旅の終わりと始まりに
「出ておいで、風邪引いちゃうからさ」
何度目かも分からない水鏡君の呼び掛けに、私はようやく頷きました。
氷像と化した部長の腕から抜けようとして蹌踉めき、危うく彼を割ってしまうところでした。
ガチガチに冷え切った体は、錆び付いたロボットのよう。
水鏡君に手を借りて這い出ると、瘴気の残滓も付いてきました。
手で払うと指の間に粘付いて燻り、もう片方の手で刮ぐと両手にべったり付着する有様。
こびりついた瘴気は中々離れず、これではまるで……。
冷酷な怪物ハンターが、怪訝な顔で私を見ています。
「…………ちがっ、違います! 私、怪物じゃないですよ!?」
そんな弁明には耳を傾けず、水鏡君は私の服を無理やり肌蹴させました。
「きゃああっ?!」
隠そうとする腕すら封じられてしまいます。
特異な事情により今はブラを付けていないのです。
彼の視線は真っ直ぐに胸元へ注がれて、私は思ってもない羞恥に動転しました。
「な、なにするんですかっ?!」
私の抗議に一言、「紋章……」とだけ呟く水鏡君。
彼の視線を追って目を落せば、確かにそこには淡く光る紋章が刻まれていました。
先程までなかった印が私の胸元にあるのです。
刺青でも、痣でもない。明らかな怪物の証。
「何かの間違いです……。こんな……だって……」
「ボクの目を見て」
――――ああ、私も討伐対象なのでしょうか。
輝く紋章が化け物の証明だと、既に知っています。
観念して翡翠の瞳を覗き込むと水鏡君は続けました。
「キミに少し、興味が沸いたよ」
暗中を支配する夜光の璧。
かつて学校で見た双眸とは全く違います。
不思議な魅力を持った視線をもう既に切れなくなっていました。
――――水鏡君は瞳術を使うかもしれない。気をつけたまえ。
部長の言葉が今になって思い出されます。
「面白い表現だね。けど、ちょっと違うかな」
水鏡君の虹彩に映り込む誰かはポカンとして、翡翠の中に閉じ込められているみたい。
それが如何にも滑稽で笑いそうになったのですが、顔に力が入りません。
エメラルドの海。温かさに満たされてフワフワ。優しさが私を包みます。
そのうちに瞼が重くなり、抗おうとしたのですが、やはり力が入りません。
明滅する視界にここではないどこかの情景が流れてゆきます。
私の赤裸々な想い出をサボリ魔の連中がふざけ半分に編集したダイジェストみたいな、正視に耐えない景色の断続。
強制的な羞恥プレイに思わず赤面してしまいました。
「――――キミの中、見せてもらうよ」
心に届いたテレパシーに、思わず「はいっ?!」と答えてしまいました。
……いやいやいや、ダメに決まっています。そんな破廉恥なことは!
許されませんし! ホントに! 見ないでください! 頭の中なんて立入り禁止です!
人のパソコンとベッド下の次に見ちゃいけないものでしょう!?
わ、私達の本分は取材です! おあつらえ向きに狼男さんもいるじゃないですか!
お話を聞くのは私の方です!
――――のはずなのに、心の声はお喋りな解説者のようにうずうずとして。
無心になろうとするほど、こうしてペラペラと邪念が溢れてしまうのです。
それを見逃す彼ではありません。
「それじゃあ聞かせて。キミが何者なのか。どうやってここまで来たのかを。ボクはそれを聞いて判断しなきゃいけない。……さぁ、まずは名前と所属から」
あなたはそう言いました。この鬼畜っ。
◆ ―――― D.C.




