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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
12/66

12. 琥珀色

ビールが美味しい季節ですね♪

 黒緑色の蜥蜴人種は左手でオレの胸元を掴んだまま、禍々しく開いた右手の漆黒の爪でなおも襲い掛かる。その鋭い攻撃はまともに喰らえばたちまち致命傷へと繋がるものだ。


 オレは絡め捕った左腕をしっかりと抑えたまま、押し込む力に逆らわずに後退りながら右の貫手を辛うじて躱すと、瞬時に跳躍して相手の上半身に跳び付いた。左腕を抱え込んだまま、押し込まれた勢いと自重で倒れ込むように、黒緑色の蜥蜴人種を始点に空中で体を捻り受け身をとる。


 「ぐうっ!」


 大きな音を立ててお互いが天井を仰いだ刹那、黒緑色の蜥蜴人種が小さく喘ぎ声を漏らした。腕挫十字固うでひしぎじゅうじがため。相手の肘関節を極める、総合格闘技をはじめとする徒手格闘術における最も代表的な関節技の1つだ。それも今行ったのは跳び付きながらの、相手の虚をつく攻撃だ。


 全身の力を使い相手の肘を破壊する。言わば”全身”対”片腕”の勝負。いかに膂力に優れた相手でも腕1本で相手の全身の筋力を上回るのは不可能だ。だが、それは対人間での話だ。


 黒緑色の蜥蜴人種は苦痛に顔を歪めながらも、徐々に大勢を持ち直し膝立ちになると、左腕1本でオレを持ち上げようと試みる。流石は怪物と言うべきか。オレはそのまま地面に叩きつけられる前に、技を解き相手の脇の下を潜り抜け背後に周り込む。人間相手ならそのまま背後から頸動脈を極めるのが定石だが、硬い背ビレがそれを邪魔する。


 さっきの腕挫十字固も極めようと思えば、一気に肘関節を破壊することは可能だった。しかし、何かの勘違いとは言えラケルドに、目の前で父親の腕が破壊される様を見せ付けることを躊躇したせいか、自然に力が緩んでしまった。


 逆の立場ならオレは、血を流しその場に横たわっていたはずだ。同じ轍を踏むわけにはいかない。出来ればこれ以上はさせないでくれと心の奥で願いながらも、オレは素早く腰の鞘から鉈を取り出し首元に突き付けた。


 「そこまでだ!」


 いつの間にかすぐ傍まで近付いていた、不気味な仮面を着けた何者かが大声で戦いを制止する。長く伸びる特徴的な尻尾から蜥蜴人種の仲間なのは明らかだ。


 「ち、父上!」


 仮面の者を見ると、ラケルドが半泣きで叫んだ。

 父上。じゃあオレが組み伏せたこの者はいったい。


 「あぁ、くっそー! オレの負けだ!」


 そう言って黒緑色の蜥蜴人種はその場にゴロリと大の字になった。オレは意味が解らずに警戒を続けたまま、黒緑色の蜥蜴人種と不気味な仮面の者に交互に視線を送る。周囲の蜥蜴人種たちは”勝ちやがった””マジかよ”と口々に驚きの声を漏らしている。


 「突然のことで驚かせてしまったな。お主が負かしたその男はバンガル。狩猟班きっての剛力の持ち主だ」


 そう仮面の者が言うとバンガルと呼ばれた黒緑色の蜥蜴人種は、その場に胡坐をかいて”よろしくな”と悪びれることなく片手を上げて屈託のない笑顔を向ける。


 「────そして、儂がこの集落の酋長にして狩猟長のドラケルドだ」


 そう名乗りながら仮面を外すと、オレに武器を収めるようにと促した。青みの強い濃緑色の体色に、頭部に掛けて細かな灰褐色の斑模様が特徴的な蜥蜴人種だ。体格は他の蜥蜴人種とさほど変わらず、それだけを見比べれば目の前で寝転がっている黒緑色の蜥蜴人種の方が、よほど”酋長”や”狩猟長”っぽいと言える。だが、静かな中に強者の風格を漂わすその瞳のせいで、オレは安易に警戒を解くことが出来ずにいた。


 「クロと申します。出来ればきちんと状況を説明していただきたいのですが?」

 「かぁー、てことは酋長の1人勝ちかよ!? 」


 オレの言葉など気にも留める様子のないバンガルが、大袈裟に悔しそうな表情を浮かべて膝を1つポンと叩きながら言った。それを聞いた周りの蜥蜴人種たちも同調するように、口々に落胆したような声を上げて項垂れる。いったい何の話だ。オレが訝し気に周囲を窺っていると、ドラケルドは先程までとは打って変わり無邪気に高笑いする。


 「かっかっか。悪いなお前ら。儂の勝ちだ。さあ、払え、払え」


 そう言ってドラケルドが手を突き出すと、1人また1人と渋々ながらに”また取られた”とか”当たると思ったんだけどなぁ”などと溢しながら、見覚えのない硬貨をその掌に乗せていった。やがて両手いっぱいの銅貨が集まった。


 それは人間界で地下社会に身を置いていたオレにとって、よく馴染みのある光景だった。賭けだ。恐らくコイツらはオレとバンガルを戦わせ、どちらが勝つか賭けをしていたのだろう。


 どうやら勝ったのはドラケルド1人。つまりそれ以外の者たちはバンガルに賭けたのだ。無理もない。もしオレが彼らだったとしても、バンガルを選んだに違いない。


 どかりとその場に胡坐をかいて座ったドラケルドは、賭けで手にした銅貨を目の前に無造作に置くと、グルリと周囲を見回した後にバンガルに目配せをした。バンガルが改まってオレに向き直るように胡坐をかき直すと、他の蜥蜴人種たちも速やかにその場に胡坐をかいて座り込んだ。


 「どうかクロ殿も座ってくだされ」


 ドラケルドはその場に立ち尽くすオレを見上げながらそう言うと、表情を緩めてトントンと床を叩いて対面に座るようにと促す。周囲の様子から再び襲われる心配はないだろうと判断したオレは、鉈をしまってその場に座った。奇しくもオレとドラケルドは床に置かれた金を挟んで相対するように座り、その周囲を他の蜥蜴人種たちが取り囲むような形となった。


 「まずは詫びさせて欲しい。息子たちを沼触手スワンプテンタクルスから救ってくれた命の恩人を相手に、このような試すような真似をしたことを」


 そう言ってドラケルドは静かに頭を垂れる。オレはようやく状況説明の流れに入りつつあることを喜ばしく思いながらも”試すような真似”という言葉に新たな疑問を覚えずにはいられない。


 「儂はクロ殿が訪れるのを待っていたのだ」

 「…………」


 まるでオレがここに来ることを知っていたかのように話すドラケルドの言葉に、オレは何と返して良いのか思い浮かばずに黙り込んだ。


 「釈然としない様子だな?」

 「ええ。色々と。例えば”何でオレは試されたのか”とか”何でオレがここへ来るのを知っていたかの”とか。他にもありますが……」

 「確かにそうだな。それは────」


 ドラケルドが何か説明しようとした矢先に、テナの料理が運ばれてきた。たちまち周囲を取り巻く蜥蜴人種たちの喜び声がそれを遮る。ドラケルドは”困ったヤツらだ”と言わんばかりに肩を竦めておどけた表情を浮かべる。


 「クロ殿、まずは食おう。説明は食いながらでどうだろう? 勿論、クロ殿が納得いくまでじっくりと説明させてもらうとしよう」


 ドラケルドの提案で、俄かに蜥蜴人種たちの視線がオレに集まる。この場の誰もが”YES”の答え以外を求めていないのは、オレも雰囲気で十分に理解できていた。それに正直オレも腹が減っていた。バンガルの邪魔がなければ、今頃はオレだってご馳走に舌堤を打っていたに違いない。


 「わかりました。ご馳走になります」

 「よし。野郎ども、飯と酒の準備だ!」


 ドラケルドの号令で迫力のある返事が部屋に響き渡る。蜥蜴人種たちは立ち上がって手際良く配膳と酒の準備を進める。目の前には次々と大皿料理が運ばれ、部屋の中央には大きな瓶に入った酒が運ばれる。丼のような景気の良い大きさの器に、琥珀色の酒が並々と注がれオレとドラケルドの前に1つずつ置かれた。


 「クロさん、それは蜥蜴人種の”持て成しの酒”という風習です。出来ればひと息で飲んだ方が喜ばれるのですが……」


 ラケルドが遠慮気味に耳打ちする。大ジョッキに相当しそうな量の酒を、ひと息で飲み干すという無謀な行為を心配したのだろう。現にオレたち2人以外には、湯飲み茶わん程度の器が配られていた。


 「クロ殿を客人として集落に受け入れる。11代目酋長ドラケルド=グルヴェルの名において、彼者に最高の持て成しを約束する。”誓約プレンジェ”!」


 「「誓約プレンジェ!!」」


 雄叫びにも似た豪快な掛け声と共に、皆が両手で抱えた器を目線まで掲げ、一気に器を煽る。オレも一拍遅れて動きを真似て器を口元へと運んだ。


 琥珀色の澄んだ酒だ。最初に香草のような爽やかさ纏った、熟成した果実を思わせる独特な芳香が鼻に抜ける。その味は決して可憐で儚いものではなく、むしろ武骨な岩山を彷彿とさせる力強さを感じさせた。飲み口はサラリとしていながらも、僅かな苦みと酸味が、しっかりとした旨味の存在感を引き立ててる。器の中の琥珀色は見る見る流れて行った。


 「美味い……」


 別に無理にひと息に飲もうと思っていた訳ではなかった。思いがけないその美味さに、器が空になったことに気付かずに、音を立てて残りの滴を吸い上げていたのだ。


 「ほお。クロ殿はいけるクチのようだな? さあ、もう一杯────」


 ほぼ同時に器を空にしたドラケルドが、嬉しそうに柄杓で2杯3杯とオレの器に酒を注ぐ。図らずもラケルドが言うように、ひと息で酒を飲み干したのが良かったようだ。注がれれば次ぎ返すのが酒の席の礼儀だろう。蜥蜴人種の風習など知る由もないが、オレはすぐに柄杓を受け取りドラケルドに酒を注ぎ返していた。


 申し合わせたように”誓約プレンジェ”の掛け声と共にオレたちは一気に器を空にする。そんな工程を3度繰り返した。美味い酒だがこの飲み方を続けるのは問題だ。流石に4度目の酒が注がれると周囲がざわつき始めた。気持ちは分からなくない。オレもこの一気飲みがいつまで続くのか疑問を抱き始めたところだ。


 「あ、あの、クロさん、蜥蜴人種同士ではお互いに酒を注ぎ合うのは、一緒にひと息で飲むための”準備”という暗黙の申し合わせなんです。それと、”誓約プレンジェ”の掛け声はひと息で飲むための合図ですので……回数を重ねるのは相手への親愛や敬意を表す意味合いがあるのですが、その器で何度も誓約プレンジェを繰り返すのはちょっと……」

 

 慌てて耳打ちするラケルドに、内心でもっと早く教えろよと悪態をつきながらも、3杯の”誓約プレンジェ”でこの上なく気を良くしたドラケルドの様子に納得した。


「そうなのか。なら、止める場合はどうするんだ?」

「お互いに器を掲げたまま軽く会釈をします。それがまた次回を楽しみにしていますという意思表示になります」

 

 オレはラケルドに言われた通りに器を掲げて会釈し、どうにか4度目の”誓約プレンジェ”を回避した。気が付くと周りも既に飲めや食えやの宴会騒ぎとなっていた。


 この世界に来てから粗末な食生活を送っていたオレにとって、この琥珀色の酒もテナの料理も、”ご馳走”と呼ぶに相応しい内容だった。出来ればテナにひと言でも美味い料理への礼をと思ったのだが、途中で何度か追加の料理を運ぶテナと目が合ったものの、すぐに視線を逸らされて逃げられてしまった。完全に彼女に避けられている。


 「クロ殿がここへ来られることは知っていた。もっとも名前を知ったのは、クロ殿自らが先程名乗ってくれたからなのだが」


 酒の器から視線を上げたドラケルドが上機嫌で言う。ちょうど良い頃合いと思ったのだろう。冗談のつもりか。それとも只のハッタリか。だが、オレに向けた真っ直ぐな視線は、その言葉が真剣なものであることを無言で語っていた。


 「ジャコナ婆の占いさ。ジャコナ婆にはもう会ったんだろ?」

 「ええ。会いましたが────」


 ”占い”というその答えをどう受け取るべきか。一瞬、酒の席での軽い冗談として、深い意味を成さないものなのだろうかと考えを巡らす。しかし、ドラケルドのあまりに平然とした物言いに、オレはますます訳が分からなくなっていた。


読んでくれてありがとうございます。



※用語※

・ドラケルド=グルヴェル

誓約プレンジェ

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