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微弱デンキのおしおき師  作者: 龍輪龍
第四章 緋影の潜王『アナマリア』
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遍く色を純黒に


 少女を室内に残し、死神は外に出た。

 驚く女吸血鬼目掛けて、一瞬で肉薄。蹴撃。

 スナイパーライフルに匹敵する超音速。撓められたバネの脚部がそれを可能にする。

 紙一重で躱した吸血鬼に対し、更なる追撃。スピードを弾力へ、弾力をスピードへ。加速に次ぐ加速。息継ぐ暇さえ与えない連続攻撃。

 深傷を負った吸血鬼は、堪らず、ドボンッと〝影の中〟に潜った。

 消えた場所を蹴りつけてもコンクリートが抉れるだけ。


 ――――ふふふふふ。褒めてやろう。私に奥の手を出させるとはな。


 頭の中に声が響いた。

「どこにいる。…………逃げるつもりか。ワラキア公」


 ――――くははははっ! 驕り高ぶったその振る舞い。不敬が過ぎてむしろ愉快だ。……私も少々興が乗ったぞ、スレンダーマン。……特別に見せてやる。『緋影の潜王』たる所以ゆえんをな。……我が胎中で絶望するが良い!


 周囲の闇がゴポゴポと盛り上がる。まるでどす黒い泥のように。或いは出血するように。

 地面や建物、あらゆる影から噴き出して、三階建てのビルを優に超える高さまで練り上がった。

 奇っ怪なスライムが街を遍く覆っていき、触れた端から融かしてしまう。

 微熱の岩漿(マグマ)。漆黒の中に見える鮮烈な緋色が、それを思わせた。

 避けようもない。全ての影からマグマが湧いているのだ。


 街灯もネオンも、先程消してしまったばかり。支柱からズブズブと沈んでいく。

 立ち並ぶ家屋も同じ。屋根から融け落ちて、沈下する。

 彼方此方で悲鳴が上がった。当然だ。一軒一軒に人が居て、家族の営みがある。

 それを丸ごと闇に融かして、磨り潰す。

 街を平らげていく。


 『貪食細胞・マクロファージ』――――それが泥の正体だ。

 全ての闇がアナの血管。

 人間も、そうでない異物も、等しく包まれ消化される。


 鉄靴も泥に飲まれ、シュウシュウと煙を上げ始めた。

 こんな足場では跳躍もままならない。


 ――――無様だな、スレンダーマン。無辜の民を守るのではなかったのか?


 純黒のスライムが、血染めの口腔を開いて嗤った。

 泥を波打たせて這いずり、一口で、バクンッ、と。押し掛かるように飲み込んだ。

 が、幾ら咀嚼しても死神の味には辿り着かない。

 狙いの彼は一瞬早く、沼の中より脱出していた。

 伸ばしたバネ腕で高窓の格子を掴んで、ビョンッ、と空へ。

 向き直ったスライムが高射砲を放つ。全面に展開される30cm口径の杭弾幕。

 空中に逃げ場はない。瞬く間に串刺しに――――。



「ラクリマ・グラシア・サフィーリア……ッ!」


 氷の盾が杭弾の機関砲を受けきった。青年の隣に付く黒髪の犬耳少女、メイ。

 どこから来たのかと言えば、彼女も空から。

 まるで銀河鉄道のように、氷のレールが空中を走っている。

 新たな氷のレールが、地を這う巨大スライムをズドンッと貫いた。


「いくよ耕太郎! あの時と同じように!」

 滑り台に着氷する二人。スライム目掛けて一直線に滑走する。

 透明な足場に落ちる影は薄く、泥も生まれない。

 迎撃する杭弾を氷の剣で捌ききり、聳え立つ泥山に一太刀くわえた。

 瞬く間に凍り付く軟体。

 限界まで撓められたバネが、一気に蹴り壊した。

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