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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
2/66

2. アウトドア教室

プロローグ的な内容が続いています。

本編までもうちょっとお待ちください。

 オレが思うに人種とは血液型のようなものだ。それぞれに一般的に言われるような特徴はあるもののそれは絶対的なものではなく、個の置かれた状況に影響を受け独自の変化を遂げる。きっとそれは人種という括りだけでなく、広く捉えれば生物全体に言えることなのだろう。人は置かれた環境に大きく左右される生物だ。


 オレが地下社会で生きるようになるまでに、強く影響を受けた人物が2人いる。




 1人目は母だ。母子家庭で占い師をして息子を育てているというだけでも風変わりだというのに、母はときどき中空を見つめてブツブツと独り言を口にするような本格的な変わり者であった。


 そのためオレの前では言わないようにしていたようだが、周囲には”変人”と噂されていたようだ。時折、どこか予言じみた言葉を口にすることがあり、それが実際に身の周りで起こることもあった。やがて「気味が悪い」と言って、周囲からは完全に避けられるようになっていった。


 その一方で、母の客層はとても広いようだった。スーツ姿で付き人を従えたどこかのお偉いさんから、ホームレスと思しきボロボロの格好の者まで。共通するのは客もまた変わり者だと言うことだ。


 そんな変わり者の母と幼い頃から都内を転々とする生活を送っていたオレも、学校では”変わり者”と思われていたようだ。オレ自身にその自覚はまったくなかったのだが。


 初めて自分が他の子たちと少し違うと感じたのは、小学4年生のときだ。教室でクラスメイトたちが習い事について話しているのを耳にしたときだ。自分以外の子供たちのほとんどが、英会話や習字教室、サッカークラブやスイミングスクールに通っていた。オレはそれが世間で一般的とされる習い事だということを、そのとき初めて知った。


 うちは決して裕福な家庭ではなかったが、オレも3歳の頃からある習い事に通わせてもらっていた。と言うよりは、母は学校よりもむしろその“習い事”を優先させているようにも感じた。


 その習い事とはアウトドア教室だ。それを聞くとクラスメイトたちから羨ましいという声が上がった。「バーベキュー大好き!」「キャンプファイヤーって何か楽しいよね」少しばかりの優越感を覚えながらも、オレは彼らのそんな話に強い違和感を覚えていた。


 彼らは何か大きな勘違いをしているようだ。

 オレの通うアウトドア教室とはそんなものではない。


 たしかにバーベキューもしたが、それは野生動物の解体と調理の仕方を習うためであり、キャンプファイヤーは火の起こし方を覚え、効率の良い暖の取り方を学ぶための一環だ。その他にもこの習い事を通して色々なことを学んだし、それらは今日のオレの根幹を成すものとなっていた。




 2人目はそのアウトドア教室での教官だ。教官はラスという外国人で、本人の話ではアジア系フランス人だと言っていたが、本当のところは定かではない。典型的なWAYだ。ある意味でラスは、母よりも何倍も強い影響を与えた人物と言える。


 彼はどこかの国の部隊の中でもエリートと呼ばれる隊の出身らしく、教室内では自らを”隊長”と呼ばせた。


 アウトドア教室の参加者はオレだけ。

 常にラスとオレだけの2人きりで授業は行われた。


 オレが習っていたのは和気あいあいのアウトドア“ごっこ”からは程遠い、まるで軍隊の訓練のような内容だった。ラスの授業は初めこそクラスメイトたちが言うような、レクリエーションの延長のようなものだったが、開始3ヵ月を過ぎると昨日までの記憶が嘘だったと思えるような本格的な訓練へと移行した。


 早朝のランニングと放課後の格闘訓練。休日にはそれに加え武器の扱いや様々なサバイバル技術を学び、ときには20キロ以上の荷物を背負ってひたすら歩き続ける長距離歩行訓練なども行った。長期の休みには山中での実地訓練も行った。自然の中での訓練はそれなりに楽しいことも多かったが、冬休み期間を利用して雪山に籠って実施した耐寒訓練は地獄そのものだった。


 次第にエスカレートする常軌を逸っした訓練内容は、小学生どころか大人でも逃げ出したくなるようなものになっていった。ラスもただの”厳しい指導者”から”鬼教官”としての一面を見せ始める。


 何度も逃げ出そうとしたが、とうとう最後の最後までオレはそうはしなかった。何だかんだ言っても、オレはラスのアウトドア教室が嫌いじゃなかったようだ。ひょっとすると母子家庭で育ったオレは、彼の背中に見たこともない父親の面影を見ていたのかも知れない。




 中学生になったオレはその気になれば、近隣でも有名な武闘派の不良高校生どもを、簡単に身動きできなくするだけの格闘技術と、冬山でも1ヶ月間程度なら問題なく生き抜くだけのサバイバル技術と知識を身に着けていた。


 その頃になるとオレ自身も少し余裕が出てきたのか、幼い頃には無敵の“鬼”とも思えていたラスの弱点に気付くようになった。彼はたぶんアルコール依存症だ。常に懐にウイスキーの入ったスキットルを忍ばせ、オレの目を盗んでは訓練中でもチビチビと口にしていた。


 稀に酒を切らすことがあると、逆に酔っぱらったようにグダグダの状態になり手が付けられない。ラスを倒すなら酒を切らしたときだ。その弱点がわかった後も、平時のラスには遠く及ばない自分が歯痒くて仕方なかった。


 学校が終わると毎日アウトドア教室へ直行した。こんな生活を送っていてはクラスメイトとの会話が合わないのも当然だ。人気のお笑い芸人の名前も、流行りのゲームも知らない。当然のように友達はいなかったが別に気にはならなかった。


 そんな生活も中学3年の夏に一変する。

 母が他界した。それは壮絶な死だった。


 部屋の一角が焼け焦げたかのように焼失し、死体はほとんど残っていなかった。警察の発表ではガス爆発による焼死。ただ、不思議なことにその一角に焦げ跡が残るだけで火災には至らず、火が広がった形跡も見られなかった。それに何よりその焦げ跡はキッチンから離れた居間の隅に残されており、母親の死体は見付からなかった。


 テーブルの上にオレ宛に残された手紙も焼かれず、そのままの状態で発見された。警察はその内容から遺書と判断し、母が何らかの形で自殺したという不可解な結論を出した。


 『世界にはお前にしか歩めない唯一の道がある。振り返らず進め』


 母の残したこの手紙がニーチェの言葉をもじったものだと知ったのは、オレが引き取られた親戚の家を1年と経たずに飛び出した後のことだった。


 放浪の身となったオレが頼った先は“隊長”ラスだ。快くは迎えてくれなかったが、今思えばあれも彼なりの思いやりだったのだろう。ラスとの生活はとても雑なものだったが、親戚の元やアウトドア教室に比べれば快適そのものだった。


 オレが21歳のときラスが前触れもなく失踪した。周囲には「事件に巻き込まれて殺された」などと噂する者もいたが、オレにはあの“隊長”が簡単に殺されるなど考えられなかった。なのに何故かふと酒を切らした時の情けないラスの顔が頭に浮かんだ。


 手掛かりもなく真相が解からないまま3年が過ぎ去った。

 気が着くとオレは、地下社会の住人へと身をやつしていた。


 オレが仲間たちと出会い、カッチャルバッチャル商会を興すずっと前の話だ。

読んでくれてありがとうございました。

次回もよろしくお願いします♪



※用語※

・ラス

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