表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
微弱デンキのおしおき師  作者: 龍輪龍
第三章 ヴァンパイアハンター
25/43

蒼き天狼

 逃げ出そうとして足が縺れました。


 振り返れば弩砲バリスタはこちらを向いていて、離れた位置からでも銀の鏃に打刻されたオカルトチックな紋様が見えるほどにまあ巨大。

 文字も意味も分かりませんが、刺されば爆発するのは間違いありません。

 立たなくちゃ、立たなくちゃ、そう思うほど空回りして。

 腰が抜けたまま矢の先から眼が離せない様は、蛇に睨まれたカエルのよう。


「芥川君!」

 助けに入ろうとした彼の軌道は簡単に予測され、触腕に絡め取られてしまいます。

 むしろそれが狙いだったのでしょう。

 私に向けられた矢はついでみたいに放たれて――――。


「――――やぁ、珍しいね。魔獣に刃向かう半獣なんて」

 私の前には、狼男が立っていました。


 稚拙な表現に怒らないでください、本当に、そう見えてしまったのです。

 犬耳と尻尾の揺れる、装甲付きのボディスーツ。

 青く煌めく幅広剣の一振りで巨大な矢は両断され、後方で爆発したのが一瞬前のこと。

 振り返ったその顔にはとても見覚えがありました。


「水鏡君!?」

「……ボクのこと、知ってる人?」

 鼻梁から口元を覆うマズルガードを外すと、聞き覚えのあるボーイソプラノが流れ出します。

 間違いない、と確信して私は自分を指さしました。

「せ、先パイですよ、先パイ! 新聞部の……」

「……うん? ゴメンね。覚えてない。部活、出てないし」

「吸血鬼じゃなくて狼男だったんですか!?」

「何ソレ。どっちでもないんだケド……」

 彼は少し不機嫌そうに口先を尖らせました。


「まぁ何にせよ災難だったね、先パイさん。あとはボクが片付けるから」

「え? 片付けるって……?」

 水鏡君が腕のデバイスを操作すると、半透明のモニターが空中に投影されました。

 赤い脳味噌と巨人を順に映して、インカムを操作します。

「こちらメイ。変幻型魔獣ディープ・ジョーカー巨人型半獣タイプ・ヘルギガースの二体を確認。データベース情報なし。両方とも新種だね。これから討伐するよ」

 その中に看過できないフレーズがあって、彼の手を強く引きました。


「ま、待ってください! 討伐って!?」

「うわっ?! 倒すって意味だけど……」

「えっと、でも! 二人ともさっきまで人だったんです!」

「……それは違う。人間に見えてただけだよ。宝珠喰い《ルディクロ》は人じゃない」

 水鏡君はキッパリと言いました。


「でも部長は!」

「ああ、親しい人が変わるとこ見ちゃったのか。……でも大丈夫だよ。事が終われば、怖い思い出は消えてなくなるから」

「消えて、なくなる?」

「そう。ここは世界の裏側。表側のキミは、きっとお家でスヤスヤ眠ってる。二つに分かれた世界を一つに戻せば、キミにとっては表だけがホントのこと。今見てるのは悪夢と同じ」

「ど、どういうことですか? 分かりません……!」

「辛くて悲しくても、その傷は夜明けと一緒に癒えてる。苦痛に飲まれちゃいけない。キミが優先すべきなのは、魂を損わないことだ。――――つまり、なるべく死ぬなってこと」

 再び射掛けられた矢を切り裂いて、水鏡君は続けました。

「さぁもう手を離して。安全な場所まで走れるね? 抱えて運んであげたいけれど、キミが狙われてるみたいだから。ボクはキミの背中を守らなきゃいけない」

「待ってください! 部長は……、部長も……、……助けてくれるんですよね?」

 私が強く手を握ると、水鏡君は言葉に窮して天を仰ぎました。

 答えづらそうにしていることが、既に答えでした。


「大丈夫だよ」と彼は白々しい笑顔で仰ります。

「嘘は嫌いです」

「……弱ったな」

「部長は悪い化け物じゃありません! 私を守って、ああなったんです! そりゃ見た目は少し怖いですけど……。……こ、殺される、なんて、ことは……」

「本当のことを言うとね、半々なんだ」

「……半々?」

「倒さなきゃいけない方と、まだ人型に戻せる方が、一体ずついる。それはボクが選べるわけじゃなくて、完全に魔獣に成ったルディクロは、ボクにはもう戻せないって意味で……」

「部長は、どっちなんですか?」

「……分からない。ボクは部長さんを知らないから」


 そして彼は赤い脳味噌を指しました。

「けど、あれはもう完全な魔獣だ。瘴気が溢れてる。人殻じんかくが壊れてるんだ。……救いようがない」

 私が内心ホッとしたと言えば、やはり不謹慎でしょうか。

 けれどそれが第一にあって。同じくらい悲しくもありました。あの人も大切な人を治したかっただけ。その結果が今の姿なら、報われない話です。


「そっちは加治先生です。焔魔堂病院の……」

「加治って、加治健斗?」

「そうですけど……」

「……参ったな。先輩だ。……あんまり良い気分はしないね」


 水鏡君は剣を床に深く突き立てました。

 青く輝いて広がる冷気。コンクリを破って生える氷のトゲ。

 まるで土竜が進むが如く、怪獣まで一直線に猛進して。

 地を這う触手が串刺しになりました。

 脳味噌の足元がビキビキと凍っていきます。

 私を捉えて微動だにしなかったギョロ目がピクリと動いて、水鏡君へ移ったようです。

 左右から生えた触手も攻城弩砲を握りだし、彼に向かう計三挺の三段撃ち。


「っと、これは……!」

 剣を操る水鏡君が焦り出しました。

 三発目を反らしたタイミングで一挺目のバリスタが吠えるのです。

 結果生まれる切れ目のない連射。

 音速の矢弾を斬るという人間離れした神業も、高い集中力が成し得るもの。わんこそばのように次々おかわり出来ない筈です。

 他人事のように見ている私も彼の背後にいるのですから一蓮托生。


「少し、厄介だねっ……」

 水鏡君がボヤきました。

 弩砲は通常、一射ごとに弾を込め直し、弦を引き絞らねばなりません。

 自動装填式であっても原理は同じ。大型の弩砲であればリロードにも時間が掛かるはず。

 だというのに20合の打ち合いを重ねても連射の途切れる気配はありません。

 更なる腕が形成され、計五挺のバリスタが彼に狙いを定めます。

 水鏡君は舌打ちを一つ、首輪に付いた宝石に触れて。


「ラクリマ・グラシア・サフィーリア……、『六花の晶壁(アイスウォール)』」

 呪文のような言葉が朗々と。

 結ばれた瞬間、彼の前方に巨大な氷壁が迫り上がりました。

 五度の爆発を同時に受け止めて、尚も健在。

 更に砲撃が重ねられます。


「これで保てばいいんだけど……!」

 氷壁に手を翳しながら言いました。

 中程まで食い込んだ鏃を埋めるように氷壁がジワリと修復されていきます。


 そして修復を越える速さで矢継ぎ早に繰り出される砲火。

 彼の冷や汗を見て、不思議な力が万能でないことを察しました。

 ガリガリと砕けていく私達の守り。


 赤い怪物の足元を串刺しにした氷は、徐々に侵食していました。

 視神経を手繰って無数の眼球に霜が降り、銃を握る腕が中程まで氷像と化します。

 彼はこれを待っていたのでした。


 でも、壁を破られる方が――――早い。

 致命的な罅割れ。砕け散る壁の向こう側で赤い脳味噌が弩砲を構えています。

 次に飛来するのは5つの凶弾。きっと彼にも捌ききれない。

 予告された死を前にして私は叫びました。


「――――耕太郎さん! 今です!」

 瞬間、パシュッ、と弾ける弦。


 矢は飛び出さず、水鏡君が正面切って駆け出しました。

「ツイてないね! 動作不良ジャムるなんて!」

 氷柱を足場に一閃。遠心力に比例して伸びる青光の刀身。

 怪物の腕がバッサリと切り落とされました。

 残った腕も凍りつき、虚しく軋むだけ。

 何より、部長が貼り付けた例の護符が動きを阻み、魔法矢の再生成を防いでいます。――――偶然の動作不良ジャムではなく、これこそが私達の策だったのです。えっへん。


 触手蠢く赤いブヨブヨを駆け上がる水鏡君。

 足には氷のスパイク、手には発光剣。

 真っ赤な脳天にザンッ、と突き立てて8mを真下まで串刺し、瞬く間に怪物が凍っていきます。


 そこへ撃ち込まれる緑の巨体。

 飛び蹴りが鮮やかに決まってクラッシュアイス。

 ざぁっ、と崩れる氷山から部長が突き抜けました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ