59. 希望
芋、栗、南瓜が美味しいです♪
翌朝、蜥蜴人種の移動集落から今は使われなくなった旧街道沿いに、北西へ1キロほど離れた場所にクロたちは集まっていた。人通りのない旧街道はかつての面影を微かに残しつつも所々に雑草が茂り、今では巨大な獣道と呼んだほうが相応しいような有様になっている。
集落から見ると緩やかな右カーブを描くその場所は、先を見通すことは出来ないものの、木々が整理されてちょっとした広場のようになっていた。クロが徘徊魔植物掃討戦の戦場にこの場を選んだのは、直線的に集落へと攻め込まれるのを嫌ったことと、奇襲を仕掛けるのに都合が良かったからだ。
無論、出来るだけラケルドの目に触れさせないようにする為でもあるが、実際の所それだけの数の魔物と戦闘になって、ラケルドに知られないようにすることが本当に可能なのかには疑問が残る。だが、今はまず徘徊魔植物の掃討に全力を傾ける事とした。
この場に集まったのはクロとシン、ロロナ、ドラケルド、バンガル、その他は数人の狩猟班のみだ。朝から狩猟班の全員がこの場に集結していたのでは目立ち過ぎる。それに他の狩猟班にはいつも通り集落の警護と、一部の者たちには火炎草の採取と、火炎草を練り込んだ矢作りに専念してもらっていた。
「まずこのカーブの手前で”主戦班”が中心的寄生個体を狙って側面から射かけます。その直後に通りを挟んだ反対側の茂みに潜んだ”援護班”は、進路を塞ぐように位置を取り両班で十字射撃にて出来るだけ敵の数を減らします。ここが決戦での最初のポイントになります」
クロの言葉に耳を傾けながら、各自が身を隠すための場所や、射かける際の位置取りを確認する。”主戦班”はリーダーのクロとシン、バンガル、そして狩猟班から弓の名手であるイゴルとタオカオがが加わり計5名。”援護班”がドラケルドと狩猟班の精鋭たちの計8名。そして、残ったロロナを含む4名が”防衛班”となる。ロロナには移動式住居での待機を勧めたのだが、今度こそ役に立つので連れて行って欲しいと言う、再三の申し出で仕方なく防衛班ならという条件でクロが折れたのだ。
「矢を射かけるタイミングは主戦班を先手として、敵の目が主戦班向いたと同時に一斉に援護班からの攻撃をお願いします。タイミングは酋長にお任せしてよろしいですか?」
「わかった」
「万が一、敵が十分に接近する前にどちらかの班が気付かれることがあれば、十分に引き付けた後に一射のみで防衛班のラインまで後退します。防衛班は後退する各班の援護をお願いします。それと、万が一、徘徊魔植物が街道ではなく林の中を通って来た場合、これは近い方の班が先制攻撃とし、もう一方の班は十字射撃が可能な位置へと移動し即座に攻撃してください」
各自はクロの説明に相槌を打ち、お互いに顔を見合わせて頷く。作戦は完璧からほど遠いものだったが、徘徊魔植物がどんなものなのかを目にしたことのないクロとしては、完璧な作戦よりも予想外の展開にも臨機応変に対応することを重要視せざるを得ない。
脇の茂みから街道中央までの距離はおよそ10メートル。徘徊魔植物が街道を通ってくれれば命中の確率は高い。だが、林の中を進んできた場合は障害物が多く、弓や軽弓銃による遠距離からの攻撃が生かせない。
「目的となる中心的寄生個体を仕留めるにはこれを使います」
クロが巻かれた布を取り除くと、2本の歪な形の投げ槍が姿を現す。火竜槍だ。初めて火竜槍を目にするドラケルドと狩猟班たちは、説明を求めるようにクロに視線を向ける。クロは小箱に丁寧に布で包まれて入る赤褐色をした卵型の物体を皆に見せた。狩猟班の何名かは初めて火竜の喉仏を目にしたらしかったので、クロは火竜槍の使い方とその効果を説明した。
火竜槍と火竜の喉仏の内容を知った狩猟班は、驚きと同時に期待に満ちた声を上げた。目標に突き刺さると同時に火柱を上げる。そんな脅威的な兵器が彼らの目の前に2本もあるのだ。勿論、使用上の注意事項の説明も忘れてはいない。火竜槍を使用する際は、標的付近に仲間がいないことを確認する必要がある。また、使用後は穂先が高温により使い物にならなくなるため、確実な一撃を求められることも付け加える。
狩猟班たちは順番に火竜の喉仏を取り付けていない状態の火竜槍を手に取り、手応えを確かめ笑みを浮かべている。その顔には徘徊魔植物に対する恐怖は微塵も感じられない。ドラケルドとクロは互いに視線を合わせ、手応えを噛みしめるように頷き合う。
ひと通りの作戦を確認し終えると、昼食後に陽が西の空に傾くころに再びこの場に集まる事とし、各自の準備と装備の点検のために解散となった。
移動式住居に戻ったクロたちは昼食の準備に取り掛かった。昼食にはまだ少し早かったが、経験の浅いシンとロロナは何かしていないと、まだ見ぬ徘徊魔植物のことで頭が一杯でとても落ち着いてなどいられない様子だったからだ。
クロも徘徊魔植物のことは十分に警戒していたが、幼少の頃からのラスとの訓練で”恐怖”や”不安”を”警戒心”と切り離す術を身に着けていたので、彼らほどの得体の知れない不安を抱えずには済んでいた。だが、それは完全に恐怖や不安を感じないという意味ではない。それ以上にクロが引っ掛かるのは、これら全てをラケルドにだけ知らせずに処理することが、本当に彼にとって良いことなのかと言うことだ。クロの腹の奥でそのことだけが燻り続けていた。
「なあ、シン。もしお前がラケルドの立場だったら、自分の母親が徘徊魔植物に寄生されてもなお、集落に来くるのを知りたいと思うか?」
クロは干し肉で出汁を取り、麦と豆と帰り道で見付けた野草を炊いた、変わり映えのしない食事を器に取り分けながらシンに問い掛けた。シンは少し考え込むような仕草を見せる。
「ちょっと難しいダヨ。ラケルドのお母さんもう魔物になっちゃってる。でも、オイラのお母さんはオイラが小さいとき死んじゃったダヨ。もし、もう1回会えるだったら、魔物でもいいから会ってみたい気もするダヨ……」
シンはそう答えると”少し塩味が薄い”と言って”砂塩”の呪文を唱えて手にする器に塩を振りかけた。シンの使える魔法はこの”砂塩”と”角笛”の2つだけだ。
確かにシンの言うように、それで母親に会ってみたいと思う考え方もあるだろう。クロはシンの言葉を自分に置き換えてみる。クロの母親は占い師をして生計を立てていた。時折、ブツブツと独り言を口にするような変わり者だったが、それでもクロにとっては掛け替えのない唯一の家族だった。そんな母親も彼が中学3年のときに他界する。
当時住んでいたアパートの一室がガス爆発を起こし、不思議なことに火が広がった形跡は見られなかったものの、焼け跡から母のDNAが確認されたことから、遺体が未発見のままだったが焼死と結論付けられた。”世界にはお前にしか歩めない唯一の道がある。振り返らず進め”母がクロ宛てに残したと思われる手紙に書かれていた言葉だ。警察はこの手紙を遺書と考え、一連の騒動は母親の自殺として片付けられた。
母親は決して裕福でもない家庭でありながら、クロのためになる事には手間も金も惜しまなかった。そんな彼女に再び会いたいかと問われれば、答えるまでもないのだが、魔物になった母親に会いたいかと問われれば気持ちは一変する。
自分がどう感じるかではない。きっと彼女がそんな姿を自分の前に晒したくないはずだとクロは思う。だとすればラケルドへの対応はあれで良かったのか。集落の皆に嘘をつかれたとしても、それは彼を思う気持ちが引き起こした純白の嘘だと。そこまで考えてクロは分からなくなり、器に盛った食事を勢い良く掻き込んだ。
食後の休憩時間。シンは既に移動式住居の中で大の字になって寝ている。長い夜になるだろう。今のうちに休んでおくのは大事だ。
「ロロナ、君も横になって休んでも良いんだぞ?」
「いえ、私は大丈夫です」
そう答えるとロロナは、食後にクロが入れた香辛料屋ボトムで購入した、爽やかな香りのお茶を啜り目を細める。ロロナはこのお茶が気に入ってるようで、クロが食後にこのお茶を入れると自然に表情が綻ぶのだった。
「良かったら遠慮せずにもう一杯飲むと良いよ」
「ありがとうございます!」
本当に嬉しそうに答えるロロナを見ながら、クロは次に街に行ったときにでも、またこのお茶を買い足そうと思った。しかし、全ては今夜の決戦を乗り越えてからだ。
「なあ、ロロナは魔法を使えるんだよな?」
「は、はい。ヴェロニカ姫の侍女となる前に、教養の一環として皇都から来られた先生にご指導いただきました」
「そうか。その手に付けられた枷の外し方はわかるかい?」
「え? えっと確か枷に触れて”解錠”と念じれば────」
クロはお茶の入った器をテーブル代わりにしている切り株の上に乗せると、ロロナが”でも────”と言葉を続けるより早く口を開いた。
「”解錠”」
手枷は青白い不思議な輝きを放ち”カシャリッ”と小さな音を立てて外れ、そのままクロの手に収まった。
「ごめん。”隷属魔法”を解除することはまだ出来ない。でも、代わりにこれで自分の身を守って欲しい」
クロは見た目に反して随分と軽いその手枷を、腰に回した雑嚢鞄に仕舞いつつ、代わりに白色の魔法の腕輪を取り出しロロナへと差し出した。突然の出来事を理解できないかのようにロロナは大きな金色の瞳を一段と見開いた。その視線はクロと腕輪を何度も行き来し、何度目かにクロに真っ直ぐに向けられた。
「ク、クロ様これはいったい……」
「これでロロナは魔法を使えるんだろ?」
「そうですが……よろしいのですか?」
優しく微笑みながら頷くクロにロロナは戸惑いを露わにする。奴隷であるロロナの魔法を封じる手枷を外すだけでなく、魔法を使用するための腕輪を貸し与えるとは。奴隷の首輪をするロロナは直接クロに危害を加えることは出来ない。だが、魔法を使ってここから逃げ出すことは出来るかも知れない。それなのに何故。
「ロロナにはまだ聞きたいことが一杯あるんだ。だからこの決戦を終えるまではお互いに無事でいなくちゃな。でも、オレとシンに万が一のことがあったら、構わずここから逃げるんだ。いいね?」
そう言って優しく微笑むと、クロは片付けを始める。慌てて”私がやります”と立ち上がった拍子に足がもつれて転んだロロナに、クロが”大丈夫か?”と手を差し伸べる。
この世界での下級奴隷の扱いは家畜と同等か、時にはそれ以下なことも多い。若く容姿端麗な者であれば幸いだ。男女を問わず”愛玩用”としての役割を与えられることがあり、それらの者は重労働を課せられることもなく手厚い加護を受けるからだ。だが、そうでない者たちには壮絶な使命が待ち受けている。馬車馬のように働かされ、病に倒れるようなことがあればそこでお終いだ。戦地に送り込まれる下級奴隷はもっと酷い。生きて戻る者は1割に満たない。貴族たちからすれば戦争などと言うものは、実際に貴族同士が剣を交えるものではなく、自らの”駒”を使った盤上ゲームの延長でしかない。奴隷たちは命令があれば、捨て駒となるのは至極当然。まさにその命運は風前の灯と同等だ。
それをロロナの手を取る豚面人種の主人は、奴隷の身の安全を心配するだけでなく、自分の命が尽きることがあれば構わずに逃げろと言うのだ。これまで豚面人種と言えば下品で暴欲の化身のごとき種族だと高を括っていたロロナは、クロと出会って自分の認識を改めその思い込みを深く反省していた。
「このロロナが……ロロナがクロ様の身をお守りします。今度こそきっとお役に立ちます!」
クロの手を掴んで立ち上がったロロナが、真っ直ぐな視線を向けてクロに誓いを立てる。逃げろと言ったのにどこからそんな話になったのかと、クロはロロナのその行為に少しばかり面食らうが、その気持ちだけでも受け取っておこうと思い素直に”ありがとう”とだけ答えた。
午後の木漏れ日が照らす蜥蜴人種の移動集落に、刻一刻と決戦の時が迫っていた。
読んでくれてありがとうございます。
予想外に準備段階が長くなっちゃいました。
次回こそ決戦です!




