54. 獲物
街中で捕まえた生物でもジビエって呼ぶのかしら?
朝食はまたもやドラケルドの移動式住居で厄介になった。当面の食料も調理に使うための道具も買い揃えてあるのだから、自分たちで用意するべきなのだが、テナの手料理の匂いに誘われてついつい甘えてしまった。
水浴び後にロロナに会うと”先程は本当にすみませんでした。突然だったもので……”頬を赤らめながら、申し訳なさそうに深々と頭を下げる。クロからすれば全裸で駆け付けた自分にも落ち度があるし、陽に照らされた美しいロロナの裸体を拝ませていただいたのだから文句の付けようもない。それに、何よりロロナの身に危険がなかったのは幸いだった。
「クロさん、今日は何をして過ごす予定ですか?」
「日中はシンの軽弓銃の練習がてらに狩りにでも出てみようかと思うんだけど、近くに良さそうな狩場はあるかな?」
「それならバンガルさんが詳しいです。何たって狩猟班ですからね。後で案内してくれるように伝えておきますよ」
「あと、例の稽古の件は夕方にするつもりだけど、どうかな?」
「わかりました。稽古、楽しみにしてます。じゃあボクは、日中はラチータと一緒に薬草を摘みに行こうかな」
クロたちはラケルドと分かれ一旦、移動式住居へと戻ることにした。相変わらずラケルドとラチータはラブラブの様子だ。若いって素晴らしいなどと、クロは妙に年寄り臭いことを心の中で呟く。それにしても体が弱いと言っていたラケルドに、どんな稽古をつけて良いものか。既に様々な知識を身に着けている様子だったので、座学よりは実践を身に着けさせた方が良いのだろうが、あまり無理をさせるわけにもいかず加減が難しい。そんなことを考えクロは頭を悩ませていた。
「あの、私はどうすれば良いでしょうか?」
ロロナの問い掛けにクロが”ロロナはどうしたい? 何かしたいことはない?”と逆に聞き返す。クロたちに着いて行ったところで、狩りに興味があるとは思えないが、何をさせてあげたら良いのかも思い付かなかったからだ。
「も、もしよろしければ……狩りにご一緒させていただければ……私、荷物持ちでも何でも頑張りますので!」
ロロナの答えは予想外のものだった。クロは”ロロナがそれで良いなら”と許可するが、もしかすると奴隷という身分のため無理をしているのではないかと少し心配になった。だが、クロの答えを聞いて僅かに笑顔を浮かべるロロナの横顔を見る限り、嫌々ではなさそうに思えた。
何故か初めて軽弓銃を撃つシンが”ロロナちゃん、ちゃんとオイラの雄姿を目に焼き付けるダヨ!”と上から目線で強気発言をしていたが、クロは完全にスルーしてやった。
いきなり狩りで軽弓銃を使っても上手くはいかない。そこで出掛ける前に少しシンに軽弓銃の練習をさせることにした。茂みの中から拾って来た太い木の枝を適度な形に切り、獲物に見立てて切り株の上に置く。
取り敢えず最初は10メートルほど離れた場所から。シンは挿矢口を開き3本の鉄製矢を装填し、左側面にあるハンドルを回して弦を巻き上げる。8回ほど回したところで”カチャリ”と音を立てて矢が発射台へとセットされる。片膝立ちになり、銃床を肩に押しつけ脇を絞って狙いを定めるシンは深く息を吐く。ここまでは事前にクロに教わった通りだ。
そのまま静かに引き金を引く。
軽弓銃は人間界のクロスボウに良く似た構造になっている。習得に時間の掛かる長弓や単弓に比べ、操作が簡単で狙いを定めやすいことが最大の利点と言える。だが、それと命中精度は別の話だ。
”バシュッ”と音を立てて放たれた鉄製矢は、獲物に見立てた目標を逸れて土台となる切り株の根本に突き刺さった。
「ありゃ、惜しいダヨ!」
シンの言う通り結果だけを見れば惜しいと言えたが、正直、本番ではこの距離は確実に当てて欲しい。ただ、実際には標的はもっと大きいはずなので、この程度の誤差であれば初めてにしては上出来と言っても良かった。
「シン、自分なりに調整して2発目だ」
背後からクロが指示を出す。ハンドルを回し再び慎重に狙いを定める。放たれた鉄製矢は僅かに標的の上面を掠めて、茂みの中へと飛んで行った。さき程よりかなり近い。
「ア、アニキ……矢が……オイラ後でちゃんと探すダヨ!」
「ああ。とりあえず最後の1発だ。今の矢の軌道を頭の中で思い描きながら狙いを定めてみろ」
ハンドルを回すシンの表情も、これまで以上に真剣なものになる。背中にクロの視線を感じる。シンは大きく深呼吸をして構え直すと、先程放った鉄製矢の軌道をイメージしながら呼吸を細くして狙いを定める。
軽弓銃から放たれた鉄製矢は瞬く間に標的を捉え、そのまま勢い余って切り株の上から転げ落ちた。
「よっしゃ!」
「やったダヨ!」
シンと拳をぶつけ合わせクロは健闘を称えた。そこから更に5メートル下がって練習を繰り返す。たったの5メートル離れただけで、命中精度は大きく低下した。それでも最終的には20メートル先から、切り株の上に置かれた獲物に見立てた標的を狙う練習を繰り返し行った。最後の3発中、1発が20メートル先から命中。1発は切り株へ、もう1発は茂みへと消えた。
練習後は2人で茂みに向かった鉄製矢の回収作業だ。鉄製矢は50本しかないので、1本でも無くすのは惜しい。クロは行方不明になった矢を探しながら、ケチらずに200本ほど買っておくべきだったかと少し後悔していた。
それから暫くするとバンガルが訊ねて来た。
「よお、クロさん。狩りに行きたいんだって?」
「そうなんです。近くの狩場まで案内してもらえますか?」
バンガルは”お安い御用だ”と答える。手に木製の槍を持ち弓を背負っているのは、最初からその気で来たわけなのだが。早速、クロたちも出発の支度を整えようと移動式住居に入ると、ロロナが既に準備万端の様子で待ち構えていた。
「出発ですか?」
そう問い掛けるロロナに”ああ。本当に一緒に行くのか? 無理しなくても良いんだぞ?”とクロが声を掛けるが、逆に一緒に連れて行って欲しいとお願いされてしまった。どうやら本気らしい。その熱意に押されて同行を許可するが、くれぐれも怪我に気を付けるようにとクロは念を押した。
狩りの方法にも様々な方法がある。茂みに潜んで兎などの小動物を中距離から狙う方法や、罠を仕掛けて後日その場所を再び訪れる方法、中には餌となる獲物の血や臓物を辺りに散らしておびき寄せる方法などもある。今回はシンの軽弓銃の訓練が1番の目的となるため、獲物はそれなりに狙い易い大きさで尚且つあまり機敏過ぎず、危険性が低いものが理想とされる。
野生の豚に似たちょうど良い獲物がいるらしいのだが、この時期はあまりこの辺で見掛けることはないらしい。それにクロ自身は何とも思ってなかったようだが、シンもバンガルもクロの前で豚を射るのは少なからず抵抗があったようだ。
結局、よく小動物が現れると言う、浅い小川のある狩場へと案内してもらった。周辺まで来るとバンガルが声を潜め”ここからは注意深く進もう”と指示を出す。迂闊に近付いて、既に狩場にいた小動物を逃がしてはいけないからだ。
小川の音が聞こえて来ると先頭を進むバンガルが右手を上げて、後続に停止の合図を出す。そして、茂みから静かに先を確認すると、振り向いてクロたちに獲物がいることを示した。
クロたちも細心の注意を払って茂みから覗いて見る。すると小川の畔にある岩の上に茶色い山鳥が1羽。すぐにもう1羽が岩陰から姿を現した。2羽の山鳥だ。
シンが手にする軽弓銃には既に3発の鉄製矢が装填済で、1発目は発射可能な状態になっている。山鳥までの距離は約15メートル。1発目を外せばハンドルを回して次矢の準備をするうちに、間違いなく逃げられてしまう。つまりチャンスは1度だ。
音を立てないように慎重に構え、狙いを定める。シンの角度からだと狙いやすいのは岩の上にいる方だ。緊張のあまり小鼻をピクつかせて顔を強張らせシンの姿を見て、クロは吹き出しそうになるのを必死に我慢する。”バシュッ”放たれた矢は、僅かに山鳥の足元を掠め小川の方へと消える。その直後に2羽の山鳥たちは、悲鳴のような鳴き声を上げながらその場を飛び立った。
「お前、どんだけ緊張してんだよ!」
笑い声を上げながらクロは軽くシンの肩をを小突く。そして”まあ、惜しかったよ。次はもっとリラックスな”と言って背中をポンと叩いた。
「初めてにしては、なかなか様になってんじゃねえか」
「わ、私も惜しかったと思います」
そう言ってバンガルも、ガックリと項垂れるシンの二の腕をポンと叩くと、後を追うようにロロナも声を掛けた。そうだ。次こそは。3人の言葉で気を取り直したシンは、気持ちを切り替え見失った矢の回収に向かう。
一行はバンガルの案内で、そのまま小川の畔を上流に向けて進む。狩場と言っても、そう次々と獲物が現れるとは限らない。そのまま暫く歩くと小川は大きく左側へと曲がり、その周辺は茂みで見晴らしが悪くなっていた。その手前でバンガルが再び停止の合図を出した。バンガルは忍び足で茂みに近付くと、そこから先の様子を確認する。振り返ったバンガルが合図を出した。どうやら獲物がいるようだ。
クロたちが静かに茂みを掻き分けて先を覗くと、背中から尻にかけて杏子色とくすんだ山吹色の縞模様が特徴的な、やや大柄な中型犬程の大きさの小型の鹿が水辺の草を食んでいた。子鹿なのだろうか。こんなに小さな鹿は初めて目にする。それとも何か別の生物なのだろうか。クロとシンは顔を見合わせる。
慎重に打ちやすい角度へと移動すると、茂みの中から狙いを定める。移動中に鉄製矢は3本装填済だ。シンは息を細く吐き出し、それが途切れる前に優しく引き金を引いた。
矢は見事にわき腹に突き刺さり、”キュッ”と小さく悲鳴を上げた鹿はその衝撃で大きくよろめいた。無理やり立ち上がって逃げようとするが、足がもつれて勢いがない。シンは自分でも驚くほど冷静にハンドルを回し次矢を装填すると、すぐさま狙いを定めて放った。矢が首元を捉えると、鹿は膝から崩れ落ち前のめりに倒れた。それを見届けたバンガルが茂みから飛び出すと、鹿の首元をナイフで掻き切って止めを刺した。最後にビクリと体を動かしグッタリと脱力すると、鹿は永遠の眠りについた。
シンたちも茂みから出てバンガルの元へ駆け寄る。鹿に刺さった2本の鉄製矢を引き抜いてシンに手渡しながら”やったな!”とバンガルが初獲物を仕留めたことを祝して声を掛ける。よほど緊張していたのだろう。鉄製矢を受け取ったシンは、乾いた笑顔を浮かべながらその場にへたり込んだ。
子鹿かと思ったその獲物は”小人鹿(ピエ二)”と呼ばれる小型の鹿で、これでも立派な成体だった。癖の少ない柔らかな肉質で蜥蜴人種の移動集落でも人気の獲物らしい。
その後も暫く狩場を歩いたが、鼬のような小動物を見掛けただけだった。小人鹿を仕留めたことで緊張感の糸が切れてしまったシンは、狙いを大きく外し再びガックリと項垂れる。それからは他の獲物を見付けることもなく、一行は仕留めた小人鹿を担いで集落へと引き返した。
読んでくれてありがとうございます。
※用語※
・小人鹿(ピエ二)




