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微弱デンキのおしおき師  作者: 龍輪龍
第三章 ヴァンパイアハンター
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私を脱がして


 私は自分の選択を後悔していました。

 シャワーから上がった時、このシスター服と一緒に用意されていたのは男性用のトランクスでした。そうですよね。一人暮しの男性の家に女性用の下着はありません。あったら引きます。かといってトランクスを穿けるのかと言われたら、とても困ります。究極の二択です。

 戻れるなら戻って選び直したい。

 見られたのだと思うほど顔は熱くなり、それは間近にいる彼の顔にも伝播しているようでした。口先をもにょもにょ動かしていると、彼が先んじて言います。

「わ、我輩は、見てないからな」

「そ、そうですか……」

 迷路のように入り組んだ資材置き場の物陰に、私達は身を寄せ合って息を潜めていました。

 工場の敷地内には、先程までの静けさが嘘のように嫌な気配が充満しています。

 見つかればただではすみません。

 二つしかない敷地の出入り口もガッチリと固められていることでしょう。今や袋の鼠です。


 コツ、コツ、アスファルトを打ち鳴らす靴の音が、周囲のコンクリ壁に反響して、それは徐々にこちらに近づいてきます。

 資材と工場の壁に囲まれたどん詰まり。一度見つかってしまえば逃げ場はありません。

「ど、どうしましょう、部長……!」口パクでニュアンスを伝えます。

「一人なら我輩がなんとか……」

 部長は鉄パイプを握り締めました。例え人間相手でも彼にはなんともできないことを、私はよく知っています。グールの相手など無謀です。

 助けを求めて天を仰いだその先で、私は遂に見つけました。

「部長部長、あれ……」

 そうして彼も見つけました。

 先程まで探し求めていた工場内への入口。

 蔓に覆われた見えづらいところで、コンクリ壁が一部だけ崩れているのです。

 これだけ人が出払っているならば、むしろ中の方が安全でしょう。

 元より逃げ場はそこしかありません。

 問題は私の背では届かない高さってことです。


「わっ?!」

 背伸びしていた私の足が地面から離れて浮き上がりました。

 高い高いをされる幼児の如く持ち上げられたのです。

「と、届くか? 早く……」

 顔を背けながら言う部長の手はぷるぷると振えていて、既に限界のようでした。

 名誉のために言っておきますが、私はそれほど重くはありません。むしろ羽のように軽いはずです。

 部長の筋力が恐ろしく脆弱なのです。

 先程お姫様抱っこしてくれた勇姿は欠片も見当たりません。

 私が長方形のコンクリ穴に肘を入れてそちらに体重を乗せると、部長はホッと手を離しました。失礼な。顔を蹴ってやりたくなります。

 この穴は元々通気用の窓か何かがあったのでしょうが今はサッシすら残っていません。

 内壁をググッと押し、お腹をうねらせて上体を中に滑り込ませます。

 薄暗い室内に人の気配はありません。

 手近にあった側面の棚に指をかけて中に入ろうとしますが、急に腰の辺りに引っかかりが生じて、それ以上進まなくなってしまいます。

「あ、あれ? なんで?」

 繰り返しになりますが決して私が太っているわけでも、お尻が大きいわけでもありません。

 あ、いえ、お尻は小さくもないですけど……。

 とにかく! 上半身が通れば抜けられるはずなのです!

 渾身の力を篭めて更に自分の体を引っ張ると、ガチッと填まり込んで、今度は前にも後ろにも行けなくなってしまいました。


「わ、わ、わっ?! 部長っ、助けてください、緊急事態です!」

 私が呼び掛けると、部長の小さな悲鳴が聞こえました。

 さもありなんです。彼の前には私のお尻がぶら下がっているはずですから。

 初心な彼はこういうものに耐性がありません。

 でも後ろにはグールがもうそこまで迫っているのです。

 こんな体勢で見つかったら……。


「は、早く入りたまえ」部長が目のやり場に困っている情景がありありと目に浮かびます。「巫山戯てる場合では……」

「違うんです! これはそーいうんじゃなくて! 引っかかっちゃって……、押してください!」

「わ、我輩に汚いケツを触れというのか?!」

「言い方!! 私だって恥ずかしいんですよ!?」

 時間がない中で目一杯の逡巡の後、スカートの上に彼の手が添えられました。

 強気な暴言とは裏腹に控えめで遠慮がちな押し方。

 脱出には何の助けにもなりません。この根性なし。

「あ、あの、もっと強く……っ!」

「こ、こう?」

「――ひゃんっ?!」

「ごめんっ」

「あ、いえ、違うんです! もっと、思い切りやってくれないと……」

 際どい場所を押し込まれて、思わず声を漏らしてしまいました。

 そのせいで部長はワタワタと手を離して元の木阿弥。

 私の体は前にも後ろにも行けず、そのままぶら下がるしかありません。

 ふと、何度か暴れたことで、腰回りとスカートの下に硬い感触があることに気が付きました。


「部長、あの……、スカートの中、見て頂けませんか?」

「ふぁっ?! な、な、なに言って……!?」

「わ、私だって言いたくて言ってるんじゃないんですよ!? 壁の間につっかえてるみたいなんです、仕込んだ武器が……」

「だからってそんな……」

「半分は部長の責任なんですからね!? こんなゴチャゴチャ付けさせて……!」

「あ、ぐ……」

「お願いします、もう時間が……!」

「わ、わかった! けど我輩は見ないからな! 見ないで外せばいいんだろう!?」

「なんでもいいですから!」

 私がそう返事をして間もなく、短いスカートが完全にたくし上げられ、生温い外気に晒されました。

 ペチコートやガーターリングに仕込まれた武器がカチャカチャと取り外されていきます。

 彼の指先で一枚一枚剥がれていくような、くすぐったい感触。

「――――んっ」

 私は必死に堪えました。ひとたび妙な声を上げれば、奥手な部長の手はまた止まってしまうでしょう。

 彼は見ないと言いましたけど、本当でしょうか?

 私には壁の向こう側の状況が分かりません。

 無防備な下半身に視線の幻触が突き刺さります。

 けれど、肌を掠める部長の震える指先が、彼の倒錯した誠実さを証明しているようでもありました。

 スカートの奥深くに食い込んだ模造銃が引き抜かれると、腰回りがスッと楽になり、それまでつっかえていたのが嘘のように、私の体は室内に滑り込みました。


 次の瞬間、不気味な絶叫が響きました。ギリギリ間に合わなかったのです。

「我輩とてただでは殺されん!」

 逃げ遅れた部長が勇ましく叫び、直後に爆発。

 取り外したばかりの手榴弾を放ったのでしょう。

 私のいる小部屋にも煙が流れ込んできます。


 ダララララッ! と、連続する銃声。白く輝く煙幕。

 喉元まで出掛かった悲鳴を抑えて祈るように彼を待ちました。

 鉄骨やコンクリで跳ねる銃弾の音。

 短い断末魔が上がり、壁の向こうが静かになりました。


 ジワジワ漏れ出そうになる嗚咽を無理やり手で押さえ込んでいると、ややあって煙幕を纏った部長が飛び込んできました。

 進入口に机を立て掛けて塞ぎます。

 そうしてジェスチャーで「行こう」と。

 私はそれに首肯を返しました。

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