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微弱デンキのおしおき師  作者: 龍輪龍
第四章 緋影の潜王『アナマリア』
33/43

ガーゴイルとぬりかべと


 悲鳴のようなブレーキ音。

 余りの急制動に横滑りする車体。

 アスファルトに四条のタイヤ痕を付けながら横転ギリギリまでつんのめり、ドンッ、と止まった。


「はぁっ、はぁっ、はぁ……!」

「あ、危ないな……っ」

 ハイヤーの後部座席、遠心力でひっくり返った黒ゴス少女が不満を露わにする。

「急に、壁が! 道の真ん中に……!」

「壁?」

 運転手に言われ、窓ガラスを見れば確かに壁。

 頬を付けるように見上げる。

「……壁じゃない! 車出せ!」

「え?」

「行け! 早く!」


 急かされてギアチェンジ、急発進。――――とはならなかった。

 車体が僅かに持ち上がり、後輪は空転するだけ。

「出るぞ! 脱出だ! 急げ!」

 言うが早いかゴスロリ少女はトランク片手に車外へ飛び出す。

 既に車体は2~3m持ち上がっている。

 しなやかに着地すると、躊躇いがちに跳んだ運転手を受け止めた。

 その頭上で爆発炎上するハイヤー。


 ――――否、握りつぶされたのだ。


 二車線を塞ぐ〝壁〟のように大きな、セメントの化け物に。

「うわああああああっ?!」

 その巨体を見上げ、腰を打つ運転手。

「悪いな、足代だ。――――釣りはとっとけ」

 アナマリアは茶封筒を投げ渡すと、月光めいた銀糸の髪を翻した。



 猛追する化け物を避けて路地裏へ。

 セメントの怪物は、速度を落とさずビル間へ、頭から突っ込んでくる。

 まるでラグビータックル。

 双肩の衝撃がビルそのものをズシンッと揺らし、亀裂を入れた。

 左右の壁を削岩しながら尚も追ってくる。

 目も鼻もない頭部。唯一確認できるのはだらしなく開いた口のみ。

「あ゛ー」だの「う゛ー」だの、意味のない呻きを漏らしている。

 それが一度閉じられ。


 ――――ぶびゅっ! と吐き出されるセメント弾。

「ちっ……!」

 避けようのない道幅。

 振り返り様、トランクケースを振って弾く。

 銀髪の少女が不敵に笑った瞬間、背後から乳を揉まれた。

「ひゃあっ?!」

 不意に飛び出す可愛らしい悲鳴。

 トランクを取り落として両胸を抑えれば、大理石のような感触。

 冷たく、滑らかで、石のように硬い子供の手が、そこにはあった。


 お椀状の美乳に指を食い込ませ、ぐにゅぐにゅと歪ませる。

 背中にしがみつく重みの正体はガーゴイルだ。

 子供ほどの大きさの小悪魔で、角の先から、腰に巻き付く脚の先まで、全て石で出来ている。

 肩越しに少女と目が合うと、ガーゴイルは下卑た笑い声を上げた。

 黒いドレス越し、上質な柔肉を味わうかのように揉みしだく。


 少女は駆けながら石の手首を引き剥がそうとするが、全く刃が立たない。

 反撃とばかりにガーゴイルの指先がいやらしく動き、太く長い尻尾がグリグリと、スカートの奥に隠された弱点を責め立てた。


「くぅ……っ♡ この……!」

 こんな下級の妖魔にさえ、何も出来ないのか。

 悔し紛れに背中を壁へ叩き付ける。石製のガーゴイルはビクともしない。

 やがてセメントの怪物を振り切り、路地を抜ける。


 ――――が、行き止まり。

 巨大な〝壁〟が立ち塞がっていた。

「しまった……!」

 踵を返した直後、ぶびゅっ、と。

 背負ったガーゴイルごと衝撃を受けて、ドッと倒れ込む。

 直ぐさま起きようとするが、四肢はガチガチ。固まって動かない。

 全身にベットリ絡んだ灰色の粘液が、石に変じていくのだ。


 必死に藻掻こうとする少女を、化け物の掌が覆った。

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