30. 再会
気が付けば30話目。
ダラダラと垂れ流してしまった…
クロは小判金貨5枚と大判銀貨1枚と引き換えに火竜槍を2本と火竜の喉仏を2つ手にした。簡単に布に包まれただけの火竜槍に比べて、強い衝撃で表面の殻が割れることで火柱を上げる火竜の喉仏は厳重な包装がなされた。輸送中に馬車が炎に包まれては大変なので有難い。
工房から鉄を打つ音が聞こえてくる。ベルタは帰り際に突然”新しいアイディアが浮かんだ!”と言い出すと、クロたちを見送りもせずに鍛冶仕事に専念してしまった。
「あの馬鹿たれが、見送りにも出て来ないで本当に申し訳ない……」
「いえ。ベルタさんのあの熱心さが、新しい作品を生み出す原動力なんだと思います」
「旦那、アイツの作った駄作を評価してくれたのはアンタが初めてだ。あんな嬉しそうな顔は久しぶりに見た。ありがとうな」
「礼には及びません。彼女の発想は本当に独創的で素晴らしいです。それに意外と本当に5年後には名うての鍛冶職人になってるかも知れませんから、今から面識を持っておくのは”お得”かも知れませんしね」
クロの言葉にヴィルヘムは”そんなの有り得ねぇ”と首を振って苦笑いする。
「ところで、この後はどちらへ?」
ヴィルヘムの問い掛けをクロはそのまま振るように”どこだっけ?”とラケルドに視線を向ける。
「そうですね。もし装備品がこでれ十分なのであれば、罠の材料と調理器具と調味料ですから、先に食料品市場を通ってから調理器具でも見に行きましょうか?」
「ああ。そうしよう」
「おお! それなら、ちょっと待ってくだせぇ」
そう言うとヴィルヘムは店の中へ戻り、何かを走り書きした紙の切れ端と1本の酒瓶をクロに手渡した。
「食料品市場を通るならボトムってヤツの香辛料店に顔を出してみるといい。あの一帯の香辛料店を仕切る元締めさ。場所はその紙に書いておいた」
クロは受け取った紙切れを見てバンガルに手渡した。
「そいつに会ったらその酒瓶を渡して”ヴィルヘムの紹介だ”と伝えれば、大概の事は面倒みてくれるはずだ」
手渡された深緑色の瓶に入っているのは蜂蜜酒らしい。
ボトムという男の大好物だそうだ。
クロたちは改めてヴィルヘムに礼を言い食料品市場へと馬車を走らせた。途中でラケルドが派手な格好の売り子に声を掛けて、3人分の果実水を買っている最中に、腕と足を鎖に繋がれた者たちを従えた大きな馬車とすれ違った。馬車の後部には後ろ向きの座席が取り付けられており、ぞろぞろと歩いてその後ろに続く者たちに”さっさと歩け!”と怒号を浴びせる人相の悪い監視役が腰を掛けている。
「あれは────」
「奴隷の移送馬車さ。奴隷商人へ奴隷たちを引き渡しに行くところだろう」
列を成す奴隷たちはボロボロの衣服を纏い、手足にはに擦過傷が目立ち、髪はボサボサで瞳からは生気が失われていた。
その存在は街へ入る前に聞いてはいたが、実際に目にすると衝撃の度合いがまったく違う。バンガルの言葉を聞かずとも、その答えを安易に予想できる光景と言えた。
「ずいぶん多いな。ひょっとすると近いうちに奴隷市でもあるのかも知れないな」
「奴隷市? そこで奴隷を売買するのか?」
バンガルの言う”奴隷市”という言葉に、険しい表情を浮かべながらクロが問い掛ける。
「いや、正確には奴隷市で行われるのは奴隷の競売だ。市では買取は行っていない。買取の場合は奴隷商へ持ち込むのが普通だな」
奴隷たちの中には少年や少女の姿も見える。この世界の者からすればそれは見慣れた光景なのだろう。バンガルがまるで中古車の買い方でも説明するかのような軽い口調で説明する。更にバンガルの説明によれば今すれ違ったのは、いわゆる下級奴隷と呼ばれる者たちらしい。
「どうして下級奴隷だと分かるんだ?」
「だってそりゃ身なりを見りゃ分かるだろ。それに上級奴隷があんな風に鎖に繋がれて歩くなんて有り得ないからな」
バンガルが肩を竦めて当然のことのように答えるが、そもそも奴隷を初めて見るクロには、それがどれほどの違いなのか見当もつかない。ひょっとすると上級奴隷というのは、多少扱いの悪い”使用人”のようなものなのだろうかと想像してみる。
「さて、そろそろ出発するか────」
そう言ってバンガルが手綱を握った矢先。クロの視界に予想外のものが飛び込んできた。2列になって歩く奴隷たちの、奥側の最後尾のから2人目。痩せぎすで長身の浅黒い肌の男。
「あれ? シン?」
自問するように呟いたクロの声は街の喧騒にかき消され、奴隷たちを率いた馬車は少しずつクロたちから離れていく。そんなはずはない。シンがこんな場所でしかも奴隷になっているなど有り得ない。だとすればさっきのは赤の他人だったのか。咄嗟に馬車を飛び降りたクロは奴隷の列に駆け寄った。
「シン! おい、シン!」
呆けたような表情のまま振り返った痩せぎすの男の顔は、薄汚れて瞳が深く落ち窪み、髪も髭もぼうぼうだった。
「シン、オレだ! 黒田だ」
クロの言葉を聞いた痩せぎすの奴隷は、口を僅かに開いたまま小首を傾げる。
「カッチャルバル商会の黒田だ! 忘れたのか、シン!」
痩せぎすの奴隷は相変わらず口を開けたままだったが、その瞳には少しずつ生気が宿るのが見て取れた。
「こらぁ! 後から2番目のお前! 何をしてやがる、さっさと歩きやがれ!」
列を乱した痩せぎすの奴隷に向けて監視役の怒号が飛ぶ。
「シン、お前いったいどうして奴隷なんかに────」
「ア、アニキ?」
「社長って呼べっていってるだろ」
そう言ってクロが笑みを浮かべる。”アニキィ!”その短いやり取りに何かを確信したように、シンは今にも泣きだしそうな顔で叫んだ。
社内では社長と呼べと何度注意しても、咄嗟のときになるとシンはいつもクロのことを”アニキ”と呼ぶ癖があった。カッチャルバル商会を起こす前からの兄弟分であるシンにとって、クロは社長である前にいつまでも信頼の置ける”アニキ”なのだろう。
「アニキこそなんでそんな化物にナッタヨ……」
「おい! そこの豚面人種! 勝手に奴隷に話し掛けるな! 買う気があるなら後で奴隷商のチョメスを訪ねるんだな!」
馬車から降りて来た別の監視員がシンからクロを引き離す。この場でこいつらを斬り捨ててシンを助け出すか。一瞬そんな考えがクロの脳裏を過るが、往来のど真ん中で人を斬るにはあまりにも無謀過ぎる。下手をすれば自分だけでなく、ラケルドたちまで巻き込むことになってしまう。
「シン、必ず助けてやるから待ってろ」
そう小声で伝えるとクロは俯きながら引き返す。
心配したラケルドがすぐ傍まで駆け付けた。
「クロさん、あの人間族の奴隷は……まさか、お知り合いですか?」
「ああ。オレの家族同様の男だ。どうして奴隷なんかに……」
バンガルが2人の傍に馬車を寄せる。
「どうした? 何か問題か?」
「クロさんのお知り合いが奴隷商の手に……」
「助けるんだろ? だったら取り敢えず行ってみないようぜ。奴隷商の所へよぉ!」
バンガルが当然のことのようにクロに問い掛ける。そうだ。助けに行こう。クロとラケルドが馬車に飛び乗ると、バンガルは進路を奴隷商の集まる街の東側へと変更した。
大通りを横切りひたすら東へと進む。次第に通りには宿場街の様相を呈し、同時に酒場の数も増えてきた。 ”こんな時に何ですけど”と控えめに前置きしながらも、ラケルドが馬車から見える街並みを説明する。
街の中央部に見える高い塔は庁舎らしい。下部が2階建ての建物になっており、街役人と衛兵の待機場所となっているらしい。塔の上層には街と収めるラインバルトⅢ世とその家族が暮らし、中層部には彼を支える枢密院と衛兵長たちの部屋があるらしい。差し詰め役所と警察署を一緒にしたような街の最重要施設だ。
そのすぐ横に見える3階建ての巨大な建物は闘技場らしい。闘技場はラインバルト唯一の公営遊技場で、そこで行われる闘技試合は街民の最大の楽しみに1つである。開催日以外は野外演劇や集会場として使われているらしい。
街中はしっかりと区画整理され、同種の職業がある程度密集して建ち並ぶのが特徴的だ。建物の高さは平屋建てが多く、高くても2階建てまでがほとんどだ。街の規模として見ればヨーロッパにある人口がそこそこの田園都市と言ったところだろうか。たぶん荒川区より広いと思う。
更に進むと今度は宿屋の雰囲気が変わってくる。時折、2階のベランダから宿泊客らしき女性が、手を振って微笑みかけてくるのが見える。
「娼館さ。寄り道したいところだが、今は奴隷商が先だな」
バンガルが悪そうな笑みを浮かべながら呟く。こうして通りに面して堂々と営業しているということは、公に売春行為が認められていると言うことなのだろうか。クロはふと妄想する。やはり豚面人種は豚面人種の女を抱くのが普通なのだろうか。自分の姿を棚に上げては何だが、流石にそれは無理そうだと、クロは思い描いた光景をかき消すように頭を左右に振る。
暫くすると店頭に動物の姿が目立つようになる。檻に入れられた軍鶏や鼬に似た動物や、馬や牛、ヘラジカやダチョウによく似た大型の姿も目に付く。ペットショップのような場所かと思いきや、小型の動物はほとんどが食用として販売されているらしく、大型動物は農耕や馬車に用いる使役動物として販売されているらしい。店の隅に繋がれたやせ細った馬が、恨めしそうにクロたちを眺める。
「そろそろ奴隷商の屋敷が見えて来たぜ。さて、チョメスって奴隷商の屋敷はどれだろうな?」
そう言われてクロは進行方向に視線を向ける。中心街とは様式の異なる、ドーム状の屋根が特徴的な白亜の屋敷が幾つも見える。想像とは全く違った大きく綺麗な屋敷の数々にクロは目を疑った。通りで見掛けた移送馬車の監視役の様子からは、奴隷たちを労わる気持ちなど微塵も感じられなかった。まさかこんな立派な場所で雇われているとは。
馬車を停めてラケルドが、通りを歩く老人にチョメスの屋敷を訊ねる。老人はラケルドに如何わしい者でも見るかのような視線を向けると、無言のままドーム状の屋根の上に、絡み合う棘が描かれた旗がなびく一軒の屋敷を指さした。
ラケルドは一礼すると馬車に飛び乗り、奴隷商チョメスの屋敷を目指した。
いつも読んでくれてありがとうございます。
※用語※
・チョメス
・シン
・人間族