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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
43/66

43. 鍵

秋ですね~

森林浴がしたいです♪


 昆虫族の若者が案内してくれた建物の前には木製の槍を持った見張り役が2名立っている。若者が見張り役に事情を伝えると、見張り役の1人が建物の中へと確認に向かい、またすぐに戻って来た。


 「悪いが2人には外で待ってもらいたい」

 「な、何故だ!? オレたちを信用してないのか!?」 


 見張り役に建物の外で待つように言われエゼルは不快感を露わにする。


 「信用していないわけではないが、上の者の指示なんだ。頼む」


 そう言って案内をする若者が取り成す。上の者の指示である以上、見張り役もシン1人でなければ建物へは入れることが出来ないと、断固とした姿勢でエゼルの言い分を退ける。恐らく指示を破れば酷い仕打ちがあるのだろう。


 「エゼルさん、アシヌさん、ここで待ってて欲しいダヨ」

 「シン……」


 心配そうに見つめるアシヌにシンは満面の笑みで返す。

 案内の後を続きシンは建物の中へと進んだ。


 建物の内部は想像以上に簡素な作りになっていた。入口を入るとすぐに玄関となる小部屋がある。玄関と言っても靴を履いたまま部屋へと入るため、段差が設けられている訳でもない。むしろ門番の待機場所のような目的で作られた場所なのかも知れない。その奥には所々に柱の立った30畳ほどの薄暗い広間があり、更に奥には扉の無い出入り口がもう1つ見える。


 建物の奥には重なり合うようにして、集落に残された昆虫族たちが身を潜めている。他の者たちが身を小さくして床に座る中で、中央最奥の台座に腰を掛ける者の姿が微かに見える。恐らくはそれが昆虫族のリーダーなのだろう。だが、台座を取り囲むように簾の様な物が下げられており、その顔を窺うことは出来ない。


 「ここで立ち止まってください。それ以上、御白頭おはくとう様に近付くことは出来ません」


 御白頭様。それが彼らのリーダーの名前なのだろう。シンは案内役の言う通りに台座から10メートルほど離れた場所で立ち止まると、半馬人族の村長から預かった手紙を手渡した。


 手紙はシンを案内した若者から別の昆虫族バグズに手渡され、そこから更に奥の台座に付き添う巨体の昆虫族に手渡された。巨体の昆虫族が徐にその手紙を開き中の内容を確かめる。その間、他の昆虫族たちは巨体の昆虫族を静かに見守る。


 「御白頭様、半馬人族ケンタウロスからの手紙には”即刻、森林の伐採を止め、話し合いの場を持つべし”と記されております」


 巨体の昆虫族が簾の下がる台座の向こうへ話し掛ける。


 「そうか────」


 思ったよりもかなり若い。あまりにも短いその言葉は、御白頭様と呼ばれるリーダーが男なのか女なのかも判断しかねるものだった。


 「あ、あの……は、発言してよろしいでしょうか?」

 「何だ?」


 シンの隣に立つ案内役の若者が遠慮気味に手を上げて発言の許可を求めると、巨体の昆虫族が全身から威圧感を放ちながら聞き返す。


 「こ、この者が半馬人族と昆虫族の……あ、争いを回避する手立てがあると申しております。よ、よろしければ本人に直接説明する機会を……」


 覚悟を決めて絞り出すような声で案内役の若者が具申する。彼にしてみれば命懸けの言葉だったのだろう。


 「争いを回避する手立てだと? 青二才が、この期に及んでそのような甘言に誑かされおって!」


 巨体の昆虫族が声を荒げ叱責する声に驚き、薄暗い部屋の隅から赤子の鳴き声が聞こえる。それに釣られたように、幼子たちのすすり泣く声が混じる。


 「ゴルドン、少し声を抑えよ────」

 「はっ、失礼いたしました」


 ゴルドンと呼ばれた巨体の昆虫族が頭を下げ恐縮する。


 「使者殿よ。話を続けられよ────」


 御白頭様の声は若いと言うよりは、少年か少女のようにも聞こえた。案内役の若者がシンを見て小さく頷く。彼が必死で作った機会を無駄にしてはいけない。シンは一礼するとまずは自己紹介から始める。


 「オイラは半馬人族の村長の手紙を預かって来たシンと申しますダヨ。まず最初に言いたいのは、半馬人族の村の皆は出来れば争いをしたくないと考えているダヨ。ただ、自分たちが愛する森が荒らされることを黙って見ている訳にもいかないダヨ」


 ここまでは概ね手紙に書かれていた内容と同じだ。


 「皆さんも争いはしたくないって聞いたダヨ。それは本当ですか?」

 「いかにも────」


 御白頭様の言葉を聞きシンは笑顔を浮かべる。


 「良かった。それならオイラに良いアイディアがあるダヨ!」

 「下がれ。それ以上前へ出るな」


 シンが数歩前へ出ながら興奮気味に身振りを付けて話を続けようとすると、御白頭様の隣に立つゴルドンが手元の槍を構えて威嚇するように話を遮った。


 「あ、ごめんダヨ。オイラ、ちょっと興奮しすぎたダヨ……」

 「良い。続けよ────」


 おずおずと後退りながら謝るシンに、御白頭様が話しの先を促す。


 「オイラ半馬人族の村で気付いたことがあるダヨ。彼らは森と自然をとっても大切にする種族ダヨ。でも、彼らですらやってないことがあったダヨ。オイラ、それが半馬人族と昆虫族が仲良く暮らす鍵になると思ってるダヨ!」


 その言葉に部屋の奥からざわめきが起こる。


 「最初に言った通り半馬人族は森を荒らされることを怒ってるダヨ。彼らは森の番人と呼ばれた者たちの子孫らしいダヨ。木を次々と切り倒し、植物を根絶やしにするような採り方は彼らを傷付ける行為ダヨ」


 「では、我々に住処も持たずに飢え死にしろと言うのか!?」


 ゴルドンが再び声を荒げて反論する。


 「いや。そんなことを思ってるなら、半馬人族は昆虫族に食料を分けたりしなかったと思うダヨ。それに、この場所に住むことを黙認したのだって、住処を追われた昆虫族を不憫に思ったからダヨ。本来なら半馬人族が先祖代々護って来た彼らの森に、余所者を住まわせることはないって村長も言ってたダヨ……」


 シンの言い分はもっともなものだ。ゴルドンも牙を打ち鳴らし苛立ちを露わにしながらも、その言葉に反論する術が見付からなかった。


 「だから皆で木を植えるダヨ! 植物は根こそぎ採らずに、ちょっとずつ採ってまたその種を植えるダヨ!」

 「なっ────!?」


 突然のシンの進言に御白頭様やゴルドンだけでなく、その場の昆虫族たち皆が言葉を失う。


 そんな簡単な事と考えるのは、それが当たり前とされる環境にいた者だけだ。あれだけ自然や森を大切にしていながらも、半馬人族には植林や植樹という概念がない。植樹の方法を知らない訳ではないはずなので、恐らくそれはそれ自体が自然を冒涜する行為と考えているのかも知れない。


 だが、実際に木材を必要とする昆虫族にとっては伐採以外の方法はない。問題は伐り方と、その後の対処だ。半馬人族も森で木の実や植物を探すこともあれば、木を伐ることもある。ただし、決して森を傷付けるほどのことはしない。木は大きくなるまでにかなりの時間を要する。闇雲な伐採は控え、必要に応じて伐り出した分だけ、新たに木を植えれば良いのだ。


 植樹の概念を持ち合わせていないのは、半馬人族だけでなく昆虫族も同様だった。そのことは”森に木を植えるだと? 馬鹿げたことを!”と声を荒げるゴルドンの言葉でもわかる。


 採るだけでなく自ら植える。そんな簡単なことをこれまで考えたこともなかった彼らにとって、その言葉は2流ペテン師の戯言のようでもあり、天啓にも似た強烈な衝撃を与えるものでもあった。


 「森にはあれほど木が生えているではないか! どうしてそれを伐り出してはいけないのだ!?」

 「ゴルドン、少し黙っててはもらえまいか。話が前に進まぬ────」

 「お、御白頭様……」


 御白頭様に黙れと言われてはゴルドンも立つ瀬がない。項垂れるように身を小さくすると、悔しそうに牙を打ち鳴らしながら事の成り行きを見守った。


 「シン殿と申したか?」

 「はい」


 台座が小さく軋むと同時に、垂れ下がる簾の間から細い緑色の指先が覘く。


 「お、御白頭様、何を!?」


 つい今しがた黙れと言われたばかりのゴルドンが、驚きのあまり声を上げて台座の前に立ちはだかる。


 「皆の者、目を閉じて顔を伏せよ! 御白頭様のお姿を直接目にしてはならぬ!」

 「ゴルドン────」

 「おい、半馬人族の使者よ。お前もだ! 目を閉じてひれ伏せ!」

 「落ち着けゴルドン。もう良い。今更、皆に妾の姿を見られたところで失うものなどない────」


 簾の間からフードを目深に被り、顔の前を薄い布で覆った御白頭様が静かに姿を現した。昆虫族の女性を助けようとしていたときに見掛けたフード姿の子供だ。


 「な、なりませんぞ! 御白頭様は由緒ある御白頭の血を引く只1人のお方。そのお姿を下賤の者の目に晒すなど……」

 「皆の者、面を上げよ。妾こそは昆虫族の中で最も歴史ある、御白頭家の正当な血族にして7代目当主────」


 細い指先が顔を覆う薄い布に掛かったと思うと、御白頭様はそれを乱暴に剥ぎ取る。


 「────そして、死地に追いやられる一族を助け出すことも出来ぬ無能な甲斐性無だ」


 その言葉と共に反す手でフードを下ろすと、御白頭様の姿が薄暗い部屋の中で露わとなる。そこに現れたのは、深緑色から黒緑色の肌を常とする、一般的な昆虫族の外見とは著しく異なるもの。透明度の高い乳白色の肌に、僅かに黄緑色の血管が浮かび上がった、まさに異形とも言うべき姿だった。


 薄暗い部屋の中に、微かに悲鳴にも似たざわめきが響く。


 「見てはならぬぅ! 目を閉じて地に伏せよぉ!」

 

 鬼気迫るゴルドンの声が室内に響き渡る。無論、言われずとも誰1人として、御白頭様の姿を直視する者などいない。只1人を除いて。


 「うわぁ……御白頭様って、肌が白いからかぁ……いやぁ、そこまで白いと神秘的ダヨ」

 「き、貴様!? 何故、目を閉じぬ! 見てはならぬ!」

 「何で見たらダメなんダヨ?」 


 今にも飛び掛かりそうな勢いでゴルドンがシンを罵倒するが、シンは笑顔を浮かべて御白頭様を眺める。シンの言葉に他の昆虫族たちも好奇心をそそられはするが、流石に顔を上げる勇気はない。


 「こんなに綺麗なんだから皆に見せてやったら良いダヨ?」


 その言葉に唖然としたのは他でもない御白頭様自身だ。その姿は御白頭の家に受け継がれる特殊な遺伝によるものだ。その要素を強く持って生まれた者が、次代の当主となるように定められていた。だが、当代の御白頭様の姿はこれまでの歴代の当主と違い過ぎた。


 幼い頃から人前で素顔を晒すことを禁じられてきた。それはきっと人と極端に違うこの不気味な姿のせいなのだ、そんな姿に生まれた自分のせいなのだと、いつも心のどこかで卑下してきた。それを明け透けに目の前の人間族ヒューマンは笑顔で”綺麗”などと口にする。


 面白い男だ。争いの最中に相手の命を救い、森に木を植えろと言う────。


 御白頭様はシンたちが仲間を救おうとするのを覗き見ていた。ゴルドンは知らないが奥の部屋には御白頭様が出入りできる程度の小さな抜け穴があるのだ。シンは森に木を植えることが、半馬人族と昆虫族が仲良く暮らす鍵になると言った。鍵は常に自らの手の中にあった。ただ、その事に気付いていなかっただけだ。


 「良いだろう、シン殿。木を植えようではないか」

 「おぉ! ありがとうダヨ。御白頭様!」

 「お、御白頭様……しかし……」


 そこまで言ってゴルドンは続く言葉を飲み込んだ。それは、この期に及んで自分たちに出来ることがあまりにも少なかったからだけではない。ゴルドンは先代の御白頭様より御白頭家に使える重鎮の1人だ。領土であった谷が戦火に巻き込まれ逃げ果せたときも、他の家臣たちが半馬人族の襲撃に怯え逃げ惑う中にあっても、決して御白頭様の元を離れることなく最後までお守りし続けた。そんな彼が長らく目にしたことのない、御白頭様の生き生きとした笑顔がゴルドンの目を奪い言葉を詰まらせたのだ。


 「済まぬがシン殿、どのようにしたら良いのか皆にも教えてやってはくれまいか」

 「わかったダヨ。皆で一緒にやるダヨ!」


 こうしてシンと昆虫族の、森の復旧活動が始まった。


読んでくれてありがとうございます。



※用語※

・ゴルドン

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