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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
45/66

45. 投擲術

通常のナイフは刃渡り6センチ以上、もしくは折りたたみナイフは刃渡り8センチ以上の場合は、銃刀法違反になっっちゃうらしいです。許可なく持ち歩いちゃダメ、絶対。

 南門に近付くにつれて、門前広場に幾つか小さな人だかりが出来ているのに気付いた。


 「見世物でもやってるのか……」


 そう呟きながらバンガルは馬車を修理屋の前で停めた。ラケルドとクロたちも人だかりに気付いたらしく、そちらを気にしながら馬車を降りた。


 「いらっしゃい。馬車の修理かい?」

 「いや、ちょっと聞きたいことがあるんだ」


 工房から跳び出して来た人間族ヒューマンの少年は不思議そうにクロを眺める。馬車の修理屋を訪れておきながら、修理ではなく聞きたいことがあると口にする革鎧姿の豚面人種オークを。


 「じつは中古の馬車を譲ってくれる人を探してるんだ。馬車の修理屋に来れば何か良い情報でもあるかと思ったんだが────」


 それを聞いた少年はなるほどと頷いたが、すぐに”生憎だけど……”と申し訳なさそうに続ける。その手の話なら修理屋ではなく、馬車職人の工房を訪れるべきらしい。新しい馬車に買い替える際に、古い馬車の処分に困り二束三文で馬車職人の元に置いていく者がたまに居ると言うのだ。馬車職人はそこから使える部品だけを取り外して使うらしい。


 少年は親戚が馬車職人をしているからと、その工房の場所を教えてくれた。結果的に馬車の修理屋を訪れた甲斐があったと言うものだ。クロとラケルドが馬車に戻るとシンの姿が見当たらない。


 「バンガルさん、シンは?」

 「もう終わったのか? シンなら向こうの人だかりを見に行ったよ。馬車はどうなった?」

 「ここの親戚の馬車職人を紹介してもらいましたよ。どうやら中古の馬車を探すなら馬車職人を訊ねるのが良いらしいです」

 「そうか。用が済んだならこっちからシンを迎えに行ってみるか?」


 クロが”そうしましょう”と答えると、バンガルは”了解、隊長”と冗談めかして答え、馬車を門前広場の人だかりの方へ進めた。


 幾つかある人だかり1つの後ろの方で、つま先立ちになっているシンの姿を見付けたクロは、その隣に立って人だかりの隙間から中央を覗き見る。そこには1枚の戸板のような物が立てられており、その前には小さな円筒状の台が置かれていた。台の上にはそれぞれ大きさの違う赤色と白色の青色に塗られた積み木のような物が重なっている。


 「何だあれ?」

 「アニキ、何かあれ面白いダヨ」


 興味津々なその視線の先には、台から8メートルほど離れた位置に立つ獣人族ライカンスロープの若者の姿が映る。その左手には3本の手投げナイフを携え、右肩をグルグルと回す。その隣にはこの場を取り仕切っているらしい、髭面で小太りの小人族ホビットの姿がある。


 若者は自身に満ち溢れた顔で首を左右に倒し、ゆっくりと大きな息を吐く。準備が整ったようだ。3本のうちの1本を右手に持ち替えて狙いを定める。何度かナイフを放つ軌道をイメージするような動きを見せた後に、満を持して台の上の3色の積み木を目掛けて1本目のナイフを放った。


 勢い良く3色の積み木に向かったナイフは、1番下に置かれた1番大きな赤色の積み木に突き刺さった。


 「おぉ!」


 観衆から声援と拍手が巻き起こる。

 シンも一緒になって手を叩いて喜んでいる。


 気分を良くした若者は拳を手を上げてしたり顔を浮かべると、2本目のナイフを右手に構える。何度か投げる動作を繰り返し狙いを定める。そして放たれた2本目のナイフは、途中から大きく軌道を逸れて円筒状の台座に突き刺さると、観衆から”あぁ~”と言う残念そうな声が上がる。何故かシンも隣で悔しそうにしている。


 「なあ、あれって台の上の積み木を狙ったのか?

 「たぶんそうダヨ。惜しかったダヨ」

 「当たったらどうなるんだ?」

 「知らないダヨ。たぶんもう1本ナイフを貰えるダか?」

 「…………」


 シンは良くルールを理解していないにも関わらず、何となくノリだけで周りの観客に紛れて楽しんでいるようだった。


 「3本とも当たれば、賞金か商品のいずれかが貰えるのさ」


 隣で見ていた観客が、シンの曖昧さを見かねて教えてくれた。詳しくはこうだ。銅貨1枚で手投げナイフを3本受け取る。それぞれのナイフで、赤色と白色と青色いずれかの積み木を狙う。積み木はそれぞれ大きさが違い、赤色が最も大きく、青色が最も小さい。


 1度ナイフが刺さった積み木は片付けられる。3本とも刺されば小判金貨1枚がもらえ、更に3本ともナイフが刺さった場合、小判金貨1枚をもらえる。ちなみにナイフは当たるだけではなく、きちんと刺さらないとダメらしい。


 3本とも成功した場合、特別なチャンスを得ることが出来る。万が一、それに成功すれば穴隙金貨1枚か、もしくは素晴らしい賞品を手に入れることが出来るらしい。ただし、それを外せば小判金貨を得る権利を失う。挑戦するかどうかは自由だ。つまりは参加料の200倍の硬貨を得るか、全てを失うかという”的当て”と呼ばれるゲームらしい。


 話をしている間に、的当て屋の小人族に”惜しかった!”と慰められ、獣人族の若者は大きなため息をその場に残し去って行った。


 普通に考えればあの距離で的に当てるのは、例え3本中の1本でも素人にはかなり難しい。上手くいっても突き刺さりはせずに、ぶつかって跳ね返るのが関の山だ。先程の獣人族の若者もそれなりに腕に自信があったに違いない。


 「オイラもやってみたいダヨ~」

 「手投げナイフなんて使ったないだろ?」

 「ないけど、何となく自信があるダヨ!」

 「いや、そりゃ気のせいだ。手投げナイフってのは、ああ見えてなかな難しいんだよ」


 その口ぶりに何かを閃いたシンは、クロの手を牽きながら観客を掻き分けて輪の中に躍り出た。


 「シン、お前何を────」

 「挑戦するダヨ!」


 突然の宣言に周囲の観客が沸く。どうやら観客の中には、挑戦者が何本成功するかを賭けて楽しんでいる者もいるようで、早速、あちこちでやり取りが始まっている。


 「挑戦するのはこの人ダヨ!」


 シンはそう言うとクロを指さして、”さあ、オイラのアニキが投げるダヨォー!”と手を叩いて観客を大いに煽る。どうやら賭けの方も盛況のようだ。


 いつの間にか観客の中にラケルドとバンガル、それにロロナの姿もあった。クロは俯いて額を片手で覆うと、大きくため息を吐くき、勝手に自分の片手を持ち上げて観客の声援に応えるシンに呆れ顔を向けた。コイツのお調子者っぷりは、異世界まで来て奴隷に落とされて変わることがないらしいと。


 「わかったよ。やるよ。でも、外しても文句言うなよ」


 既にそう答えざるを得ない状況になっていたのは言うまでもない。クロの気持ちも知らずにシンはまるで自分がナイフ投げをするかのように、観衆に向けて”見事3発命中の暁にはご祝儀お願いするダヨォー!”と言いながら大きく手を振る。


 観客に化けたバンガルが”よし、銅貨を準備しておくぜ!”と威勢良く声を上げると、ノリの良い観衆が多いらしく”おうよ! そんときゃオレも銅貨をくれてやる!””オレは2枚だ! 2枚出すぜ!”と、摘まんだ銅貨を高らかと掲げ皆で騒ぎ始めた。


 「アニキ、頼むダヨォ……」


そう言いながらシンは、まるで神仏に祈りを捧げるが如くクロに手を合わせた。


 「的とナイフを見せてもらっても良いですか?」

 「ああ。勿論だよ。どちらにも細工は一切ないですよ」


 クロが懐から銅貨を1枚手渡しながら問い掛けると、的当て屋の小人族は笑顔でそう返す。確認が済むとクロは3本のナイフを受け取った。勿論、さり気なく的までの距離を、歩数で確認するのも忘れてはいない。


 人間界でラスに色々と習った頃に、投擲術もひと通りは教えてもらった。投擲術と言っても投げる物は様々だ。その辺に落ちている小石から、今クロが手にする手投げナイフは勿論、手斧や投げ槍など様々な種類がある。ちなみにクロが手にするのは、刃渡り15センチ程度で諸刃の一般的な手投げナイフだ。


 また、投げ方にも様々な方法があるが大別すると、ナイフに回転を加えずに標的を狙う”無回転投げ”、ナイフの刃の部分を摘まんで投げ、反転させて標的を狙う”反転投げ”、ナイフに1回転以上の回転を加えて標的を狙う”回転投げ”の3つに大別される。方法は違っても、いずれの場合も目的は”狙った場所への正確な投擲”のひと言に尽きる。


 基本的に戦闘においての武器を使用した投擲術は、場面を選ぶ上に外して地面に落ちた際などに、そのまま相手の武器として使用されるなどのリスクもある。そのため相手の虚を突くための手段の1つという側面が大きい。それと同時に、殺傷力の高い一撃を離れた距離から、確実に相手に当てる技術を持ち合わせているとすれば、それは他を寄せ付けない存在と言うことに成り得るだろう。


 クロは受け取ったナイフを1本だけ手にし、残りを足元に置いた。その1本の感触を確認するかのように、手元で軽く宙に放り上げキャッチする。何度かそれを繰り返した後に、徐に刃の部分を摘まみ投擲の構えに入る。それまでざわついていた観客も静まり、クロの手にするナイフに視線が注がれる。


 クロは迷いもなく一投目を放つ。


 彼がラスに叩き込まれた投擲術は、遠方から相手を牽制したり、戦闘の最中に相手の虚を突き手傷を負わせたり、隙を生み出すための手段の1つとしてのものだ。その一撃によって決着を付ける類のものではない。


 山籠もりをした際には、よく昼飯後の食休みにラスト2人で、切り株の上に乗せたリンゴを的に競ったものだ。先にリンゴに当てた者が食べる権利を得る。クロのナイフ投げセンスは”鬼教官”と呼ばれたラスを持ってしても”なかなかのものだ”と及第点を与えられるものだった。


 ナイフは緩やかな放物線を描き白色の積み木に突き刺さる。その瞬間、観客から僅かに歓声が上がる。ナイフ投げ屋の小人族が手を叩いてそれを賞賛しているのは、まだ1本目という余裕からくるものだろう。そのことはすぐに明らかになった。


 的当て屋の小人族が、ナイフの刺さった白色の積み木を片付けるうちに、2本目のナイフを手にしたクロは、すぐに投擲の姿勢に入り2投目を放つ。ナイフはまるで同じ場面を再現するかのよな軌道を辿り、綺麗に赤色の積み木に突き刺さる。


「おおぉ!!」

「こ、これは……凄い……ですね」


 ひと際大きな歓声が観客から上がる。恐らく2本連続で成功させる者は少ないのだろう。的当て屋の明らかに動揺した言葉からもそれが窺われる。3本連続で成功すれば銅貨の20倍の小判金貨を手にするのだから、単純に考えても20人中1でも成功すれば的当て屋の商売は成り立たない計算となる。


 だが、驚くのはまだ早かった。クロは最後のナイフを拾い上げると、的当て屋がナイフの刺さった赤色の積み木を片付けるより早く、あっさりとそれを放った。


読んでくれてありがとうございます。



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