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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
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9. 移動集落

新天地に到着。さて、この後どうしようかな。

話が動くとノープランで書き進める怖さがジワジワきます。

  狂ったように暴れながら緑色の体液をぶち撒けている触手からは、既に少女への執着は感じられなかった。オレは隙を見て少女を少年の傍らまで引きずって後退させ、鉈を拾い上げて強襲に備えた。


 周囲は緑一色に染め上げられ、青っぽい生臭さにも次第に鼻が慣れてきていた。しばらく緊張した状態が続いたが、いつの間にか沼の中に姿を消した触手が再び姿を現すことはなかった。


 数歩後ずさりしその場に座り込むと、オレは大きな溜息を1つ漏らした。ベットリと顔を覆う緑色の液体を手で拭い、何とか危機を切り抜けたことを実感する。かなりヤバかった。まともな武器もない状態で、あんな得体の知れない化物に跳び掛かるだなんて正気の沙汰ではない。


 「ラ、ラチータちゃん! 大丈夫かい!?」


 それまで少女の傍らで手を握って震えていた少年は、我に返ったように少女の黒色に腫れあがった足を心配そうに覗き込む。少女は大丈夫だと言って気丈にも優しい笑顔を見せるが、どう考えてもあれは酷いケガだ。


 「あの、危ないところを本当にありがとうございました」


 振り返るとそこには深々と頭を下げるラチータの姿があった。傍らには片足を引きずりながら必死で立つ少女を、痛々しく見守りながらも献身的に支える少年の姿があった。痛めた足は自力で歩行するのが不可能な状態らしく、少女は半身を少年に預けたまま辛うじて立っている状態だった。


 「ボ、ボクはこの先にある谷向こうの集落に住むラケルドと申します。ボクの大事なラチータちゃんを助けてくれて、本当に、本当にありがとうございました!」


 少し遅れてラケルドと名乗る少年も、繰り返し頭を下げながら礼を言う。話の内容からすると2人は付き合っているようだ。


 蜥蜴の怪物同士でデート中に、沼から現れた触手の化物に襲われ、そこに通り掛かった豚面の怪物に助けられるだなんて。何とシュールな場面だ。まるで怪物と化物の巣窟だな。オレは心の中で冗談めかしつつ悪夢のような現状を軽く嘆いてみる。

 

 それにしてもこのラケルドという少年、さっき確かに”集落”と言った。勿論それは怪物の集落という意味だろう。


 「オレは”クロ”だ。よろしくな」

 「クロさん。出来れば一緒に集落まで来ていただいて、お礼をさせていただきたいのですが。それに全身こんなに汚れてしまったし────」


 そう言ってラチータは3人の服装を見回し苦笑いする。服装には疎いオレも、流石にこの緑のベトベトには参った。咄嗟に言った名前はもともと偽名である”黒田”を更に縮めたものだ。”クロ”という名前自体は不自然なものでもないのか、そのことに2人が触れることはなかった。


 「それは名案だ。あの、着替えのついでにお礼も兼ねてご馳走もご用意しますので、ぜひ一緒に集落へいらしてくれませんか?」


 ラケルドの”ご馳走”という言葉にオレの食指が動く。コイツらの様子を見る限り、集落へ着いた途端に”食材はお前だぁ!”なんてホラーな展開は考え難い。所詮は怪物の食い物だ。”ご馳走”と言うよりは”餌”と呼ぶに相応しい内容のものかも知れないが、サバイバル生活を続けてきたオレには十分なものに違いない。


 オレは2人の申し出を遠慮することなく、快く受けることにした。


 ラチータの足のケガは予想通りかなり酷く、とても集落まで歩いて辿り着けそうにはなかった。頑丈そうな見た目のわりに非力なラケルドの代わりにオレがラチータを背負い、彼にはオレの代わりに背負い籠を持ってもらい集落を目指した。




 道中の何気ない会話からいくつもの興味深い内容と、驚愕の事実を知ったオレは、そこからラケルドとラチータを質問攻めにすることとなる。オレの異様なテンションに、彼らも少し困惑した様子を見せてはいたが、そこは命の恩人に対して誠心誠意に回答してくれた。


 その話の中で最も重要な3つは以下の通りだ。


 まず、1つ目。良い情報だ。ラケルドの父親は集落の酋長らしい。つまり彼は”お坊ちゃん”なのだ。言われてみるとオスのくせに、同じ集落に住むラチータに比べて身なりが小奇麗だ。つまりお礼の”ご馳走”にもいくらか期待が持てると言うことだ。


 ラケルドたちはこれから向かう川の支流が複雑に交差する”蜘蛛の巣”と呼ばれる地域で移動生活をしている。同地域の東西南北の4箇所を数年ごとに移動し、主に狩猟を中心とした生活をしているらしい。肥沃な土地のお陰で美味しい魚が捕れると自慢していた。また、ラケルドたちの集落には狩猟班と呼ばれる者たちがおり、ときどき周辺の野山へ入り食用に獣も狩るらしい。魚料理に加えて、肉料理にもあり付けそうだ。


 2つ目。ラケルドたちはただの怪物ではない。蜥蜴人種リザードマンと呼ばれる怪物で、蜥蜴人種は獣人族ライカンスロープと呼ばれる種族の一種らしい。しかも、驚いたことにオレにも豚面人種オークという呼び名があるらしく、彼らと同じ獣人族に属すことがわかった。


 「それじゃオレたちは同族ってことになるのか?」


 その問いかけにラケルドは”違うとは言い切れませんが────”と前置きしながらも、やんわりとそれを否定する。蜥蜴人種と豚面人種は獣人族の中でも特殊な存在で、そのため固有種として区別されており一般的に”獣人族”と言えば、蜥蜴人種と豚面人種以外の獣人族のことを指すらしい。つまり蜥蜴人種と豚面人種とその他の獣人族とは別の種として扱われるようだ。


 3つ目。ラケルドたちの移動集落は、フリーポイント領、ウェステリア領、ロブスト領の3つの領土を跨ぐ川の支流周辺を移動しており、現在はウェステリア領北端部に位置しているらしい。


 外国の地理に取り分けて詳しいわけでもないが、まったく聞き覚えのない地名が次から次へと上がることに疑問を抱いたオレが質問する。国名は何かと。


 オレは返ってきた答えに驚愕した。

 ヌエボ大陸中央部に位置する自由国家”アムレール皇国”。

 国名はおろか、耳にしたことのない大陸名が返ってきた。


 案の定と言うべきか”日本からどれくらい離れているんだ?”の問い掛けへの返答は”二ホン? それは地名なのですか?”であった。彼の回答がアジアの小国故に聞き覚えがない、という意味合いではなさそうだ。つまり、ここはオレの知る地球とは別の”どこか”と言うことだ。馬鹿馬鹿しいとも思える答えだが、それが心の整理をしながらオレが導き出した答えだ。


 そんな不思議な話があるはずがないとは言えない。現にオレはこうして怪物の姿になって、見ず知らずの地で見ず知らずの怪物を背負いながら、彼らの集落を目指しているのだから。




 痛みに必死に耐えるラチータを背負いながら、オレは怪物の凄まじさを実感していた。彼女の硬い鱗のような皮膚は、半端な刃物ではかすり傷程度しか負わせることは出来ないだろう。それをあの触手は一瞬でここまでの大ケガを負わせた。だが、オレが実感したのは彼女の皮膚の強靭さでも、化物の触手の強力な破壊力でもない。オレ自身の変化についてだ。


 粗末な食生活にも関わらず一切やせ細ることもない。体型こそ人間のときより僅かに全体的に大きくなったものの、極端な変化と言えば醜い豚面と化した頭部と、体全体の毛深さに拍車が掛かった程度だ。しかし、その動きの切れはアウトドア教室でラスにしごかれていた頃よりもむしろ良い。


 30代も半ばとなりオレは”おじさん”と呼ばれる年代に差し掛かっている。てっきり体力のピークはラスと過ごしたあの頃で、この先は坂を転げ落ちるように”オッサン化”の一途を辿るものだとばかり思っていたオレにとって嬉しい誤算だ。その動きを支えるのは体の内側から無尽蔵に溢れる何かだ。これを単純に”体力”や”筋力”などと呼んで良いのか定かではないが、恐らくそれが怪物になったと言うことなのだろうと勝手に得心する。


 少し前から何となくその変化には気付いてはいたが、先程の沼地で触手の化物と戦ったことでそれは確信となっていた。


 「見えてきました。あれがボクたちの集落です」


 ラケルドの言葉で峠の向こうを見渡すと、深い緑の切れ間からオレの予想を上回る景色が眼下に広った。まるで白い糸のように幾つにも分岐した川の支流を跨ぐようにして、遊牧民の移動式住居を思わせる大型テントのような建物が建ち並ぶ。中にはそれらと比較にならないような、大きく立派な造りの建物までも幾つか見られ、川を渡す橋や人工的な通路のようなものまで見られる。


 ここが蜥蜴人種リザードマンの移動集落か。


 大小合わせて60から70戸もの建物が、周囲を深い緑に囲まれた谷合の”蜘蛛の巣”と呼ばれる支流付近に点在している。思った以上の規模だ。それぞれの建物に数人が住まうと考えても、ざっと200匹近い蜥蜴の怪物たちが肩を寄せ合って暮らしていることになる。


 集落そのものは長閑な田舎のそれを思わせる雰囲気だが、荷車で大きな荷物を運ぶ者や、橋の修繕をしている者、大人が川で洗濯をする傍らで水遊びをしている子供たちの姿も見え、なかなかに活気に溢れる集落とも言える。


 驚いた。これはただの怪物の塒なんかじゃない。

 文化的な思考の元に作られた人間的とも言える村だ。


 集落の入口に差し掛かると2匹の役の蜥蜴人種リザードマンの姿が見える。恐らくこの集落の門番的な存在なのだろう。ラケルドと比べるとまるでワニとトカゲほどの違いのある、屈強な体格と獰猛そうな面持ちだ。一方が鎖帷子と着込んで長い矛槍を手にし、もう一方は鉄鋲の打たれた革鎧に大きな戦斧という出で立ちだ。2匹の刺さるような視線が、遠くからでもラチ―タを背負うオレに向けられているのがわかる。


 「ラングさん、ロングさん、お疲れ様です!」

 「ラケルド坊ちゃん、お疲れ様です。そちらは?」


 ラングとロングと呼ばれた蜥蜴人種は、見た目に似合わない丁寧な言葉使いでラケルドに応対すると、挨拶もそこそこに余所者であるオレに関心を向ける。ラケルドと行動を共にしていることと、ラチ―タを背負っていることから敵意こそ向けることはないが、門番としての仕事ぶりは確かなものだ。


 「彼はボクの大事なお客様です」


 ラケルドの答えに”なるほど”と安心したように頷く2匹。


 「それよりも大変なんです! 峠の向こうの沼地に沼触手スワンプテンタクルスの成体が潜んでいました。お陰でラチ―タちゃんが大ケガを。すぐに父に伝えてもらえますか!?」

 「何と、沼触手の成体が!? わかりました。すぐにお伝えしましょう」


 そう答えると見張り役の1匹は長い尻尾を揺らしながら、急いで集落の中央部を目指して駆け出した。

読んでくれてありがとうございます。


※用語※

・ラケルド

蜥蜴人種リザードマン

豚面人種オーク

・ヌエボ大陸

・自由国家”アムレール皇国

・フリーポイント領、ウェステリア領、ロブスト領

沼触手スワンプテンタクルス

・クロ

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