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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
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7. グランツ先生

はい。今回は予想通りのグランツ先生視点です。

ちょっと長めです。ころころ視点が変わるせいで話の流れが悪くてごめんなさい。

 朝の作業を終え、作品を眺めながらクロッブス茶を啜る。大きく開いた窓から入る心地よい風が、窓辺に置いたユリイカ草の爽やかな香りと、縞鳩の群れの優雅な和音を運んでくれる。ボクにとって最良のひと時だ。


 「グランツ先生ぇー!」


 そんな至福の時を一瞬で打ち破る大声が窓の外から響く。

 はぁ、この声は。やがて荒々しくドアノッカーが打ち鳴らされる。


 「先生! オレです。トンパです」


 やっぱりそうだ。ドアを壊される前に開けてやらなきゃ。

 早く静かにさせないと1階に暮らす大家さんにもご迷惑ですし。

 ボクは渋々カップを置いて玄関の扉を開けに向かった。


 トンパ君は貧民区に住む獣人族ライカンスロープの少年だ。

 半年ほど前にボクがこの村へ引っ越して来てすぐに出会った。


 危ない目にあっていた彼を偶然にも助けたことがきっかけで、あろうことか”先生”などと呼ばれて慕われている。あれは本当に失敗だった。いや、彼を助けたことではなく”助け方”が拙かった。

 



 エルフの血を僅かに引く混血種クロスブリードのボクは、生まれつき魔法への適性があった。魔法への適性は保有する魔力の大きさに比例するのだが、ボクの魔力は一般の村人としてはまずまずのレベルだが、魔法使いとして生きるには致命的とも言える微々たる量だった。


 縁あって高名な方の数多い弟子たちの末席に名前を連ねることになったが、いくら努力を重ねてもボクの才能は開花することがなかった。魔法使いになるような器ではなかったということだ。挫折というのは才能のある者が壁にぶち当たることで、ボクのような者には相応しくはない言葉だ。ボクのそれは、ただ身の程を知っただけ。


 ボクは暴走した馬車に押し潰される寸前だったトンパ君を助けるために、魔法使いとしては致命的に小さな魔力を振りかざした。偶然にも上手くトンパ君を助けることができたのは奇跡にも近かった。


 ここの大家さんは一般的に差別の対象となることの多い、混血種クロスブリードにも理解のある人格者で、よそ者で混血種のボクにも快く部屋を貸してくれた。以前は大きな街で要職をされていた方らしいが、引退後の余生をこの村で過ごすために引っ越して来たようだ。貸し出してくれている部屋は、綺麗で条件も良いうえにく格安だ。ボクにとっては本当にありがたい神様のような人物だ。


 はぁ。それにしても嫌な予感しかしない。ため息をつきながらドアを開けると、トンパ君が勢い良く飛び込んできた。腰の左右には短剣を思わせる棒を、それぞれ1本ずつぶら下げている。何だかいつもに増して高いテンションが怖い。


 「おはようございます。どうしたんですか今日は?」

 「先生、怪物だ。噂の怪物を見付けたんだ。一緒に来てよ!」


 部屋へ入った途端に突拍子もないことを口にした。

 予感は的中だ。しかも、よりによって噂の怪物とは。


 このところジャガパンタ村の近隣ではある“怪物”の噂が飛び交っていた。ある者はその怪物は女子供をさらって食うと言い、またある者は恐ろしい形相で出会う者を切り刻むと言う。怪物の噂は諸説あり、どんな姿をしているのか、真実か迷信なのかさえはっきりとしない。


 「ちょっと待ってくださいトンパ君、だいたい怪物とはどんなものなのですか?」

 「知らない。見付けたのは幼馴染のぺロポンさ。これからその場所に行くから先生に一緒に来てほしいんだよ。お願い!」


 ますます話がややこしい。

 まさか遊びの延長で怪物退治でも考えているのだろうか。


 「でも、もしその話が本当だとしたら、相手は怪物なんですよ。本当に現れたらどうしようって言うんですか?」

 「そりゃ逃げるよ。でも、怪物を見付けたって証拠がほしいんだよ。衛僧詰所に届ければ報奨金が貰えるだろ?」


 なるほど。そういうことですか。


 「だから先生の力が必要なんだよぉ。頼むよぉ、先生ぇ!」


 そういってトンパ君は尻尾を振りながら、ワザとらしく上目遣いで擦り寄る。彼が頼み事をするときの常套手段だ。


 「無茶を言わないでくださいよ。見たこともない怪物の証拠だなんて。それより、衛僧様にでもお伝えしたらどうですか?」

 「ダメだよそんなの。報奨金が貰えないじゃないか」

 「それはそうでしょうが────」


 トンパ君は頑なに衛僧様への通報を拒んだ。どうしても報奨金を手にしたいらしい。そうかと思うと彼は”わかった”とだけ答え、スッと立ち上がり部屋の戸口へと歩き出した。


 「どうしたのですか?」

 「先生がダメなら仕方ない。オレたちだけで行くよ。邪魔したね、先生」

 「ちょ、ちょっと待ってください。それこそダメですよ! そんな危険な所へ子供たちだけで行くなんて!」

 「だって仕方がないだろ。先生が行けないって言うなら。無理言って悪かったね」

 「もう。わかりましたよ。わかりましたから、ちょっと待ってください。すぐに準備しますから」

 「おぉ! 先生、ありがとぉ!」


 トンパ君が満面の笑みで抱き着く。はぁ。やっぱりこうなるのか。踊らされてるのには気付いている。だからと言って、ほっといたら彼なら本当に子供たちだけで行ってしまいかねない。


 ボクは雑嚢鞄に戸棚の奥にしまってある、薬草で作った軟膏などを詰め込んだ。そして、更に奥の方で綺麗な布に包まれて長いこと眠っていた、古びた木の杖を取り出した。師匠の元を離れる際に贈られた魔法の杖だ。上手く使える自信はないが無いよりはマシだ。


 ローブに着替えいくつか首からお守りを下げる。

 今のボクにできるのはこれくらいか。


 「うひょ。先生、そうしてると大魔法使いって感じだよ!」

 「からかわないでくださいよ」


 こうしてボクは嫌々ながらトンパ君と一緒に、彼の友達が待つという村外れの二股大木へ向かった。




 二股大木に着くと小人族ホビットの少年が、待ちくたびれた様子でボクたちを出迎えた。きっと彼がぺロポン君に間違いない。トンパ君の幼馴染で弟のような存在らしい。風に揺れる赤毛の髪に、大きな茶色の瞳が可愛らしい。


 簡単に自己紹介を済ませると、トンパ君が先頭になって丘の方へと歩き出した。ところで目的地はどこなのだろう。


 まあ、そのことは追々に確認するとして、怪物の証拠が見付からなかったときのことを考えておく必要がありますね。そもそも彼らは見た目もわからない怪物の証拠を、どうやって探す気なのでしょう。


 これは引き際が難しそうです。きっとトンパ君は手ぶらで帰ることを、簡単には納得してくれないでしょうし。何か良い方法を考えておかなくては。はぁ。困った。




 ぺロポン君の言う”秘密の穴場”に到着するまでは、そこから更に30分ほど歩き続けた。ぺロポン君とトンパ君も流石に少し疲れた様子だったが、精根尽き果てたボクに比べればかなりマシだ。ボクが多少の魔法を使うのは事実だが、こんな状態でいったい何が出来るのだろう。


 一般的に魔法を発動させるのには必要なものが2つある。精神を霊界と結び付け呪文を唱えることと、自らの精神力を魔力に変換することだ。もちろんそれは魔法を使えると言う前提での話でだ。ボクの場合は後者に大きな問題があった。


 もともと気が小さく精神力が未熟なボクは、呪文を発動するための魔力を集めるのが苦手だった。平時でもそうなのに、こんな状況下で怪物に鉢合わせでもしたらと思うと気が気じゃない。


 突然トンパ君がペロポン君に魔法を見せてやってくれと言い出した。いざという時のために無駄に魔力を使うのは賛成できませんが、心の準備をする意味合いを込めて準備運動には良いかも。


 ペロポン君に向き合い、目を閉じて精神を深い霊界へと堕とす。何だか今日は調子がいい。もっと早く、もっと深く潜れそうだ。でも、そんなときほど焦らずゆっくりと。やがて音は無くなり上下左右も関係のない世界へと到達する。


 「新緑の芽生え 月夜の滴 賢明にして聖なる光の精霊よ 彼の者に光りの加護を与えたまえ────」


 呪文はボク自身が発していると言うよりは、勝手に口をついて出ている感覚に近い。やがて詠唱の完了が近付くにつれて意識がはっきりとしてくる。


 『御聖光ホーリーライト


 その言葉と同時に発せられた青白い光がペロポン君を包み込む。光属性の防御魔法で、彼に悪意を向ける低俗な存在を遠ざける効果がある。


 魔法を目の当たりにしたペロポン君はご機嫌だった。

 何故だかトンパ君まで得意げにしている。




 それからボクたちは茂みに入り、暫く同じような景色の中を進んだ。どれくらい歩いただろう。足はもうとっくにパンパンだ。辺りには何とも言えない奇妙な気配が漂いはじめ、ぺロポン君とトンパ君が手製の木剣を構えて前列を、その後ろから魔法の杖を構えてボクが続く。


 ボクが手にする師匠から戴いたこの魔法の杖には、邪悪なものを遠ざける魔力がある。こんな状況で魔法を何度も唱える余裕はきっとない。いざと言うときはコレが頼りになる。使わずに済めばそれに越したことはないのですが。


 子供たちに危険な前衛を任せるのは忍びないですが、魔法の特性上どうしても前衛は不向きなので。子供たちも何となくそれを理解しているのか「先生はいざってときに頼むよ」と言って快く前衛を引き受けてくれている。はぁ。大人として情けない。


 それにしてもぺロポン君が”秘密の穴場”と言うだけあって、その一帯には薬草や木の実が豊富にある。危険を冒してまで、こんな遠くへ薬草を集めに来るのも頷けます。


 「先生! あれ見て!」


 その時、トンパ君が何かを見付けた。慌てて”シーッ”と人差し指を口の前に立てて、声を下げるように身振りで伝えながら彼の指さす先を見ると、1羽のポロロン鳥が茂みの中でうずくまっている。


 「ほら、何か羽のところに────」


 そう言われて良く見ると羽に何かが刺さっている。

 棘にしてはずいぶんと長い。長い串のようにも見える。


 刺激しないようにゆっくりと近付いてみる。後ろからそっと抱きかかえると、ポロロン鳥は僅かに抵抗するが、すぐに大人しくなった。だいぶ衰弱しているようだ。


 羽に刺さっていたのは人工的に作られたものだ。

 言いようのない恐怖が背筋を走り抜けるのを感じる。

 もしかして”怪物”がこれを。


 「先生、向こうに何かあります!」


 今度はぺロポン君が叫んだ。

 だから大きな声を出しちゃダメだってば。

 ボクは再び”シーッ”と人差し指を口の前に立てた。


 ぺロポン君が指さす先には、草木で作られた塒のようなものがあった。足先に異物を感じそれを拾い上げる。木彫りの人形。いや、人形と呼ぶにはあまりに禍々しい。ボクの悪い予感は徐々に確信へと変わっていく。入口には獣肉らしきものも吊るされている。そして、近くの木の枝には更に巨大な肉塊まで。まずい。ここに長居してはいけない。


 「おぉ。こんなとこに美味そうな肉があるぞ! ラッキー!」

 「いけない! トンパ君ここにある物に触れてはダメだ!」


 突然の大声に驚いたように2人はボクを見つめた。


 「約束です。これ以上は危険です。すぐに村へ帰ってもらいます」

 「どうしたんだよ先生?」

 「いいから走って!」


 毅然とした態度で撤退を促す。

 今はとにかくこの場から離れなければ。

 ボクは2人の手を牽いて全速力で走った。




 走り去るボクの頭に浮かんだ言葉。

 ”食人鬼オーグル”。それは恐らく怪物の正体と思われるもの。


 昔、師匠に聞いたことがある。この世界では稀に闇に心を捕らわれる者がいる。多くはそのまま発狂し自害するか、野垂れ死にするのだが、稀にそのまま均衡を保ち生き続ける者がいる。やがて心の闇が鬼と化し、生ある者を好んで貪るようになる。そうなってはもう後戻りできない。気が付くと狂気を纏った瞳、禍々しい体躯に闇色の角を生やした食人鬼オーグルと化す。


 食人鬼は女子供の生き血を好む。だが、心の奥に眠る人間だった頃の良心の欠片が、人を遠ざけようとして自らの塒の入り口に獣の死体を吊るし、人を遠ざけようとするらしい。きっと辺りに漂う奇妙な気配もそのせいに違いない。


 ボクは2人の手を握りとにかく走った。結果的に途中からは息が続かずに、逆に2人に手を牽かれていたのだが。まさか、怪物を探しに行って人食鬼の塒を見付けるとは。これこそ衛僧詰所に届け出るべきだろう。でも、いったい何て。はぁ、困った。

読んでくれてありがとうございます。

何だか迷走してます。次回から主人公視点に戻れるはずです。

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