62. 木の葉
風に木の葉が舞う季節ですね。
スープでも飲んで体を温めましょう♪
ドラケルドは焦る心を押さえ付けながら指示を出す。今はどのように攻撃されたのかを知ることより、負傷者をこの場から遠ざけることが先決だ。
「遠距離攻撃だ! 態勢を低くしろ! 近くの者は負傷した者に手を貸して、茂みの中へ逃げ込め!」
咄嗟に指示を出したものの、ドラケルドにはそれがどんな攻撃なのか見当がついていなかった。今はとにかく足元に倒れた班員に手を貸して、街道脇の茂みに逃げ込んで態勢を立て直す必要がある。引き起した班員の腿には穴が穿たれ、そこから血が流れ出ている。まさか遠距離武器を持った伏兵が隠れていたと言うのか。
「しゅ、酋長、これは恐らく寄生です……」
謎の遠距離攻撃の正体は、負傷した班員が火炎草を口にしながら絞り出すように伝えたひと言で判明した。だが、ドラケルドは一瞬だけその言葉の意味を掴み切れないでいた。
「なっ!? いったいどうやって……」
いつの間に寄生されたと言うのだ。そもそも寄生されるほど敵には接近してはいなかったはずだ。一般的に徘徊魔植物は、寄生の際に”胞子管”と呼ばれる細い管を寄生先となる生物に突き刺し、そこから”胞子嚢”と呼ばれる種のような物を植え付けて寄生する。そして、胞子嚢は短時間で発芽すると爆発的な早さで宿主の神経に沿って成長する。
こちらの槍も届かないが、相手の胞子管が触れることのない距離。なのにどうやって。脳裏に疑問符がいくつも浮かぶ中、火炎草の丸薬を取り出して班員に与えながらドラケルドは茂みへと身を隠す。
「倒れた者に火炎草の丸薬を与えろ! 寄生された可能性がある! 急げ!」
班員は勿論、クロたちにもその状況を知らせるために、ドラケルドは声を張り上げた。
「酋長、大丈夫ですか!?」
「ああ。クロ殿、気を付けられよ! ヤツは何らかの方法で遠距離から寄生する術を持つようだ!」
ドラケルドの発した内容は俄かには信じ難いものだったが、突然の援護班の異変を察知したクロは、自らの班員にも茂みに身を隠すように指示を出していた。遠距離からの寄生。まさか空気中に胞子でもまき散らすと言うのか。クロは念のために班員に首元にぶら下げていた火炎草を、いつでも咀嚼できるようにと口に加えさせ。ただし、自らは指示を出す必要があるためそれは出来ない。
もともと徘徊魔植物が人型の生物に寄生し難いのは、寄生先での生存確率が低いためだ。その他の野生動物に比べて人型の生物は脳の仕組みが複雑で、乗っ取り自体に失敗することも少なくない。その場合は徘徊魔植物の方が緩やかに宿主に吸収され、やがては異物として体外に排泄されることになる。
ところがこの中心的寄生個体は何度も寄生を繰り返す中で、人型の生物への寄生の方法とその操作方法、そして利点などを学習していた。放出される胞子嚢には元の個体の記憶が予め記録されている。言わばクローンのようなものだ。寄生を繰り返した個体はそれだけ賢く強く成長する。問題は如何にして寄生したのかだ。だが、その疑問はすぐに晴らされる事となる。
クロとドラケルドの両班が茂みに身を隠すと、中心的寄生個体は彼らには目もくれずに街道を集落へと向けて進みだした。その速度はこれまでよりも明らかに早い。集落までの距離は約500メートル程度。既に霧も晴れている。日中なら防衛班の位置からでも、中心的寄生個体の巨体を肉眼で確認できる距離だ。
ドラケルドの班の寄生された者たちには既に火炎草で作った丸薬を飲ませ、傷口深くに突き刺さるように入り込んだ胞子嚢を取り出したが、とても戦線に復帰できるような状態ではない。3名の負傷者を茂みに隠したままドラケルドたちは、姿を現し中心的寄生個体へ背後から弓で攻撃を加える。それに合わせるようにクロの班も茂みから現れて攻撃を開始した。
中心的寄生個体は大きく体をうねらせながらクロたちへ向き直ると、太い触手の付け根辺りから長い管のようなものを伸ばし、胴体を僅かに膨らませる。
「来るぞ!」
叫ぶと同時にクロは身を翻す。その元いた場所の背後にある木に、勢い良く鋭い形状の種の塊のような物が突き刺さっているのが見える。
「胞子嚢だ……クロさん、アイツは胞子嚢を飛ばしてるぞ」
バンガルが信じられないものを目にしたという様な表情で呟く。中心的寄生個体は細長く伸ばした胞子管を使い、まるで吹矢のように胞子嚢を飛ばしてきたのだ。
徘徊魔植物が寄生をするのは、生命を維持する方法の1つに過ぎない。従来の植物系魔物の状態のままであれば土壌から栄養を吸収して、稀に訪れる昆虫や小動物などの獲物を待ちながら、そのまま一生を終える徘徊魔植物も決して少なくはない。だが、クロたちの目の前にいる中心的寄生個体の寄生は、まさに捕食者が獲物を仕留めるために行う攻撃そのものだった。
「気を付けてください! 敵は寄生物を飛ばしてきます!」
クロが叫ぶ。その内容に両班員に戦慄が走った。中心的寄生個体はクロたちが反撃してこないのを確認すると、興味を失ったように再び集落を目指して進み始める。最早、彼らに出来ることは何もないように思われた。
「クロ殿、準備が整った」
「分かりました。お願いします」
短く発したジャコナのそのひと言でクロは覚悟を決めた。その背には先に鋭い鉤の付いた投網と、右手には最後の1本となる火竜槍が握られている。あの巨大な蛸を思わせる中心的寄生個体に単騎で挑むのは、あまりにも無謀な試みに思われた。だが、誰かがやらなければ中心的寄生個体はこのまま集落へと押し寄せるはずだ。
人間界でクロの率いるカッチャルバル商会が、弱小闇企業でありながらも生き残ってきたのには理由がある。報酬以上の仕事をしてくれる。依頼主たちがカッチャルバル商会に抱く印象だ。勿論、中にはそうは感じない者もおり、そんな者は2度と仕事を持ち込んではくれない。弱小闇企業であるカッチャルバル商会にとってそうした評価は命取りとなる。
クロたちは常に成果を上げるための努力を惜しまなかった。そして、ドラケルドから多額の支度金を受け取り、成功報酬も約束したクロとしては、誰もが絶望しかけている今こそが最大の見せ場だと感じていた。
「バンガルさん、タオカオさん、援護をお願いします。シン、間違ってオレを射抜かないように頼むぞ」
「アニキ……」
不安気に視線を向けるシンに笑顔でそう言い残すと、クロは茂みから飛び出した。
「きえぇぇぇぇい!!」
渾身の気合と共に発せられるジャコナの祈祷術が、中心的寄生個体の周囲に渦巻くのが一瞬だけ見えた気がした。突如、まるで全身に見えない糸が巻き付きでもしたかのように、中心的寄生個体は巨体を硬直させ歩みを止めた。苦しそうに触手の先をうねらせ、何かに抗うように叫び声を上げている。
すかさずバンガルたちが弓で援護をする。駆け抜けるクロはそのまま中心的寄生個体の正面へと周り込む。助走をつけて火竜槍を放とうとした刹那、頭上からしなりながら太い触手が振り下ろされる。それを回転しながら辛うじてかわしたクロは、再び態勢を立て直すとまるで槍投げの選手のように助走をつける。そして、叫び声を上げながら、胞子管を突き出した触手の付け根付近を目掛けて火竜槍を放った。
僅かに狙いの上方に突き刺さった火竜槍が、巨大な火柱を上げると、直後に中心的寄生個体が悲痛な叫び声を上げのた打ち回る。激しい熱風が押し寄せるとクロはその勢いを利用して、転がりながら中心的寄生個体の側面へと周り込み、鋼斬りで触手を切り付けた。その勢いで直径30センチ近くあろうかという触手が千切れ、緑色の体液が吹き出した。
バンガルたちが弓での援護を再開すると、ドラケルドの班もクロの動きに注意しながら射撃を始めた。クロの攻撃はそれだけに留まらず、両手で持った鋼斬りを真一文字に薙ぎ払った。中心的寄生個体が再び大きな悲鳴を上げた。クロはそのままの更に敵の背後に周り込むと、手にした鋭い鉤の付いた投網を投げ付けた。
投網は2つあるうちの大きな方だったが、とても巨大な中心的寄生個体を包み込むには程遠い。クロはそんなことなどお構いなしに、投網をよじ登ると頂上に程近い場所で両手で力いっぱい鋼斬りを突き立てた。たまらず中心的寄生個体が触手を振り回して暴れると、クロは突き刺した鋼斬りにぶら下がるようにしてその傷口をこじ開け、その切り口に手を突っ込んだ。
「ギュォォォオオオオオ!!」
クロはひと際大きな悲鳴を上げて暴れ回る中心的寄生個体から、振り落とされる前に自ら飛び降りるとドラケルドの班に合流した。中心的寄生個体はクロが離れた後も悲鳴を上げながら激しく暴れまくっていたが、次第にその動きも精彩を欠くようになってきた。それでも尚、悲鳴を上げ続けるその様子は、明らかに単に鉈で切り付けた傷によるものではなかった。
「クロ殿、いったい何を!?」
「傷口の中に直接、ありったけの火炎草の丸薬を擦り込んでやりました。万が一のときはこれを頼りにします」
そう言って悪そうな笑みを見せると、クロは首から下げた火炎草の束をヒラつかせた。クロはドラケルドに援護を頼むと、すぐにグランラプトスに跳ね飛ばされて横たわる杙車を目掛けて駆け出した。盛んに悲鳴を上げてはいるが、中心的寄生個体の強大な戦力には未だに陰りが見えない。必死に杙車を起こそうとするが、思ったより重量がありなかなか動かない。すると何度目かで力を込めた際に、「不意に杙車が起き上がった。クロを援護していたドラケルドたちが、弓を放ちながら手伝いに来てくれたのだ。
「酋長!?」
「クロ殿、これでヤツを?」
「はい。わき腹にこれを突き刺します。弓でヤツの気を逸らしてください」
狩猟班の1人がクロと一緒に杙車を押して駆け出すと、両班がまるで申し合わせたかのように一斉に矢を射掛ける。バンガルたちも何度も矢を射掛けるうちに、どこを狙うのが最も効果的なのかを少しずつ掴んでいた。1本1本の矢は巨大な中心的寄生個体からすれば微小な棘のような存在だ。だが、そんな小さな棘も束となればそれなりの苦痛を伴う。ましてやその矢尻に刻まれた溝には、徘徊魔植物の嫌う熱を放つ性質を持つ火炎草が練り込まれている。いかに小さな棘でも、サボテンの上で寝転がればどうなるか、それは想像に容易い最悪の状況だ。
痛みを嫌って暴れる中心的寄生個体の巨大な触手を警戒しつつ、クロたちは杙車を押して駆け抜ける。囮となるように正面に周って攻撃を仕掛けるバンガルたちに中心的寄生個体が気を取られている隙に、斜め後からクロたちの押す杙車が土埃を巻き上げながら中心的寄生個体に突き刺さる。
中心的寄生個体が体を捩るようにして悲鳴を上げる。だが、杙の先端が既に燃え尽きており鋭さが足りなかったためか、刺さり具合はさほど深くはない。そのことは手応えで杙車を押していた2人が真っ先に感じ取っていた。
クロは瞬時に杙車を駆け上がり、大蛸の頭のような中心的寄生個体の躰へ鋼斬りを突き立て、そのままの勢いで体重を掛けて両手を引き下ろした。激しい悲鳴と共に、バケツをひっくり返したような緑色の液体が飛び散る。
クロ1人で巨大な中心的寄生個体を切り伏せることが出来てしまうのでは。そんな淡い期待が蜥蜴人種たちの中に湧き上がる。しかし、中心的寄生個体はそんな微かな希望を太い触手の一振りで薙ぎ払う。街道の端まで吹き飛ばされるクロたちは、まるで風に舞う木の葉のように見えた。
読んでくれてありがとうございます。
行き当たりばったりで書き進めてはいますが、何となく最終決戦も間近な感じ?
※用語※
・胞子管
・胞子嚢




