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転生オークの流離譚  作者: 桜
転生編
10/66

10. 祈祷師

何かはやくもちょっと更新が遅れてきました…。

でも、頑張ります。

 見張り役が目指したのは、集落の中央部に位置する最も目立つ建物だ。他のテント型の移動式住居に比べて格段に大きく立派な作りで、円錐上の屋根部分はまるでサーカスの見世物小屋のように赤と白の縞模様になっている。その中心からそびえ立つポールには、この集落を象徴する旗印が掲げられている。そこは酋長の移動式住居、すなわちラケルドの父親の家であった。


 本来は部外者を立ち入らせる場合には、まずは酋長の元へ挨拶に出向き許可をもらう必要がある。だが、今はその息子であるラケルドの客人として招かれたということと、何よりもラチータの足の治療が最優先とのことで、オレたちはこの集落で2番目に権威のある人物とされる祈祷師の元へと向かった。


 祈祷師の住まう移動式住居は、酋長の家に隣接する楕円形の大きな屋外集会所を挟んだ、ちょうど反対側に位置している。それは一般の移動式住居に比べれば僅かに大きいものの、作り自体はほとんど同じようなものだ。ただ、入口の前には祈祷師の存在を示す、獣の頭蓋骨や鳥の羽で飾られた独特な看板のようなものが立て掛けられていた。


 ラケルドを先頭に開け放たれた入口を静かに潜った。

 薄暗い部屋の中には甘いお香のような甘い香りが充満している。


 外見の割には広い部屋の中には植物で編んだ敷物が敷かれ、奥まった一角には更にその上に毛皮が敷かれていた。そこに小さな人影が見える。


 「ジャコナ様ちょっとよろしいでしょうか?」


 ラケルドが控えめな様子で声を掛けると、ジャコナと呼ばれた祈祷師は手にした書物から外した視線だけを声の方へと向けた。簾のように顔に掛かる装飾品の間から、朱色の幾何学的な化粧が施された顔が覗かせる。ポンチョを思わせる簡素な布製の服を纏い、色とりどりの鳥の羽や獣の爪や牙で作られた首飾りと耳飾りを身に着け、頭には二股に分かれる獣の角を飾り着けたその姿は、一見して未開の地に暮らす原住民か邪教の教祖を彷彿とさせる。そのやせ細った蜥蜴の化物は値踏みするようにラチータを背負うオレを見た。その鋭い視線には経験と強い信念に裏付けされた力強さを感じる。まるで心の奥を見透かすようだ。


 ”厄介な相手だ”とオレの中で警笛が鳴らされる。

 こういうタイプには小手先の嘘は通用しない。


 「おや、ラケルド坊。ラチータがどうかしたのかい?」


 目の前に置かれる細長い筒から伸びるパイプのようなものを口に加え、薄い煙をくゆらせながらジャコナが問い掛けた。


 「お婆様、足を少し痛めてしまいました」


 ラチータが気丈に答える。本来であれば痛みのあまり喚き散らしていても不思議ではない。ジャコナは書物を傍らに片付けると、すぐに毛皮が敷かれた場所に横になるようにと身振りで指示した。ラチータの足のケガを一瞥すると、自身は棚から取り出した植物の葉を手際良くすり潰し治療の準備に取り掛かった。


 「酷いケガだ。よく我慢したねラチ―タ」

 「コウラムの葉を噛んでいましたので」

 「お前は賢い娘だ。もう少しだけ待っておいでなさい」


 ラチ―タはここに来る途中に道端で一度だけオレに立ち止まってほしいと頼んだ。そのままラケルドに手を牽かれて茂みの中へ入ったので、てっきりトイレ的なヤツかと思っていた。何かを噛んでいるのに気付いたのは集落に入る直前のことだった。ラケルドが小声で説明したのによれば、ときどきジャコナに頼まれて薬草を採りに行くラチ―タは、コウラムという植物の葉に鎮痛作用があることを知っていたらしい。 


 ジャコナはラチ―タの足に植物の葉をすり潰した緑色の塊をたっぷりと湿布し、その上に瓶から取り出した白い粉をパラパラと撒き始めた。仕上げにその上に1枚の札を乗せると、傍らに置かれていた灯のともる蝋燭を燭台ごと手にして、静かに目を瞑りブツブツと何かを呟き始めた。


 呟きはやがて節のついた経のようなものとなり、小刻みに揺れていたジャコナの体全体が蝋燭の炎と一緒に大きく揺れ始める。鬼気迫る表情で唱え続ける様子は、治療と言うよりはまるで悪魔払いか何かのようにも見える。いつまでこの異様な儀式が続くのかと心配になり始めた矢先、ジャコナの動きがピタリと止まる。


 「キェェェエエイ!」


 気合と共に蝋燭の小さな炎がまるで物理的法則を無視するかのように、ゆっくりと辺りを彷徨うかのように音も無くラチ―タの足の上に置かれた札の上へと落ちる。直後にラチ―タの足の上には、まるで手品の大仕掛けのような黄緑色の火柱が立ち上る。


 「なっ!? お、おい!?」

 「大丈夫です。ジャコナ様の祈祷術によるものですから」


 突然のことに取り乱すオレを宥めるように、落ち着き払ってラケルドが言う。確かに奇妙な炎は燃え広がることもなく一瞬にして消え去り、ラチータがその身に火傷を負ったような気配もまったく見受けられない。それどころか、まだ赤黒い内出血の跡は見られるものの腫れは完全に引いており、彼女の表情は明らかに穏やかなものに変わっている。


 「どうじゃ、ラチータ? もう痛みは殆どないと思うが?」

 「はい。お婆様。ありがとうございました」

 「そうかい。でも、暫くは無理をせんようにな」

 

 包帯のような幅の広い布を足に巻き付けると一連の治療は終了した。


 「良かったね、ラチータちゃん」

 「ええ。ラケルドさん」


 ラケルドはラチータの手を取って無事に治療が済んだことを喜び合う。


 「ところで何故これほどのケガを?」

 「峠の先の沼地で沼触手スワンプテンタクルスに襲われて────」

 「この方に助けていただいたんです」

 

 ラケルドの説明を引き継ぐようにラチータが続ける。

 その言葉と共に一堂の視線がオレに注がれた。


 「何と、沼触手とな? その体中を染める緑色は沼触手の体液じゃったか。じゃが、ここに移住する前に狩猟班が周囲の安全を確認したはずでは?」

 「はい。恐らくその頃はまだ幼体で、沼の深部にでも隠れていたので見落としたのでしょう。彼がいなければ今頃ボクたちは────」


 パイプの煙を吐き出しながら問い掛けたジャコナの視線が鋭いものとなる。どうやらあの触手の化物は蜥蜴人種リザードマンたちにとってもヤバい存在だったらしい。


 「挨拶が遅れましたな。儂はジャコナと申すこの集落の祈祷師ですじゃ。この子たちがずいぶんと世話になったようですな。この集落の酋長に代わりお礼を申し上げますぞ」


 ジャコナはオレに向かい直ってそう言うと深々と頭を下げた。


 「いえ、あの、クロと申します。偶然通り掛かったら彼らが化物に襲われていたので、その、咄嗟に────」

 「クロさんがいなかったら本当に危ないところでした。本当に、本当にありがとうございました!」


 窮地にすくむ自らの不甲斐なさを思い出したのか、オレの言葉に被せるようにラケルドが苦々しい表情を隠すような笑顔を浮かべて言葉を絞り出した。


 「さあ、もう頭を上げてくれ」


 そう言ってオレは何度も頭を下げるラケルドと一緒になって頭を下げるラチータを制する。


 確かに彼らにとって今のオレはヒーローにでも見えているのかも知れない。だが、謙遜でも何でもなくオレが彼らを助けたのは本当に偶然だ。もう一度同じ場面に出くわせば、鉈と手製の銛しか持たないオレが彼らを助けに飛び出すなど考えられない。あれは勇気などではなく無謀な行為だった。ただ、今回はたまたまそれが上手くいっただけだ。


 「彼女を思う君の必死の言葉がオレの背中を押したんだよ」


 そう言ってここはラケルドに花を持たせる。照れ隠しに笑うオレをラケルドとラチータが見つめているが、その奥からジャコナが何か言いたげに繁々と見つめているのが気になる。何だろう。とても気まずいのだが。


 「なるほど。思った通りじゃ。豚面人種オークにしてはなかなか良い眼をしておる」


 ジャコナまるでオレのことを知るかの如くジャコナが語る。彼女の言う豚面人種とは、この豚面のオレのことだ。顔自体を褒めるのが難しくて”眼”なんてパーツを褒めたつもりなら、無理に褒めてくれる必要はないのだが。それによく考えると”豚面人種にしては”という言葉自体、褒めているのか、貶しているのか微妙でもある。どう反応して良いのか分からず、オレは曖昧な笑みを浮かべて話を流した。


 「クロ殿はお見受けしたところ、傭兵でも冒険者でもなさそうじゃが────」


 そう言ってジャコナは改めてオレをつま先から舐めまわすように見上げる。


 「え、ええ。放浪の旅をしております」

 「ほう、旅人じゃったか。その割には荷物が少ないようじゃが?」


 やはりこの婆は侮れない。

 ここは素直に答えるのが得策だろう。

 

 「じつは途中で事故に合いまして、気が付いたら荷物も何も全て無くなっていました……」

 「それはお気の毒に。さあ、これでも吸われよ」


 そう言ってジャコナは自分の吸っていたパイプを差し出した。話の流れについていけず戸惑うオレに”どうぞ吸ってみてください”とラケルドも一緒になって勧める。蜥蜴人種が自らの使うパイプを差し出すこの行為は、相手への敬意と親愛の情を現すのだとラケルドが耳打ちしたからだ。どうやら水タバコのようなものらしい。


 オレは素直にそれを受け取り深々と吸い込んだ。バニラのような風味の中に、僅かにメントールを思わせる爽快感が入り混じる煙が鼻に抜ける。なかなか悪くない。だが、どちらかと言うと今のオレは、もっと腹を満たすものを欲していた。ゆっくりと吐き出すと、オレは礼を言ってジャコナへパイプを手渡した。


 「不思議じゃのぉ。クロ殿はまるで豚面人種の皮を被った別の種族のような感じを受ける────」


 その姿を見届けると、ジャコナは満足したように微笑みながら言う。思い掛けない指摘に心臓が跳ね上がりそうなほど焦った。もし、この場でオレがもともと人間だったことがバレたらどうなるのだろう。もしかして好意的な彼らの視線が、一変して美味そうなご馳走を眺めるそれに豹変することなどあるのだろうか。そんなことを想像すると背筋に冷たい汗が流れた。


 「何も無い集落じゃが、ごゆるりとし行かれよ。何か困ったことがあれば、いつでもここへ来られると良い」


 オレは居心地の悪さを感じていることを悟られないように、何食わぬ顔で感謝の言葉を述べ頭を下げる。一刻も早くその場を去りたい気持ちを抑え、逸る足取りを意識的にゆっくりにさせた。3人で戸口の前に立ち再び頭を下げると、オレたちはジャコナの移動式住居を後にした。


読んでくれてありがとうございます。



※用語※

・ジャコナ

・コウラムの葉

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