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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
24/66

24. 鷲獅子

主食がアイスになりつつあります。

でも、暑さに負けずに更新。

 ジャガパンタ寺院の離れにある奥の院。お忍びの客人などを迎える際に使われることが多く、一般の僧侶たちは勿論、上僧ですら許可なく立ち入りの許されない場所だ。陽も陰り寺院の敷地内も出歩く者が少なくなる頃、目深にフードを被りバルブを訊ねる一行の姿がそこにあった。


 疾強風フレッシュゲイル。隣接する中立領土フリーポイントの北部に位置する、最大の自由貿易都市ポインティアの傭兵ギルドに所属する彼らは、近隣領土では有名な腕利きの職業傭兵だ。


 「バルブ大僧正様でいらっしゃいますか?」

 「いかにも。よく来てくださった。じゃが今は”大僧正様”は余計じゃな。貴殿らをお呼びしたのは個人的な依頼じゃからのぉ。”バルブさん”で結構。さあ、掛けてくだされ」


 そう言ってバルブは人懐こい優しい笑顔で彼らを出迎えた。アネモスたちは用心深く先に入室したオッホスが室内にバルブしかいないことを確認すると、速やかに残りの3人も揃って戸口を潜り扉を閉めた。傭兵稼業はどこで恨みを買うかわからないので日頃からの用心は欠かせない。冒険者と違って傭兵は人同士の争いに駆り出されることが多いからだ。


 「お初にお目に掛かります。”疾強風フレッシュゲイル”のリーダーを務めておりますアネモスと申します」

 「依頼を出したバルブです。わざわざご足労いただき感謝しますぞ」


 フードを取って挨拶をするアネモスに対し、バルブも深々と頭を下げて礼を尽くす。一行はその姿を見てお互いの顔を見合わせた。バルブのその姿勢はおおよそ大僧正ほどの地位にある人物が、傭兵ごときに対してするものではなかったからだ。


 「そ、それで……早速ですが、依頼内容なのですが。捕獲限定の条件付き依頼とだけしかお聞きしていないのですが、詳しい内容を教えていただけますか?」


 アネモスを真っ直ぐに見据えて頷くバルブの顔から笑顔が薄れる。


 「娘を捕獲していただきたい」


 バルブの答えに一行は耳を疑い再び顔を見合わせた。”おいおい、本当かよ────”バルザックが僅かに声を漏らす。


 幅広い依頼をこなす冒険者ギルドに比べて、傭兵ギルドに持ち込まれる依頼は荒っぽい内容が多い。その内容は魔物を相手にしたものより、護衛の途中で襲ってきた野党との斬り合いや、どこそこの貴族と戦争をするので加勢して欲しいなどというものが多い。基本的に犯罪に手を貸すことはしないのだが、中には内密に別料金を支払って、人攫いや暗殺の依頼をする者も少なくなかった。


 疾強風フレッシュゲイルも完全に”白”とは言い切れないが、こう見えても彼らは真っ当な依頼で名を上げてきた傭兵団だった。依頼は全てリーダーであるアネモスが判断して受けて来た。他の傭兵たちに比べて依頼の完遂率が高く、中でも捕獲依頼に関しては群を抜く成果を誇るのが彼らの売りでもあった。


 「バルブ……様、詳しいお話をお聞かせ願えますか?」


 バルブに”大僧正様は余計だ”と言われたものの流石に”バルブさん”などと呼べるはずがない。アネモスが敬称に困りながら説明を乞うと、一行は意外そうな目で彼を見詰めた。依頼料の額面に関わらず、通常なら犯罪まがいの内容は他の誰よりリーダーの彼が嫌うからだ。


 「恐らく娘は食人鬼オーグルになりかけております────」


 唐突な話の内容にアネモス以外の一行の目の色が変わる。

 だが、バルブは気にすることもなく淡々と話を続ける。


 「────万が一、娘が本当に食人鬼になるようであればその場で捕獲していただきたい。村人の目に着かない人里離れた場所でお願いしたい」


 アネモスは考える。捕獲の対象が周辺に出没する魔物などであれば、即座に引き受けて問題のない内容だ。今回は依頼料も弾んでもらう手筈になっているし、これを機に大僧正と繋がりを持つことが出来れば疾強風フレッシュゲイルにとってはかなり良い話だ。


 だが、その対象が”食人鬼”というので判断に迷う。食人鬼に恐れを成したわけではない。疾強風フレッシュゲイルは冒険者としても活躍しており、これまでに数々の魔物を相手に戦った経験を持っていた。アネモスが心配するのは、そもそも食人鬼などと言うものが実在するのかということだ。


 「バルブ様、1つ質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

 「勿論。儂に解ることであれば何なりと」

 「その……ボクの知る食人鬼というのは、街の人形劇師たちが操る人形の世界での話だけで、実際にそれを目にしたことがないのですが……お嬢様がその食人鬼になり掛けているというのはいったい?」


 バルブは納得したように頷くと”うっかりしておった。ちょっと待ってくだされ”そう言って席を立つと奥の小部屋から茶道具を持ち出した。大僧正自ら傭兵のために茶を沸かすなど聞いたことがない。アネモスたちは仕切りに”お気遣いなく”と恐縮するのだが、当のバルブは気にした様子もなく一行の前にお茶を差し出した。バルブは一向にお茶を勧めると、自も両手で持った器から湯気の微かに上がるお茶をゆっくりと啜った。


 「不思議なもんじゃ。茶は他の者に入れてもらった方が美味い気がするのぉ」


 そうポツリと呟くと味を確かめるかのように再び茶を啜る。大僧正ほどの人物となれば日頃は自ら茶を沸かす機会など滅多にないだろう。それでも一向に茶を差し出す一連の動作はとても手慣れたもので、茶の沸かし方自体には何の問題もなかった。恐らく彼が言うのは、感じ方の違いを指すものだろうとアネモスは無言で察する。


 「アネモス殿」

 「はい」

 「貴殿は食人鬼をどのようなものとお考えじゃろう?」

 「それは、その────」


 突然の問い掛けにアネモスは口籠る。ひと言で表すなら”怪物”や”化物”の類となるのだろうが、それはあくまで御伽噺の中の架空の存在だ。だが、正直にそれを答えてしまっては、真剣に先の依頼をするバルブを侮辱することに成り兼ねない。


 「あれはのぉ。一種の呪いじゃ」

 「呪い……ですか?」


 呪い。それは恐らく答えあぐねるアネモスの様子を見かねて、バルブの優しさがもたらした答えだ。だが、その言葉が何を指すものなのか釈然としないアネモスには、オウム返しによる問い掛けを返すことしか出来なかった。バルブの発する言葉の意味に理解が追い付かないのはアネモスだけではない。他の面々も訝し気な表情でバルブを見詰め、バルザックに関しては既にだいぶ前から考えることを放棄しているかのようだった。


 「左様。あれは心の奥深くに巣食い呪いの種を植え付ける────」


 俄かには信じ難い内容であったが、バルブの言葉には不思議な説得力がありアネモスはただ聞き入る。


 「呪いの種は深く根を張り、少しずつ大きくなっていく。そして、気が付いたときには自分自身を制することが出来ぬほどに、深く呪いに飲み込まれてしまうのじゃ。娘は……ムンドは今、その瀬戸際におる」

 「お嬢様をその呪いから救い出す術はあるのですか?」


 アネモスは一層と真剣な表情で問い掛けた。食人鬼の有無などより彼にとってはそのことが肝心に思われたからだ。その問い掛けに対し残酷な未来しか用意されていないのであれば、アネモスはこの依頼は断るべきだとも考えていた。


 「時間は掛かるじゃろう。じゃが、今なら娘を救える可能性がある。成功するか否かは五分五分と言ったところじゃろう────」

 「解りました。詳しい依頼内容をお聞き致します」


 はっきりと言い切ったアネモスの言葉に、初めてバルブが驚きの表情を浮かべる。慌てて同行した面々ひとりずつに視線を向けたが、オッホスもウングラも納得した様子の表情を返す。バルザックに関してはまったく話を聞いていなかった様子で、どうして自分が見詰められているのか理解できていない様子だ。


 そこからはバルブの説明と依頼内容の確認が行われた。


 捕獲には先に挙げられた”人里離れた場所”意外にも幾つかの条件が付属した。最も肝心なのが食人鬼の捕獲は、本人が食人鬼と化したときでなければならないと言うことだ。そして、当然ながらこの依頼内容に関わる全ては他言無用だ。


 バルブは引き出しから1冊の資料を取り出した。そこに書かれるのはかつてジャガパンタの僧侶たちが総動員で討伐した”鷲獅子グリフォン”という名の食人鬼のことだった。その話こそがアネモスが思い描いた、街の人形劇師たちが演じる御伽噺の元となった出来事であった。だが、それが実在したということは寺院内の機密事項であり、一部の僧侶たちしか知らない。


 「心の奥底に宿った負の呪い。それこそが食人鬼の正体じゃ」


 そう言ってバルブは鷲獅子グリフォンについて書かれた内容をアネモスたちの前へ差し出した。


 『闇色の霞を纏う魔物のような存在。素早い動きと凄まじい膂力を併せ持つ』


 そう注釈された分の上には鷲獅子グリフォンと思しき食人鬼が描かれている。


 「お? 丸っきり化物じゃねえか?」

 「バルザックさん! 何てことを!」


 バルザックが発した迂闊な言葉を嗜めるかのようにアネモスが声を荒げる。


 「いや、無理もない。儂も初めてあれを目の当たりにしたときは、そちらの御仁と同じことを思った」

 「もしかしてバルブ様は鷲獅子グリフォンと対峙したことが?」


 アネモスは遠い記憶を思い返すかのように話すバルブに問い掛けた。

 僅かな静寂の後に少し視線を落としながらバルブは語り始めた。


 「あれは……鷲獅子グリフォンに身をやつした者は……かつて儂の兄弟子だった男じゃ」


 告白とも取れるその内容に場が静まり返る。流石のバルザックもこれには何か察っするものがあったのか、静かに次の言葉を待っている様子だ。


 「この資料には討伐したとありますが?」

 「討伐に際しては多くの僧侶が命を落とした。文武に優れ、類稀なる才能の上に、更なる努力を積み重ねる兄弟子に真っ向勝負で敵う者は寺院内に幾人もいなかった。その兄弟子が食人鬼となったことで、束となった腕利きの衛僧ですら瞬く間に屍の山にされていった」

 

 バルブの話を聞きながら一行は改めて鷲獅子グリフォンが描かれた資料に目を向ける。燃えるような赤色の瞳に、漆黒の長毛を生やしたかのような体。背中から巻き上がる霞がまるで一対の大きな翼のようで、それはどう見ても僧侶の成れの果てとは想像出来るものではなかった。


 「残念ながら兄弟子を救うことは出来なかった。鷲獅子グリフォンはあまりにも多くの血を流し過ぎた」


 バルブは過去の悲劇を思い起こすかのように悲痛な表情を浮かべる。


 多くの難民を受け入れ、困窮する者たちに手を差し伸べ続ける、持たざる者の理想郷、ジャガパンタ寺院周辺独立自治区。村と呼ぶにはあまりにも巨大なこの集合集落に、そのような暗黒歴史があろうことなど、近隣領土を隅々まで聞き周っても誰一人として知る者はいないはずだ。そのような恥部を部外者であるアネモスたちに晒すことは、いかに大僧正とは言え許されることではない。


 多くの住民の平穏より、自らの娘の真っ当な生を選んだバルブの選択は大僧正としては許されるものではない。それでもアネモスはバルブを責める気にはなれなかった。それはバルブが自らの依頼主である事とは関係なく、娘を思う親の愛の深さを垣間見た気がしたからだ。


 「お嬢様を第2の鷲獅子グリフォンにしてはいけない! 作戦はボクが考えます。差し当たってバルブ様にはお嬢様を人里から引き離す段取りをお願いします」

 「おお、アネモス殿────」

 

 かくしてムンド捕獲作戦が密かに開始される運びとなった。

読んでくれてありがとうございます。



※用語※

・奥の院

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