60. 来訪
焚き火とかしたいな。お芋も一緒に焼きたいな。
昼食を済ませ1時間ほど休憩を挟んだクロたちは、予定時刻より少し早めに合流地点に向かった。ところが既にそこには、ドラケルドと狩猟班の面々の姿があった。今は茂みの中で何かの作業に取り組んでいるようだ。
かなり多くなりそうだと思っていた決戦に向けた荷物は、準備してみるとそうでもなかった。クロは火竜槍、火竜の喉仏、投網、油、それに身に着けた武器と防具。一応、シンには軽弓銃と矢の他に近接戦闘用に木製の手槍を持たせたが、無理をせず出来るだけ徘徊魔植物とは常に間合いを保つように指示してある。ロロナには木製槍と魔法の腕輪を持たせたが、シンには聞こえないように”万が一の時は分かってるな?”と念を押す。
クロの姿を見付けるとバンガルは、僅かに笑みを浮かべ小さく相槌を打ち挨拶をする。その瞳はいつもより鋭い輝きを放っていた。バンガルも決戦に向けて猛っているのだろう。周囲に目を向けると他の者たちも少なからず興奮しているように見える。そうすることで自らを奮い立たせ決戦に臨もうとしているのだ。
集まった狩猟班の面々の首元を良く見ると、紐に吊るされた何かをぶら下がげているのに気付く。バンガルだけではなく周りの者たちも、皆が申し合わせたかのようにぶら下げている。
「クロ様とお連れの方たちにもこれを────」
そう言ってクロと同じ主戦班のイゴルが、紐に繋がれた葉っぱを手渡した。どうやら火炎草を束にして紐で繋いだ物らしい。徘徊魔植物との決戦に向けた御守のような意味合いで作ったものなのだろう。勿論、いざという時はそれを口にすることで火炎草の効果も期待できるだろう。
「イゴルさん、ありがとう」
「礼を言わなきゃいけねえのはこっちですよ。クロ様のお陰で皆も今回こそ徘徊魔植物の息の根をきっちり止めて、レミイナ様を安らかに眠らせてやろうって。そう言って張り切ってるんですから」
イゴルはそう言うと会釈して準備を手伝いに戻った。クロたちも有難く火炎草のネックレスを、首から下げて御守代わりにすることにした。不思議なものでこんな葉っぱのネックレスでも、皆で着けることで連帯感が生まれる気がする。
「おぉ、クロ殿。よく来てくださった」
クロに気付いたドラケルドが両手を広げて出迎える。
「いよいよ決戦ですね」
「客人であるクロ殿方の力をお借りしなければいけないのは、心苦しい限りだがどうかこの集落をお救い願いたい」
そう言ってドラケルドが改まって深々と頭を下げた。クロは頭を上げてもらうようにと慌ててドラケルドのそばへ寄る。力を貸すと言っても、シンとロロナはほとんど戦力にはならないだろうし、クロ1人の力などたかが知れている。それにあれだけの支度金を用意してもらったうえに、成功報酬の約束もしているのだがら、これは傭兵兼軍師として雇われたようなもの。つまりは契約である。
「全力を尽くします」
クロのその言葉を聞いてドラケルドは納得したように頷く。クロとしては何の確約も出来ないのが辛いところだが、ここは言葉ではなく結果で満足してもらうほかない。
「ラケルドの方は大丈夫ですか?」
「ああ。向こうはラチータとジャコナ婆に任せてある。問題ないだろう」
今回もラチータがラケルドの見張りとなっているようだ。愛する者を偽るのは如何に酋長の命令とは言え気が咎めるだろう。考えてみるとラケルドだけでなくラチータにとっても酷な話だ。
「ところで茂みの中で何か作業をしているようでしたが?」
「あぁ、あれは突撃の際に使用する杙車を緑で覆い隠していたところです」
杙車。聞き慣れない言葉にクロは首を傾げながら、実際に茂みに近付いて実物を確認してみる。手押し車のような車輪付きの破城槌のようなものが2台。低木と木々の枝に紛れて隠されていた。確かに徘徊魔植物との近接戦闘には寄生のリスクが付きまとう。火炎草による予防効果が期待できると分かった今でも、用心に越したことはない。
「これは考えましたね。名案です!」
「徘徊魔植物を何度か相手にしていく中で考え出した物だ。今回は杙の先端にたっぷりと油を染み込ませておいた。突撃の際にはこれに点火するつもりだ」
「なるほど。それは良いと思います」
きっとここまで行きつく間に、何名かの犠牲を払ったことだろう。遠い目をするドラケルドを見てクロは思った。以前にラケルドに蜥蜴人種の葬儀は土葬で、遺体を埋めたその上に植物の苗を移植するのだと聞いたことがある。そうして遺体を養分として育った木は、森の一部となり他の動物の糧となり、その動物を蜥蜴人種が狩る。そんな風に循環していくのだろう。クロがそんなことを思っているとバンガルが近寄って来た。
「酋長、雲がだいぶ濃くなってきた。街道の向こうには少し霧も出て来たみたいだ。ひょっとすると雨になるかも知れない」
「うむ。雨か……火矢には期待できんかも知れんな」
バンガルが雨が近付いていることを知らせると、ドラケルドは残念そうに呟いた。火矢まで用意していたのか。油を使うなら、よほど強い雨でもない限り簡単には消えないはずだ。熱を苦手とする徘徊魔植物には有効な手段だろうと、クロはドラケルドの作戦を評価した。決戦が長引けば街灯などの無いこの辺りは、暗闇に覆われる。視界を確保する意味でも、突撃後に杙車にそのまま火が着いて燃えてくれるか、火矢で徘徊魔植物が燃えてくれれば助かる。
「それならいっその事、徘徊魔植物に油を浴びせて火矢を射かけてはどうですか?」
クロが2人の会話に割って入るように提案する。油に引火してしまえば、少しくらいの雨ですぐに消えるものではない。上手くいけば大きなダメージを与えることも可能だ。
「確かにそれなら多少の雨でも効果はありそうだな。では、どのタイミングで仕掛けますかな?」
「十字射撃後にオレが突撃の合図を出します。そのタイミングで杙車で攻めてください。油の入った壺はオレがタイミングを見て、中心的寄生個体を目掛けて投げつけます。その直後に火矢を放ってもらえますか?」
「うむ。心得た」
ドラケルドは力強く頷く。油を使用した火攻めはクロも想定していた。思いがけずドラケルドも油の壺を用意してくれていたことで、火攻めの効率は一気に上がった。懸念されるのは森の樹木への引火だ。集落の周辺には川があるため火事に巻き込まれる心配はないだろうが、谷まで燃え広がり山火事のようなことになっては大変だ。そう考えると雨が降ると言うのは逆に都合が良い。
「クロ殿、そろそろ持ち場にて待機しましょうか?」
「そうですね。よし。皆さん、少し早いですが各自、持ち場にて待機しましょう。初撃は焦らず、よく引き付けてから攻撃に入ります。その後は、無理をせずに近接戦闘はくれぐれも注意してください。いいですね?」
「「おう!」」
皆が一斉に気合の入った返事をすると、3班それぞれの持ち場へと身を潜める。まだ陽は西の空の低い場所に見えている。日没までは暫く時間がありそうだったが、徘徊魔植物が必ずしもこちらの思惑通りに動いてくれるとは限らない。
イゴルとタオカオは弓の弦の張りを確認し、手元に矢を2本持ち足元に矢筒を固定するように置いた。2人とも手慣れた様子で、茂みの隙間から通りの向こうを確認する。敵が近付いたのを察知したら、素早く1本を口に加えてもう1本の矢を構え、弓を引き絞るらしい。シンも2人の真似をしようと何故か口に鉄製矢を加えようとしていた。何のための連装型の軽弓銃なのか。クロは激しく突っ込みたい気持ちをグッと抑え、冷静に鉄製矢を3本とも装填してあるのかとシンに確認するに留めた。
「ところで徘徊魔植物ってのはどれくらいの大きさダか?」
突然のシンの質問にクロも思わず、一緒に茂みに身を隠すバンガルに視線を送る。クロ自身も徘徊魔植物についての詳しい情報は知らされていないからだ。
「そうだな、何と言うか、その時によってちょっとずつ見た目が違うんだ……なあ?」
そう言ってバンガルはイゴルとタオカオに同意を求める。
「前回は長い四つ脚の獣のような姿で現れたっすよ。その前はどんなんだったかな?」
「えっと、たしか蛇みたいにウネってたんじゃなかったか?」
「そうだ、そうだ。あれには度肝を抜かれたっす」
2人は徘徊魔植物の姿を思い出し身震いをする。四つ脚の獣に蛇。レミイナの原型を留めたまま現れると思っていたクロの想像とはずいぶんと違うその話に、この場で聞いておいて助かったと胸を撫で下ろす。これだけの手練れが集まっても徘徊魔植物を仕留めきれないのは、毎回違った姿で現れることで急所の位置が分かり辛いからなのかも知れないとクロは考えた。
そのとき街道を近付いて来る足音が聞こえた。クロと同じ主戦班の皆は徘徊魔植物が現れたと思い身構えるが、足音が近付くのは集落の方からだ。
「おい、あれ……」
バンガルが驚いたように呟くと、イゴルとタオカオも視線の先を確認する。
「ジャコナ様!?」
茂みから覗き見る2人が同時に素っ頓狂な声を上げた。クロたちが茂みから姿を現してジャコナを出迎えると、ドラケルド率いる援護班も姿を現した。
「どうしましたジャコナ様? ラケルドの方は?」
「ラチータに持たせた眠り薬が効いているようじゃからな。儂も老骨に鞭を打って手伝いに来たわい」
クロの問い掛けにジャコナは顔を皺くちゃにして笑う。ジャコナはいつもとは違い装飾の少ない服装で、手には身の丈程もある長杖を持っていた。確かに彼女の祈祷術は心強い戦力と成り得るが、乱戦になった場合に命の保証はない。クロはドラケルドに視線を送り判断を仰いだ。
「いいのか、ジャコナ婆?」
「ふん。どうせ老い先短い命じゃ。集落の安寧に寄与して散るならばそれも良かろう」
その言葉に力強く頷くとドラケルドは、自らの班にジャコナを招き入れようとする。だが、ジャコナは”儂はクロ殿の班じゃ”と言って勝手にクロの班の方へと歩みを進める。ジャコナを守りながら戦うことも可能だが、人数の少ない主戦班では万が一の時にジャコナの守りが手薄になる可能性が高い。困ったクロはドラケルドに言葉を求める。
「クロ殿が良いのであれば、ジャコナ婆の好きにしてやってはくれまいか」
ドラケルドの言葉は意外なものだった。無論、ドラケルドにそう言われてはクロも反論することは出来ない。恐らくジャコナの戦力を買う以上に、ジャコナ自身の希望を叶えてやりたいという思いからの判断なのだろう。その思いを示すが如く、ドラケルドは真っ直ぐにクロを見ると静かに頭を下げた。
ジャコナが現れたことで狩猟班の期待は最高潮に高まっていた。クロと一緒に身を潜めるバンガルたちもその荒い鼻息から、決戦の時を今か今かと持ち詫びているかのように感じられる。
陽は大方沈み、辺りは仄暗くなっていた。
その時は、突如として訪れた。街道の向こう側から木々がなぎ倒されるような地響きがした。クロたちはお互いの顔を見合わせ小さく頷く。今度こそ間違いない。まだその姿は確認できないが、立ち込める霧の向こうからズルズルと大きな何かが這いずる音が近付いて来る。バンガルたちは弓を弾き絞った態勢のまま、静かに霧の向こうを見詰めクロの号令を待つ。
ついに決戦の幕が切って落とされようとしていた。
読んでくれてありがとうございます。
徘徊魔植物の登場場面で終わっちゃいました……
決戦するする詐欺と呼ばないで(涙)




