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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
37/66

37. 段取り上手

蜂蜜って採れる植物によって味がすごく違うんですよね♪



 予想に反してボトムは10分足らずで、店でお茶を啜る3人の元へと戻って来た。だが、その手には食料どころか塩の袋すら見当たらない。忘れ物でも取りに来たのかと思っていたら、ボトムはそのまま何食わぬ顔でクロたちと一緒の席に着いた。


 「どうだ? 早かっただろ?」

 「はい。たしかに────」


 クロのその言葉を聞くと、ボトムは満足気な表情で懐から小さなパイプを取り出し、そこへ別の包から取り出した乾燥した草を詰め火を灯す。酔いしれるようにゆっくりと煙を吸い込むと、吸った以上に深く長い息を吐き出した。


 「それで、注文の品はどうなったんだ?」

 

 痺れを切らしたバンガルが問い掛ける。だが、ボトムはまったく取り乱す様子もなく再び煙をくゆらせる。


 「注文の内容が拙かったんですかねぇ……」


 ラケルドが視線を泳がせたまま、ボトムに問い掛けるともなく呟く。


 「なあ、お前さんロックヒル・ブルワリーに行ったことはあるかい?」


 ボトムは隣で心配そうに見つめるラケルドのことなど気にも留めない様子で話す。


 「いえ────」

 「あそこは良いぜ。この世の理想郷さ」


 クロの答えに被せるようにボトムは続ける。


 「あそこで造られる蜂蜜酒を飲んだら余所のは飲めねえ。まったくの別物さ」

 「そうですか。特別な造り方をしてるんですかね?」

 「ああ。ところが肝心の作業は誰も見たことがないのさ────」


 そう言ってボトムが吐き出した白い煙は、蛇行しながらゆっくりと天井に向かって上り、やがて薄くなって消えていく。クロは何も言わずにジッとボトムを見詰める。


 何度かそんなことを繰り返すとボトムはパイプの火を消し、ポケットから懐中時計のようなものを取り出して”そろそろか────”と言って席を立った。そして、店の戸口へと向かいドアの横の小窓から何かを確認する。


 「さあ、約束の15分だ。品物を確認してくれ」


 そう言って店の扉を開けると、クロたちが乗って来た馬車に、2つの木の箱が既に積み込まれてあった。ボトムはちょうど積み込み作業を終えて引き上げる者たちに、礼を言いながら手を振っている。


 ボトムは”足りない物があれば言ってくれ”と笑みを浮かべてクロに荷物を確認するように促す。1つ目の木箱には、袋に入った塩1キロと小さな瓶に入った胡椒、食料は大きな袋に入った麦に似た穀物と豆、干し肉と芋がたくさん。それと、油の入った壺が1つ。2つ目の木箱には鉄製の大き目の鍋と小さめの鍋が1つずつ、マグカップ、木製のおたまと、皿とスプーンが2つずつ入っていた。


 「どうだい? 早かっただろ?」

 「はい。驚きました」


 クロのその言葉に気分を良くしたボトムは”伊達に段取り名人と呼ばれちゃいねぇぜ”と腕組みをして満面の笑みを浮かべる。


 「他に必要なものはあるかい?」

 「茶葉とかもこの市場で売られてますか? さっき頂いたお茶も美味しかったです」

 「ああ。それならウチでも取り扱いしてるよ。お前さんたちが飲んだのもウチの茶葉さ。隠し味に香辛料が少し入ってるんだ」


 店の中を指さしながらボトムが言う。


 「美味しかったです。あれも少しもらえますか?」

 「わかった。他には?」


 本来なら生活に必要な物はたくさんあるのだが、暫くサバイバル生活を続けていたクロには、目の前に揃った物だけでも十分に有難く思考が追い付いていなかった。


 「あ、そう言えば砂糖もあったほうが良いかな。ときどき無性に甘いものが欲しくなることがあるし……」

 「砂糖? それは粉砂糖のことかい?」


 どうやらここでは粉砂糖と呼ぶらしい。クロが”はい”と答えると、ボトムの表情が一気に曇る。すぐにラケルドが心配そうな表情を浮かべてクロに近付いた。


 「あの……クロさん、その粉砂糖って何に使うつもりですか?」

 「何って、料理とかにだけど?」

 「それだったら”糖蜜”の方が良いですよ」


 ラケルドが”やっぱり”と何か思い当たる様な表情で助言する。糖蜜とは”糖花”と呼ばれる花から集めた甘い蜜で、人間界で言うところの蜂蜜のような物のようだ。ちなみにボトムがこよなく愛するロックヒル・ブルワリーの蜂蜜酒は、人間界のように蜜蜂が集める蜂蜜から造っているのかと思いきや、蜜食蜂ハニーイーターと呼ばれる蜜を好んで食す魔物が、体内で生成する”飴”のようなものを原料に造られたものらしい。魔物から造られた酒なんか販売して良いのだろうか。


 いずれにしろ、この辺りでは粉砂糖はかなりの貴重品らしく、買い求めるのは王族や高位の貴族くらいのものなのだとラケルドが耳打ちしてくれた。ボトムの怪訝そうな表情の意味を理解したクロが”すみません。よく知らなくて────”と頭を下げると、すかさずラケルドが”彼は遠い国から来た客人なんです”とフォローした。


 ただボトム自身はクロたちが心配したように気を悪くした訳ではなく、自称”段取り名人”の自分への挑戦と受け止めたらしく、どうやって格安の粉砂糖を短時間で手に入れるかを思案していたらしい。


 「糖蜜なら通りの少し先のポロンの店が良い。1瓶で足りるかい? これくらいの瓶だが?」


 そう言ってボトムが手で瓶の大きさを示す。


 「ちなみに1瓶でいくらくらいするものでしょうか?」

 「たしか青銅貨2枚くらいだったかな」


 けっこうな量の割にたったの青銅貨2枚。人間界で同量の国産蜂蜜を買えば、間違いなく5千円では足りないはずだ。糖蜜は他の食品に比べると幾らか割高なようだが、それでも中国産蜂蜜の数割程度の価格だ。砂糖のような例外もあるようではあるが、やはりこの世界は食料品の価格が人間界に比べて格段に安いらしい。


 「では、2つお願いします」


 クロがそう言うのを聞くや否や、ボトムは”店の中で茶でも選んでてくれ”と言い残しポロンの店へ糖蜜を注文しに駆け出した。


 選んでおけと言われても、茶葉がどこに置かれているのかも分からないのに。クロたちが呆気に取られていると、そこへ現れた獣人族の娘が3人を不思議そうに眺めた。帽子から溢れ出て垂れ下がった長い耳が特徴的だ。


 「何かお探しでしたか? あれ? ボトムさんは店に居ないんですか?」


 彼女はボトムの店の店員で、彼の言っていた”使いの者”らしい。ちょうど「頼まれた配達を終えて帰ったきたところだったようだ。クロが事情を説明すると、何度も”申し訳ありません”と謝りながら3人を店内へと案内し、”もう、ボトムさんたら”と漏らしつつ

棚から幾つかお勧めの茶葉の入った籠を取り出した。


 「こちらが飲んでいただいたお茶の茶葉です。爽やかな香りが特徴で食後にお勧めです」


 そう言って籠の蓋を開けるとふんわりと、先程のお茶と同じ爽やかな香りが鼻先を擽る。茶葉というよりは、乾燥した樹皮の削りカスの様な見た目をしている。

 

 「こちらはまったく違うタイプの茶葉で、コクのある香ばしい香りと、僅かに残る柔らかな苦みが特徴です」


 彼女の差し出した籠に顔を近付けると、ほうじ茶のような香ばしさに混じってやや青臭い特徴的な香りがする。茶色に近い緑色の茶葉は、どこか日本茶を思わせる見た目だ。


 「最後はまた少し違ったタイプお茶です。このお茶は上品な香りがとても特徴的です」


 その言葉通り差し出された籠からは仄かに花の様な香りが漂う。茶葉と言うよりは花弁を乾燥させたかのような見た目のお茶だが、彼女の説明では”ジェルバンナ”という植物の新葉だけを集めて乾燥させたものなのだそうだ。


 人間界では毎日欠かさずコーヒーを口にしていたクロだが、こちらに来てからというものそれらしきものを目にしたことがない。初めこそそのことを嘆きはしたが、サバイバル生活を経て食生活は一変し、更にこうして色々な種類の茶を目にすることで、茶も悪くないと思い始めていた。


 「3種類を少しずつもらえますか?」

 「はい。では500グラムずつでいかがでしょう」

 「それでお願いします」


 3種類全てを買う気はなかったのだが、彼女の熱心な説明を聞いているうちに飲み比べをしてみたいという気になり、勢いで注文してしまった。


 「ちょうど青銅貨1枚になりますが、よろしいでしょうか?」


 クロは快く返事をする。人間界でお茶を購入すれば幾らくらいするのだろう。会社ではいつもコーヒーばかり飲んでいたが、そのコーヒーすら自分で購入していなかったので正確な値段がわからない。それなりにこだわったコーヒー豆らしかったが、千円で釣りがくると事務員のナムが言っていたのを記憶している。それに比べればあまりにも安い気がするが、そもそもコーヒー豆と茶葉では価格がそれほど違うものなのだろうか。


 「はぁ、はぁ……おう、待たせたな。糖蜜2つ積み込み完了だ! お代は思った通り青銅貨2枚だ!」


 そんな事を考えていると、ボトムが息を切らして店へ入って来た。どうやらポロンと一緒に1瓶ずつ運んできて、そのまま積み込みまでしてくれたらしい。


 「ちょっとボトムさん、お客さんとお店ほっぽり出してどこに行ってたんですか!?」

 「そちらの客人にポロンの店の糖蜜を段取りしてやってたのさ。早かっただろ?」


 ボトムは悪びれる風もなく”何たって仕事は段取りよ”と自慢げに腕組みをする。


 「もう、ボトムさんのは段取りじゃなくて、せっかちなだけですよ……」


 獣人族の娘がぼやくがボトムの耳には届いていない様子だ。きっといつもこの調子なのだろうなどと考えながら、クロは茶葉と糖蜜の代金と、それとは別に用意してもらった、食料や料理器具一式の代金の小判銀貨2枚と銅貨1枚を支払った。あれだけ用意して本当に見合った金額なのかは判らないが、ボトムが大丈夫だと言うのでその言葉に甘えることにする。2人に礼を言って一行は香辛料屋スパイシーボトムを後にした。


 残る買物は罠の材料と移動用の馬だ。罠に関してはちょっと考えがあるのだが、その前にシンを少しでも早めに奴隷商から解放してやりたい。クロたちは奴隷商チョメスの屋敷を目指した。




 奴隷商の屋敷が立ち並ぶエリアまでは、あまり治安が良いとは言えないらしい。大金を持ったまま移動するのが気が気ではないらしく、ラケルドが頻繁に背後をキョロキョロと見回し怪しい人影がないかと気にしていた。はたから見るとラケルドの方が怪しいどう見ても怪しいのだが、可愛そうなのでクロは好きにさせておくことにした。


 結局そのまま何も起こらずに、建ち並ぶ奴隷商の屋敷の向こうに、チョメスの屋敷の特徴的な屋根が見えて来た。


読んでくれてありがとうございます。


感想、評価いただいた皆さん、ありがとうございます!

気付かずに返信遅れました。すみません(汗)



※用語※

・糖蜜(糖花)

・ポロン

・ジェルバンナ

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