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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
13/66

13. 寄生

禁断の片思い的な?


ちょっと重い展開になってきたなぁ…

 「ジャコナ様は占いにも長けています。クロさんがこの集落を訪れることを占いで知って、事前に父上に知らせていたんだと思います」


 ドラケルドの言葉に面食らうオレを気遣うようにラケルドが説明する。なるほど。だが、それが本当だとすればジャコナの占いは”長けてる”などというレベルの話ではない。ヤバい婆さんだとは思っていたが、やはり只者ではないらしい。


 酋長がオレを待っていた目的は定かではないが、バンガルに襲わせてオレを試したのは、オレの戦闘力と見極めるためではないのか。もし、そうだとすると目的はオレの戦闘力ということになる。しかし、その推測には無理がある。いくらオレがバンガルを組み伏せることに成功したとは言え、それは絶対的な力の差などではない。それに個人の力量の差など集団の前では微々たる違いでしかない。目の前で酒の入った器を空けるこの男は、そのようなことも理解できないような素人でない。


 「目的は何ですか?」


 一向に辿り着きそうにない本題をこちらから突き付けた。オレのその言葉に宴会騒ぎをしていた周囲が俄かに静まった。


 「ラケルド、すまんがジャコナ婆の所へ行って、傷薬の膏薬を作ってもらってきてくれるか?」

 「父上、傷薬にならウチにも────」

 「いや、クロ殿に使ってもらうのだ。新しいものが良いだろう」


 そう言ってドラケルドはオレの胸元に滲んだ血の跡に視線を送る。


 「ついでに”眞守の護符”も1枚頼む」

 「はい。ただ、護符を作って頂くには少し時間が掛かりますが────」

 「構わん」


 些か不可解に感じたようだったが、オレのためと聞いてラケルドはすぐにジャコナの元へと向かった。ラケルドが家を出るのを確認すると、ドラケルドはすぐに口を開いた。


 「クロ殿に仕留めて欲しい者がおります」


 仕留める。誰かを殺せと言うことか。

 随分と物騒な話の流れになってきたな。

 ドラケルドはオレの返事を待たずに尚も話を続ける。


 「クロ殿は”徘徊魔植物クロウリングブッシュ”という魔物をご存知か?」


 まったく聞いたことがない。それどころか話の趣旨と思われる”徘徊魔植物”だけでなく、新たに”魔物”という言葉まで現れた。今すぐこの場を立ち去りたい衝動に駆られるが、周りを取り囲むたちの真剣な眼差しがそれを許してくれそうにない。仕方なく話の腰を折らないようにと首を左右に振るのみに止めた。


 「徘徊魔植物は肉食植物の一種だ。大型昆虫や小動物に寄生することで、その憑代が絶命するまで半共存状態を保つのが特徴だ。通常はさほど脅威となる魔物でもないのだが、ごく稀に人型種に寄生することがある」


 話が見えないオレは取りあえず曖昧な相槌を打つ。

 やがてドラケルドは静かな声で事の全容を語り始めた。




 ────半年程前のことだ。狩猟班の若者が狩りで大型の獲物を仕留めた。若者自身も多少の手傷を負ったものの、初めて大物を仕留めた喜びは傷の痛みを忘れさせた。皆に自慢したい。狩猟長に褒めて欲しい。喜び勇んで獲物を担いだ矢先に肩口のに違和感を覚えたが、そのときは大したことだとは思わなかった。そんなことより早く獲物を皆に見せて喜んで欲しかったからだ。


 日に日に瘦せこける若者に明らかな変化が訪れたのは、それから1週間後のことだ。最初の犠牲者は突然、発狂した若者を止めに入った両親だった。若者は狩りの際に傷口から徘徊魔植物に寄生されていたのだ。


 ほとんどの徘徊魔植物クロウリングブッシュは寄生することなく、一般的な植物と大差なくその一生を終える。だが、一度、寄生に成功した徘徊魔植物は、その憑代の絶命が近付くと、本能の赴くままに次の憑代を探し始める。そうして何度か寄生を繰り返すうちに、ごく稀に人型種に寄生することがある。寄生された宿主の寿命は徘徊魔植物との相性によって左右される。人型種ならば通常は長くて1ヵ月。早ければ数日内に発狂し死に至る。だが、大型の昆虫や小動物に寄生すれば、1年以上永らえることが出来る。それが徘徊魔植物が滅多に人型種に寄生しない最大の理由だった。


 夕暮れ時がいていた。若者はそのまま家を飛び出して集落内で暴れ回り、更に3人が犠牲になった。騒てぎに気付いた狩猟班の何名かがその場に駆け付けた。狩猟班は単に食料となる獣を狩るだけでなく、狩りのないときは集落の治安を維持することが主な仕事だ。狩猟班は変わり果てた仲間の姿に愕然としながらも、すぐに取り押さえに掛かった。しかし、徘徊魔植物に寄生された者の力は平時の比ではない。凄まじい勢いで腕利きの班員が何名も返り討ちとなる。


 そこに駆け付けたのが、ドラケルドの実弟にして狩猟長のデオケルドだ。


 元来、蜥蜴人種はその高い戦闘能力を評価され、貴族や王族に仕え上級兵士や傭兵のリーダーとして、戦場や紛争の場で活躍することが多かった。繁殖力の高さと悪食故に獣人種ライカンスロープの中でも、蔑視の意味での特別扱いされている豚面人種オークとは異なり、”種”としての能力の高さから特別視される蜥蜴人種リザードマンは云わば獣人種のエリートである。

 

 その中でも腕の立つデオケルドは”戦士の中の戦士”と呼ぶに相応しい存在であった。


 「デオケルド様、これはいったい────」

 「恐らく徘徊魔植物クロウリングブッシュによる寄生症状だ。オレも実際に目にするのは初めてだが、先代に聞いたことがある。だが、寄生がこれほどまでに早く進むとは……」

 

 班員たちはすぐにデオケルドの言葉が意味するところを理解する。襲われ命を失ったかのように見えた者たちが朦朧とした表情で立ち上がり、涎を垂れ流しながら奇声を発し始めた。明らかに正常とは対極に位置する状況が目の前に広がる。


 「噛み付きに注意しろ! 寄生されるぞ!」


 デオケルドの檄を受け、経験の浅い班員たちは歯を強く食いしばる。今の彼らにはそうすることで奥歯の震えを抑え込み、徘徊魔植物に寄生されたかつての先輩班員たちに、弱々しく武器を向けるのが精一杯だった。


 両者が動き出すより早くデオケルドは、剣と呼ぶにはあまりに肉厚で武骨な腰の愛刀を引き抜き、寄生状態にある班員の首を切り落とした。その首がゴロリと地面に転がる間に、また1つ別の首が刎ねられる。デンゲスにハルバック、いずれも腕の立つ良い仲間だった。仮に僅かな意識が残っていたとしても、痛みすら感じる間もなかったはずだ。それが今デオケルドに出来うる、生の終焉を迎えようとする仲間たちへの餞であった。


 寄生状態となったのは班員だけではない。一般の蜥蜴人種たちも次々と立ち上がり襲い掛かって来る。戦うデオケルドの姿を目の当たりにした班員たちはその後に続く。死闘を制する者、力及ばずに倒れる者。辺りは瞬く間に地獄絵図と化す。


 「誰か! 誰か息子を!」


 この声は。逃げ遅れた一般の蜥蜴人種の中に見知った者の姿があった。


 「義姉さん! ラケルド!」


 手にした荷物を振り回し、必死に寄生状態の蜥蜴人種たちをけん制する実兄の妻レミイナと、その足元に頭から血を流して倒れるラケルドだ。デオケルドの背筋に冷たいものが走る。


 「うおぉぉぉおお!!」


 デオケルドは咆哮を上げて、立ちはだかる寄生状態の蜥蜴人種たちを次々と切り伏せる。レミイナの元に辿り着く頃には既に、滴り落ちるほど全身に返り血を浴びていた。


 「義姉さん、大丈夫ですか!?」

 「デオケルド! ラケルドが私を守ろうとして頭を────」


 デオケルドはラケルドを担ぎ、レミイナの手を掴んで太陽が沈みかける薄闇の中を駆けた。寄生状態の蜥蜴人種たちは大方片付けたはずだが、息の根を止めたかを確認する余裕はない。今はラケルドとレミイナを救うことが最優先だ。


 途中で躓いたレミイナが咳込む。無理もない。ラケルドを背負っているとは言え、婦女子が狩猟長であるデオケルドのペースに合わせて走るのは並大抵ではない。その刹那、立ち止まりレミイナを気遣って差し伸べたその指先に、チクリと僅かな痛みが走る。


 何だこれは。自分は何を目にしているのだ。デオケルドは目の前の光景を信じられず、ただ茫然と立ち尽くす。彼の両の目に映ったのは、差し伸べた自らの手に噛み付き、妖艶な笑みを浮かべる麗しき義姉の姿だった。


 「ね、義姉さん……何を!?」

 「さァ、ソの子ぉぉ……ラケルドを私二ィィ……」


 伸ばしたレミイナの手には僅かな傷跡があり、そこから蠢く植物の根のようなものが見え隠れしていた。彼女も既に寄生されていたのだ。デオケルドは咄嗟に剣に手を掛ける。だが、震える手を伸ばしながら一筋の涙を流すレミイナが、絞り出すように小さく漏らした言葉を聞くとその手が止まった。


 『ニ、ゲ、テ────』


 震えるレミイナの指先からは、何かを弄るように蠢く植物の根のようなものが伸びていた。ラケルドを担いだままその場を走り去るデオケルドは、まるで夕闇の中に居もしない悪霊を見たと言って逃げ去る子供のようだった。胸の奥に言いようのない感情が湧き上がる。今なら彼女を楽に死なせてやることが出来たのに。でも、彼には出来なかった。密かな思いを寄せる優しい義姉の首だけは。




 「儂の元へラケルドを担ぎ込んだデオケルドは、緊迫した集落の状況を説明し、直ちに狩猟班の招集を求めた。そして、地面に突っ伏して悔しさを滲ませながら詫びた。妻レミイナを救えなかったことを」


 ここまで聞いてもドラケルドが、誰を殺して欲しいと言っているのかオレには解らない。ますます深い霧の中に迷い込んで行くような、言いようのない不安と苛立ちを心の奥に抱えながらオレはドラケルドの言葉を待った。


 「おい、テナ。すまんがアレを持って来てくれ」


 ドラケルドが声を掛けると部屋の隅に控えていたテナは小さく返事をし、即座に部屋を後にした。今度はいったい何を始める気だ。”アレ”と伝えただけすぐに理解した様子から、テナは既にこのような場面を迎える日が来ることを予測していたのだろうと感じた。


 ドラケルドは場を繋ぐ”まあ、一杯”とオレの器に酒を注いだ。既に十分に飲んだはずだが、手持無沙汰でつい器を口元へ運んでしまう。のんびりと酒など飲んでいる場ではないのに。あぁ、早くこの場から解放されたい。

読んでくれてありがとうございます。


評価いただきました。嬉しいです♪



※用語※

・眞守の護符

徘徊魔植物クロウリングブッシュ

・デオケルド

・レミイナ

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