな写真は撮りません。


 やがて夕刻を過ぎ、商店街のアーケードに光が灯り始めます。

 水鏡君もそんなに体調が悪いならお家に帰ってゆっくり休めばいいのに、帰ろうという気配は全くありません。


 かといって楽しんでいる素振りもなく、ほうぼうのお店を冷やかすばかり。

 まるで帰宅したくないから此処にいるような、騒がしい環境に無理やり身を置いているような違和感があります。


 吸血鬼でないにしろ、例えば家に独りぼっちだとか、一緒に遊ぶ友達がいないとかで、人の温かさが恋しいのではないでしょうか。

 だとすれば今の彼に必要なのはストーカー二人ではなく、頼れる先輩のはず。

 その推理を部長に話して飛び出そうとしたところ、首根っこを掴まれました。


「待て待て、どうする気かね」

「決まってます、直接聞くんですよ」

「ほう、なんと?」

「……『ねぇ、あなた、友達いないんですか?』って」

「口下手が酷いな」

 笑われてしまいました。

 心外です。

 あなたにだけは言われたくない。


「取材対象に入れ込むのはキミの良いところだが、悪いところでもある。もう少し様子を見よう」

 なんて部長っぽく振る舞うのです。

 あまりにも腹が立ったので後ろから横腹を思い切り擽ってやると、部長は声を抑えて苦しんでくれました。ええ、声を出してはいけませんよ。尾行がバレてしまいますからね。

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