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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
28/66

28. 武器好き

お盆休み満喫されてますか?

 後で聞いてみるとそもそも亡くなった注文主も豚面人種オークで、クロによく似た体型だったことから、店の奥に仕舞いっぱなしになっていたこの鎧のことを思い出したらしい。それにもともと翼竜の皮を持ち込んだのもその豚面人種だっただけに、店頭に並べて売ってしまうのも気が引けて困っていたようだ。つまり材料費がただの不良在庫が片付いたブルクハットも助かったというわけだ。


 店にある鎧の大半はブルクハットが作ったいわゆる既製品だが、客の半分以上は誂え品を注文するらしい。寸法は勿論のこと素材や細部の作りにまでこだわることができ、そのため往々にして既製品として売られるものより価値が高い。それでも鎧に関しては圧倒的に誂える者が多いのだそうだ。


 革鎧では誂え品を選ぶ者は半数以上ほどだが、金属製の全身鎧などになると9割が誂え品を選ぶものなのだそうだ。恐らくは金属製の鎧のほうが、寸法の違いに対応し難いためだろう。ブルクハットの話では、そもそも金属製の防具のほとんどは兄の工房で作ったものを店に運んでいるらしく、注文を受けた場合もその工房で作るらしい。


 よく見ると革鎧の入っていた箱の中には、同じ翼竜ワイバーンの皮で作られた腰帯と革ベルトと余り革が入っていた。それも込みでの価格だと言って、ブルクハットは気前良くそれらと一緒に麝香兎ムスクラビットの脂の入った小瓶を布袋に詰めてクロに手渡した。麝香兎の脂は革製品の手入れに欠かせない品らしい。


 翼竜の皮は加工が難しく手間が掛かることから、最近では革鎧は勿論、革製品としてもあまり使われなくなっているらしい。ある意味、希少品と言えるのだろう。ブルクハットとしても自分の作品を大切に使って欲しいという思いがあるのだろう。


 クロはその後に小判金貨2枚のシンプルな鉄製の籠手ガントレットと、大判銀貨1枚の革製の肘当てと膝当てをそれぞれ購入し、鎧と合わせて穴隙金貨1枚におまけしてもらった。


 籠手はシンプルだが腕から甲までを覆う部分に鋼が使われており、クロとしては籠手と言うよりは小型の盾の役目を期待しての選択だった。籠手だけを革製ではなく敢えて鉄製にしたのはそのためだ。


 「面白い物を選ぶんだな」


 クロの選んだ籠手を見てブルクハットが興味深そうに言う。全身を重装備で固める者の戦い方は、往々にして大盾に身を隠し隙を見て槍で突くというものだ。そのため籠手自体にさほどの強度を求めることは少ない。クロの選んだ籠手は決して悪い物ではないが、全身鎧の一部として作られたものでもなく、単品としては無駄に強度の高い品とも言えた。前出のブルクハットの言葉はそれを指すものだ。


 選んだ籠手はクロの寸法に合わせるために微調整が必要だったが、10分と掛からずにブルクハットが仕上げてくれた。


 「クロさん、それ凄く似合ってますよ!」


 ラケルドが今買ったばかりの革鎧と、肘当てと膝当て、調整を済ませた籠手を着けたクロを褒めちぎる。確かにこれまでの浮浪者のような身なりとは比べようもないが、クロの強さに憧れるラケルドにとっては、どんな服装だろうと恰好良く見えるのだろう。それでも気に入った鎧を褒められるのは悪い気はしない。男が鎧姿を褒められるのは、女性がドレス姿を褒められるようなものなのだろうか。そんなことを思いながらブルクハットに礼を言って店を後にした。


 次にラケルドが案内したのは、ブルクハットの店のすぐ隣にある古着屋だ。先に店に入ったラケルドが小柄な若い男と一緒にクロたちを出迎える。


 「やあ、いらっしゃい」


 気さくな笑顔でクロとバンガルを迎えたのは小人族ホビットの店主だ。ラケルドとは顔見知りのようだ。店の中には一見して古着とわかるようなものから、どう見ても新品にしか見えない衣類が所狭しと積まれている。入ってすぐの場所にはシャツや上着が、その横にはズボン、奥の方には下着類が、店番台の周りには靴や手袋、その他の小物などが置かれている。


 古着屋と呼ばれてはいるが全てが古いものばかりではない。この世界では既製の新品衣類を一緒に取り扱うような店も”古着屋”と呼ばれるらしい。ちなみに上等な衣類を買い求める場合は仕立て屋を訪れるのが一般的で、仕立て屋にも王族や貴族を相手にするような店から、庶民を相手にする店まで幾つかのランクがあるそうだ。


 じつは今回の買い出しでクロが密かに確実に手に入れたいと考えていたのは、調味料と調理器具だった。いずれも戦闘には無関係な物だけに、本来の”装備品を揃える”という建前から最優先にすることを遠慮したのだ。


 その次に手に入れたいと考えていたのが衣類だ。ブルクハットの店で防具を購入する前のクロの服装は、ラケルドの家で借りたシャツに半ズボンだ。その上から羽織る外套に覆い隠されていることで違和感はないが、粗末な服装には変わりない。更にそれ以前には薄汚れたTシャツと破れたジーンズしか持っていなかった。人間界でそんな服装で道端を徘徊していたら間違いなく職務質問を受けるだろう。


 新しい衣服は調味料と調理器具の次に手に入れておきたい物だった。出来ればこの先も戦いを避けて暮らしたいと思っているクロにとって、戦いを前提とした鎧や武器よりも、生活に必要とされる調味料と調理器具そして衣類のほうが重要と言えた。


 店を見て周ったクロは、最初に厚手の生地のシャツとズボンを、次に靴下とパンツを次々と選ぶ。商品はどれも見た目でも肌触りでもなく、丈夫さを重視した基準で決められる。そして、最後に店番台の前に置かれた靴と手袋を物色した。


 この世界に来てからと言うもの、植物の葉っぱと蔓で作った手製の靴を履くくらいで、ほとんど素足と変わらない生活を送ってくた。振り返ってみると人間よりも強靭な肉体を持つ豚面人種オークだからこそ出来た生活だったと言える。そんなことを思いながら革製のブーツと手袋を選ぶ。


 クロは会計の前に小物売り場の片隅に置かれていた、古びた雑嚢鞄を手に取った。古い物だが大きさもちょうど良く、革で補強されているので丈夫そうだ。だいぶ荷物も増えるので一緒に購入する。


 全部で小判銀貨3枚と銅貨1枚のところを小判銀貨3枚におまけしてもらった。どうやらこの世界には定価という概念がないようだ。


 ラケルドは若草色のストールを購入した。

 恐らくラチータへの土産だろう。


 店の奥を借りて早速、今買ったばかりの下着とシャツ、ズボン、手袋とブーツを身に着ける。外套のお陰で一見大差がないようにも見えるが、身なりが変わっただけで生まれ変わったような清々しい気分だ。


 小人族の店主に礼を言うと、今度は武器を求めて鍛冶屋の多いエリアへと向かう。通りを見るとガス灯のようなものが所々に見える。まさかガス灯ではないだろうが、アイスを作る技術があるだけに絶対に違うとも言い切れない。


 心なしか口数の増えたラケルドとバンガルが、どちらからともなく武器についてあれこれと語り出す。先に訪れた2軒よりも2人のテンションが高いのは、防具以上に武器に興味があるからだろう。もしかすると防具より武器に強い興味を示すのは、頑丈で強靭な肉体を持つ蜥蜴人種リザードマンの特徴なのかも知れない。やがて馬車上は武器オタクのオフ会を思わせる様相を呈する。


 程なくして独特な匂いがクロの鼻を突く。炉から立ち上る煙と工房から響く金属を打つ甲高い音。馬車が鍛冶屋エリアに入ったことはクロにもすぐに理解できた。


 ラケルドの勧めでまずは槍や長柄刀を得意とする工房を訪れる。豚面人種は元来、鈍重だが力が強く、食欲旺盛な種族らしい。そんな豚面人種が好んで使う武器が槍と手斧なのだそうだ。クロに至っては”鈍重”という特徴が当てはまらないことなどラケルドは十分に理解していたが、戦いに於いて相手を近付けずに倒すことは最も理想的な概念だ。クロ自身も出来れば徘徊魔植物クロウリングブッシュに寄生されたレミイナとの戦いは、遠距離からの攻撃で片を付けたいと考えていた。その上、彼には”鋼斬り”がある。買い足すならば自ずと剣以外の武器ということになる。


 ラケルドたちは工房が併設された一軒の武器屋の前に馬車を留めた。小さな武器屋の店内には壁一面に、槍や長柄刀をはじめとする長物の武器が飾られている。


 「オレの使う長柄刀もここの鍛冶屋の爺の特製品さ。少し値は張るが物は確かだぜ」


 そう言ってバンガルはラケルドと共に店内に飾ってある武器を物色し始める。店を入ってすぐの壁面にはやや安価な品物が、奥に行くほど高価な品物になっているらしい。バンガルの言う通りどれも素晴らしい品物なのがひと目でわかる。奥の壁面に飾られる品物などは武器というよりは、芸術品に近い仕上がりと言っても差し支えなさそうな出来栄えだ。


 「クロさん気に入ったかい? でも、その辺のは大判金貨おおばんきんかが数枚はないと無理だぜ?」


 店の最奥に飾られた黒光りする長柄刀に思わず見入っていると、背後からバンガルが悪戯っぽく忠告する。大判金貨おおばんきんかが数枚ということは、少なくとも穴隙金貨が10枚以上ということになる。クロは慌てて後退った。絶対に無理だ。そもそも他にも手に入れたい物があるうえに、手持ちが足りない。


 「爺の姿が見えないな。留守なのか?」


 バンガルが”まったくあの爺は用心がなっちゃいない”とボヤキながら店の奥の工房へと向かった。ああ見えて自分の認めた相手に対しては、情に厚い世話焼きタイプなのかも知れないとクロは内心で考える。戦いでクロが勝って以来、ずいぶんとクロのことも気にかけてくれているようだった。ラケルドの話によると御者役もバンガルが酋長に自ら申し出てくれたらしい。


 「どうですクロさん? 気に入ったものはありそうですか?」

 「ああ。どれも良さそうな品だね。ただ、手持ちが心細くなる前に見ておきたい武器があるんだけど────」

 「どんな武器ですか?」


 ラケルドが意外そうな表情で訊ねる。


 「飛び道具と爆発物だ」

 「飛び道具と爆発物? 飛び道具というのは弓なんかのことですか?」

 「そうだ。良さそうな店は知ってるか?」

 「はい。案内します。それで……爆発物というのは?」


 ラケルドの問い掛けにどう答えて良いものかクロは試案する。いくら思ったより文明レベルが高そうだとは言え、まさか手榴弾が手に入るとは考え難い。そもそも爆弾自体が存在するのかも怪しい。火薬と鉄パイプが手に入りさえすれば、手製の鉄パイプ爆弾くらいならすぐに作れるのだが。


 「死んだぁ!?」」


 その時、工房の方からバンガルの奇妙な叫び声が聞こえた。明らかな問題発生のフラグだ。そうとは解っていてもクロたちは工房に向かわずにはいられなかった。


読んでくれてありがとうございます。


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