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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
22/66

22. 金色の檻

更新が遅れたのはサボってたわけじゃなくて、暑い日差しと美味しいビールのせいです。

 魔植塊エビルプランツは緑色の体液をまき散らしながら、怒り狂ったように切れ掛けた触手を振り回した。その力は凄まじく軽く木々をなぎ倒し、大地をえぐり取る。まともに喰らえば骨の1本どころでは済まないのが明白だ。


 ジャガパンタ村の周囲には魔物の嫌う結界が張られているのもあり、通常あまり魔物が自ら近寄って来ることは少ない。それでも1年のうちに何度か結界をすり抜けた魔物が村近くに出没することがあるが、5メートル級の魔植塊ともなれば、猪退治に出掛けて人食い虎に出くわすようなものだ。それは別格の脅威であった。彼女が冷静さを保っていられたのは日々繰り返してきた鍛錬と、衛僧長としての重責によるものだろう。


 「衛僧長殿、魔法で生け捕りにしようと思います。少し時間を稼いでいただけますか?」

 「わかった!」


 ”そんなことをせずとも自分が仕留めてみせよう!”などと虚勢を張りたい気持ちを心の片隅に仕舞い込んだまま、ムンドは素直にアネモスの提案に応じる。時間稼ぎと言ってもこの状況では決して容易いことではない。通常、魔植塊の駆除には多勢で包囲して遠距離からの総攻撃を加えるか、魔法を駆使した罠が用いられることが多い。それも通常の2メートル級の話だ。


 掠っただけでも肉が爆ぜるであろうその熾烈な攻撃は、熟練の衛僧ですら闘志を奪われかねない迫力があり、それが前線での白兵戦を著しく困難なものとしていた。


 ムンドは素早い動きで攻撃をかわし、隙を見ては触手に斬り付ける。慎重に何度かそれを繰り返し、ようやく1本の触手を斬り捨てる。それに対してバルザックの戦いぶりはじつに対照的だった。大盾で触手の攻撃に耐え戦斧で薙ぎ払いながら、じわじわと敵に肉薄する。それは戦いのスタイルの違いであって、戦士としての優劣とは無関係であることは当然のことながらムンドも理解していた。


 力押しに近いバルザックの戦いには細やかな技術などは見られない。だが、むしろこの場に於いて5メートルを超える巨大な魔植塊を相手に力で対抗できる存在は、味方としてこの上なく頼もしく、それこそが最善の策であるかのように錯覚させる。猛攻を凌ぎながらも敵に詰め寄り、強烈な斬撃で触手を数本まとめて叩き斬っていく。その姿はかつてムンドが幼い頃に、バルブより聞かされた武神の姿を彷彿とさせる荒々しいものだった。


 中距離からは相手の動きに合わせてオッホスとウングラが攻撃を仕掛ける。オッホスは木の上から小型のクロスボウを構えて矢を放ち、ウングラはまるで曲芸のように跳び回りながら細身の手投げナイフを投げ付ける。横目でアネモスの様子を窺うと既に魔法の詠唱に取り掛かっている様子で、周囲の喧騒などまるで耳に届いていないかのようだった。


 バルザックはアネモスの魔法など充てにする様子もなく次々と触手を斬り払っていく。このままあっさりとバルザックの戦斧で討伐が完了してしまうのでは。そう思った矢先だ。


 ギリリィーン。


 緑色の体液をまき散らしながら荒れ狂う魔植塊が、俄かに身を引いた拍子に再びけたたましい鐘の音が響き渡る。


「来るぞ!」


 オッホスが木の上から叫ぶ。”この音は、たしかカンパネッロとか言ったか────”ムンドがそんなことを思った矢先に、魔植塊は勢い良く黄色の霧状の息を吐き出した。麻痺吐息パラライズブレスだ。ムンドは咄嗟に身をかわして効果範囲から離脱した。


 回避しながら共に前線で戦っていたバルザックに目をやる。鈍重な彼は当然のようにそれをかわすことはせずに、大盾を身構え吐息ブレスから身を守る。しかし、完全に防ぐことは出来なかったらしく、大盾を構えたままその場に片膝をついた。


 そこへすかさず鞭のようにしなる触手が叩き込まれた。バルザックは麻痺吐息のせいで体に力が入らないのか、大盾で受け止め切れずにその場に倒れ込んだ。拙い。いくら屈強なバルザックとは言え、動かぬ標的となっては、触手で滅多打ちにされ手も足も出ないだろう。


 戦況にいち早く対応したのはウングラだった。軽く舌打ちしながらもバルザックの傍らに立った彼女は、懐から取り出した巻物スクロールを素早く広げる。土煙を巻き上げながら目の前の大地がせり上がり、瞬く間に大岩の遮蔽物が彼女たちを護るかのように姿を現した。


 恐るべき膂力を誇る魔植塊も、この厚さの大岩を一撃で砕くことは出来ない。その間にオッホスは樹上からありったけの矢を魔植塊へと撃ち込み援護をする。ウングラは”これだから鉱坑人族ドワーフの血が濃いヤツらは────”などとブツブツ文句を言いながらも、自重の2倍はあろうかという巨躯のバルザックを抱えて後方の木陰へと非難させた。


 ギュロロォーン。カンパネッロが先程までとは違う奇妙な鐘の音を鳴らす。


 「来るぞ! 離れろ!」


 オッホスが叫ぶ。それを聞いたムンドは再び放たれる麻痺吐息を警戒し身を低くした。その刹那、突如として中空に出現した巨大な金色の檻が、魔植塊の真上に覆いかぶさった。檻の先は槍のように鋭くなっており、魔植塊の触手を幾本か貫きそのまま地面へと縫い付けるかのように突き刺さった。


 「ギョギィィィイイ!!」


 植物の断末魔と言うものを聞いたことはないが、上げるとすれば恐らくこのようなものなのだろうか。ムンドは現実とかけ離れたその光景を目の前に、妙に冷静にそのようなことを頭の片隅で考えた。


 「ふぅ……これで良しっと」

 「リーダーお疲れさん。こんだけデカい獲物なら捕獲ボーナスも弾みそうだな」


 ひと仕事を終えて深く息を吐くアネモスに、スルスルと木から降りて来たオッホスが人差し指と親指で丸を作って笑みを浮かべる。依頼内容によっては獲物を生け捕りにした場合に、通常の報酬にプラスして捕獲ボーナスが支払われることがある。その金額は貴重な獲物ほど高額となる。5メートル級の魔植塊となればオッホスの言う通り高額のボーナスが期待できる。


 「遅いわよリーダー。バルザックがあんなになっちゃったじゃない」


 ウングラが不機嫌そうに顎をしゃくり上げて、木陰に横たわるバルザックを指した。


 「す、すみません。これでも急いだつもりなんですけど────」

 「だいたいあのオッサンはいつも突っ込み過ぎなのよ」

 「まあまあ、そう言わないでくださいよ。いつも前衛のバルザックのお陰で魔法の準備が整うんですから」


 アネモスは苦笑いを浮かべて誤魔化すと、慌ててバルザックの元へと小走りで駆け何やら小言を言いながら治療魔法を施し始めた。


 ムンドはまるで現実味のない物語の一場面にでも直面しているかのようだった。目の前に突如として現れた強大な魔物は、全衛僧詰所の手練れを集めても恐らくは敵う相手ではなかったはずだ。それをたったの4人、いや5人で捕獲してしまったのだから。


 檻の中でガタガタと暴れる魔植塊の気配で、現実へと引き戻されるかのように我に返ったムンドは不安げにその光景を見詰める。よく見ると檻は四方と上方を取り囲んではいるが、底面はそのまま地面のままだ。


 「アネモス殿、貴殿の魔法の腕前を疑う訳ではないのだが、このままでは地面に潜って檻を抜け出したりするのではあるまいか?」

 「それなら大丈夫です。あれは物理的に閉じ込めているのではなく、魔法の力で魔物の体を檻に縛り付けて、徐々に弱らせる罠のようなものですから」


 木陰でバルザックの治療をするアネモスに問い掛けるが、彼は大したことではないと言った様子で笑顔で答える。彼の笑顔は魔植塊にはどう映っているのだろうか。ふとそんな思いがムンドの頭を過る。


 魔法に精通しないムンドには、正直どのような理論でそれが成されているのかはまったく理解できていなかった。ただ、先程の戦いを目の当たりにした後では、アネモスの言うことであれば、その辺の転がるただの石を見せられて”魔法の石だ”と言われても信じる他ないという気がしていた。


 「ところでカンパネッロ……とは5人目のお仲間のことでしょうか?」

 「はい。彼女のお陰で助かりましたよ。ほら、衛僧長殿の頭の上────」


 そう言われて頭上を見上げると、微かに歪んだ空間から微かな輝きが漏れていた。不思議に思ってムンドが手を差し出すとあっと言う間にそれは消えて見えなくなった。


 「すみません。彼女はとっても恥ずかしがりやなんです」


 そう言ってアネモスは”ほら、あそこ”と笑顔で中空を指さす。どうやら彼にはカンパネッロの姿が見えているようだ。その姿はまるで夏の空に蜻蛉を見付けた少年のように清々しいものだ。金色の檻の中で魔植塊がバタンッと1つ大きな音を立てて横倒しになった。


読んでくれてありがとうございます。



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