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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
47/66

47. 伝達屋

感想でいただいた「手紙」のアイディアを早速使わせていただきました。ありがとうぎざいます♪

 クロだけがピタンと娘のポルヒの馬車に乗り、バンガルたちはその後を追うように広場を西に進む。途中で木工細工の工房が立ち並ぶエリアを抜けると、やがて馬車職人の工房が立ち並ぶエリアへと入る。


 ピタンはそのうちの1軒の前で馬車を停めると、御者台から降りて”旦那、こっちです”とクロを手招きすると、店の正面からではなく裏口へと周る。


 「おーい、パロンいるかぁ?」


 返事はないが奥の工房からトントンと木槌を打つ音が聞こえて来る。工房を覘くと頭に手拭のような布を巻いた顎鬚を生やした小人族ホビットの姿が見える。ちょうど馬車の車輪部分を作っているようだ。

 

 「よお、パロン」

 「…………」

 「よお! パロン!!」

 「おお!? ピタンの兄貴か。何だい、脅かすなよ……」


 ピタンが”すみません、コイツ耳がちょっと悪いもんで”と苦笑いを浮かべながらクロに、自分の弟分で馬車職人のパロンを紹介する。血の繋がりはないが幼い頃から兄弟のように暮らしてきた仲なのだそうだ。


 ピタンはそのまま南門広場でクロが娘のポルヒの命を救ってくれたことや、ナイフ投げの達人であることを何故か自慢げに説明すると、ようやく本題に入った。


 「────と言う訳でな、お前に旦那の馬車を作ってやって欲しいんだ」

 「ポルヒちゃんの命の恩人とあっちゃ断る訳にはいかねえが、ピタンの兄貴よぉ、ひと言で”馬車”って言っても色々あるんだぜ?」

 「そりゃ、お前これから旦那の口から説明してもらうよ……旦那、どういった馬車がご希望で?」


 そう言われてもクロ自身も馬車についての知識がほとんどない。取り敢えず出した注文は”低予算で””出来るだけ頑丈な物”という2つだ。あまりにも大雑把な注文内容に一瞬だけパロンも眉を顰めたが”細かな内容は全てお任せいたします”とクロが口にすると、満足げに膝を打つ。


 「陸上用の馬車で良いんですかぃ?」

 「はい」

 「よし、わかった。任せてくだせぇ」

 「金の方はオレが保証する。しっかりした物を作ってやってくれ」


 ピタンがそう言い添えると、パロンが”それなら話は早いぜ!”と早速、途中まで手掛けていた仕事を切り上げて、早速クロの馬車作りに取り掛かる準備を始めた。


 「3日だけ待ってくだせぇ」


 それだけを伝えると、パロンはまるで周りの音が何も聞こえないかのように、一心不乱に馬車作りを続ける。その姿にはどこか鬼気迫る勢いがあり、馬車作りの工房など始めて訪れたクロですら、パロンの只ならぬ職人魂を感じられずにはいられなかった。


 「旦那、アイツは耳は悪いが職人としての腕は確かです。安心して3日後を楽しみにしてて下さい」


 パロンの工房を後にすると、ピタンが笑顔を浮かべて言う。親しい弟分でありながらも、相手の素晴らしさを理解して認めることが出来るのは、ピタン自信もなかなか出来た兄貴分なのだろう。


 北門まで見送ると言われたが、クロがそれよりも娘の足を診てもらうことを勧めると、ピタンは素直に”それでは、そうさせて頂きます”と言って深々と頭を下げた。


 「ありがとうございます。お陰で助かりました」

 「何を言うんですか、旦那。助けてもらったのはこっちですよ!」


 そう言って恐縮するピタンと3日後の正午に再会することを約束して別れると、クロたちはシロと水棲馬ケルピを待たせている北門へと向かった。




 「アニキ、ほら。けっこう稼げたダヨ」


 そう言ってシンが両手に乗せた硬貨の山を見せる。的当て屋で観客たちからせしめた”祝儀”だ。ほとんどが泉貨と青銅貨だが、中には何枚かの銅貨も混じっている。シンはそこから2枚の銅貨を取り出して”桜”を演じたバンガルへ返却する。1枚は大根役者の演技料らしい。


 シンは残りを全てクロに手渡そうとしたが、クロはそこから1枚だけ青銅貨を1枚だけ摘まむと”残りはお前が持っておけ”と笑顔でシンの手を突き返す。


 残りの分だけで銅貨5枚ぶんくらいはありそうだ。シンは嬉しそうに”ありがとダヨ”と言って肩から斜め掛けにする雑嚢鞄に無造作に仕舞うと、馬車の揺れと同時に硬貨がジャラジャラと音を奏でた。


 「そりゃ、財布でも買った方が良さそうだな?」


 見かねたバンガルが声を掛ける。小銭を直接仕舞っておくにはシンの持つ雑嚢鞄は大き過ぎる。それに小銭しか持っていないとは言え、金の音をジャラジャラ鳴らして歩くなんて、まるで泥棒や引ったくりを呼び寄せているようなものだ。早速、バンガルの提案で雑貨屋に寄ることになった。


 「あ、オイラここに寄りたいダヨ」


 すぐそこに雑貨屋が見えて来たところで、突然シンがペンに羽の生えた奇妙な看板を掲げた店を指さした。クロはどうせまた思い付きで言い出したのだろうと思っていたが、案外そうでもなかったようだ。


 そこは”伝達屋”と言う場所で、手紙の配達や通信代行を行ってくれる場所らしい。手紙は人間界とほぼ同じなのだが、係員に渡された専用の紙と封筒を使用する。書き終えた後は係員が目の前で封蝋ふうろう印璽いんじにて処理を施し、相手先へと送られることとなる。ただし、こちらの世界では住所というものがかなり曖昧なため、相手先に無事に届く確率は7割程度な上に、物凄く日数が掛かることが多い。


 それに比べて通信代行は、”代行師”と呼ばれる者が魔法によって相手方へ連絡を試みる手段だ。そのため無事に届いたかどうかの結果がその場でわかるのがメリットだ。ただし、費用は手紙の比にならないほど高いうえに、連絡に失敗しても料金は変わらず支払わなければいけないのがデメリットでもある。 


 「オイラ、半馬人族ケンタウロスの村の皆に、無事でいるから心配ないって知らせてやりたいダヨ。ぺシャコールで突然いなくなって、きっと心配してるダヨ……」


 なるほど。確かにシンの言う通りだ。短い間だったとはシンの話の内容からすれば共有した時間以上の信頼関係を築いていたに違いない。間違いなく突然姿を消したシンのことを心配しているはずだ。ラケルドたちもその方が良いと賛同する。


 「金は足りそうなのか?」

 「わからないダヨ。取り敢えず聞いてみるダヨ」

 「じゃあ、オレも一緒に行こう」


 そう言ってクロはシンと一緒に伝達屋へと入った。万が一、通信代行を頼んだ際に金が足りないようなら出してやるためと、代行師が使う魔法に興味があったからだ。


 誰もが携帯電話を持ち歩く人間界では、電波さえあれば地球の裏側からでも数秒もあれば連絡がとれる。スマホならメールやSNSで、画像や動画のやり取りも造作もない。この世界の文明の大半は、人間界に比べて格段に遅れている。だが、ごく僅かな部分ではあるが、人間界を驚愕させる文明を持っているのも確かだ。

 

 その1つが魔法だ。始めて目にしたときは、驚きのあまり自分の頭がどうにかなったのかとすら思った。だが、そうではなかった。実際に魔法は存在する。未だに心のどこかで信じきれない自分がいるのも確かだが、もっと魔法を知ることでこの世界自体を知ることが出来るのではないか。クロはそう考えていた。

伝達屋の中は拍子抜けするほどシンプルだった。小さなカウンターと別室への扉が1つ。その他には白塗りの壁に掛けられた、意味不明な抽象画が1枚だけだ。

 

 「あの、通信代行ってのはいくらするダか?」


 シンはカウンターに座る魚類を思わせる顔の係員にシンが訊ねた。


 「お相手の素性はお分かりですか?」

 「わかるだよ。半馬人族の────」

 「お答えする必要はございません。お相手がいらっしゃる場所もお分かりですか?」


 魚類顔の係員は表情も変えずにシンの言葉を遮ると、今度は相手の居場所を問い掛ける。


 「わかるだよ。ぺシャ────」

 「ですから、お答えする必要はございません。その2つがお分りでしたら、こちらの水晶に両手をかざし、お相手の方の顔と名前を具体的にイメージください。その後に場所についても同様に出来るだけ具体的にイメージいただければ、だいたいの費用が分かります」


 不愛想を体現するかのような魚類顔の係員に言われるがままに、シンは目の前に差し出された半透明の水晶に両手をかざした。シンがブツブツと何かを呟く。連絡相手の半馬人族をイメージしているのだろう。


 「はい。宜しいです」


 やがて水晶にほんのりと赤みが差すと、魚類顔の係員は水晶を回収し”暫くお待ちください”と言い残し席を立つ。背後の引幕を潜ぐると数分足らずで窓口へと戻って来た。


 「代行料は小判銀貨1枚です。いかがなさいますか?」

 「よろしくお願いするダヨ」


 今のシンにとって小判銀貨1枚は決して安くない金額だ。だが、彼は躊躇することなく即決で通信代行を頼んだ。


 「代行料は前金となります。また、念のためにお伝えしておきますが、万が一、通信に失敗した際にも代行料は返却されませんがよろしいでしょうか?」

 「わかったダヨ」


 シンは小判銀貨1枚に相当する銅貨2枚を雑嚢鞄から取り出すと、カウンターの上に置いた。魚類顔の係員はそれを受け取ると”それでは奥へどうぞ”と別室への扉を指した。扉の向こうは先程までの白壁の部屋とは打って変わり、狭い部屋の四面が黒色の幕で覆われ、薄暗い部屋の真ん中には小さなテーブルと椅子が置いてあった。


 クロとシンが所在なさげに佇んでいると、黒色の幕の向こうから先程の魚類顔の係員が現れた。


 「すぐに準備いたしますので、椅子にお掛けになってお待ち下さい」


 そう言うと部屋の隅に置かれた籠に入った黒色のローブを服の上から羽織り、同じく黒色の三角帽を被って自らも席に着いた。クロとシンが心の中で”お前がやるのかよ”と突っ込みを入れたのは言うまでもない。


 「お待たせ致しました。それでは只今より通信代行を行います」


 黒色のローブに身を包んだ魚類顔の係員は、そんな2人の心中などお構いなしにテーブルの上に水晶を置き準備を進める。シンにそこに両手を置くように伝えると、自らもその上から覆うように手を置く。


 「まずは通信するお相手を明確にイメージしてください。お名前や声などできるだけ鮮明なイメージをお願いします」

 

 腹の鳴る音が聞こえるほどの静寂が部屋を包み込む。


 「次に現在のお住まい、いらっしゃる場所をできるだけ明確にイメージしてください。お近くにある目印になるような場所や建物などもあると更に良いです」


 やがて水晶が仄かに赤みを増していく。

 

 「最後にお伝えしたい内容を頭の中で復唱してください。出来るだけ短く、簡潔なほどお伝えしやすくなります」


 水晶は更に赤みを増しまるで血の色のように染まっていく。


 「天翔ける星の残り陽 深淵への誘い 天空より注ぐ光の階段よ 彼者へ届け『捜索通信コミュニサーチ』 


 黒色のローブに身を包んだ魚類顔の係員が呪文を唱えると、小さな光球が中空に発生し静かに上昇し、やがてそのまま建物の天井へと吸い込まれるように消えて行った。そのまま何も起こらないまま、再び静寂が辺りを包み込む。2人は目を開けようとはせず、水晶に手を乗せたままの姿勢で微動だにしない。


 そのまま数分が過ぎる。突然シンが深い海の底から、必死で水を掻き水面に舞い戻ったかの如く”ぶはっ!”と呼吸を荒くして必死に空気を吸い込んだ。


 「お、溺れるところだったダヨ……」

 「通信に成功しました。だいぶ深い場所でしたのに良く耐えられましたね」


 溺れるとはどういう意味だ。深い場所とはいったいどこだ。何故かクロだけが状況を把握できないでいた。


 魚類顔の係員によると、通信相手の捜索は海の底に落とした指輪を、目を瞑って水に潜り手探りで探すようなものなのだそうだ。相手が見付けにくい場所にいればそれだけ深く長く潜る必要があり、その苦しみと恐怖のイメージから、依頼主は息苦しいイメージを感受してしまうのだそうだ。勿論、実際に水の中にいるわけではないので溺れることはないのだが。


 無表情な魚類顔の係員が、疲れ切りながらも通信に成功して喜ぶシンを見て、少しだけ口元を緩めたように見えた。その後に今回が初めての通信代行だと聞くと、それまで無表情だった魚類顔は驚きの表情を浮かべ”ここで働いてみませんか?”と口説いていた。勿論、未だにクロの奴隷という立場であることを度外視しても、シンがその誘いを受けることはないのだが。


 初めてでこれだけの深さを成功させるのは、奇跡だと魚類顔の係員がシンを褒めちぎる。傍から見ていただけのクロには何が凄いのかさっぱりわからないが、魚類顔の係員の無表情ぶりに大きな変化があったことから察することが出来る程度だ。いずれにしろ通信には成功したらしい。


 シンは半馬人族の村の皆に、自分が無事であることを伝え満足気に伝達屋を後にした。


読んでくれてありがとうございます。



※用語※

・パロン

・ポルヒ

・伝達屋

捜索通信コミュニサーチ

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