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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
15/66

15. 朝食前

内容薄め。

 翌朝、オレは近くを流れる川のせせらぎと、部屋の入口から立ち込める美味しそうな匂いで目を覚ました。


 こんなにぐっすり寝たのはいつぶりだろう。それにこんな心地良い目覚めも。いくら敵意がなさそうだとは言え怪物たちの巣窟で熟睡できるなんて、と自らの神経の図太さに一人苦笑い浮かべた。


 ぐっすりと眠れたのは久しぶりに建物の中で眠ったと言うだけでなく、真夜中に空腹感を覚えなかったのが大きかった。怪物になってからと言うもの、決まって真夜中になると飢餓感とも呼べるほどの奇妙な空腹感に襲われ睡眠を妨げた。不思議なことにそれは、いくら満腹の状態で寝入っても解消されることはなかった。


 テナの料理が特別だったのだろうか。それとも酒のせいか。昨晩は久しぶりに酒を飲んだ。この世界に来てから初めてだ。ひょっとすると酒の酔いが関係しているのかも知れない。


 「クロさん、起きてますか?」


 ラケルドが入口に下ろされた垂れ幕越に声を掛ける。


 「ああ。ちょうど今しがた起きたところだ」

 「良かった。もうすぐ朝食の準備が出来るので、良かったらその前に一緒に川へ顔でも洗いに行きませんか?」

 「わかった。すぐ行く」


 オレは外套を手に取って、枕元に置かれた鉈と剣とを眺めて考えを巡らす。昨晩ドラケルドから渡された”鋼斬り”は、森で少年が落としていった鉈とは違い、明らかな戦闘用の武器だ。身の安全のためにも常に身に着けておきたいが、デオケルドの形見でもあるこの剣をオレが持っていることは、集落に暮らす他の者たちには知られない方が良いのだろうか。


 考えながら剣を鞘から抜いてみる。独特の文様を刻む刃先が薄明かりに反射して鈍く輝く。外套の下に隠して身に着けておきたいのだが、重量があるため腰から下げるにはバランスが悪く、背負うことになりそうだ。しかし、上からポンチョを着込めば肝心な時に剣を抜くことが出来ず、身を守るために持ったはずの剣が意味を成さない。


 いろいろ考えたが己の身が最優先だ。オレは腰に鉈を下げ、堂々と外套の上から”鋼斬り”を背負ってラケルドの元へと向かった。


 「あ、その剣は!」


 オレを見るなりラケルドが声を上げて駆け寄った。やはりそうなるか。デオケルドは彼の叔父に当たる。腕利きの叔父が残した名剣ならば、彼が引き継ぎたいと思っていたとしても不思議はない。


 昨晩、結局ラケルドは宴会がお開きになってから戻ったようだ。オレは彼と顔を合わすこともなく、ひと足先にテナに別室に案内されてすぐに横になってしまった。きっとオレがこの剣を持つことを良くは思わないだろう。大方、叔父の死も”徘徊魔植物に襲われて”くらいにしか聞かされていないはずだが、元はと言えば彼と彼の母親を守るために命を落としたようなものだ。もし、事の真相を知ってしまえば、彼はどうなるのだろうか。


 ところが、ラケルドの反応は意外なものだった。


 「やっぱり、デオケルド叔父さんの剣だ。ボクもずっと思ってたんですよ。クロさんにピッタリなんじゃないかって!」

 「い、いいのか。オレがこの剣を引き継いでも?」

 「勿論ですよ。だからこそ父上がクロさんに差し上げたのですから。きっと叔父さんも、クロさんのような強い方が使ってくれれば草葉の陰で喜んでるはずです! それにボクもクロさんの戦う姿を見て、どこか叔父さんと被って見えちゃって。ずっとその剣をクロさんが使ってくれれば良いのにって思ってたんです」


 ラケルドはまるで自分がその剣を手にしたかのように興奮気味に語った。


 「どうですか? もう何か斬ってみましたか?」

 「いや、昨夜は遅かったから、そのまま寝たよ」

 「あの、ちょっとだけ構えてみてもらえませんか? お願いします。1回だけ!」


 目を輝かせながらラケルドが懇願する。オレが所有することは快く認めてくれたものの、やはりこの剣に憧れを抱いていたのは間違いなさそうだ。それを知って冷たくあしらう事など出来ない。オレは背負った剣を少し手前に引き寄せながら止め紐を外し、右肩の上から静かに引き抜き正眼に構えてみせた。


 「おおっ!?」


 何が”おおっ”なのかは不明だが、ラケルドは感嘆の声を上げると真剣な表情で様々な角度から見入って、自分もそれを真似るように隣に立って構えをして見せた。


 「知ってますかクロさん、この”鋼斬り”はデオケルド叔父さんが大戦で、敵旅団の大将の持つ鋼の剣を切り裂いて打ち破ったことから付いた名前なんです」

 「そうなのか」

 「ええ。この剣自体は良質の玉鋼とダマスカス鋼を合わせて打たれた片刃の重量中剣で、鉱坑人族ドワーフのそれもかなり腕の立つ鍛冶職人の作品のようです。柄の部分にある紋章が彼ら特有のものですから間違いありません」


 まるで水を得た魚のようにラケルドがすらすらと剣の説明をする。


 「鉱坑人族ドワーフ?」

 「はい。鉱坑人族には一流の鍛冶職人が多く、中でも超一流と呼ばれる鍛冶職人の作った武具は、同じ材料を用いた武具でも一般の物より数十倍は高値が付きます」

 「なるほど」

 「クロさん、この”鋼斬り”のどこが凄いかわかりますか?」


 突然の問い掛けに面喰いながらも、オレは”切れ味か?”と適当にそれらしいことを答えてみる。


 「流石はクロさん! 剣の価値は一般的に3つに分類されます。”装飾””切れ味””魔法”です。この”鋼斬り”は切れ味に特化した剣です」


 ”装飾”と”切れ味”は容易に理解できたが”魔法”とはどう言う意味だ。オレの疑問を他所にラケルドの説明は続く。 


 「ひと言で”切れ味”と言っても、実際には”硬度””靱性””耐久性””耐蝕性”とそれぞれの内容をバランス良く組み込むことで実現する繊細なものです。単純に良く切れる刃物を作るのであれば刃を薄く硬くすれば良いのですが、そんな物は実践であっと言う間に折れて使い物にならなくなってしまいます」


 確かにそうだ。オレは相槌を打ちながらラケルドの話に聞き入る。


 「硬く、それでいて粘りのある、磨り減り難く、錆び難い。そんな相反する要素を上手く一本の刃物に叩き入れるのが一流の鍛冶職人だとボクは思います。鉱坑人族の鍛冶職人は特に武器を打つには定評があります」


 何だコイツ。もしかして武器オタクか。

 目をキラキラさせながらラケルドが語る。


 「随分と詳しいんだな」

 「はい。知識だけでもと思って勉強しました。クロさん今日は装備を揃えに行かれるんですよね?」

 「ああ。そのつもりだ」


 ラケルドは既に装備を揃える件まで聞いているらしい。

 ”そのつもりだ”なんて答えながらも金は持ってないのだが。


 「ボクも一緒に付いて行くように父上に申し使っています。食事を終えたら出発ですよ。ポインティアに行くのは久しぶりだな」

 「フリーポイント? そこで装備が揃うのか?」

 「はい。ここから南西に向かった所にある、フリーポイント領の南部最大の城壁都市ラインバルトです。フリーポイントは北と南で山脈を隔てて発展した都市があって、北部には周辺でも最大の貿易都市ポインティアもあります。貿易と商業が活発な都市で様々なものが手に入ります」


 オレは”それは楽しみだ”とだけ答えた。ドラケルドのヤツいったいどういうつもりだ。確かにラケルドの知識は役に立ちそうだが同行させるだなんて。うっかり”どんな魔物を相手にするつもりですか?”なんて会話にでもなったら厄介だ。


 そんなオレの思いも知らずに、ラケルドはオレの構えを真似て”こんな感じですか?”などと言いながら構えを真似てみる。その構えを見る前から気付いていたことだが、オレの見立てではラケルドは武に対する心得がほとんど無い。それは普段の身のこなしにも表れていた。初めは酋長の息子だからそんなものなのか、と何となく納得したつもりでいた。だが、武力と知恵の両方で集落を纏め上げるドラケルドの様子や、デオケルドの活躍を聞かされているうちに、それがとても不自然なことのように感じてきた。


 「なあ、ラケルド。剣術や武術などを習った経験はあるか?」

 「いえ。ボクは生まれつき体が弱くて、激しい訓練は避けるようにしてるんです。だから知識だけで実践はからっきしなんです」

 

 そう言ってラケルドは少し寂しそうに作り笑いを浮かべた。そう言うことか。確かにそう言われてみると、同世代と思しき蜥蜴人種に比べて少しばかりラケルドは華奢な気がする。


 「だから、クロさんみたいな強い方と一緒にいると、自分まで少し強くなれそうな気がしてワクワクするんです。勿論、一緒にいるだけで強くなるなんてこと、無いのは分かってるんですけどね……」


 オレは何も答えずに微笑みだけを返し、少し冷たい川の水を掬って顔を洗った。ラケルドはオレのことを随分と過大評価してるようだ。オレは強くなんかない。人間界で地下社会で生きているときからずっとそうだ。むしろ戦わずに済むならそうしたい。身を潜めて逃げ回れるなら、その方が良いとすら思っている。戦えば必ずどちらかが傷付き、ときには命を失うことになる。しかし、誰しも逃げようとして背後から殺されるような、そんな間抜けな死に方は望まない。仕方ないから結果的に戦う。それだけだ。


 「何でそんなに強くなりたいんだ?」

 「何でですかね……今更なんですけど、母上が魔物に襲われて亡くなったときに────」


 しまった。ラケルドのその言葉を聞いた瞬間に、オレは地雷を踏んだことに気付いた。だが、ここで強引に話の流れを変えるのはかえって不自然だ。オレはそのまま聞き手に周り、折を見て自然に話をすり替えることにした。


 「ボクはそのとき頭を打って気を失っていました。気が付いたときには母上も叔父さんも亡くなっていました」


 オレは相槌を打つこともなく、ただ静かに話を聞いた。


 「あのときもっとボクが強かったら、なんて思うことがあるんです。そりゃ”英雄”と呼ばれたデオケルド叔父さんが敗れるほどの相手に、ボクが敵うわけなんか無いんですけどね」


 そう言ってラケルドはまた作り笑いを浮かべた。ただのお坊ちゃんかと思っていたが、彼なりにいろいろと思うところがあるようだ。


 「叔父さんは随分と強かったらしいな?」

 「はい。若い頃から近隣の蜥蜴人種の中では名の知れた存在だったようなのですが、大戦でその武勇を上げて更に有名になったようです。上級士官の話が随分とあったらしいのですが、叔父は全て断ってこの集落に留まったようです。もっともボクは大戦後の生まれなのですが」


 この世界にも戦争があるのか。いったい誰と誰が何のために争うのだろうか。人間と怪物か、それとも怪物同士なのだろうか。オレはデオケルドの武勇伝よりも、途中からそのことばかりが気になっていた。


 「ラケルド様、クロ様、朝食の準備が整いました!」 


 裏口から姿を見せるテナの声に引き寄せられるように、オレたちはいそいそと朝食へ向かった。

読んでくれてどうもありがとうございます。


顔洗うシーンだけでダラダラと1話も…すんません。

次回はジャガパンタ村へ。



※用語※

・ラインバルト

・ポインティア

・ダマスカス鋼

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