xxx 断罪の日
ロベリアが家から出ていった次の日、学園では弟であるクロマチスがロベリアを探していた。家には居ない。だけれども荒らされた様子もなく、クロマチスが父親であるモクレンに聞きに行ってもロベリアは用があって今は居ないと答えられる。
「今日の夜会には参加するだろう?」
セレウスの問いに、クロマチスは多分としか答えられなかった。今まで学園に入ってからのクロマチスは自らロベリアに関わりに行こうとしたことが無い故に連絡をとりようもなかった。
(───────まさか、もう)
なっていてほしくない状況にもう既になってしまっているのではと嫌な予感がしていたがそれを振り切り、足を進める。
シルバはそのクロマチスの様子を見て少し残念そうにした。気付いたのにあえてそれを気付かなかったことにしてしまった。ここで動いておけばまた違う道を選べただろうに、と。だがニシキギから聞いていた通りにクロマチスの進路を決めるのならクロマチスはある意味幸せだろうとも思った。
「シルバ、貴方は一応姉の護衛でしょう。なにか知らないのですか」
「クロマチス様入学の時点で一時クロマチスの護衛へと立場の変更がありました。それ以来ニシキギ様からロベリアとの接触はしないようにと仰せつかっております」
「───────っ、あの腹黒が!」
悔しそうにそう言ったクロマチスを見て思わずシルバは肩を竦めた。あのお方が腹黒なのは今更です、と。
シルバはロベリアの護衛ではない。リリィがそれを聞いていたのなら内心で叫んでいただろう。因みにロベリアはその事について頭から抜けている───────のではなく、ストーリーパートはやっていないので知らなかったりする(断罪シーンは見せられたので知っていたが)
シルバは別にリリィに懸想している訳ではない。ほとんど無口かつ無表情なのでそれが他者にバレることもないし、リリィに対する対応は全てニシキギからの指示通りにしていたりする。
さて、少しこの世界の話をしよう。
この世界には''覚醒者''と呼ばれる者が存在する。所詮、前世もしくは異世界の記憶を持つもののことだ。覚醒者をどうやって見分けているのか?と問われれば、特殊な魔法を使用してと答える。その魔法を使えるのは国王と宰相、公爵の当主方だけである。その中でもアイビー家は特殊で、当主の直系に限り直感的に覚醒者か否かの判断が出来る。だからこそモクレンは宰相職についている。更に言うのならニシキギに限っては覚醒前でも解る。
覚醒者は主に女性が多い。その理由については何代か前のアイビー家当主が覚醒者であった妻に聞いていた。お察しである。
「もう来ていたのか、はやいな」
「楽しみですからね。クロマチスから八つ当たりされるのが」
とある部屋にてモクレンとニシキギは集まっていた。因みにニシキギの発言はマゾヒスト的な思考ではなく飼い猫にじゃれつかれるのが楽しみだというものだ。
モクレンはニシキギを見て呆れた。自分も大概だが息子も質が悪い。このあとの仕事を考えると暫く精神が擦り減ると溜め息を吐く。
「クロマチスについてはお前の希望通りで構わない。アレに首輪を着けないでいる方が不安だ」
「父上は自分の弟の行動が理解出来なかったですからね。それの血を濃すぎるほど受け継いでいるクロマチスのコントロールが出来ないのも当然です」
「さて、そろそろ向かうか」
「スルーですか?ロベリアといい我が家の人間は私に優しくない」
「言ってろ」
これからはじまるのは断罪である。乙女ゲームの結末───────ロベリア・アイビーの断罪ではない。自ら彼等が選択した用意された断罪。
(ま、残念な事に酌量の余地があるんだけどね)
ニシキギは本の少し残念そうにする。ロベリアが前日逃亡をしたので茶番が発生しなくなったが為に3名の除籍が流れた。期待のしていないのは居なくなったところで問題は無い。そう思うニシキギは鬼畜である。
「立って控えていれば?」
「座りたいなら椅子を持ってこさせるが」
「いえ、どうせなら見下したいので立っています」
「相変わらずだなニシキギ」
「「陛下」」
「ああ、まだ真面目にしなくていい。お前達が畏まっているのは背筋が寒くなる」
金赤色の髪にに深川鼠色の瞳。陛下と呼ばれた男はフラセチカ王国の国王────アガスト・ユーセ・フラセチカ。密かに同年代からは調教師と呼ばれていたりもする。因みに言い出したのはモクレンだ。
楽しげに笑うアガストにモクレンは溜め息を吐く。自身の息子が未遂になるとはいえ馬鹿をやらかす筈だったのに調子のいい男であるとモクレンは心の中で毒づいた。
「覚醒者なのは予めニシキギに聞いてはいたが、こうタイミングが良いとはな」
「息子そのにが馬鹿やらかさなくてよかったですね?」
「ニシキギ」
「そう怒るなモクレン。昔のお前にそっくりじゃないか」
「「それは遠慮したい」」
ちょくちょくシンクロする親子にアガストは笑う。
「さて、そろそろはじめようか」
夜会がはじまる。
無礼講、というわけではないが、学生主体の今回の夜会は国王が現れるまで騒がしかった。会場のとある一角にいる、セレウスやその他のリリィの取り巻きはどこか焦った様子でなにかを探している。
ニシキギは思わずふ、と軽く息を吐くことで笑うのを抑えた。モクレン曰く馬鹿が馬鹿やろうとしてるよウケるな顔だったとのこと。ニシキギが嘲笑する際にはポーカーフェイスはお留守番するそうだ。
滞りなく決められたプログラムは進む。そして最後にトドメを刺しに行く。───────まずは一手。
「お楽しみのところ申し訳ないがアガスト王から残念な知らせがある」
モクレンの冷やかな声が会場に響く。ぴたりと止まる騒音。それを見回しつつアガストは立ち上がる。
クロマチスは嗤っているニシキギを見て手遅れな事に気付いた。ロベリアは昨日の時点で覚醒していのだと、思わず唇を噛み締めた。これから自分はどうなるのかと悩む。それが杞憂だったと知るのは少し後の事。
「───────さて、モクレンの言った通り、残念な知らせがある」
静かな空間で響くアガストの声。残念そうな雰囲気を出しているが声はとても冷たいものだった。
「とある貴族が我が国の法を破った」
「だというのに、本人も、まわりもそれを隠し」
「とうとう王族にもその汚れを着けた」
「我が国は法ありきの平和な国」
「それを汚した阿呆にはそろそろ処罰が必要と」
どこか唄うように話すアガストにモクレンはそろそろ本題をと淡々と告げる。無駄な時間を使うなともアガストとニシキギにしか聴こえない声で伝えた。
アガストはそうだなと小さく頷いて視線を固定する。その先にいる人間───────ペチュニア男爵は顔を青褪めさせた。
「ひっそりと息を殺すようにしていれば生きていられたかもしれなかったのに」
「ニシキギ」
「読唇術を使わねば誰にも聞こえませんて」
然り気無く騎士達はペチュニア男爵を捕獲しやすい位置へと移動する。断罪時には暴れて手に負えない馬鹿が厭に多いのだ。
淡々とアガストは法の内容を告げる。犯した罪、これからの処置。なんだかんだで一番割りを食うのはヒロインであるリリィであろう。両親が貴族の仲間入りをさせなければ、細やかな幸せを掴めたかもしれない。……まぁ、''覚醒者''であった以上、上位貴族の監視に引っ掛かり、その存在がバレる。そして貴族と一般市民の間に生まれた命は罪があろうがなかろうが処刑。国から出れば違ったのかもしれないが。
「う、嘘よ」
「───────ニシキギ、そろそろ彼等の状態異常を解除してやれ」
「畏まりました」
狼狽えるリリィを全く視界に入れず、ニシキギはセレウス達の側まで近付き、魅了の状態異常を解除する。
驚いた表情のセレウスはまわりを見て途端に顔を青褪めさせた。自分がなにをしたのか理解しているかの様に。それを見たニシキギはゆるりと笑った後、口の動きだけでセレウス達に一言だけ伝えてからアガストの元へと戻って行った。
「嫌な奴だな」
「今更なにを仰るのですか」
「まあ構わんが」
セレウスはリリィの側から離れて本来居るべき場所へと足を向ける。魅了されていた時には気にもしなかった様々な視線を身に受けてアガストの前までやって来た。
「セレウス」
「はい」
「目は覚めたか?」
「はい」
目が覚めたかどうかは今の行動ではっきりしている。喚き暴れながらも騎士に連れていかれるリリィに一度も視線をくれず、アガストのみを視界にいれている。
元々愚かでないのだから当然だとアガストは内心で息子自慢をしつつ、冷たくセレウスの今後の事を話す。
「今回はかの令嬢のお陰で首の皮一枚が残ったが、罰がなにもない、ということには出来ない。……モクレン」
「……は、該当者には各々の任を与えます。セレウス王子は大型ダンジョンの攻略の任となります」
ざわりと会場が騒がしくなる。あたりまえといえばあたりまえである。ダンジョンの攻略となると生半可な人間では成し得ないからだ。大型ダンジョンなら尚更。
「なにか申しだてでもあるか?セレウスよ」
「……かの令嬢は社交には帰ってこないので?」
「モクレン、それはどうなのだ?」
「今日から5年後に戻らせる予定ですが」
それがどうしたのかとモクレンがセレウスを見ればセレウスは真剣な顔をしてアガストへと言う。
───────その年月以内にダンジョンの打破が叶わぬのなら死刑だろうと、除籍だろうと受け入れると。
「ふ、はは!大きく出たなセレウス。長年冒険者をやっている人間でも攻略は難しいのだぞ?」
「承知の上です」
「なら奴の意見を採用してみるか」
くつくつと笑うアガストにまわりは疑問符を浮かべる。その中でモクレンはまさかと嫌な予感を感じ、アガストを止めようとしたが時すでに遅し。アガストはセレウスに普通とは言えない事を言った。
「5年の制限以内にダンジョン攻略が成せなかった場合、セレウス・ユーセ・フラセチカは、ロベリア・アイビーの従僕となるがいい」
とんでもない爆弾発言の後、夜会はお開きになった。
その夜モクレンは無言でニシキギの頬を抓っていたとシルバは語る。