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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
19/66

19. 道中

今回もあまり進めませんでしたぁ…。

 「ちょっと待ってくださいよ! 揉め事は無しって言ったじゃないですか!」


 そう言ってバルザックの陰からローブ姿の少年が姿を現した。その整った顔立ちは少女と言われても何ら疑問のない美しさで、輝く白銀の髪と特徴的な尖った長い耳の形が、彼が耳長族エルフの血筋であることを物語っていた。


 「それに何でバルザックさんがリーダーを名乗ってるんですか? リーダーはボクですから!」


 そう言って不満そうに頬を膨らませる姿は、傭兵団のリーダー像とは程遠いものを感じさせる。バルザックは少年を見下すと”冗談さ、冗談。でも、ちゃんとウングラのことは止めただろ?”そう言ってガハハと豪快に笑い飛ばした。流石にこれにはムンドも面食らった。リーダーだと言って挨拶を交わした大男は実はリーダーなどではなく、後から現れたローブ姿の少年がこの一癖も二癖もありそうな傭兵たちのリーダーだと言うのだから。


 少年はツカツカとムンドに歩み寄ると、美しい物腰で深々と頭を下げた。


 「連れの者が大変失礼を致しました。”疾強風フレッシュゲイル”のリーダーを務めておりますアネモスと申します。本日はバルブ大僧正のご依頼で馳せ参じました」

 「あ、ああ。衛僧長のムンドです。よろしく頼みます」


 どこか調子の狂うのを感じながらも、仕切り直しの挨拶を済ませたムンドはその名に聞き覚えのあるような気もするが、そのことより傭兵たちが4人しかいないことが気に掛かっていた。たしかバルブの雇った傭兵は5人だったはず。


 「アネモス殿、来られるのはたしか5名では?」

 「はい。そうです。こちらは既に準備は整っておりますので、いつでも出発できます」


 出発の準備が整っているのはムンドたちも一緒だが、どう見ても傭兵の数は4人しか見当たらない。その表情から言いたいことを察したアネモスが慌てて付け加える。


 「申し遅れました。もう1名は数軒先に待機しております。少しばかり人見知りが激しいもので……ですが、腕の方は間違いありませんのでご安心ください」


 愛想笑いを浮かべながら言う耳長族の少年を見て、ムンドは少しばかり不安なものを感じずにはいられなかった。だが、少なからずここにいる3人の傭兵の腕は確かだ。気配を感じさせずに詰所内に入り込んだ2人、恐るべき膂力を持つ大男。強いて挙げれば目の前のリーダーを名乗る少年が最も心配の種とも言える。恐らくは仲間の素行の悪さを見張る目付け役として、血筋の良さなどで選ばれたお飾りのリーダーなのだろうが、雰囲気から察するにやや手に余し気味と言ったところなのだろう。いくらお飾りとは言え、そもそもこんな子供を傭兵のリーダーにするなど常識外れも甚だしい。親はいったい何を考えているのだ。彼女はそんなことを思いながら、同情にも似た感情を乗せた笑みをローブ姿の少年に投げ掛けた。




 「よし。それでは準備も整ったので、これから東エリアの先にある接続区域の検分調査に向かう」


 ムンドのその発声で場の雰囲気がガラリと変わる。


 「アネモス殿率いる”疾強風フレッシュゲイル”の面々には、これから調査が終わるまで我々の指揮下に入っていただく。異存はないか?」

 「了解しました」


 その言葉にアネモスが真剣な表情で相槌を打つ。


 「まずは少し先にある衛僧用厩舎前に大型の馬車を用意した。そちらへ移動し、別に用意した馬を2頭を使い、アネモス殿の手の者から護衛を2名選出していただきたい」

 「わかりました」


 その言葉にアネモスが快く応じ、即座に指名されたのはオッホスとウングラだ。


 「残りの者は案内役のグランツさんたちを守りながら、一緒に馬車で移動をする。それと────」


 ムンドが少し言い淀みながら続ける。


 「数軒先で待機されてる方についてはどのように?」

 「問題ありません。ちゃんと付いて来ますので」


 事前に馬を用意しているのだろうか。

 取り敢えずここはアネモスの言うことを信じるしかない。

 こうして一行は検分調査のため接続区域へと向かった。


 


 馬車で15分程走ると村外れの二股大木が見えてきた。ここから接続区域までは馬車で30分ほど掛かる。その間、アネモスの言う5人目の傭兵の気配は、一度も感じることがなかった。


 ムンドは口には出さないが、5人目の傭兵は存在しないものと考えていた。傭兵というのは雇い主と契約を結びその報酬を得る。バルブから5人分の報酬を受け取り、4人で山分けしたのだろう。師であり自分親代わりであるバルブを騙すような真似は許す訳にはいかないが、これから調査に向かうという最中に揉め事は全体の士気を下げることに成り兼ねない。咎めるのは調査終了後までに、5人分の仕事が成されなかったと判断したそのときだ。


 「ねえねえ、アネモスさんって耳長族エルフですよね? てことは、やっぱり魔法を使うんですか?」


 乗り込んだ直後に自己紹介をした後は暫く沈黙のまま馬車に揺られていたが、痺れを切らしたようにトンパがその静寂を打ち破る。


 「ええ。トンパくん……でしたよね?」

 「うん」

 「魔法に興味がお有りですか?」

 「うん。オレ、魔法使いになるために先生のとこで修行してるんだ!」


 そう言ってトンパがきらきらした目でグランツを見ると、皆の視線が一斉に寄せられる。たまらず”違います! 先生なんかじゃないですから”と叫ぶグランツは、顔の前に手を交差しながら、まるで悪事を暴かれた2流チンピラの言い訳の如くその言葉を否定する。


 「なるほど。たしかに耳長族には魔法を使う者は少なくありませんが、”耳長族=魔法使い”という訳ではないのです」

 「え? そうなの?」


 トンパの知る耳長族と言えばアネモス以外にはグランツただ1人だ。もっとも正確にはグランツは混血種クロスブリードなのだが、トンパの中ではそんなことは取るに足らない問題だった。そのためアネモスが杖を持っているのを見て、魔法使いだろうと予想したと同時に、耳長族だから魔法使いなのだという思考に結び付いたようだった。


 「魔法を使用するには適正が必要なのはご存知ですか?」

 「うん。先生に教えてもらった」


 トンパに先生と呼ばれるたびに顔を顰め首を大きく左右に振るグランツは、魔法の才能のない自分が”先生”などと呼ばれるたびに、晒し者にされているような気分になった。


 とくにアネモスの前でそう呼ばれるのは、恥ずかしさを通り越して恐怖すら覚えた。魔力が極端に低く魔法の才能が乏しいグランツには、対峙した相手のだいたいの魔力の桁を感じ取れるという特技があった。皮肉なことに魔法使いとしての全ての面において自信のない彼が、唯一人並み以上であると密かに自負できる能力が自らの無力さを色濃くさせていた。


 そのためグランツは馬車に乗り込む前から、アネモスの桁違いな魔力を感じ取っていた。それに耳長族同士の場合、何となくだが相手が純潔種ぺティグリー混血種クロスブリードかに気付くものだ。間違いなくアネモスは自分の”正体”に気付いているはずだ。頼むからそんな人物の前で”先生”などと呼ばないでくれ。しかし、彼の心の中の叫び声はまったくトンパにはまったく届かない。グランツは”先生”と呼ばれるたびに、その身を馬車の隅に縮こまらせていった。


 「耳長族に何らかの魔法に適正を持つ者が多いのは事実です。しかし、魔法の適正というのは決して魔法使いだけに必要とされる要素ではありません。魔力を必要とする特殊な道具や武器を使用する際や、生活魔法を多用する職業に就く者にとっても適正を持つことは有利となります。そのため耳長族の多くはそれらの職業分野でも活躍しているのです」


 トンパだけでなくペロポンやムンドまでもが、アネモスの話に相槌を打ちながら聞き入る。

 

 「────それに、実際のところ王族や大貴族のお抱え魔法使い以外は、安定した職業とはとても言い難いのです。詰まるところ魔法使いというのはやくざな商売なのですよ」


 そう続けてアネモスは苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。彼の言うことはかなり謙遜が混じってはいるが嘘ではない。かつて一流の魔法使いを目指したグランツには、その道の厳しさは嫌と言うほど理解できた。それと同時にこれほどの魔力を有する者でも苦労をするのかと、思い掛けず感嘆させられた。


 世の流れとしては魔法使いを雇うよりなら、騎士を雇うべきという風潮が強かった。護衛に魔法使いより騎士が重宝される理由は幾つかあるが、最も重要な理由は中級程度の魔法使いと騎士を比べた場合の費用対効果だ。


 とくに”護衛”という任務においてはその効果の差は顕著に表れる。護衛は襲い掛かる魔物や悪漢から雇い主を守るのは当然だが、それ以前に害を成す存在を近付けないという役割が大きい。見るからに屈強な騎士と違い、魔法使いには傍に立つだけでそれらを遠ざけるような抑止力はあまり期待出来ない。


 また、敵が接近したのに気付いても、魔法の発動までに時間が掛かるため対処が後手に回るという欠点もあった。これは熟練の魔法使いであれば詠唱の短縮も可能なのだが、そうした魔法使いの数が、腕の立つ騎士に比べて極端に少ないという理由にも起因していた。


 更には先にも挙げたように、魔法の使用には道具や材料が必要なものも少なくないため、魔法使いを雇うにはかなりの費用が掛かる。装備品をひと通り揃えれば修繕費程度で済む騎士に比べて、高い買い物とも言えた。そため多くの場合は、王族や金持ち貴族が富と権力のステータスとして熟練の魔法使いを随伴させることがく、それらの権力者には当然のように護衛の騎士も存在するため、実際に魔法使いの実力が発揮される場は極めて少なかった。


 「グランツさんは魔法使いなのですか?」

 「い、いえ。ボ、ボクは画家です……」


 突然、アネモスに話を振られたグランツは、視線を逸らしながらしどろもどろになって答える。考えてみれば混血種の画家が、子供相手に魔法を教えるなどますます話がややこしい。狭い馬車の中では身を隠す場所などなかったが、グランツは今すぐにでもこの場から消えて居なくなりたいと本気で願った。


 「リーダー、客ですぜ!」


 護衛役として並走するオッホスの叫び声と共に、先程までのほのぼのとした空気は消え去り、馬車の中は一瞬にして騒然となった。


読んでくれてありがとうございます。



※用語※

疾強風フレッシュゲイル

・アネモス


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