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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
58/66

58. 秘策

ひと雨ごとに秋が深まりますね。

 入口でテナに迎えられてドラケルドの移動式住居へ入ると、既に奥の広間にジャコナと向かい合うようにドラケルドと、その背後に狩猟班の面々も揃って集まっていた。ドラケルドたちの視線はジャコナに注がれ、何かの言葉を待っているかのように見える。


 狩猟班の中にはバンガルの姿も見える。いつもは陽気で豪放なバンガルも、いつになく神妙な表情で、クロと目が合うとお互いに小さく頷くだけに留まった。


 ジャコナの前には簡素な地図が広げられており、その周囲に散らばった獣骨や色とりどりの小石を眺めながら、ジャコナが険しい表情を浮かべている。祈祷術なのかそれとも別の儀式の最中だったのか。部屋の中は静まり返っていた。


 「遅くなりました」

 「おお。クロ殿、来てくれたか。さあ、ここへ」


 小声で話すクロにドラケルドは自分の隣を指し、そこへ座るようとクロに促した。狩猟班を差し置いて自分が最前列に腰を掛けて良い物かとクロは悩んだが、ここは素直にドラケルドの指示に従うことにした。当然、シンとロロナもクロの後へと続く。


 「祈祷術で徘徊魔植物クロウリングブッシュが訪れる時や方角などを占ってもらっているところだ」


 ジャコナの集中を途切れさせないように、ドラケルドが小声で耳打ちした。


 「ラケルドは大丈夫なんでしょうか?」

 「この集会が終わるまでラチータの家に留める算段だ」


 ラチータまでこのことを知っているのか。ラケルドがこの事を知ってしまったらどうなるのだろうか。全てラケルドを思えばこその行為だと、納得してくれるのだろうか。流石にそれは都合後良すぎるだろう。最愛の人まで一緒になって自分を騙していたと、疑心暗鬼に陥ったりしなければ良いのだが。クロは少しラケルドのことが気の毒に感じた。


 ところでこれはどういった状態なのだろう。皆の視線はジャコナに注がれているようだが、肝心のジャコナは散らばった獣骨や小石を睨んだまま”これは”とか”まさか”などと呟くばかりで何も起きそうにない。


 「ジャコナ婆、どうだ?」


 痺れを切らした様子でドラケルドが問い掛けた。


 「どうやら徘徊魔植物が訪れるのは明日の日没後、北西の方角のようじゃ」


 そこまで口にするとジャコナは再び散らばった獣骨や小石に向けられる。真剣な表情で何度もその配置を見直すと”やはり間違いなさそうだ”と呟いた。


 「仲間を引き連れて来るようじゃぞ」


 ジャコナの言葉にクロたちの背後に座る狩猟班たちがざわつく。仲間とは何のことだ。クロは小声でその事を隣のドラケルドに問い掛けた。


 「徘徊魔植物は更に寄生範囲を広め、ときにそれを部下として引き連れて現れることがあるのだ。多くの場合は山中で寄生された野犬や野生動物などだ」


 なるほど。そいつは厄介だな。だが、同時にこれで納得がいく。クロはドラケルドの言葉に頷きながら思う。徘徊魔植物を討伐するための支度金として、あれだけの大金を用意してくれたのだ。いくら息子が愛するラチータの命の恩人とは言え、あの額は流石に多過ぎる。つまりあの金は危険手当も込みと言うことだ。


 「じゃが、此度は少しばかり様子が違うようなのじゃ」


 ドラケルドの説明を聞いていたジャコナが、意外な言葉でそれを遮った。


 「様子が違う?」


 ジャコナに鋭い視線を向けながら、ドラケルドが問い掛けるように呟く。クロかすれば寄生された野犬が一緒に現れると聞いただけでも、随分と話が違うと言うのに、この上で更に何があるというのだと眉間に深い皺を寄せた。


 「何かもっと大きな物が見える……」


 そう言いながらジャコナは、傍らに置いた火鉢に呪文を唱えながら灰色の粉を振りまいた。途端にパチパチと音を上げながら火花が立ち上り、それが消えるとそっと炎の中を覗き込む。


 「信じられんことじゃ。20匹……いやもっと多いかも知れぬ」


 そう言って炎を覗き込むのを止めたジャコナが、ドラケルドに決断を迫るように視線を向ける。


 「明日の朝より徘徊魔植物撃退の準備に入る。ラケルドにはラチータと共に昼過ぎまで薬草でも摘みに行ってもらい、その後はここで待機させるようにする。クロ殿、時間は少ないが何か策は立てられそうか?」

 「地図を見せてもらって良いですか?」


 クロが地図を求めるとジャコナが手元の地図を持ち寄り”こちらの方角から現れるはずじゃ”と、北西側から集落の位置するあるバツ印に向けて人差し指を沿わせる。


 「この付近に開けた場所はありませんか? 出来れば集落からは見通せないような左右いずれかに曲がりくねった場所が良いのですが」

 「それならこの辺りに少し開けた場所がある。集落側から見ると右側に緩やかなカーブになっていて、直接見渡すのは不可能だ」


 クロの問い掛けにドラケルドが即座に地図を指さしながら答える。酋長であり狩猟班の班長でもあるドラケルドにとって、周辺地理の把握は必須である。その地点を眺めると、クロは徐に目を瞑り顎を撫でながら考えを巡らす。彼の脳裏では、仮想の決戦が今まさに繰り広げられていた。


 「細かな作戦は、明日の朝にその場所を確認させていただかないと、何とも言えないのですが────」


 ドラケルドと狩猟班の面々を見渡せるように、クロは少し座る位置をずらしてそう前置きする。だが、その口調にはは何らかの確証に近い雰囲気が漂っていた。


 「まず確認したいのですが、今回の目的は徘徊魔植物の撃退と同時に、レミイナさんに寄生した徘徊魔植物の討伐ということで良いんですよね?」

 「そうだ。クロ殿、よろしく頼む」


 決心を感じさせる真っ直ぐな眼差しで答えるドラケルドに、クロは小さく頷くことで返す。それは何もドラケルドのレミイナに対する未練を確認するつもりで言った訳ではない。


 「皆さん、これは撃退戦ではありません」


 そう切り出しながらクロは視線を狩猟班の面々へと向ける。作戦の成功は彼ら1人1人の働きに掛かっていると言っても過言ではない。そのためには、皆に作戦の内容をしっかりと理解してもらう必要があった。


 「もし、撃退戦だけであれば、徘徊魔植物が嫌う炎を友好的に使った先制攻撃などで相手の出鼻を挫いて、集落に寄せ付けずに追い払うことが可能です。しかし、討伐が必須条件となる……中心的寄生個体を逃したのでは作戦は半分しか遂行されなかったことになります」


 クロは咄嗟に”中心的寄生個体”という表現でレミイナを言い表した。寄生されたレミイナをどう表現したら良いものか迷ったためだ。ドラケルドへの配慮もあったが、クロ自身も”討伐対象”という言葉を直接レミイナに使うのは躊躇われたからだ。狩猟班の面々もそんなクロの思いを感じ取ったらしく、相槌を打ちながら真剣な眼差しでクロの話に聞き入る。


 「逆に中心的寄生個体だけを討伐して、仲間の徘徊魔植物を集落に招き入れてしまった場合はどうでしょうか? それでは徘徊魔植物の脅威から集落を守るという大前提が覆されます。つまり我々が取るべきは掃討戦と言うことです」


 決して内容的には大したことを口にしている訳ではなかった。クロは自分たちがするべき事を、かみ砕きながら順序立てて説明していく。


 「最悪の場合、何匹かの徘徊魔植物に逃げられるのは良しとしますが、中心的寄生個体を逃がす訳にはいきません。そこで班を3つに分けることを提唱します」


 クロの”班を3つに分ける”という言葉に反応するように、狩猟班からざわめきが起こる。シンはと言うとうわの空で鼻をほじり、ロロナはいつにも増して前のめりでシンの言葉に耳を傾けている。対照的な2人を目にすると、どうにもやり辛いものを感じるが、気にせにずクロはそのまま話を続けることにする。


 「中心的寄生個体を攻撃する”主戦班”と、その他の徘徊魔植物を攻撃しつつ主戦班の援護をする”援護班”と、万が一、逃げ伸びて集落に向かったその他の徘徊魔植物に対処する”防衛班”です」

 「なるほど。確かにそれなら上手くいけば徘徊魔植物の撃退と同時に、レミイナに寄生した個体の討伐も可能か」


 ドラケルドの言う通りそれは上手くいけばの話に過ぎない。だが、クロがそんな危うい作戦を堂々と話すのには理由がある。彼はこれとは別に”案”を準備していた。それは少しだけこの作戦の成功率を上げる要素を孕んではいるが、決定打には欠けるものであるのはクロ自身も理解していた。


 「これ何だかわかりますか?」


 そう言ってクロは懐から取り出した包から、パチンコ玉くらいの大きさの丸薬のような物を取り出した。狩猟班の面々は頭上にクエスチョンマークが浮かんだ表情のまま、お互いに顔を見合わせて小首を傾げる。


 「ジャコナ様からいただいた火炎草です。粉々にして糖蜜を1滴垂らして丸めたものです。皆さんこれを飲むとどうなるか知ってますか?」


 クロが説明をしなが視線を送ると、ジャコナは何かを察したように悪戯っぽい笑みを浮かべた。狩猟班の面々は口々に”腹を壊す”やら”もしかして火を吹くのか”などと言っている。どうやら火炎草の効果を知らないらしい。


 「確か火炎草は体を温める効果があったはずだが、その量を一度に口にして大丈夫なのか?」


 訝し気にクロの手にする火炎草の丸薬を眺めながらドラケルドが問い掛け返す。流石は酋長と言ったところか。


 「その通りです。火炎草には体を温める効果がありますが、通常はごく僅かの量で充分な効き目があり、これほどの量を口にしてはいけません。急激に体温が上昇し体に毒となるからです」


 皆の瞳が”だったらどうしてそんな物を”とクロに問い掛ける。このプレゼンは成功だな。クロは皆の食いつきようを見ながら手応えを感じていた。


 「ジャコナ様、確か徘徊魔植物は熱を嫌うんでしたよね? この丸薬を飲んで急な発熱を起こした場合、徘徊魔植物はそれでも寄生するでしょうか?」

 「保証は出来んが、寄生の妨げになる可能性は高いじゃろうな」


 クロは敢えて薬草学にも魔物の生態にも明るい、ジャコナの口から言わせることで信憑性を高め、皆の納得を得るように仕向けた。勿論きちんと”保証はできんが”と前置きしたジャコナは、クロの意図を理解した上でその問い掛けに乗ったわけだが。


 狩猟班が明らかにざわめき立つ。如何に傭兵ギルドで名を馳せた者や、魔物や大型の野生動物を相手に真っ向勝負を挑む兵が居ようとも、寄生の危険性がもたらす恐怖は単に命を危険に晒すのとは次元が違う。それはレミイナに寄生した徘徊魔植物に頭を悩ます、ドラケルドを間近で見守る彼らだからこそ理解し得るものだ。


 「勿論、その後は速やかに神殿で治療してもらう必要があるようなのですが……」


 クロがどさくさに紛れて付け加えるが、そんなことは寄生を免れることが出来るかも知れない可能性に比べたら些末なことだ。ざわめきを掻き消すかのようにクロは”更にもう1つ”と話を続ける。


 「明日までに矢尻に大量の火炎草を仕込んだ矢を準備してもらいます」

 「なるほど。熱を苦手とする徘徊魔植物の体内に直接、熱を発する元を打ち込むわけか!」


 ドラケルドが膝を打って納得したように声を上げると、狩猟班も”おぉぉ!”と感嘆の声を上げ期待に満ちた表情でを浮かべる。その場はまるで、勝利への方程式を得た者たちの集まりのようだ。


 「確信はありませんが、試してみる価値はあると思います」


 最早、クロが何と答えようが、その言動の全てに狩猟班の面々は期待に胸を膨らませ大いに盛り上がる。誰からともなくクロの口にしたそれは、徘徊魔植物討伐の”秘策”と呼ばれるようになっていた。半信半疑だった勝利が革新へと変わっていく。


 「テナ、酒を持って来い!」


 ドラケルドのひと言で、先程まで通夜のように静まり返っていた広間が、大勝への前祝の酒盛りの席へと早変わりする。酒盛りが始まると何故かシンまで一緒になって”明日は絶対に勝つダヨォー!”と杯を掲げて狩猟班たちと盛り上がっていた。まったく調子の良いやつだ。こんなに気を抜いて大丈夫かと心配するが、恐怖に心を支配され縮み上がっていたのでは、勝てる相手にも勝てない。そういう意味では、シンはリラックスの天才だ。


 先程まで神妙な表情をしていた狩猟班の面々の顔に、勝利を確信するかのような晴れ晴れしい笑顔が浮かんでいた。

読んでくれてありがとうございます。

いよいよ決戦、近いですよ~


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