表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
42/66

42. 暴発

随分と会話が多くなっちゃいました……

 「あのぉ……ちょっと良いですか?」


 木製の槍を手にした見張り役の昆虫族バグズの背中がビクリと跳ね上がる。


 「な、何だお前!? お前、人間族ヒューマンか? 脅かすんじゃねえよ……てっきり半馬人族ケンタウロスかと思ったぜ」


 シンが人間族なのを知ると、見張り役の昆虫族ホッとしたように胸を撫で下ろす。


 「何でそんなに驚いてるダヨ?」

 「何でもねえ。ところでお前、何か用か?」

 「オイラ、お届け物に来たダヨ」

 「届け物? 何も持ってねえじゃねえか?」

 「手紙ダヨ」


 そう言ってシンは、懐から半馬人族の村長から預かった手紙を取り出した。


 「アンタらの中で1番偉いのは誰だ? その人に渡さないといけないダヨ」

 「1番偉い人だと?」


 そう呟くと見張り役の昆虫族は考え込む。自分はまだこの地へ越して来たばかりで、誰が1番偉いのかなど知りもしない。取り敢えず自分にとっては、見張り役のリーダーが最も偉い人だ。


 「わかった。呼んで来てやるからそこを動くなよ」


 そう言い残し見張り役の昆虫族は、建物の向こうへ行ってしまった。


 ふと見ると防護柵の間に作られた通路の扉が少しだけ空いている。きっと先程の見張り役が鍵を掛け忘れたのだろう。せっかく”リーダー”を呼びに行ってくれているのだから、代わりに鍵を掛けておいてやろう。そう考えたシンは何とか鍵を掛けようとするが、外側からでは手が届かない。仕方ないので一旦中に入って鍵を掛けて、防護柵を乗り越えて戻って来てやるか。


 シンは扉を開けて中に入って鍵を掛けた。そして防護柵を乗り越えようと手を掛けようとしたときに閃いた。自分がリーダーの所に出向いたほうが、手間が省けて喜ばれるのではないかと。そのまま建物の方へ進もうとしたとき、背後から潜めた声で呼び止められる。


 『おい、シン。何をしてるんだ!』

 「あ、エゼルさん」

 『”あ、エゼルさん”じゃない! いったい何をしてるんだ!?』

 「あぁ。オイラこの手紙を”リーダー”って人に渡しに────」

 『何を馬鹿なことを! お前、自分が何をしてるのか分かっているのか!?』


 見兼ねたアシヌまで茂みから姿を現し駆け寄って来た。


 『ちょっと何をしてるの? 見付かったら大変よ?』

 「あ、アシヌさんまで。茂みから出てきちゃったらいけないダヨ」

 『そんなことを言ってる場合か!? シン、お前、昆虫族の集落へ勝手に侵入してるんだぞ!?』

 「侵入なんてしてないダヨ。オイラただ手紙を────」

 『しっ! 誰か来るわ。隠れて!』


 エゼルとアシヌはすぐに茂みに身を隠した。シンもどこかへ隠れようとしたがちょうど良い隠れ場所が見付からない。そのときシンの脳裏の名案が浮かんだ。確かアシヌに教わった魔法の中に身を隠すものがあった。まだ一度も成功したことはないが、試してみるなら今しかない。目を閉じて深く息を吐く。


 「北方より吹く風 我が声を 高らかに伝えよ──── 『角笛ホーン』」


 次の瞬間に野太い重低音が昆虫族の集落に響き渡る。これには茂みに隠れるエゼルとアシヌは勿論、昆虫族たちも度肝を抜かれた。そして、誰よりも驚いたのは呪文を唱えたシン自身だ。


 「な、何だ今の音は!? まさか半馬人族か!?」

 「半馬人族が攻めて来たのか!」

 「大変だ、半馬人族の襲撃だぁ!」

 「敵襲ぅーだぁー!」


 慌てた何者かが建築中の建物から転げ落ち、その音を近くの者が襲撃が始まったと勘違いして悲鳴を上げた。その悲鳴を聞いた者が走って逃げ去るのを見て、周りの者たちも慌てて逃げ惑う。昆虫族の集落はあっと言う間に混乱状態となっていた。


 「ま、まずいダヨ……これどうするダヨ……」


 完全な暴発だった。姿を隠そうと魔法を使ったはずが、予期せず大音量の角笛が鳴り響いてしまったのだから。


 混乱した昆虫族たちは、森から遠い場所に位置する防護柵に設置された扉をこじ開けて我先にと逃げ出す。こうなっては幾人かが”武器を手にして戦え!”と叫んだところで聞く耳を持つ者はいない。力ずくで逃亡を阻止しようとした者の中には、逆に逃げ惑う者たちに押し潰されて大怪我を負う者まで出る始末だ。


 結局、その場に残された昆虫族は1割にも満たなかった。しかも、その多くは見張り役の武装した昆虫族などではない。当初この地へ避難して来た際に半馬人族に食料を恵んでもらった者たちと、そのことを知り半馬人族との和解を密かに願う者たちだ。


 村長から預かったこの手紙を然るべき立場の者に手渡さなければ。シンは1人、使者としての責任を果たすために、廃墟のごとく静まり返った集落を彷徨う。


 「う、うぅぅ……」


 その時、建設中の大きな建物の陰から物音がした。恐る恐るシンが覗いて見ると崩れた材木の下敷きになった昆虫族の女性が倒れていた。


 「大丈夫か!? しっかりするダヨ!」

 「あ、足が……」


 昆虫族の女性は痛みを堪えながら悲痛な声を上げる。シンは女性の腿の辺りに積み重なるように倒れた木材を、1本ずつ慎重に取り除いていった。だが、どうしても1本だけ太く大きな木材が、重過ぎて退けることが出来ない。


 「何をしてる!」


 突然、背後から聞こえた声にシンは慌てて振り返る。


 「エゼルさん!? アシヌさんも!? 出て来ちゃいけないダヨ」

 「あんなどデカい音を鳴らしておいてよく言うよ……}

 「いや、アレは違うだよ。隠れようとしたら何故か────」

 「シン、どうして”角笛ホーン”を!?」


 魔法の師匠であるアシヌに言い訳は出来ない。シンが項垂れながら謝ろうとすると彼女が言葉を続けた。


 「凄いわ! 杖も無しで……貴方もしかすると魔法の才能があるのかも知れない!」


 失敗をどやされると気が気じゃなかったシンは、思いがけずアシヌに褒められて暫くキョトンとした後に、ホクホク顔になった。


 「お、おい、昆虫族が木材の下敷きになってるぞ!」


 エゼルが驚きで目を見開いて言うと、それを見たアシヌも”大変だわ”とすぐに駆け寄った。


 「そ、そうなんダヨ。助けなきゃだけど大きな木材が重くて動かせないダヨ」


 シンの言葉を聞いたエゼルは、すぐに近くにあった木材を倒れた女性の近くの隙間に差し込んだ。


 「よし、向こうの端をオレとシンで持ち上げるから、アシヌは隙間にその木材を差し込んで、ちょうど良いところで彼女を引き出してくれ!」

 「分かったわ」


 エゼルとシンは掛け声を合わせ、一斉に木材を持ち上げようと力を込める。ビクともしない。本来であれば重機を必要とするほどの大きな木材だ。それでもエゼルとシンは諦めずに声を張り上げ力を込める。


 何度目かで木材を持ち上げようとしているとき、建物の陰に気配を感じた。目深にフードを被った子供だ。恐らくは逃げ遅れたか、親と一緒に集落に留まった昆虫族の子供なのだろう。だが、視線が合うとフード姿の子供は踵を返し駆け出した。


 「まずいな。きっと仲間を呼びに行ったんだ……」


 エゼルの呟きはすぐに現実のものとなった。フード姿の子供が去ると間もなく5人の昆虫族の若者が姿を現した。戦闘を覚悟しエゼルが傍らに置いた大槍に片手を伸ばそうとすると、昆虫族の若者たちは一斉に大きな木材の下に潜り込んで、全身を使って木材を持ち上げようとする。だが、タイミングがバラバラなせいか持ち上がらない。


 「皆、力を合わせて同時に持ち上げるダヨ!」


 そう言うとシンは掛け声を掛けた。

 すぐに掛け声は皆の声が合わさって大きな声となる。


 「イチ、ニノ、サァーン!」


 大きな木材が浮かんだ隙に、アシヌが昆虫族の女性を引きずり出した。重い木材がドスンッと地鳴りのような音を立てて地面に落ちる。


 「やったぁ! やったダヨー!」


 シンが一緒に力を合わせた昆虫族の若者たちの手を取って、喜びの声を上げているうちに、アシヌは昆虫族の女性の足の状態を診る。外傷はさほどでもないが内出血が酷い。かなり痛みが強いらしく、少し動かしただけで苦痛に耐えるように声を漏らす。


 すぐにアシヌは患部に”治癒魔法キュア”を施した。アシヌの手から放たれる優しい黄緑色の光に包まれると、酷く傷付き青緑色の血が滲んだ箇所が少しずつ治っていく。それを目にした若者たちから”おぉ!”と感嘆の声が上がった。魔法を目にしたのは初めてではないようだが、どうやら彼らの集落には魔法を使う者がいないらしい。


 傷が癒されていくにつれて、呻き声を上げて苦しそうにしていた昆虫族の女性の表情も、少しずつ穏やかになっていった。


 「取り敢えずはこれで出血は止まったはずよ。でも、かなり酷い怪我だったから暫くは無理をしない方が良いわ」


 腰に下げた鞄から取り出した軟膏を患部に塗りながらアシヌが言う。


 「お陰で助かりました。ありがとうございます」


 昆虫族の女性は立ち上がって深々と何度も頭を下げる。アシヌが”困ったときはお互い様よ”と微笑み掛けると、女性はもう一度深く頭を下げて、仲間の手を借りて建物の向こうへと姿を消した。

 「あ、ありがとうよ……お陰で助かった」


 シンたちと一緒に残った若者の1人が、バツが悪そうに口にする。


 「よかったダヨ」


 そう言ってシンが人懐っこい笑みを浮かべると、若者たちもそれに釣られて微笑んだ。温かい雰囲気が場に漂い争いの空気が自然に消えていく。その時、突然シンが素っ頓狂な声を上げる。


 「あぁ!」 

 「ど、どうしたってんだ?」

 「オイラ、忘れてたダヨ!」

 「何か忘れ物か?」


 若者たち口々に問い掛ける。

 シンは懐から一通の手紙を取り出した。


 「この手紙をアンタらのリーダーに渡さなくちゃいけないダヨ……」

 「いったい誰からの手紙なんだ?」

 「半馬人族の村長さんからの手紙ダヨ」


 シンの言葉を聞いた若者たちの表情が凍り付く。最早、この集落には1割程度の昆虫族しか残っていない。ここで半馬人族に攻め込まれれば、彼らの命運は一瞬で尽きる。


 「アンタら半馬人族が憎いのか?」

 「い、いや! そんなことはない……ないんだが……」


 あまりにも唐突で真っ直ぐな問い掛けに、若者たちは否定しながらも、エゼルとアシヌの顔を見て言葉を濁す。


 「じゃあ、争いが好きなのか?」

 「いいや。それは違う。オレたちは争いなんかしたくない。なぁ?」

 「ああ。誰も争いなんか好きじゃないさ」


 続くその問い掛けに昆虫族の若者たちは口々にきっぱりと答えた。それを聞いてシンは笑みを浮かべた。


 「良かったダヨ。それならオイラに良いアイディアがあるダヨ。誰も争わずに、困らずに済むダヨ!」

 「ほ、本当か? オレたちは助かるのか?」

 「そうダヨ。半馬人族の皆も争いなんかしたくないダヨ。なぁ、エゼルさん?」

 「ああ。オレたちも争いは望んでいない。ただ、森が荒らされるのを黙って見ていることが出来ないだけだ」

 エゼルが真剣な眼差しでそう口にする。それを耳にした昆虫族の若者たちがお互いの顔を見合わせた。


 「わかった。”御白頭おはくとう様”の元へ案内しよう」


 若者の1人が決心したようにそう言うと、シンたちを1番端の大きな建物へと案内した。


読んでくれてありがとうございます。



※用語※

角笛ホーン

御白頭おはくとう

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ